駄エルフさんと保管庫
「何を作りましょうかね」
ここはアントリア大陸中央にある大国フロントガーデン。
その外れの新興住宅地の、そのまた外れの一軒家。
今日も少年は駄エルフのために昼食を作る。
竜人を食料保管庫に放り込んで使えなくなった。
だからと言って、駄エルフの食生活は大きく変わることがなかった。
少年の料理はソースや下拵えの必要なものを、前以て大量に作りストックする。
大量に作るのは後々楽になる以外にも、料理の味が均一化するからだ。
平均化とも言い換えても良い。
均一化、平均化と言うとどこか良くないイメージもある。
量産品とかそんな感じの。
だが、不味い物が出来にくいと言う利点もある。
平均だと極端に美味いものは出ないが、極端に不味い物も出ないのだ。
そして平均値を上げていけば、そこには美味い物しか残らないのだ。
だからと言って、ストックがなければ料理ができない訳じゃない。
ただ時間がかかるだけだ。
それに……。
「冷蔵庫もありますしね」
魔力を使い、食品を冷やし保存する魔法道具。
かつては希少で消費魔力もかなり必要だった古代秘宝だ。
しかし、解析が行われ原理も解明した。
消費魔力もより効率的な方法が発見された。
インフラの魔力が使える現代では大量生産されているのだ。
この辺は少年の所属する古代秘宝課の功績だ。
古代秘宝課は古代秘宝を管理するだけでない。
解析して生活に便利なものを世間一般でも使えるようにするのも仕事だ。
そしてこの家の冷蔵庫には、少年のストックも幾つか入っている。
食料保管庫よりも小分けに保存したり、冷やしておきたい場合は冷蔵庫の方が便利なのだ。
◻◼◻
「今日の少年のご飯も美味しいね」
口回りを汚しながら食べ続ける駄エルフ。
今日のメニューはパスタだ。
用意したのは三種類。
トマトと鳥笹身、自家製ツナとキノコ、卵とベーコン。
少年としては唐辛子を利かせたものが好きだが、駄エルフが辛いのが苦手なので作っていない。
駄エルフは口がお子さまなのだ。
「少しぐらい食べれるようになりませんか?」
「嫌だよ、私は忘れてないからね、騙されて火を吐きそうになったの」
「あれでもかなり甘口にしたカレーでしたよ。もう少し辛いのが行ければ、ここでのレパートリーも倍ぐらいになるのですが」
「辛いのは旅でたくさん食べたからもういいの」
香辛料は味付けや臭い消し等で使われるが、昔は保存食に使われることが多かった。
駄エルフも長旅の中では好き嫌い言わずに食べていた頃もあるのだ。
それしか食べるものがなかったとも言うが。
「火を吐くと言えばあの竜人、目を覚ましませんね」
「起きた反応がないよね。何日ぐらいたったかな?」
「えっと先週の月曜でしたから……10日?」
「……さすがに時間かかりすぎじゃないかい?」
駄エルフと少年に最悪なビジョンがよぎる。
「まさかと思うけど死んでないよね? 何も食べてないけど」
「10日なら……なんとか大丈夫かと。それよりも水分補給がないほうが問題では?」
慌てて二人、食料保管庫へ向かう。
駄エルフが急いで動くのも珍しい。
ここのところ歩くのもオードリー任せだし。
「開けるよ?」
駄エルフの問いに少年は頷く。
駄エルフが魔力を扉に流す。
ここの鍵は登録してある魔力だ。
少年も登録してあるが、いざという時のために駄エルフが開ける。
少年は駄エルフが襲われないように、盾になるように身構える。
開く扉。
ゆっくりと覗きこむ。
色々な食材が並ぶ棚。
その中で。
竜人が。
「もウたべられないヨ」
寝ていた。
寝言をもらした。
寝返りした。
「……ああ、そうか、そうですよ」
「どうした、少年」
「保管庫の中、時間の進みが遅いんです」
ああ、と駄エルフも納得。
異界化で保管庫の中は時間の流れが緩だ。
今の様に扉さえ開いていれば大丈夫だが。
「きちんと調べたことがなかったけど、10日経っても中は1日経ってないのかな、これは」
「そうなんでしょうね。道理で漬け物も漬け具合が悪いはずですよ。2、3倍ぐらいかと思ってました」
少年は漬け物なども自作だ。
特にザワークラウトが美味しい。
ザワークラウトは普通なら漬け込んで数日から一週間で出来る。
だが一週間経っても酸味が出ない。
これはおかしいと、保管庫での漬け物製作は止めた。
「で、どうしますか?」
「寝言を言うぐらいだし、たぶん普通に寝てるだけだよね。起こしちゃおう」
「危険は?」
「無いって言えないけど、ほぼ無い位には。疲れるけどね」
駄エルフは魔法を使う。
竜人に向けてではなく、竜人に巻き付いている蔦に。
蔦を縛り付けるものから、寄生するものに変化させる。
「これは……蔦が竜人の力を吸ってます?」
「よく分かったね。生かさず殺さずでやってるからまた魔力切れも無いと思う。最初からギリギリだから魔力の発動さえしないし」
やがて蔦は枯れる。
少年は焦るが駄エルフが竜人の頭を指差す。
そこに赤い花が咲いていた。
火のように赤い花……竜人の赤い魔力を吸っている証拠だ。
あの花、根はどうなっているのだろう。
少年は想像しかけて、止めた。
なんかすごく怖いものしか想像できない気がしたからだ。
「じゃ、起こして」
「自分がですか?」
「何時も私を起こしてくれるし、得意でしょ」
得意と言うか得意になってしまったと言うか。
とりあえず肩を揺らしてみる。
女の子らしい細さ。
この細身に竜の力があるとは思えない。
だが、玄関先を荒らしたのは彼女だ。
あれだけのクレーターを作る一撃は自分など跡形もなく葬るだろう。
何度か揺らすが起きない。
「起きてください、話を聞きたいのです」
やはり起きない。
そればかりか。
「やーン、にぃちゃー。コレわれのだヨ。たべさせないヨ」
と、寝言を言う。
ポケットを探る。
あった。
それを竜人の顔に付け……スイッチオン。
「ひひゃぁぁぁぁぁぁっっ」
あー、あんな感じかぁと、駄エルフは少年に過去にされたことを思い出す。
低周波マッサージ機具の一撃だ。
あれは慣れるまでやられた。
「なんダ、なんダ? なにがおこタ?」
飛び上がって起きる。
どうやら尾でジャンプしたようだ。
辺りを見、駄エルフと少年を見つける。
「おまえらガ、やたのカ? テキだナ。テキにきめたゾ」
その場にしゃがむ。
蛙のように跳ねるつもりだと、少年は判断した。
ポチ。
「ひぎゃぁぁぁぁぁっっ」
少年のマッサージ攻撃は、竜人が泣くまで続いた。