砂の絵本
乾いた風が吹きすさぶ、荒野が広がっていました。
からからに干上がった大地に砂が舞い、それらを太陽がじりじりと焦がします。
旅人が歩いていました。
くたびれた旅衣はすっかり砂だらけです。
旅人は砂で霞む景色の中に、集落らしき影を見つけました。水の残りも乏しくなってきていたので、旅人はそこを目指して歩きました。
しかし集落は、すでに放棄された様子でした。家々は風に傷み、砂に埋もれかけていました。
井戸がないだろうか、と旅人は見て回りました。
しかし集落が放棄されるほどの理由となると、最初に挙がるのは水の問題です。井戸が涸れている可能性は、充分でした。
集落の中央、建物の関係で少しだけ風が弱まる場所に、井戸がありました。
そして井戸のふちに、少年が腰掛けていました。
旅人は、人がいることに驚きました。
少年がふいに顔を上げ、旅人に話しかけました。
「ここに住人はいないよ。宿が欲しいなら、西へ行くといい。すぐに村があるよ」
なるほど、と旅人は内心でうなずきました。
この少年は、きっとその村から来たのだろう、と。
「・・・ここに水はないのか?」
「水ならこれをどうぞ」
少年は傍らにおいていた水袋を旅人に差し出しました。
旅人は礼を言って水を飲みました。冷たくて、おいしい水でした。
「この村は、水がなくなって放棄されたんじゃないのか?」
「水はこのとおりだよ」
少年が示したのは、彼の傍らでした。
水袋や樽、小さな器にまで水が満ちています。
「隣村からわざわざ汲みに来るくらいにね」
「なんでまた、ここに住まないんだ?」
「それにはこの井戸よりも深い訳がある」
「きみはなぜここに?」
「僕は水の番人なんだ。だからここに住んでいる」
「なるほど」
旅人は何度かうなずきました。そして、少年の傍らに――井戸のふちに腰掛けました。
後ろの井戸をのぞくと、深い闇がありました。けれどもそこから、水の気配はしませんでした。
「では、深いわけとやらを聞かせてもらえないかな」
旅人が言うと、少年は静かに微笑んでうなずきました。
「いいよ。長い話になるけれどね」
少年は傍らからぼろぼろになった絵本を取り出して、開きました。
「それは、むかぁし、昔の話です」
そうして、少年は息を吸い込み、語り始めます。
*
砂漠の端の荒野に小さな村がありました。乾いていて、貧しい貧しい村でした。
ある日そこに、雨が降りました。とてもめずらしいですが、まったくない話ではありません。
雨はとても貴重です。ある村人はこの雨をこの村のものにできないかと考えました。そうすれば、作物が乾き枯れていくことはありません。村はきっと、豊かになるでしょう。
村人は、壷に雨を押し込みました。しかし雨はすぐに逃げ出しました。
今度は井戸に雨を閉じ込めました。やはり雨はすぐに逃げ出しました。
村人は、村に住んでいた魔法使いに尋ねます。
「雨を閉じ込めておく方法はないだろうか?」
魔法使いは「では、白い紙を用意して欲しい」といいました。
村人は魔法使いが言うとおり紙を用意しました。
「でも、紙では水は汲めないよ。紙がふやけてしまう」
村人は心配そうに言いました。
魔法使いは、「心配要りませんよ」と言いました。
さて、雨がまた降りました。
魔法使いは村の中心に紙を置いて、魔法をかけました。
「えい!」
するとどうでしょう。
雨はまわりの景色ごと、紙に吸い込まれていきました。
*
「それがこの村というわけ」
少年は絵本をめくりました。
そのページには、緑豊かな風景が描かれていました。
旅人は、黙って絵本を見つめていました。
少年は静かな微笑をたたえたまま、旅人に尋ねました。
「もう一杯、水はどう?」
旅人は、はっと気づき、「そうだな、もらおうか」と答えました。
少年が傍らの杓を手に取り、絵本のページをめくりました。そこには、あふれんばかりに水が満ちた井戸が描かれていました。
少年は、澄んだ水を湛えた井戸から杓に並々と水を汲みました。
去り際、旅人は尋ねました。
「その後、村はどうなった?」
少年は静かに微笑みます。
「幸せになりました」
旅人は、また尋ねます。
「じゃあ、魔法使いは?」




