第16話 共和国首都エリザベート⑥
「ソラよ」
「はっ」
襲撃の翌日、ソラ達はとある場所を訪れていた。跪く3人の前にはバーファとリーリア、少し離れた所には多数の人々が立っている。
「お前達のおかげで今回の襲撃を乗り切ることができた。民に代わって礼を言う」
「恐縮です、大統領閣下」
その場所はアーノルド家の屋敷ではなく、エクロシア共和国の式典用の舞台だ。ここで、今回の戦いで最大、かつ異常な功労者であるソラ達への受勲式が行われていた。
当然ながら普段の格好をしているわけでは無い。ソラは燕尾服、ミリアは青のイブニングドレス、フリスは薄い赤のイブニングドレスを着ている。勿論3人が所持していた物ではなく、アーノルド家から貸し出された物だ。
リーリアが持ってきた勲章を受け取り、バーファはソラ達に近づいていく。
「礼服も似合っているな」
「ありがとうございます、閣下」
「また他人行儀な言い方か」
「公の場です。仕方がありません」
まずはパーティーリーダーの立場となっているソラから受け取った。首にかけられたそれは8角形の先端にそれぞれ異なる宝石があり、中央には八芒星が2つ、更に中央には菫と楓を模した、エクロシア共和国の大統領印と同じマークがある。
同じ勲章がミリアとフリスにも授与された後、バーファは再びソラの前に立った。
「共和国大統領聖八極星宝鼎章、普通なら冒険者には授けない勲章だ。私達にできる最大限の感謝だよ」
「ありがたき幸せです」
「ちなみに、これはあまり知られていない話だが……この勲章は限定的ではあるが、上院議員並みの権限を君に持たせるぞ」
「な⁉︎……」
「滅多に授与されない上に、行使した者はほぼいないからな。だが、それに見合うだけのの活躍をしたということだ。胸を張りなさい」
「……はい」
最後の最後で盛大な爆弾を貰った3人であった。共和国への貢献度はすぐさま貴族になれるほど高くなっているため、ある意味妥当とも言えるが。
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「いやはや、素晴らしいですな」
「はあ……」
「お美しい上にお強いとは」
「ええ……」
「どうでしょう、明日我が家に」
「えっと……」
受勲式の後、パーティーも開催された。ソラ達も服装そのまま、勲章も首から下げたまま参加している。そして、様々な人に囲まれていた。
当初、ソラには若い女性、ミリアとフリスには若い男性が寄り集まっていた。目的が分かりすぎてソラ達も心の中で苦笑していたが、そういった者達は3人が夫婦だと分かるとほとんど来なくなっていく。
その代わりに、3人とも取り込もうとする貴族が増えた。ソラはともかくミリアとフリスも、この手の勧誘を受けたことは無かったのでかなり苦労している。だが、助け船がやって来た。
「少し、よろしいかしら?」
「おお、大統領ご令嬢」
「彼らは私の友人ですの。話は後にしてもらえませんか?」
「はい。ではお三方、また後ほど」
現トップの令嬢かつファーストレディからこう言われてしまえば、こんなことに熱心になる下っ端貴族にやれることは無い。
ソラ達とリーリアは貴族達から離れ、バルコニーへ出た。
「リーリア、助かった」
「これくらい当然よ。むしろ遅すぎたと思うわね」
「そんなこと無いわ。本当、助かったわよ」
「ちょっと疲れちゃったけどね」
「少しくらいはああいったことをさせないと納得しないからな。悪いとは思うがしばらく様子を見させてもらった」
「あ、お父様」
「まあ、仕方がありませんね。アーノルド家が孤立するというのも嫌ですし」
「この程度で孤立するほど弱くは無いがな」
そしてトップもやって来ては、外野は何もできなくなる。これでソラ達はようやく安心することができた。そして3人は、マリリアともう1人の執事が持ってきた食事を受け取る。
「美味しい……」
「やっと食べれたな……動けないくらいってどうなんだよ……」
「たくさん食べるのは行儀が悪いけど、食べられないのもね……」
「私達も苦労したさ。特に、リーリアの社交界デビューの時はな」
「もしかしたらソラ達より酷かったかもね……」
「それは……」
リーリアの目から輝きが消えるほどとは、何があったのだろうか。ソラは気になりつつも、聞くのは憚られた。
「そういえば受勲式の準備が忙しいくて忘れていたが、SSランク昇格おめでとう」
「ありがとうございます」
「ソラと会ってから1年と少し……早いものね」
「ソラ君が登録した時、こうなるなんて思ってもいなかったもんね」
「1年って、ちょっと待ってよ!」
「どうした?リーリア」
「どうしたもこうしたも無いわよ!ソラって1年でSSランクになったわけ⁉︎」
「そうだが?」
ソラは今さらどうした、といった感じだが、実際問題としてランクが上がるのが早すぎるだろう。ソラ達にも、無茶苦茶なことだという自覚があるだけまだマシか。
「そんな簡単に言わないでよ……」
「お嬢様、強い人は最初から何か違うものです。ソラ様はそれが強さに出たというだけでしょう」
「その通りよ。会って数日後に模擬戦をしたんだけど、Cランクだった私より強かったもの」
「身体強化無しでゴブリンを蹴り倒してたよ」
「……これは極端ですが」
「いや諦めないでくださいよ……」
