第十五話 夢色の花咲く散歩道を往く
なるほど、そうだったのか…………は?
おい、今なんつった?
さらっと言ってのけたけど。
「私の耳が急激に遠くなってたりしなければ、
今夢世界が崩壊してると聞こえたんだけど」
「うん、大正解!花丸あげられるね」
いらんわ。何のんきなこと抜かしてんの? やばくない、ねえ?
「そうそう、花といえばさ、この辺り一面に咲いているのは何だか分かるかい?」
「そして唐突に変わる話題」
「大丈夫大丈夫、ちゃんと夢世界の現状についても関わってくる話だから」
そうなの、か? だったらいいんだけど……
それにしても、夢世界の崩壊って、一体何なんだろう?
何だか大変なことを聞いてしまったなと、私は眉をひそめた。
お気楽に明晰夢を見ていた筈が、
裏では何か不穏な事になっているような気がして。
「これは夢現花っていう花でね、これを近くに置いて眠ると
この花園にこれるんだ。夢現花の魔力が、
眠っているために無意識でいる人の脳波に干渉して、
精神体みたいなものを明晰夢世界に波長を近づけてくれるからだよ」
レイは夢現花を一輪摘み取り、私に見せてくれる。 紫色の花は、キラキラとガラスの粉を振りかけたように光っている点以外は、
花壇によくあるようなラベンダーとあまり変わり無いように見えた。
「だけど、無意識の状態ってとっても不安定で、ストレートに明晰夢世界に
アクセスするのは難しいんだよね。さっき僕達が居たような場所に
迷いこんじゃうこともあるし」
そのため、この花園を精神体は経由して行くという。
要は、現実から明晰夢へと一直線には移動出来ないみたいだ。
「あれ?でも私ここ、初めて見たんだけれど」
「それは……そうそう、ここに来る人は、大体は無意識だからね。
昼間にここへ来た人や、何回も明晰夢を見た人だったり、
今回みたいに、身体ごと直接空間の穴からここに来た場合は例外だけど。」
そうだったんだ、記憶がまっったく無いわ……
無意識に歩いたりしてたのか、私?
しかし、夢現花か。こう見えて現実の花とはまた違う造りなのかな。
ラメラメしいことにさえ目をつぶれば普通の花みたいだけど……花粉とかあるのかな?
「この花、とっても綺麗だよね〜。僕は、もう長い間ここに居るけど、
この一面紫の世界、気に入ってるんだ」
うっとりした調子で、レイはそう言葉を紡ぐ。
夢現花と同じ色をした目を細め、ほわほわとした笑みを浮かべながら。
……彼なりの、気遣いなのかもな。
確かに、世界が崩壊してるとか、はぐれてる人がいるとか、不安は尽きない。
ま〜でも、気に病まず花でも眺めながらのんびりやっていけばいいよね。
そのうち何とかなるでしょ。
――そういう、ことなんだろうか。
「そーだね……綺麗だよね、ここは。」
だから、そう言っておこう。実際、眺めもいいしね。
夢色の花畑を、穏やかな風が吹き抜けていった。
しばしの沈黙。やがて、私達はどちらからともなく歩き出した。
それから私は、何気なく本題を切り出した。
「……で、この夢現花と、夢世界周辺の異変はどう関係してるの?」
「……んゆ?」
「……は?」
「え?」
「すみませんねー野藤さんさっきの話の続きは覚えていらっしゃるんでしょうかーー?」
「……あれで終わりじゃないのかい?」
レイの円らな瞳が、きょとんとして見開かれている。
本人は先の話題を完全に忘れていたようだ。
……ハハハ。笑うしかねぇ。
こんな調子でしばらく歩いてると、紫の幻想的な世界から浮いた雰囲気の、
小さな森のような場所が遠くに見えてきた。




