駄エルフさんと栗饅頭
「うーん、何だったかなー」
食事後、駄エルフは定位置である愛用のクッションに。
何時もなら本を読んでいるか、お腹いっぱいでうつらうつらとしているところだ。
少年は食器洗いをしながら、取り敢えず駄エルフの様子をスルーする。
ちなみにフライパンは、オムレツ完成後に洗って乾かしてある。
ここまで育てて来た鉄のフライパンだ。
きちんと手入れは怠らない。
「なー少年。何か思い出しそうなんだけど」
駄エルフは少年が食器を布巾で拭い、棚に片付けたところで声をかける。
「ハイハイ、何ですかね」
ここでようやく少年も駄エルフに対応。
これは良くある光景だ。
少年は駄エルフが頼って来るまで反応しない。
駄エルフは少年が作業中には頼らない。
ここはアントリア大陸中央にある大国フロントガーデン。
その外れの新興住宅地の、そのまた外れの一軒家。
駄エルフが思い出そうとしているのは、だいたいが古い記憶。
2000年前にあった出来事か、古代秘宝の事だ。
それらを思い出すのが駄エルフの。
それらを記録するのが少年の。
この一軒家での仕事だった。
「今回は何が切っ掛けで思い出しそうなんですか?」
駄エルフにお茶を渡す。
砂糖たっぷりのミルクティーだ。
それを一口飲む。
「甘くておいしー。えっとね、オムライス。オムライスを食べてたらね、そんな形の魔法道具……えっと、今は古代秘宝だっけ、それがあったなって」
今回思い出しそうなのは古代秘宝か。
少年はこういう時の為に、DEシリーズのリストを持ち歩いている。
ポケットからそれを取り出すと、高速で眺める。
オムライスの形状……半ドーム型か、それとも卵形なのか。
リストには古代秘宝の形状も記されている。
それっぽい物は5つあった。
「他に何か思い出したことは?」
「色は赤かったかな。そうトマトソースみたいだった」
「赤い……あ、これですかね、赤くて半ドーム型……DEシリーズ053」
「何か格好いい名前だね」
「そうでもないですよ。それよりもその古代秘宝はどう言う能力なんですか?」
駄エルフはこめかみに指を当てる。
「それが思い出せないんだよ」
「肝心なところで役に立たない駄エルフさんですね」
駄エルフが赤くて半ドーム型の古代秘宝を持っていることは分かっているのだ。
知りたいのはそれが、どういう効果を持っているのか、だ。
「そう言っても少年。寝て起きたら忘れてることなんて、この世の中良くある事だよ」
「その忘れている内容ひとつで、町や国がひとつ滅ぶんです」
今朝効果が分かった巨大な匙。
あれは水を酒に変える古代秘宝だったが、その効果範囲は1000万リットルと推測される。
その効果を最大限に使えば、テロだって起こせるのだ。
「何だったかなー。あ、私、甘いもの食べたい」
「思い出したらあげます。飴でもケーキでも饅頭でも」
「やったー、約束だね……ん?……あ、饅頭……栗饅頭……そうだ、あれは栗饅頭倒したやつだっ」
栗饅頭?
少年は駄エルフの説明をゆっくり待つ。
駄エルフは非常に説明ベタなのだ。
急かした所で余計に分からなくなるだけだ。
余裕を持って対応するのがベストと経験上知っている。
だが、駄エルフの説明を聞き終わると、急いで庁舎へと戻った。
とんでもなくヤバい物だった。
あれはDEシリーズでも比較的若いナンバーだ。
何時手を付けられてもおかしくないのだ。
◻◼◻
『赤腔の卵』
それが今回駄エルフが思い出した古代秘宝の名だ。
効果は単純だ。
この卵は割れても元に戻る。
ただし、半径100メートル内の物を全て飲み込んで。
主な使い方は手榴弾である。
駄エルフ達がある魔物を倒すために、その卵を三つ造った。
その三つとは実験用、本命、予備だ。
DEシリーズ053はその予備だった。
「こんな危険な物、なんで忘れますか?」
少年は一時間ほどで戻って来た。
余程急いだのだろう。
しばらく動けなかった。
「だって、これ使ったのって私達の旅でも、結構初期だったから」
何時か使えるだろうと残してあったのだが、効果範囲が広すぎて逆に使いにくかったのだ。
そのうち使い勝手のいい魔法も覚えたために、その卵の事は忘れてしまったのだ。
「で、何だったのですか、栗饅頭とは」
「スライムだね」
この世界のスライムはアメーバ状ではなく、水饅頭みたいなやつだ。
アメーバ状のは、そのまんまアメーバとして存在する。
「ああ、形から栗饅頭と言う名前ですか。半径100も効果範囲が必要なスライムとは、とんでもなさそうですね」
「違う違う、大きさは普通だった。だいたいこれぐらいだね」
駄エルフが手で大きさを見せる。
その大きさは駄エルフのおっぱい片方分だった。
そうか、スライムを使えば駄エルフのおっぱいが再現できるっ。
2スライムで1駄エルフだ。
「でもね、そのスライムはどんどん増殖するのさ。それを見た仲間の一人が『栗饅頭かよっ』て言ったんだ。だから栗饅頭」
話が繋がっていないので少年は首を傾げる。
「よく分からないですね。何か過程を省略しましたか?」
駄エルフも少年と同じ向きに首を傾げる。
「ううん。やっぱり意味わかんないね。でも他の仲間達には意味が分かったみたいだった。みんな『あー』って納得してたし」
その仲間達には常識だったのだろう。
共通認識だ。
駄エルフはハブである。
「まあ、いいです。その辺は書類には残しませんし。しかし半径100メートルだと、魔王でも倒せそうですね」
少年は書類をまとめ終わるとポケットにしまう。
「では約束の甘いものを用意しますかね」
庁舎からの帰りに買って来たプリンが、冷蔵庫にある。
少年はそれを取りに立ち上がる。
だから駄エルフの呟きは聞き逃した。
「無理無理。そんな物でどうにかなるような物じゃなかったよ、魔王」