第18話 岩都ロクシリア②
「ところで師匠、何でこんな所にいるんですか?」
「うるさい。お前よりミリアの方が大切なんだから我慢しろ」
ロクシリアにある診療所の1つ、その前にソラとハウエルは立っていた。ミリアとフリスは中だ。
結局ソラは、ハウエルを弟子にすることに決めた。始めから悪くないと思っており、あの断る演技はただのお遊びである。
すると2人が中から出てきた。
「ソラ君」
「ミリア、フリス、どうだった?」
「問題無いそうよ。ホッピングマッシュルームの毒は時間が経てば自然と無くなって、後遺症も無いらしいわ」
「お、普通に話せるようになったな」
「ええ。まだ少しピリピリするけど、動くのに問題は無いわ」
「なら、明日には治ってそうだな」
「良かったですね、姐さん」
「その姐さんって言うの、本当はやめてほしいのよ?闇ギルドみたいで」
「そんな悪気があるわけでは……」
「じゃあ、家が闇ギルドみたいだったりするの?」
「そんな訳ありませんから、お嬢」
フリスのからかいに対して、ハウエルは特に大きな反応を返さない。フリスは面白く無いとでも言いたげだが、話すチャンスはソラに取られてしまった。
「そのお嬢ってのどうなんだ?俺の嫁に対して」
「え?……嬢には、所謂母親という意味もありますから」
「……あるのか?」
「村では使ってましたけど……」
「……まあ、それなら良いか。文化ってのなら否定はしない。ミリアも我慢しろよ」
「分かってるわ」
実際日本語では、嬢が母親を指すこともある。古語みたいなものだが、広辞苑にも載っている。ドラコイドの村では古語も使っているのかもしれない。
そんなことをソラは知らなかったが、弟子に言葉遣いを強制するつもりは無い。これに関しては何も言わず、次はハウエルを優先した。
「さて、ギルドに行くか」
「予定は無いし、ハウエルの相手をしても大丈夫よ」
「弟子って、どうするの?」
「ハウエルの戦い方的に、俺かミリアになるだろうな。身体強化以外の魔法は何が使えるんだ?」
「自分は火と土の付加を使えます。放出系は持ってないですが……」
「なら、大剣で押し通る形になるか……ミリアよりは俺だな」
「そうね。スピード重視の私とはスタイルが違いすぎるわ」
「後衛の盾みたいなものだからな」
「ソラ君は盾って感じじゃないけどね」
「通さないっていう意味なら同じだろ?」
しばらく話しながら歩いていた4人はようやくギルドに着き、カウンターへ向かう。先に依頼の清算をした後、本題に入った。
「こいつの冒険者登録を頼む」
「お願いします」
「大丈夫ですが……どなたですか?」
「さっき取った弟子だ」
「「「何だって⁉︎」」」
騒然となるギルド内。見知らぬドラコイドがいきなりSSランクの弟子になったなど、普通なら信じられないだろう。そしてそれが本当だとするなら、自分もというのが人の本性というか。
「本当なのか⁉︎」
「ズルいぞ!」
「……だったら弟子になりたい」
「じゃあ俺も!」
「私も!」
「いや、オレこそ!」
「ワタシだって」
ギルド内の冒険者の反応は2択、気にしないふりをするか、ソラ達に詰め寄るかだ。前者の方が多いが、後者もソラ達が自由に動けなくなる程度にはいる。ミリアとフリスの所にも来て煩わしそうだが、ソラの方が先に動いた。
「黙れ」
大きくは無いが、よく響く声。この一言に含まれていた怒気と殺気に押され、向けられた者は1人として口を動かせなくなった。
「弟子にしろ?勝手なことを言うな。俺はこいつに見所があるから弟子にしたんだ。それをズルい?ふざけるのも大概にしろ」
この結果、立ち上がっていた者は座り、ソラ達から目をそらす。ソラ達の周りにいた人達も各自テーブルに戻っていった。その間に4人はギルドを出る。
「ソラ君、ありがとね」
「俺だって嫌だったからな。あの程度で逃げるような連中を弟子にしたって面白くないだろうし」
「師匠って、自分を買っていたんですね。意外でした」
「黙れ。それと、過去の自分を恨むくらい厳しくするから、覚悟しておけ」
その言葉にハウエルは何か言いたげな顔になったが、これが照れ隠しだと分かっているミリアとフリスはクスクス笑っていた。
そんなこんなで4人は少し歩き続け、門の外に出る。そのまま街道から離れた空き地まで来た。
