第15話 共和国首都エリザベート⑤
「時間稼ぎがどこまでできるか……他の門へ行ったら厄介だな」
「そうね……ここに留めるなら、早く行動した方が良いわよ」
「やっぱり……魔人を倒しに行く?」
「いや……でも今なら行けるか?……突破口を一部にすれば……」
「ソラ?」
「ソラ君?」
エリザベートの北門の内側、死屍累々の惨状の中を歩いていく3人。ソラ達は周りの様子を見ながら、今後について話している。……この3人がもっとも疲れてるはずなのだが。
するとソラの視界の端に、駆け寄ってくる紅色が入った。
「ソラ!」
「ん?リーリア⁉︎」
「お父様が他の貴族の私兵も纏めたわ。すぐにこっちに来るわよ」
「数は?」
「全部で1万人くらいね」
「補充としては十分か……無茶をすればいけるな」
貴族の私兵は家により強さや練度がバラバラとはいえ、今喉から手が出るほど欲しい戦力であることに代わりはない。町の存亡がかかったこの時に、他の家の足を引っ張るような馬鹿はいないだろうし。
そしてこれは良いチャンスとばかりに、ソラはこの場の最高指揮官である騎士団総団長、金虎獣人のルレイア・メルフィーネへ話に向かった。
「ルレイアさん」
「ソラ殿ですか。どうかいたしましたか?」
「突撃しましょう」
「なんですって?」
「この規模なら確実に魔人か高ランクの魔獣がいます。そいつを叩きに行くべきです」
「……確証はあるのですか?」
「ハウルの時はこれより少ない数でしたが、Aランクの魔人が率いていました。10万を大きく超えている今は……」
「確実にいる、と。問題は相手の実力ですが……Sは確実にありそうですね」
「もしかしたらSSかもしれません。AやSの取り巻きがいる可能性も十分ありますし」
「……勝てますか?」
「いえ、勝ちます。大将には俺達3人で行きましょう。他には取り巻きの相手をする人達も連れて……中核となるのは100人くらいかと」
「では残りはどうするので?恥ずかしながら……貴方方がいなければ、すでにこの町の中も戦場になっていたでしょう」
「今この門の前は俺の作り出した氷で覆われています。それを壁として使ってみては?」
「……なるほど、陣形を作ると」
「ええ。俺は専門家では無いので、お任せできますか?」
「分かりました。細かいことはこちらから通達します」
一気に慌しくなった臨時指揮所を出て、ソラは2人の元へ戻る。そして2つのほぼ透明な球体を渡した。
「ミリア、フリス、これを使え」
「これって……」
「Sランクの魔水晶だよね?使っちゃうの?」
「使うしか無いだろ。A以下を大量に使ってでも、魔力を回復させるべきだ」
「勝ったとしても大損になりそうね」
「命があればそれで良い。勝ちに行くぞ」
「ええ、当然よ」
「うん、頑張る」
ソラは2人に渡した後、自分も魔水晶を取り出して魔力を回復する。ミリアとフリスも指輪から魔水晶を出して魔力を回復させた。
(縁が出来すぎて、逃げるなんてできないからな。絶対に勝つ)
決意を新たに、3人は戦場へ立つ。
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「覚悟は良いな?」
「ええ、大丈夫よ」
「このまま行って大丈夫なんだよね?」
「他の門はほとんど戦闘が起こってないらしいからな。せいぜい迂回していった連中が来ただけ、そこから攻め落とす気は一切ないようだ」
「やっぱりこの門なのね。だから敵指揮官も近い……」
「ああ。細工も含めれば、ここだけだ」
「うん……大丈夫、行けるよ」
魔人討伐を目的とした150人の決死隊、その先頭にソラ達はいた。この部隊は全員が志願者で実力は最低でもBランク相当、基本はAランク相当以上となっている。さらに指揮はルレイア・メルフィーネ、騎士団総団長自らが取ることになっていた。
「ソラ殿、貴方方が要です。お願いします」
「当たり前です。それにしてもルレイアさん、ここにいて良いんですか?」
「ええ、指揮は先代に任せました。私を含めついて行ける者は行くべきという結論に至りましたので」
「なるほど。そういえば、何故俺達の名前を知っていたんですか?いくら派手にやっていたとはいえ」
「マリリアから聞いたのですよ。ご存知でしょう?」
「元パーティーメンバーだったとは聞きました。まさか伝わっているとは思いませんでしたが」
「彼女だけでなく、昔の仲間全員と交流は保ってますから。呑みの席で話題に上がりました」
