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第九話 幻影は誘う 1

「おい?そこに誰かいるか?」


 ああ、きっとこれは走馬灯だな。

 だって、異空間(ここ)であいつの声がするはずないじゃん。


 暗闇で何も見えないけど、私がどこにいるのかは何となく思い出せた(・・・・・)

 最初の声から少し間があって、いきなり目の前に光が差す。


「そこかー?って何だ夢宮か。全く、手間かけさせやがって。ほら、さっさと行くぞ」


 眩しさに慣れると、目の前に骸骨っぽい被り物を

 頭の上にずらして被った幼なじみの姿が見えた。

 闇に溶けるような黒髪が骸骨の下から覗き、キリッとした上がり眉の下の

 切れ長な青い目が、少しめんどくさそうな眼差しをこっちに向けている。


 彼の持つ懐中電灯の光が、血糊が汚く塗られたマネキンや

 ちゃちな白いお化けの衣装を着て待機する子供の姿を照らし出している。


 小学校五年生(……六だったかな?)の時の文化祭か。たしかこの時は明日美やのぞみちゃんたちと

 お化け屋敷に入ってた。、明日美達ってば懐中電灯持ってるのに先に行っちゃって、

 私取り残されちゃったんだわ、うわー何かムカついてきたんだけど、

 何で走るんだよ暗すぎてどっちに行けばいいのか分からなくなったじゃん。


「あー、想太か。悪いね」


 あれ、私ってば勝手に言葉を発してるじゃん。やっぱりここは完全に記憶の世界で、

 私はこうやって当時の私の視点でこの世界を見聞きしているだけなのか。


「……別に構わねーよ。あ、足下暗いからつまずきそうだなお前」


 ぶっきらぼうに呟き、かつての幼馴染み

 ――黒虹想太は黙って私に手を差し出す。

 

「……ありがと」


 私もそれだけ言ってその手を取る。身体もやはり勝手に動いているみたいだ。

 じんわりと、右手に伝わってくる温もり。

 

 思い出すなー、私ってばこの頃、こいつに片思いしててさー。

 想太は成長期がちょい早く来てて、結構格好良かったし、

 なんかこうやってお化け屋敷とかいたせいでの吊り橋効果とかもあって。

 彼とは中学校は別になっちゃったけど、まあもちろん告白も何もしなかったし、

 それっきり。で、今枯れ期真っ最中だわ。


 ……だから、今ドキドキしちゃってるのは多分あの時の私で、

 今の私であるはずはないんだよ、きっと。







「キエアアアアアアアアア助け助けてひぎいいいいいい

 だからお化け屋敷には行かないと言っぎゃあああああああ」


 いやー出口見えてきてからのこれかよ、見事に雰囲気ぶちこわしてくれるな。

 私は遙か後ろで聞こえる情けない悲鳴にため息をつく。


 うーん、なんか聞いたことある気がするな今の声。

 ま、想太もだけどこの頃は声変わりしきってるやつはあんまりいないし、

 今とは皆声が違うから気のせいかもしれないけど。


 出口に近づくにつれ明るくなり、つまづきそうと言われていた足下にふと目をやった。

 うっわ、段ボールのゴミとか片付けてないじゃんこのクラス……などと

 思っていると何かが床で鋭く光っていた。


 何コレ、破片?まあいっか、たぶん今私には関係無い……


 いや、超関係あった! この空間が割れてできた感じのやつは、今の私に……

 あ、れ?今の私って?

 

 そこまで考えて、せいらが居なくなったこと、異世界の花畑っぽい所に来たこと、

 変な霧だか塵だかに倒れこんでから記憶が途絶えたこと、という具合に

 次々とさっきまでのことを思い出した。


 途端に私の意識は、目の前の回想から離れ、ぼんやりし始めた。



 今のは懐かしかったけど、私、よく考え……たら、ラブコメしてる場合じゃ……

 全然、なかったな…………

 朦朧(もうろう)とした心持ちで、何とかその破片を拾った。

 

 どうしてかは分からないが、何だか身体が自分の意思で動くようになって、

 そしたら今度は第六感の様なものに動かされて欠片に手を伸ばしていた。

 

 いつの間にか、想太の手は離れていた。



 もう一度意識が明晰さを取り戻した時、

 私は割れた空間の穴の向こうによく似た無機質な白一色の世界に居た。


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