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第二十三話 良い夢を

 私は驚いてあたりを見回した。白黒の世界の中、もやもやした怪物だけが、

 動かずに居座っている。当たるはずだった攻撃はどこに行ったんだろう?


 レイも明日美ちゃんも見当たらない。

 地面はあるようで、鮮やかさを失った夢現花が視界いっぱいに咲き誇っている。

 

 今ある、不思議な感覚に集中してみる。

 何かのはずみでかき消えてしまいそうな、視界と感覚。

 視界はくっきりしているのに脳が受け取るのは少しぼやけた世界。

 そして、自分は目を閉じているはずなのに、目の前に映像が広がっている。


 ……夢を見ている時のようだ。夢よりは若干はっきりしてるかな、という程度。

 あの杖を持って目を閉じたら、起きていながら夢が、いや、別の世界が

 見えるようになったって事?


『ひとの悲しみがみえるの。ひとの苦しみが、

 鬱うつとしたかんじょうがきこえるの』


 だ、誰……?


 男か女か分からない、澄んだ声がした。この場にいてしゃべれる者なんて

 あの怪物しかいない。でも、濁ってよく聞き取れないさっきまでの声とは違う。

 しゃらしゃらと、頭の中に響くような声。


『ふれるとね、痛いんだよ。だからね、けしてしまわないと。

 そうすればらくになるよ』


「その……何を言ってるの?」


『わたしは、憂鬱をけせるの。あまくて、はなのかおりがするような

 やさしいせかいに、すべてをいざなってあげるんだよ。

 きえるちょくぜんのひとは、憂鬱でいっぱいいっぱいになって、

 きれいなゆめをみるの。そして、ねむりについたら、

 わたしがのみこんでしまえば、だいじょうぶ。

 あなたからかんじたゆううつは、どっかいっちゃたみたい。よかったね』


 うーん、どういうことなのか、何となく整理してみよう。

 こいつはレイが言っていたようにまず人の憂鬱な気分を増幅する。

 そして幻覚を見せて、憂鬱を感じていた人ごとその感情を取り込む。

 めでたく悲しみも苦しみも不安も消えてばんばんざいだと。


 おっそろしいわ!!もうちょいで消えてたじゃん私。

 でも……伝わってくる。ある日突然自我を持ってしまい、

 絶え間なく世界に生まれる苦しみや悲しみを消したいと思うようになったこと。


(もう良いんだよ。君は夢の欠片だったんだから、こんなことまで

 しなくたっていいさ……)


 なるほど、だからレイはああ言ったのか。まったくその通りだ。


 私はゆっくりと歩き出す。あやうく命を奪われる所だった相手のもとに。

 少し怖くて足が震えるけど、解決のチャンスは今しかないかもしれないからね。


 宝石部分が柔らかい光を帯びた杖は、ちゃんとこの手にある。

 

『じゃましないで。まだまだ憂鬱だらけ、このせかいは』


「はは、そりゃそうだ。あんたはさ、悪いことしようとしたわけじゃあ

 なかったんだよね。でも……残念ながら、あんたのやり方じゃあ、

 いずれ世界には誰もいなくなっちゃうんだよね」


 空間の狭間なんかに迷い込んだ人間だけが犠牲になったのか、

 私が第一被害者になる所だったのか。

 はたまた明晰夢や現実世界にまで現れていたのか……


 そこまでは分からないが、こいつから感じる強い欲望からは、

 このままではどこまでも憂鬱探しが続いていくことも予感される。


 私はおもむろに、杖を振り上げた。


「随分頑張っちゃったようだけどさ、どうにもならないことは仕方が無いし、

 私みたいに憂鬱が晴れる人もいるから、あんたがそこまでする必要はないよ。

 ね、だから、今日はもう眠っていいよ……?」


 無言で白い二つの瞳で私を見ているもやもやに向けて、私は杖を振り下ろす。

 こいつが元の、夢世界の一部に戻ってくれるよう念じながら。



 かしゃんっと、ガラスが砕けるような軽く儚い音がした。



 




 

 おやすみなさい。





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