「そんな風で良いんですか?」
「当たり前ですが、機密は守っていますよ……どうやら、準備ができたようですね。ではお願いします」
「ええ、任せてください」
ソラは決死隊全員を、作り出した岩の舟に乗せる。……舟というよりは改造トラックと言った方が正しいような気もするが。そして……
「さあ……突撃だ!」
後ろから巨大な氷をぶち当て、加速した。さらに舟の進路上には常に氷の道を作り出し、風を当て続けることで速度を維持する。そしてソラは追加で、氷の壁を注文通りの形に溶かしていった。この舟が突き進む道だけでは無く、陣形を作りやすいように。
そうしているうちに、氷のエリアを抜ける。その先の魔獣は……
「フリス!」
「うん!」
ソラの光刃とフリスの雷炎が薙ぎ払った。前方だけでなく、周囲にも次々と攻撃が突き刺さる。進路上の死体は岩の舟が轢き飛ばし、さらに被害を拡大させた。
「後ろはどうです?」
「予定通り、上手く壁を使って止めています。あれならしばらくは保つでしょう」
「なら、後は大将を倒すだけですね」
「ええ、お願いします」
「任せてください」
ソラは舟の制御に集中しているため、魔獣は多くをフリスが倒していった。そのため索敵には余念がなく、それに気付いたのも1番最初だった。
「見えたよ!」
「Aランク魔獣100体以上!魔人10人!そして……大将らしき魔人も発見!」
「総員、攻撃開始!」
フリスが発見した、高ランク魔獣や魔人がいる場所へ向けて魔法や矢が放たれる。当然ながらソラとフリスのものがもっとも効果が高く、広範囲への爆撃でAランク魔獣の半分以上を倒していた。だが魔人は魔獣を盾としており、ほぼ無傷と言っても良い。
「各個戦闘開始!」
「ミリア、フリス、行くぞ!」
「ええ!」
「うん!」
決死隊は全員が飛び降り、舟はそのまま魔獣を薙ぎ倒しつつ森へ突っ込んだ。そうしてそれぞれが取り巻きに攻撃し、大将から引き離すように動いていく。大将の魔人も自身があるのか、それを放置していた。
そして3人は対峙する。
「あなた達が私の相手なのですかねぇ?」
「そうなるな。お前が大将か?」
「ええ、私はノールドと申します。以後、お見知りおきを」
「知っておく必要は無いな。ここで殺せば良い」
相手は片手に1振りずつ大剣を持った、青い肌の魔人だ。身長はソラより少し大きい程度の細マッチョで、額には赤い結晶のようなものがついている。
「そんなこと、できますかねぇ」
「できるかできないかじゃない。やるんだ、よっ!」
意表を突くように振るわれた薄刃陽炎。だがそれは綺麗に避けられた。傷をつけることも無く、大きく避けて体勢を崩すことも無く、だ。
「無駄なく避けた?」
「そこが……狙い目よ!」
「待て!ミリア!」
背後からのミリアの双剣も完璧に避け、大剣が首を狩るように振るわれる。ミリアは双剣を重ねて防御したが、吹き飛ばされた。
「全然当たらないよ⁉︎」
フリスの弾幕も大半を避けられ、直撃コースのものは闇の付加がかかった大剣でかき消される。ソラも光魔法で攻撃するが、優先して避けられていた。
弾幕で発生した砂煙が止むと、そこには無傷のノールドが立っている。
「全部避けたわよね?」
「当たりそうなのには最初から大剣を重ねてた。完璧だな」
「どうしてあんなことができるの?何で?」
「落ち着け。絶対にタネがある」
動きから読み取ると、技に関してはソラ達の方が上だ。身体能力は高いようだが、それだけでは今の攻撃を無傷で切り抜けることはできない。
まるで全てを知っていたかのように動いていた。
「予測?先読み?いや……未来予知か」
「バレてしまっては仕方がありませんねぇ。その通り、あなた達の動きは全て分かっていますよ」
「なら、分かっているのと対処できるのは違うって事を教えてやるよ」
「どうするの?」
「そんなもの決まってる……」
自身の技が試される。その状況に、ソラは不覚ながら興奮していた。
「純粋に技で狩りきる。2人は援護を頼むぞ」
「そんなこと、できると思っているんですかねぇ」
「できるから言ってるんだ。覚悟しろ」
だがソラの意気込みとは裏腹に、状況は良くならない。蓮月を本気で使い、身体強化を全力で、無拍子の打ち込みをしているにも関わらず、ノールドは余裕を持って避けていた。数十合続けて、かすり傷1つできていない。
「無駄だということが分かりませんか?」
