第7話 凍路①
「今度は寒いわね」
「寒い、というか氷の中だからな」
「何でこんな風なんだろうね?」
「ダンジョンだから、何だろうな……炎路と同じで理由は分からん」
ソラ達の両側には所々ゴツゴツした氷の壁がある。上には薄い雪の層があり、光は十分なほど差し込んでいた。また道幅は1mから3mほどの間を不規則に変化しており、場合によっては戦闘に支障が出るだろう。
イメージとしては、氷河にできたクレバスの下にいるというのが近い。そして、そこは当然寒い。
「それにしても……ここも魔獣が多いわね」
「炎と氷だからか……面倒なんだけどな」
「仕方ないよ。出てきちゃうんだから」
「まあな。実戦経験ができるから良しとするか」
「相変わらずだね」
「実力を上げたいからな。実戦は歓迎するさ」
「それもそうね」
炎路と対応させているのか、ここもまた雑魚ラッシュだった。広間にしかいないのがまだ救いだが、広間も多いため数は似たようなものだ。
そんな話をしているうちに、次の広間の入り口に着く。
「ねえ、あれって……」
「氷の蛇か。結構デカイな」
「あんなのもいるんだね」
「木の蛇がいたからな……今更と言えば今さらか」
「でも……大きくない?」
「まあそうだが……」
広間の中にいるのは全長2.5mほどの氷でできた蛇、それが3匹だ。数としてもちょうど良い。
「1人1匹、いけるな?」
「うん、勿論だよ」
「当然よ。エンチャントをかけてくれると楽だけど」
「ああ、大丈夫だ」
ソラは蛇の顔の前に火の爆発を起こして感覚器官を潰した後、首を斬り飛ばして胴体を真っ二つにした。ミリアは氷柱や壁も蹴る立体的な機動をし、次々と抉り取っていく。フリスは火の槍で次々と貫き、頭を消し飛ばした。
「簡単だったね」
「まあ、これくらいはな」
「数が多すぎるってわけじゃないのね」
「炎路と同じ感じかな?」
「簡単に対処できる相手だけだと良いわ」
「そんなこと言ってると厄介なのが出てくるぞ……強さはおいといてな」
3人は奥にある通路を進み出す。
そしてその先にあった次の広間には、魔獣は1頭しかいなかった。と言っても、それだから楽だとは言えない。
「アイスマンモス……」
「……大きいね」
「ねえ、あれと戦うの?」
「それしかないからな」
「まあそうね。それより、どうやって倒すか考えましょ」
「力が脅威だからな……氷と土で壁を作って受け止めるか」
「火じゃないの?」
「あれは実体が無いからな。氷で防がれたら止めきれない」
「あ、そっか」
先にいたのは大柄なマンモス、アイスマンモスと呼ばれるAランク魔獣だ。生物であることを除けば、冒険者にとってゴーレムとほとんど同じような存在である。その巨体は各所に氷を纏っており火への耐性もある程度持っていそうだった。
「さあて、行くぞ!」
まずソラが広間に突入する。アイスマンモスもすぐにそれに気づいて突進してきたが、ソラが作り出した土壁によって受け止められた。
「これなら、行けるわ!」
そしてミリアは土壁に隠れて接近し、左の角を切り落す。そしてアイスマンモスがミリアに注意を向けた時、土壁に穴が開き……
「今だ!」
「貫いて!」
炎の槍が放たれる。土壁の穴を通り抜けたそれにより、アイスマンモスは頭を貫通されて絶命した。
「ミリア、上手い陽動だったぞ」
「フリスも凄かったわね。タイミングもばっいりよ」
「ソラ君だって、あの突進を受け止めれたのは凄いよ」
全員良くやったで良いのではないだろうか?
