はぁ…。疲れた。
イグー視点で、前回の続きです。
俺がワジを置き去りにし、猛スピードで走ること十数分……前方におびただしい数の砂煙を立てて、こちらに向かって来るフェンリルの群れを発見した。
確かにフェンリルの群だ。間違いない。ワジはアホだが、奴の知覚能力は正確だって事だな。
先頭を走る大型フェンリルの眼前に飛び出すと、俺を中心とした左右にファイアウォールを展開する。
フェンリルの群れの脚を止める為の策だ。
「ギャウッ………」
ファイアウォールとは、その名の通り指定した箇所に炎の壁を出現させる魔法だ。
流石のフェンリル達も炎の中に突っ込む事はせず、小さい悲鳴を上げながら急停止する。
「お主…いきなりなんじゃ?我らの走りを邪魔すのかのぅ?」
先頭を走っていた大型フェンリルが、不満げに話し掛けてくる。
「当たり前だろ?このまま直進されると、赤竜の郷だからな……。突っ込まれるのは困るんだよ」
「はて?我らの目的地もその赤竜の郷じゃし、そもそも突っ込みゃせんぞ?」
「は?なぜ目的地が赤竜の郷なんだ?」
フェンリルがこの大陸に居るのも変だが、更に目的地が赤竜の郷とは、一体どういう事なんだ?
「ウム…。ただ単にワシの孫が、とある赤竜に助けて貰ってのぅ…その礼をしに参っただけなのじゃが……」
「そうなのか。じゃあさその礼が済めば、良いんだな?で、そのとある赤竜がどいつだか分かるのか?」
ちゃっちゃと終わらせて、家で待ってるシャワの元に帰りたいから、手伝ってやるか。
「ウム。それがのぅ…。孫はまだ小さいからのぅ…顔を覚えてはおらんのだそうだ……」
「は?じゃあ…特徴とかも…?」
「全然覚えて無いとの事じゃ……」
「……………………………」
それでは、特定は無理なんじゃ無いだろうか?
若干場の空気が重くなった。
相手も特定が難しい事は分かっているだろうに。
本当にこの大型フェンリルは孫バカだな。
「じゃが、孫は匂いは覚えておるそうなんじゃ!だからその人物の匂いさえ嗅げれば分かるんじゃが……」
顔は覚えて無いのに、匂いは覚えているって……流石は犬!…じゃない、狼…か?
「………じゃあ、俺がその孫を郷まで連れて行く。その間あんたらはこの場所で待機だ!」
「なんじゃと?お主が悪い奴とは思えぬが、会ったばかりじゃからのぅ…大事な孫を任せる訳にも…のぅ……」
もっともな意見だが、流石に群れを引き連れて郷には行けない。
どうするか迷っていると、大型フェンリルの脚の隙間からチョコチョコこちらに向かって、走り寄ってくる白い毛玉………ん?何か見覚えが有るような…無いような……?
「お兄さ~ん!この匂いは、あの時のお兄さんだよ~!」
「おおヒュンゼル!!それは本当なのかのぅ?この者が、お主を助けてくれた赤竜の者なのかのぅ?」
白い毛玉は俺の足元にまで寄ってくると、フンフン匂いを嗅ぎ始めた。
白い毛玉は、尾らしき物をブンブン高速で振っている。
しばらくして嗅ぎ終ると、嬉しそうな声でこう言った。
「じいちゃんっ!!このお兄さんだよっ!間違いないよ~!」
「そうじゃったか、そうじゃったか~!良かったのぅ恩人が見付かって」
グルグルと嬉しそうに俺の周りを回りまくる白い毛玉と、狼顔をだらしなく歪めて喜ぶ大型フェンリルの姿があった。
しかしどうしてこうなった?
本当に俺なのか?この様な毛玉を助けてやった覚えなぞ………ん?……んん?………んんん~?
あっ!!!
思い出した。シャワを赤竜の郷に連れて来る途中に、迷子のフェンリルに出会ってたな。
邪魔だったから、群れの居る方角だけ教えて追い払ったんだが、それを助けてくれたと思ったのか…。
「ふぅ…。思い出した……お前あの時の迷子のフェンリルか?」
「ええっ?忘れてたの?酷いよぅ~!でも……思い出してくれたから、いっかぁ~!!」
ショボーンとしたかと思ったら、直ぐに騒がしくなった。コロコロと感情が変化する奴だな。
まるでシャワの様だ。
「あの時はありがと~!お陰で皆とまた会えたよ~」
今度は俺の周りをピョンピョン飛ぶ。
「まさかヒュンゼルが探しとったのが、お主だったとはのぅ…」
相好をメロメロに崩して、喜ぶ孫を見詰める大型フェンリル。失礼だがその表情は気持ち悪い。
せめて人の姿になってくれれば少しは……いや、どのみち気持ちが悪そうだ。
「わぁ~い!遊ぼう!遊ぼう!!」
そう言うと白い毛玉は、俺の胸元に飛び乗って来る。
咄嗟に抱き抱えてしまったのだが、それがよくなかった。
「ヒュンゼルッ!!おおうっ!ワシの可愛いヒュンゼルゥ~!!いくらそやつが恩人でも、抱っこはまだ早いのぅ!じいちゃんの元に帰って来るのじゃ~!」
「え~?嫌っ!僕お兄さん好きだもんっ!」
「なっ……なんじゃとぉぉぉぉ~?」
物凄くショックを受けた表情をした大型フェンリルは、フラフラと後ろに数歩下がる。
「フォッフォッフォッ……。小僧……許さんっ!」
「うおっ!危ねぇっ!」
笑いながら殺意をみなぎらせた一撃を放って来る大型フェンリル。
間一髪避けたが、一応俺はあんたの大好きな孫を抱えたままだが、攻撃した大丈夫なのか?
