駄エルフさんと卵料理
「こちらの資料の件ですがこのまま進めてください。あ、秘宝DE021の能力は何か分かりましたか?あの金の杖です」
少年の朝は忙しい。
仕事の殆どを午前中に終わらせないといけないからだ。
午後は駄エルフの世話である。
ここはアントリア大陸中央にある大国フロントガーデン。
その外れの地方中小都市庁舎の古代秘宝課、少年の職場だ。
駄エルフが寝ている時間、少年はここで働いている。
17歳で係長だ。
エリートである。
「え、DE021は杖ではなく大きな匙? ……水を酒に変える魔法の匙で、魔力総量からすると1000万リットル以上?……なんでそんな物が……相変わらずあの人のは……いえ、分かりました。引き続きの調査をお願いします」
まだこの時間帯だと髪は逆立っていない。
古代秘宝……地下迷宮や古代遺跡等で見つかる魔法道具の中でも、特に価値の高いものの総称だ。
そして古代秘宝課とはその名の通り、古代秘宝を扱う課だ。
元々は冒険者ギルドの鑑定部門。
ギルド解散の際、業務の一部が公に任されることになった。
古代秘宝の一部は国単位で管理しなければマズイのだ。
過去には素人の適当な扱いの結果、町一つが地図から消えたこともある。
「これでDEシリーズは21個目までは目処がつきましたか。でもまだまだ先は長いですね」
少年は手元のリストを眺める。
一枚目は調査が終わった物が羅列されている。
二枚目三枚目は調査中となっていた。
調査中と言っても様々だ。
先程の匙の様に能力が分かった物もあれば、まだ手を着けたばかりの物もある。
少年はため息を一つして自分の机を見る。
そこには積み上げられた書類の束。
それらは全て未調査のリストだった。
半年前、古代秘宝が大量に発見された。
どれもが高い魔力が込められていた。
中には伝説の中で語られるような物も。
だが使い道、使い方が分かるのは1割程度。
残りは慎重に調べて行くこととなった。
それら古代秘宝はDEシリーズと名付けられた。
なお、DEとは駄エルフの略である。
駄エルフは自分の持ち物なのに、9割も使い方を忘れてしまっていたのだ。
「係長、そろそろ時間だ。王女のところに行きたまえ」
少年にロングの黒髪でスーツ姿の女性が話しかける。
「姉さん」
心底嫌そうな表情の少年。
そんな表情は駄エルフの前ではしそうにもない……訳でもないか……むしろ良くやっているか。
それでも駄エルフに向けるのとはどこか違う、その表情。
それを見て姉と呼ばれた女性は口元を引き吊らせる。
「ここでは課長だ」
スーツ姿の女性……姉は、こうして並べば姉弟と分かる程度に似ていた。
背も同じぐらいで、スーツも同じブランドか。
髪は一部跳ね上がっている。
姉も少年同様、癖毛で悩まされているクチだ。
「ほら、こっちは任せて行け。王女の世話は大事だろう?」
「ええ、大事な仕事ですよ。何せDEシリーズ001ですからね」
人目がなければ、そこが職場でなければ、唾でも吐いていたかもしれない。
職場の上司に対する態度としては最低だ。
例え嫌っていたとしても、もう少し隠せと姉は思う。
一応言っておくと 、少年がこのような態度をするのは、この課内と自宅だけだ。
他の場所や課意外の人が居るときにはしない。
仕事には支障をきたさない。
だからと言ってとか、肉親に甘えすぎとか。
そう言う意見も少なくはないが。
「そんな言い方するな。お前でなければ彼女は起きもしないと聞いているぞ」
「ハイハイ行きますよ。皆さんは残りの仕事をお願いしますね。明日の朝にチェックしますので。ではこれで」
一同に礼をし、少年は駄エルフの家へと向かった。
それを見送る姉。
「何が仕事だ馬鹿弟。好きでやっている事だろうに」
少年は何時からか、姉に反発した態度を取るようになっていた。
少なくともここで働く以前からだ。
「反抗期かな、まったく」
◻◼◻
「今日は何を食べたいですか?」
ここはアントリア大陸中央にある大国フロントガーデン。
その外れの新興住宅地の、そのまた外れの一軒家。
少年はスーツの上からエプロンを身に付けつつ、駄エルフに聞く。
その表情は何時も通り。
姉に向けた険悪な物は何処にもない。
駄エルフを見て癒されたのだ。
しかし、見る者によってはどこか違うようであり、
「少年、何かあったのかな?」
と、普段鈍い駄エルフのくせに、こうところには気がつく。
「いえいえ、駄エルフさんが気にするような事じゃないですよ。ちょっと些細なことですが、嫌なものを来る前に見てしまったのです」
「あー、そういうのあるね。道端の馬糞とか」
「今時馬糞が落ちてるなんて農村部位ですが、まぁ似たようなものです」
姉を馬糞と似たようなものとするのは、どうなんだろうか。
姉は男が擦れ違えば3、4人は振り替えるほどには美人である。
なお駄エルフの場合は、特殊な性癖でもない限り振り替える。
「まあいいや。今日はね玉子の気分かな」
「好きですね、玉子」
玉子とか貴重な時代だったんだろうな。
甘いものも無かったみたいだし、鳥肉も贅沢だと怒られたなあ。
……当時は一体何を食べて暮らしていたのだろうか?