それはともかく、広間を抜けた3人がしばらく通路を歩いていると、フリスの魔力探知に奇妙なものがかかった。
「何?この反応」
「どうした?」
「先の広間にたくさんの反応があるんだけど、とっても小さいの」
「ああ、これ……ハチドリ……」
「どうしたのよ?」
「フリス、大技で一気に消し飛ばすぞ。あれはマズい」
「何で?」
「速い・小さい・機動性が高いの三拍子そろった魔獣だ。まともに相手するのも大変だぞ」
「うん……そうする」
ハチドリの相手をするのは嫌だったようで、ソラはフリスと共に次の広間をまとめて焼き尽くす。まあ攻撃を当てづらい上に、刺されると痛そうなやつの相手はしたくないだろうが。
焼き尽くされた広間の奥、そこ穴のの先には次の広間が広がっている。そこは太い氷柱が至る所から生えており、その中の1本にそいつは佇んでいた。
「氷の……豹か?」
「どんな感じかな?」
「ミリアと同じタイプだろうな。もしかしたら俺は追いつかないかもしれん」
「どうせカウンターを決めるんでしょ?でも、良い機会ね」
「追い込むか?」
「いいえ、1人でやるわ。良いわよね?」
「……まあ良いか。危なかったら介入するからな。フリスもそのつもりで頼む」
「うん、任せて」
「ありがと。じゃあ、行ってくるわ」
ミリアの相手となるのは全長3mの豹。大きさだけなら炎路のボスのライオン以上だ。大きいから強いと一概に言えるわけでは無いが、厳しい相手であることに変わりはない。
だがミリアは1人で行く。ソラもフリスも勝てると思っていたため、信頼して見送った。
「同じタイプ、ね。戦うなんて珍しいことだけど……」
瞬時に足場にしていた氷が爆ぜ、交錯する。爪と双剣、そこに込められた魔力は同等だったようで、互いに傷はありはしない。
「これだけは、ソラに負けられないわね」
いや、新たな交錯で豹の爪が1本斬り飛ばされた。ミリアは込める魔力をどんどん増やし、豹が受け止められないようにする。
それは豹も分かっていたのか、自身が得意とする高速戦闘に移行した。
「へえ、速いじゃない。でも……」
豹は確かに速い。さらに氷を足場として複雑な軌道を取っているため、他の冒険者なら、勝負はかなり厳しいものとなるだろう。
「遅いわ。ソラでも簡単に追いつけるわよ?」
だがミリアはそれ以上だ。豹が体を曲げて出しているスピードを、片足だけで上回っている。そしてその速度差を利用して健を切り、動脈を割き、返す刀で首を落とした。当然ながら、傷一つ負っていない。
「流石だな」
「あんなの全然よ。絶対ソラの方が速いわ」
「そうなの?」
「ええ。最初の予想は何だったのかしら」
「もしかしたらって言っただろ……でもまあ、憂さ晴らしにはなったか?」
「あ……バレてたのね」
「影窟のボス後のあの感じがな。それに、最近ミリアが活躍できる時がほとんど無かったし」
「わたし、遠慮した方が良かった?」
「いいえ、フリスは悪くないわ。全部ソラの責任よ」
「おい⁉︎」
「メンバーの体調管理はリーダーの仕事、違う?」
「間違っては無いけどな……」
普通ではないことをするのがこの3人の常であると言われても、一切否定できない。
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「ふう、休憩するか?」
「そろそろ取った方が良いわね。それにしても、毎回広間があるのはやっぱり楽よ」
「全部に魔獣がいるなんて聞いてないけど」
「まあ、それはアレだろうな」
広間にいた魔獣を殲滅し、休憩をとる。それがこの凍路での基本だった。そして他の冒険者はやらないが、ソラとフリスは広間の形に沿って結界を張る。地下までは覆えないが、2つの出入り口は完全に塞いだ。
「結界もいるの?」
「万が一がありえるだろ?外から入ってくるなんて、他のダンジョンだと普通じゃないか」
「まあそうね。張れない私が言えることじゃないけど」
このダンジョンでは魔獣が他の広間に移動することが無い。聞いた話だと、戦った後通路に逃げ込んだとしてもだそうだ。
それゆえ結界無しでも十分休めるのだが、ソラは心配していた。
「さてと……このダンジョンは順調だと思うか?」
「ええ、そう思うわ。魔獣の数が多いのは想定内よね?」
「順調じゃないの?」
「順調かどうかって言われたら順調なんだろうが……」
「どうしたのよ?」
「何か引っかかるというか……何かはわからな、っ、何だこれは⁉︎」
結界で覆われているのにも関わらず、すぐ側に生まれた12個の魔力反応。それはどうやら核のようで、周りの氷を集めて体を作り出した。
「氷のゴーレム……不意打ちにもほどがあるだろ」
「ねえ、反応あった?」
「いや、無かった……ランダム生成に当たったか?」
「どんな不運よ」
「……不運ならまだマシだな」
全高4mほどの氷のゴーレム。構成する氷はかなりの魔力を持っており、金属と同等と考えた方が良いだろう。3人なら問題無く戦えるが、問題があるのはここにピンポイントで生まれたことだ。
「やっぱり、地面の下にも張っておいた方が良かったのかな?ダンジョンの中だと魔力がたくさんいるけど」
「いや……きっと無意味だ。オリアントスなら無効化するだろうな」
「本当、厄介よね。普段ならできない経験ができるから良いかもしれないけど」