「よし、ここなら良いな。本気で打ち込んでこい」
「大丈夫なんですか?」
「舐めるなよ。格の違いを教えてやる」
「分かりまし、た!」
言うと同時の鋭い踏み込み、大剣などの大型武器における隙をできるだけ少なくする振り方で攻撃するハウエル。その技は、並の冒険者が使うことはできない。
だが、まだ直線的だ。
「甘い、な」
「え?」
「このレベルの技を使える連中は少ないだろうが、スピードで無理矢理再現することもできなくないぞ?」
ソラはハウエルの後ろに回り込み、心臓の位置に切っ先を当てていた。これも無拍子の使い方の1つで、相手に動いたと認識させなかったのだ。
ソラなら蓮月を使えばより簡単に嵌められるのだが、今は使っていない。瞬間加速に自信がある人なら同じことをできなくもないだろうが……そんな人が何人いるのか。Sランクでもかなり少ないだろう。
「いつの間に……」
「ただの技だが、悪いがこれは教えられない。2人ならともかく、他の誰かに伝えることはできないな」
「そうなんですか……」
「そもそもこれは、自力で辿り着くものだ。ヒントはやるから自分でできるようにしろ」
無拍子は他の技と大きく要諦が異なり、認識の仕方を間違えれば絶対に使えない。それに認識の形も人により違うため、一概に教えられるものでは無い。
そしてこれは、ソラ達が持つ大きなアドバンテージだ。いくら弟子に取ったとはいえ、会ったばかりの他人に軽々しく教えられることでは無い。今後、ヒントの出し方や頻度は変わるだろうが。
「戦い方自体は悪く無いから、後は戦闘経験だな。このまま続けるぞ」
「……それで何で剣を収めるんですか?」
「剣じゃなくて刀だ。刀ありだと手加減しなきゃいけないが、素手なら必要無いからな」
「それって……」
「安心しろ。俺は回復魔法も使える」
「安心できませんよ!」
「それだけ元気なら大丈夫だな。さあ構えろ!」
鬼軍曹でも、ここまで酷いことはしないのではないか。そう考えさせられてしまうような図が展開されていた。
ソラはちゃんとハウエルのためになるような戦いをしているため、教え方としては間違っていないのだろうが。
「……楽しそうね」
「ミリちゃんとの時もこんな感じだよ。やっぱり好きなんじゃない?」
「確かに、教えてる時のソラって良い顔してるわ」
ソラは教えることが好きであり、稽古も好きだ。ミリアやフリスと模擬戦をする時はかなり楽しんでいる。
とはいえ……
「もっと頭使え!」
「速すぎますよ!」
「泣き言言うな!」
一方的にボコボコにしているのを良しとできるかどうか、微妙なところだが。
「……やっぱり違うかな?」
「多分同じよ。違うのは……遠慮がいるかどうかってところね」
「そっか」
この特訓、日が沈む直前まで続いた。
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「……アレだけしごかれた翌日に依頼とか……師匠って鬼ですか」
「あの程度で音を上げるなら、そこまでだってことになるぞ?」
「まだ大丈夫ですけど……」
「ならしっかりしろ。それと、獲物が向こうにいるぞ」
「酷いですね……」
翌朝、ソラ達はハウエルを連れて森の中へ来ていた。ハウエルのみ依頼を受けて、である。そして獲物を魔力探知で見つけたソラは、ハウエルに行くよう指示した。
だがそれは、ミリアとフリスからしても厳しすぎるのでは無いかと思うほどであった。
「ソラ君、厳しすぎない?」
「あいつにまず必要なのは経験だからな。ミリアやフリスは十分に基本ができていたが、ハウエルはできていない。ブーストしてでも上げないと、次に進めないからな。それに、長々と構っていられないだろ?」
「そうね……町が違うからお祭り騒ぎになることは無いでしょうけど……」
「あと1つか2つは移動した方が良いかな?」
「それくらい移れば、長居したって大丈夫だろうな。ちょうど良い町もあるし」
「あそこね。良いところよ」
「行ったことあるのか?」
「うん。ソラ君と会う前の夏にも行ってたよ」
「なら楽しめるな。ハウエルも終わったし、行くぞ」
ハウエルが相手にしていたのはブラウンウルフ6匹の群れだ。昨日より圧倒的に数は少なく、伏兵なども無いが、昨日のままだったら苦戦していただろう。だが今は、疲労はしていても怪我は1つも無い。完勝だ。