「じいちゃん~!カッコいい~!!」
孫………空気読め!!
大型フェンリルは孫の応援により、更にやる気を…いや、殺る気をみなぎらせた攻撃を俺に仕掛けて来る。
「っだぁ~!!ファイアーボールッ!!」
面倒なので、球体の火の玉を大型フェンリルの鼻先にお見舞いしてやった。
この程度の初級魔法ならば、怪我らしい怪我もしないだろ?精々鼻の毛が燃える程度だろうし、多分当たらない。
「ぎゃふっ………」
思いっきり直撃してやがる。避けられるだろ?俊敏なのがフェンリルの特性だろうがっ!!
「ああっ!じいちゃんがっ!じいちゃんがぁ~」
情けない悲鳴を上げて、俺の腕から飛び降りると一目散に煙の上がる大型フェンリルの方に戻っていく毛玉。
直ぐに煙の中かから、姿を現す大型フェンリル。
その口許にはプラーンと下げられた毛玉が居る。
「フォッフォッフォッ!!可愛い孫は返してもらったのじゃっ!残念じやったのぅ~?」
どうやら大型フェンリルの作戦だったらしい。
俺からの攻撃を直接受け、心配して戻った孫を捕まえる為の。
勝ち誇った表情で(ただし鼻先は焦げてる)宣言すると、踵を返して走り去って行った。
「じいちゃん、無事だったのかぁ~!良かった~!お兄さ~ん!またねぇ~!」
「ヒュンゼルッ!またなど無いのじゃ!礼は済んだのじゃから、もういいじゃろう?」
「ええ~?じいちゃんが邪魔して、まだ全然遊んで無かったよ~?」
「お礼=遊ぶじゃ、ないのじゃぞ?」
「そうなの~?でも遊ぶ~!じいちゃんばっかりお兄さんと遊んで狡いよ~」
「ワシは遊んでなぞおらなかっなんじゃが…」
「お兄さん~また遊びに来るからね~!ばいばーい~!」
大型フェンリルにくわえられ、左右に揺られながら不吉な言葉を残してヒュンゼルと呼ばれた白い毛玉は、去って行ったのであった。
「はぁ……。疲れた」
結構な時間を取られてしまった。
今日はシャワとのピクニックは無理だな。
内心ガッカリしながら郷に戻ると、心配げな表情のレビーと、憮然とした表情のワジが出迎えてくれた。
さっきまでの話を簡単に話すと、二人ともホッとした表情で頷いてくれた。
精神的に疲れた。
早く家に帰ってシャワを可愛がりたい。
俺はシャワが待っている家に物凄いスピードで辿り着いたのだが、家の扉が吹き飛んでいた。
その光景を見て、俺は急いで家に飛び込んだ。
「シャワッ!どこだ?どこに居る?」
大声で呼ぶが全く返事がない。
嫌な汗が溢れ出す。
留守番などさせなければ良かった。一緒に連れて行っていれば、護ってやれただろうに……。
シャワが不安や恐怖で泣いていないといいが、何があったか全然分からない。
もしや……死んだりなどは……。
嫌な考えが俺の脳裏を過る。
一度落ち着くために、水を貯めている壺から水を飲み、一息付く。
頭が冷えて少し冷静になってくると、壊れていたのは扉だけだったのに気付いた。
しかも血痕などは、全く見当たらない。
俺が家を出る直前までシャワが居たと思われる場所を調べると、ガナッシュの食べかすや不思議な絵などが見つかった。
その中に流麗な文字で、イグニスヘと書かれた紙があった。
ちなみにシャワは字は書けない。
だから何者かが残した紙だと推測出来る。
書き置きを読むと、安堵と怒りが交互にやってきた。
書き置きの内容は実に簡潔だった。
イグニスヘ
シャワは姉さんに連れられて、中央広場の服屋に行く事になりました。
シャワの安全は僕の命に変えても護るので、安心して下さい。
扉は姉さんに直させます。ご免なさい。
フレイルより
俺は書き置きを握り締めると、中央広場の服屋に向かったのであった。
長かった。途中で挫けそうにナッタ。
書き終わったぞ~。ヒャッホー。
フェンリルのヒュンゼルくんは、そのうちまた出る予定ですが、あくまで予定です。