「どうなんだろ?」
「そんなことは後で考えれば良い。来るぞ!」
ゴーレム達が動き出し、ソラ達は3方に分かれる。その動きはどちらも淀みなく速い。
「速いのね!」
「まあ、氷だからかもな!」
金属と比べると、氷の密度はかなり低い。ゴーレムがどうやって動いているのかは分からないが、理由としては十分考えられるだろう。
ただし、密度が低くても軽いというわけでは無い。
「うおっ⁉︎」
「ソラ君⁉︎」
「氷の破片が飛んできただけだ。相当な威力だな」
「本当、金属のゴーレムも同じだって考えた方が良いわね」
1撃で床の氷を破壊する腕力、普通なら脅威だが今の状態では別だ。
12体全てが3人を狙い、避けられた。それによって12体全ての体勢は崩れており、連携も取れるような状態では無い。それに対しソラ達は3方を囲み、準備万端だ。
「さて、反撃ね」
「ああ」
「やっちゃおう!」
この後、広間に残された物は何も無かったとだけ記しておく。
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「あ」
「どうした?」
「この先、ボス部屋だよ」
「ようやくか……長かったな」
「本当ね。どれくらい下りてきたかしら?」
「炎路よりは長いか」
氷のゴーレムを倒した後も順調に進んでいったソラ達。炎路よりも時間をかけ、ようやくボス部屋を見つけた。
ソラ達は少し休憩を取り、扉を開ける。その先には、日本である意味有名な存在がいた。
「ティラノサウルス……」
「ねえ、どうしたの?」
「しっかりしなさいよ。あいつを知ってるのよね?」
「ああ、あいつは恐竜って分類されるな。簡単に言えば……」
中にいたのは、冷気を纏ったティラノサウルスだ。そして、そいつはソラ達の方を向き……
「ドラゴンの仲間だ」
口から雪崩を放った。ソラ達はそれに驚きつつも、ちゃんと回避する。
「って、ドラゴン⁉︎」
「ああ。恐竜の王なら百獣の王の対になれるか……」
「ソラ君!考えるのは後にして!」
「ああ。それにしても面倒な相手だな」
ソラが考えている間にも、ティラノサウルスは口から氷柱を放ったり、尾を振って氷の刃を飛ばしたりしている。
ソラ達は全て避けているが、反撃をするには厳しい状態だ。
「どうするのよ?」
「そうだな……フリス、火で抑え込め」
「どれくらい?」
「全て溶かすくらいだ」
「分かった」
火がティラノサウルスを覆い、氷を溶かしていく。冷気が出されているため、完全に封じ込めることはできていないが、行動は大きく阻害されている。フリスの火力ならこのまま倒しきることも可能かもしれない。
「……私達いる?」
「これだけで完全に倒せはしないだろうからな。トドメをさすぞ」
「分かったわ。両側から同時に行くる」
「ああ、狙われたら逃げれば良い」
身を包む炎に暴れ狂うティラノサウルスを脇に見つつ、側面に回り込む2人。
「フリス、頼むぞ」
「うん、任せて!」
「じゃあ、行くわよ!」
そしてタイミングを合わせ、突撃する。フリスもその動きに合わせ、炎を消した。
いきなり炎が消えたことを疑問に思うティラノサウルスへ、突っ込む3つの火の刃。回避できるような状態では無かった。
「ふっ!」
「はぁ!」
ミリアが先んじて目と顎の健を斬り裂き、それに怯んだ瞬間にソラが首を落とす。
「よ、うお⁉︎」
「やっ、うわ⁉︎」
「ソラ君⁉︎ミリちゃん⁉︎」
が、ティラノサウルスが溜め込んでいたらしい雪にソラとミリアが飲み込まれる。本物の雪崩ほど量があったわけでは無いが、出るのに苦労する程度には多かった。
「ミリア、無事か?」
「ソラ、乾かして……」
「ああ、俺もだ」
「大丈夫?」
「濡れたこと以外はな」
2人ともちゃんと脱出できたが、当然ながら濡れ鼠状態だ。ソラが焚火を作り出して温めつつ、乾燥の魔法を使った。
そうやって装備の下を乾かすと奥の部屋へ行き、宝箱を開ける。その中にあったのは、何処か見たことがある物だった。
「ブレスレットか」
「もしかして……また障壁の?」
「ああ、そうみたいだな」
ソラが魔力を流し込むと、ブレスレットから障壁が発生する。それは着けた人の周りを覆うようで、ソラが障壁で完全に囲まれた。今度はミリアも手は出さない。
「それにしても、似てるわね」
「同じコンセプトだって分かりやすくするためじゃないか?」
「ダンジョンをいくつも踏破できる人なんてそんなにいないだろうけどね」
「俺達は目的だったから例外だが、普通ならいくつも踏破しようとは思わないか」
このブレスレットは形を除き、デザインや質感は以前手に入れたイヤリングにそっくりだ。まるでコピー&ペースト後修正を加えたようだが、案外間違っていないのかもしれない。
ブレスレットを指輪にしまったソラ達は、宝箱の中身を確認しながら全て回収していった。
「これで終わりか」
「いつもと同じくらいだったね」
「金が少し多いと思うわよ。ソラが加工してくれれば良いんだけど……」
「残念ながら無理だな。流石に買うより良いものは作れないぞ?」
「まあ、諦めるしか無いわ」
「どこかで頼む?」
「それが妥当かしらね」
貴金属と言っても、この程度が幾つもあったところで市場が崩壊することなどありえない。ミリアとフリスは安心して話し合えたし、ソラも余計な心配をしなくて済んだ。