「やってみなけりゃ分からんだろ!」
「それではこちらも、攻めさせていただきますねぇ!」
「ちっ」
どこがそれではなのか分からないが、ノールドが開始した攻撃、それは厳しいものだった。未来予知は攻撃にも転用できるようで、最も対処しづらい場所へ正確に剣を振るってくる。
それを避け続けているソラも相当だが、不利なことに変わりは無かった。
「ソラ……」
「ソラ君……」
援護を頼まれたとはいえ、このレベルの戦闘に介入できるほどの実力はこの2人には無い。できるのは周りの魔獣を排除することと見守ることだけだった。
「よく粘りますねぇ。無駄だというのに」
「無駄無駄うるさい。しゃべるしか能が無いのか?」
「当たってないのによく言えますねぇ」
「当たってないのはお前も同じだろ。それに……今だ!」
ノールドが踏み込むできたタイミングでソラも踏み込む。そして薄刃陽炎を振るった。
「この程度……え?」
刀の軌道、ノールドは今回もそれが完璧に見えていた。だが回避しようにも体は動かず、未来が確定してしまう。
ノールドの体は斜め一線に斬り裂かれ、膝をついた。
「な、何故……」
「居着き、未来が読めても武術が分からないお前の弱点だ。動きすぎて咄嗟の反応ができなかったんだよ」
日本の武術において、居着きは最も嫌われる状態だ。筋肉の硬直とも表現できるそれは、一瞬を争う勝負では敗因となりやすい。これはある程度以上意識して訓練すれば無くす、もしくはバレないようにすることができるので、ソラは当然ながらミリアとフリスも身につけている。
だがノールドにはそれができなかった。
「ふふ、驕りすぎたということですか」
「努力の仕方を間違えたのかもな。スペックだけなら、もっと上を目指せただろうに」
「そんなことを言われたのは初めてですねぇ。敵ですよ?私は」
「もうすぐ死ぬ相手に、何を言おうと変わらんだろ」
「変わった人だ……もう時間が無いようですし、好きにしてもよろしいですか?」
「勝手にしろ」
「ありがとうございます。ですが……魔王様、申し訳ござ……」
力が抜け、地面へ倒れ込むノールド。ソラはそれに近寄り、首を切り落とした。死者を冒涜するかのような行為だが頭を掴み上げ、同時に価値の高そうな大剣も回収する。
周囲では魔獣が逃げ出し、魔人も混乱しつつ逃げているような状態だった。そしてソラへ向けてミリアとフリスが駆け寄ってくる。
「ソラ君!」
「っと、フリス、どうした?」
「心配したんだからっ!」
「……すまんな、心配させて」
「本当ね。1人だけであんな無茶苦茶なことして」
「援護は頼んだじゃないか」
「無理よ。あんな中に入れるほど強くは無いわ」
「そうだよ!」
「……すまなかった」
これだけ心配していた2人に対し、実は楽しんでいたなんてソラは言えなかった。いや、言ったらまた酷いことになりそうだ。
しばらく3人だけで話していると、次第に決死隊に参加していた人達が集まってきた。まだ集まりきっていないのかもしれないが、50人近く足りない。だが全員、笑顔を浮かべていた。
「ソラ殿」
「ルレイアさん。ご無事でしたか」
「それはこちらの台詞です。ですが……我が国を救っていただき、ありがとうございました」
「俺は俺の役割を果たしただけです。そこまで大袈裟になる必要はありませんよ」
「ですが相手をできたのはソラ殿だけでしょう。私も、部下も、確実に負けます」
「俺が1番強いからこの役目を担ったんです。それに俺達は、この町を守りたくて戦ったんですから」
「分かりました……では、町の人達にも伝えましょう。状況は分かっていると思いますが、確証が欲しいでしょうし」
「そうですね……」
ソラは拡声の魔法をかけ、息を吸い込み、叫んだ。
『魔人、討ち取ったりぃ!!』
古風な言い方だが、ソラはこの類以外にどう言えば良いか知らない。だが周囲の反応を見る限り、良かったのだろう。全員が歓声を上げていた。
さらに少し遅れて、巨大な歓声が伝わってくる。
「……後が怖いな」
「仕方ないわよ。それだけの功績を上げたんだもの」
「一気に有名人だね」
「言っておくが、2人も同じだからな?あれだけ派手に暴れたんだし、絶対に逃げられないぞ」
「覚悟の上よ。守るためだったんだし、後悔は無いわ」
「ソラ君と一緒だもん。大丈夫だよ」
「ありがとな」
ソラ達は再び先頭となり、エリザベートへの道を歩み始めていた。