「どうですか?師匠」
「悪くない。ちゃんと昨日の経験を生かせてるな」
「あんな無茶苦茶な戦い方をされたら、嫌でも学びますよ……いくら手加減してもらっているとはいえ、対処の仕方を間違えたら吹っ飛ばされるんですから」
「少々厳しいかとも思ったが、お前にはちょうど良かったみたいだな」
「いえ、厳しいんですけど……」
「さて、次の獲物を探しに行くぞ」
「無視しないでください!」
ハウエルに自信がついているのを確認し、ソラは行く。残る3人もついていくが、その顔に映る表情は様々だ。
「……姐さん……」
「ん?ハウエル、どうしたのよ?」
「師匠、自分のこと嫌いなんですかね?」
「そんなこと無いと思うわよ。嫌いだったら弟子にすらしないでしょうし」
「そうだよ。気に食わないからって瞬殺したこともあるしね」
「それは……」
「相手は悪党よ。ハウエルは気にしなくて良いわ」
「それなら……少しは安心できますけど」
むしろ気に入られている方が稽古のスパルタ具合は酷くなる気がするのだが……誰も気付いていないようだ。そしてそんな話しは無視し、ソラは無慈悲に言う。
「おい、次のやつを見つけたぞ。ハウエル」
「分かりました……」
「何で意気消沈してるんだ。ミリア、フリス、向こうにブラックウルフの群れがいるから狩るぞ」
「分かったわ。それで、数は?」
「24匹だよ」
「にじゅっ⁉︎」
「どうした、ハウエル。この程度ものの数じゃないぞ」
「……師匠達は非常識でしたね。行ってきます」
「ああ。魔力探知で分かるから問題があったら後で言うからな」
「分かりました」
そんな風にソラ達も少し狩ったとはいえ、この日の成果の8割はハウエルのものだった。
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「よし、依頼はこれで完遂だ」
「はい……疲れました……」
10個近い依頼を達成するため、岩山を歩き続け、戦い続けたハウエル。ソラ達はよくやっていることだが、初心者には厳しいだろう。
尤も、ソラはこの程度で手加減をするような師では無い。
「じゃあ昨日と同じように稽古をするぞ」
「え⁉︎」
「まあ、そうよね」
「冒険者をやってると、もっと大変なことも多いしね」
「……本気、何ですよね?」
「当たり前だ」
「はぁ……」
もう終わり、そう思ったところで昨日の地獄再び、意思が強くなければここで折れてしまうだろう。そしてこれも大丈夫だろうと思うくらいには、ソラはハウエルを買っていた。
「今日は……そうだな……」
「ものすごく不安になるんですが……」
「大丈夫だ。死にはしないし、明日に響くようなことでもない」
「それ大丈夫じゃないですし、今日響いてましたからね⁉︎」
「あの程度だろ。響かせてどうする」
「えーと……」
「これは……ソラの方が正しいわ。あれくらいなら普通にあるもの」
「慣れた方が良いよ」
こういった話は、特にダンジョンの中で顕著だ。疲労を溜め込みすぎれば、休息を間違えれば簡単に命を失う。そういった世界なのだから仕方がない。……ソラ達のペースについていけるのならば、大抵の場合は大丈夫なのだが。
「よし、今日はこれの対処だ」
「水の、球……ですか?」
「ああ、これを大剣で迎撃してみろ。当たっても濡れるだけだ」
「まあ、それなら……って何ですかその数⁉︎」
「ただ待機させてるだけだ。さあ、行くぞ」
背後に50個ほどの水球を待機させ、順次放っていくソラ。ハウエルは大剣に火付加をつけ、蒸発させていく。だが……
「よく弾けるな」
「矢を防ぐ練習なら、やってましたから」
「ならペース倍な」
「え⁉︎」
急にペースが倍となり、防げない球も出てくる。その後も3倍4倍5倍と増えていき、最終的には機関銃がいくつもあるかのような弾幕が張られた。ハウエルが防ぎきれるわけもなく、全身びしょ濡れだ。
「よしまあ、こんなものか」
「ありがとう……ございました……」
「よく最後まで保ったな。半分くらいで倒れるかと思ったが」
「そう思ってるなら、やりすぎないでくださいよ……」
「厳しくないと意味が無いからな。ああそうだ、ギルドに行って精算するぞ」
「はい……」
容赦が無さすぎるソラであった。




