駄エルフさんとクッション
目を覚ます。
夢は見ていない……と思う。
起きてすぐ忘れてなければ。
少年の朝は早い。
時計は見ていないが、外が暗いところからすると何時も通りの時間だろう。
20時間以上寝ていなければ、今は朝の4時半だ。
「ここは……ああ、今日は駄エルフさんの家に泊まったのでしたね」
何時も飯を食べるちゃぶ台。
自宅のベッドより寝やすいソファ。
居間に隣接しているキッチン。
愛用のクッションで眠る駄エルフさん。
どれもが自室の次に見慣れた光景だ。
ここはアントリア大陸中央にある大国フロントガーデン。
その外れの新興住宅地の、そのまた外れの一軒家。
……。
「何で駄エルフさんがこの部屋に?」
駄エルフは魔力切れで、寝室で寝たはずだ。
寝たところも見た。
自分が寝ているうちにこの部屋に?
普通ならあり得ることだが、駄エルフの場合はあり得ない。
駄エルフは起こさない限り、一時的にも目を覚ますなんて無いのだ。
あ、別に駄エルフがぐうたらとか関係ないですよ?
駄エルフは起きると言う意思がなくては、起きていられない。
『眠り』に抵抗することで、起きていられる。
普段、呪いの影響で半日寝ないと駄目と言っているが、本当は逆だ。
呪いの影響で半日起きているのがやっとだ。
もし眠りを完全に受けいれれば、2000年以上眠り続ける事さえ出来る。
もうそれは怠惰の呪いと言うより、睡魔の呪いとか言ったほうがいいんじゃなかろうか。
「誰かが運んできた?」
それもあり得ない。
招待されるか、合鍵を持たないとこの家には入れない。
少年はクッションで眠る駄エルフに近寄る。
寝たときと同じ格好だ。
部屋着となっているダルダルのTシャツ。
仰向けなのに自己主張の激しいおっぱい。
Tシャツの裾から伸びるムチムチな脚。
褐色肌で、見た目だけなら健康そうだ。
顔色はいい。
魔力切れからは回復しているのだろう。
色々と疑問はある。
だが、この家にいる限りは、外からの脅威はない。
「帰ってきたら聞いてみますか」
自分が使っていたタオルケットを駄エルフにかける。
これから仕事だ。
昼から駄エルフの世話をするため、まだ暗いうちに出社しているのだ。
だから少年の朝は早い。
◻◼◻
「んー、知らないよ。私こそ少年がここに運んだのかと思った」
昼過ぎ、起こしたあとに聞いてみた。
期待はしていない。
起こしたときのプチパニックでわかった。
あ、何にも知らないや、と。
「何かこの家にいます? 駄エルフさんを運べるような何か」
「いないと思うけど……生命探知でも私と少年しか居ないね」
生命探知は、日常的に消費する微弱な魔力を感知する技術だ。
魔法や魔術をきちんと学んだ者なら、習得していて当たり前だ。
「古代秘宝の可能性は? 女給人形とかだと生命探知に引っ掛かりませんよね」
女給人形はゴーレムの一種とされている古代秘宝だ。
だが、ゴーレムなら魔力が使われており、生命探知にも引っ掛かる。
だが、女給人形は魔力が一切使われていない。
機械仕掛けの人形で太陽の光だけで、壊れない限りは永久に活動する。
「そんなのが隠れているなんて、2000年前からも聞いたことないね」
「駄エルフさんが知らないだけとか、忘れているとか」
駄エルフは少年から目線をはずす。
「……その可能性は否定できない……ね」
出来れば否定してほしかった。
だが、この駄エルフは物忘れが激しい。
さらに世間知らずの弄られキャラのため、騙されていることが多いのだ。
最近だと少年に。
2000年前だと一緒に旅をしたと言う仲間に。
「私としては少年が怪しいと思うんだ。ほら、いたずらとか。寝ているときは胸を揉まれても、私は分からないし」
今度は少年が視線を反らす。
「ちょっとー。何で。何で、そこで視線を反らすの? やってないよね、冗談だよねっ?」
「ははは、そんなおとこらしくないコト、じぶん、するはずないデスヨ」
「何で棒読み? 何で片言っ?」
手は本当に出していませんよ?
目で堪能するのは日常茶飯事だけど。
◼◻◼
「まあいいわ。私はお風呂入ってくる。昨日入っていないから、汗臭い気がするんだ」
いい匂いですけどねえ。
ちなみに駄エルフはシャワーが苦手だ。
立ちっぱなしなんて高等技術、無理だし。
お風呂は大好きだ。
この家の浴槽は広いので楽なのだ。
「あ、はい。では、昼食作っておきますね。後、一応は注意してくださいね。何があるかまだ分からないのですから」
「うん。でも、何かあったら守ってくれるよね、少年が」
冗談だろう。
表情でそれぐらい分かる。
でも、何かがあれば少年は全力で守る。
少年は初めて会った時から、そう心に決めている。
そして、駄エルフも少年を信頼している。
「じゃ、行ってきまーす」
駄エルフは浴室に向かう。
愛用のクッションと共に。
……。
え?
愛用のクッションと共に?
駄エルフは愛用のクッションの上にいる。
だが、浴室に向かってもいる。
あの人を駄目にするクッションが、駄エルフを乗せて、這うように動いていた。
「ちょっと待てーっ」
「なんだい、少年?」
駄エルフは自分が置かれている状況に気付いていなかった。