冷蔵庫を見る。
五日前に買った玉子が一パック……10個か。
鳥肉、玉葱、人参、ピーマン……。
明日は確かに生鮮食品特売日だったな。
普段行く店の曜日特売を思い出す。
うん、全部使ってしまおう。
米は三合炊飯用の鍋の中にある。
メニューは決まっていなくても、主食は必ず食べるものだ。
だから食べる時間に合わせて前もって炊いてある。
この炊飯鍋はおひつ代わりにもなり、保温もできるのが非常に便利だ。
ちょっと高かったがいい買い物をした。
鍋から半分取り出し、バターを使ってチキンライスを作る。
二人前と考えるとちょっと多いが、駄エルフは良く食べるのだ。
味の決めては母親直伝のトマトソース。
色んな料理に使えるので、暇を見ては作ってはストックしている。
続けて玉子をボールで軽くかき混ぜる。
そしてそれを、フライパンにたっぷりのバターで焼く。
半熟状態で火を止めて、先程の作ったチキンライスを投入。
トントントンと玉子でチキンライスを包んで、皿に盛り付ける。
上からフレッシュなトマトソース。
オムライスの完成だ。
一枚の皿で二人前なので結構巨大だ。
「できましたよ」
「わーい。もうおなかペコペコだよ」
駄エルフは一日中愛用のクッションの上でグータラしているだけだが、減るものは仕方がない。
脂肪も呪いの影響で減りも増えもしない訳だし。
ちゃぶ台にオムライスの皿と、スープが入ったカップが置かれる。
スープはまとめて作ったあと凍らせたものだ。
今回はオニオンスープだが他にもあと四種類ある。
「いただきまーす」
駄エルフが何時もの手を合わせる儀式。
エルフに伝わる儀式かと聞いたところ、昔一緒に旅をした人の影響だとか。
少年はこの世界の原初に存在した『白と黒』に、今日の糧をありがとうと感謝の祈り。
こっちはフロントガーデンでは一般的だ。
駄エルフはオムライスを小皿によそい、一口食べる。
少年はその姿を眺める。
何時もの事だ。
少年は、まずは駄エルフが一口食べるまでは食べない。
料理は駄エルフの為に作ったものである。
自分の分なんてついでだ。
「甘いけどちょっとすっぱくて美味しいー」
駄エルフは何でも美味しいと言うが、表情は違う。
より美味しいものにはよりいい笑顔になる。
今日のオムライスは上々だった様だ。
少年、心のなかでガッツポーズ。
少年もようやく食べ始める。
うん、ちょうどいい焼き加減だ。
焼き過ぎのオムライスなど食べられたもんじゃない。
オムライスにはライスの上に半熟玉子焼きを乗せるタイプのもある。
少年はそれは嫌いだった。
あれは腕のないやつが作る紛い物。
半熟玉子と米が直接絡んでこそ、オムライスなんだと熱弁したい。
気付くと駄エルフの方が少年を眺めていた。
「どうかしましたか?」
「ううん。ただね、少年はその表情の方がいいな」
そう言った後はオムライスをガツガツ食べる。
「うまー」「うまー」とやかましい。
「物を口に入れたまま喋らないでください」
「ふぇもふぉいしーし」
さっきまでと今と、何が違うだろうか。
きっと何かが違うのだろう。
ちゃぶ台回りはもういつもと同じ。
駄エルフと少年もいつもどおりだった。