勇者だろうと、いきなりこんなことはできないだろう……多分。ソラのように武術を修めているのなら話は別だが、一般人だったらマトモに動けないはずだ。
ソラ達が抜けてだいぶ時間が経っているため、パーティーは落ち着いてきた。腹の探り合いを貴族らしいと思ってしまえるソラは、普通では無いのかもしれないが。
「眺めているだけなら、パーティーも良いんですけどね」
「何回も参加すれば、みんな静かになるわ」
「断る。俺は貴族になりたいわけじゃ無いからな」
「それなら、どうしたいの?」
「好きに生きたい、ただそれだけだな。ある程度の制限があったとしても、誰かに勝手に永遠に縛られるなんてお断りだ」
「国仕えが駄目なのも同じ?」
「俺が好きでやってるなら大丈夫だ。ただ、今は3つの国全てに縁があるからな……特定の国にってのは厳しいか」
「でも、ギルドはだいぶ好き勝手やってきたわよね」
「まあな。だから冒険者は止められない」
「ソラ君ってこんな風だから、しばらく国仕えは無いと思うよ」
「依頼は受けるから、そう問題にはならないだろうけどな」
「それなら良いわ」
3つの国の上層部と交流がある3人をどこか1国が囲うなど、他の2ヶ国が許さないだろう。そういう考えもあるにはあるが、ソラ自身は好き勝手やりたいだけだったりする。ルールはしっかり守っている分、利用したい貴族にとっては嫌な存在だろうが。
尤もソラは、そういった相手が簡単に諦めるとは考えていない。
「それにしても……これだけ勧誘が激しいとなると、この町を出るのにも苦労しそうね」
「確かに……騒動になりかねないな」
「そうなる前、早めに発った方が良いだろうな。恐らく、時間をかけるほど騒がしくなるぞ」
「そうですね……分かりました。明日の早朝には出発しましょう。幸い、旅の準備はできていますので」
「え⁉︎」
「旅の準備って言っても、いつも入れてるんだけとね」
「そう……」
「リーリアちゃん、どうしたの?」
「何でもないわ」
「そうなの?」
パーティーの夜はまだまだ更けていった。
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「そんな顔するなよ、リーリア」
「でも……」
「これで最後ってわけじゃないからな。また来る」
「うん……」
朝靄のエリザベート、アーノルド家の玄関前では……ソラがリーリアを説得するはめになっていた。
普段気を張って生活しているためか、こういった時のリーリアは見た目より幼く感じる。
「ここまで泣くとは思ってもいなかったぞ。トーラ君の時は普通だったのだがな」
「トーラは大丈夫よ。でもソラ達は……」
「お嬢様?」
「あー……ミリア、フリス、頼んだ」
「良いわよ。私達の方が適任だもの」
「ソラ君よりは良いもんね」
投げ出したような格好だが、ソラよりもミリアとフリスの方が適任である。実際、リーリアはミリアとフリスにかなり懐いていた。
どうやら昨晩、アーノルド家に泊まっていたミリアとフリスの部屋にやってきて一緒に寝たそうだ。ソラは別の部屋だったので、聞いた時は驚いていた。
「それにしてもトーラって……リーリアと仲の良い子のことですか?」
「トーラ君か。彼はリーリアの許婚だよ」
「……は?」
「彼の父親とは古くからの友人でな。本人同士も仲が良いし、間違った選択では無いと思うぞ」
「……いやまあ、そういうこともあるか……」
「許婚というものに馴染みが無いか。まあ、貴族でなければ仕方が無いかもしれんな」
商家における許婚という風習は廃れているため、ミリアとフリスにそのようなことは一切無かった。だが貴族の間では今も多いらしく、問題があるわけでは無い。
「それにしても……後処理を任せてしまって良かったんですか?」
「ギルドに人を送るだけだろう?マスターも理解のある人なのだから、問題無い」
「ありがとうございます」
この程度なら権力の濫用とは言わない。それにあのギルドマスターなら、SSランクとなったソラ達の苦労は予想できるだろう。バーファは大した労力であるとは思っていなかった。
「リーリア、落ち着いた?」
「ええ……ごめんなさい」
「お、復活したか」
「何とかね……まだ寂しいけど、納得してるわ」
「また来るし、元気にやっていればそれで大丈夫さ。許婚とも仲良くな」
「ちょっ、ソラ⁉︎」
「許婚って……え!リーリアに⁉︎」
「本当?」
「えっと……お父様?」
「ああ、話したぞ」
「何か問題でもあるのか?」
「だって恥ずかしいもの……」
「ねえねえ、話を聞かせて?」
「ちょ、ちょっと……」
躙り寄るフリス、後ずさるリーリア。ニヤニヤしながら見守る他4人。誰も助け舟を出そうとはしない。
だがエンドレスに続きそうだったため、ソラは止めることにした。……フリスが自然にやめるのなら、ずっと見ていた可能性が高いが。
「おいこらフリス、やめろ。いくらリーリアが面白いからって、それは酷いぞ」
「はーい」
「面白いって何よ!」
「あ……私と似てるからね」
リーリアがミリアと似ているためのようだ。というか、フリスは真面目な人を弄るのが好きなだけのような気がするが。
元気になったリーリアと話していると、次第に靄が薄くなってきた。
「そろそろ靄も晴れるか……それでは、じゃあな」
「さようなら」
「またね〜」
「うん……さようなら」
「また来てくれよ」
「お待ちしております」
3人は朝靄の町を抜け、平原を駆けていった。




