第6話 影窟①
「暗いね」
「でも、窟魔よりはマシよね」
「だいたい……星明かりくらいか。まだ何とか見えるな」
このダンジョン、影窟の中では薄暗くて狭い。またある特徴のせいで、ダンジョンに元から存在するかすかな光原だけで進まなければならないのだ。
「本当、明かりを無効化するなんておかしな場所よね」
「吸収というよりは、覆い隠されるって感じだな。魔力消費がそのままってのには驚いた」
「でも、魔法が無くなるわけじゃないのは良かったよね」
しかも、新しく発した光は全て闇に覆い隠されてしまう。覆い隠されるというよりは、光のみ吸収されるようだ。松明の熱はしっかりあるし、魔法も他の効果はある。攻撃するのには困らなかった。
「来たよ」
「サイズと数は?」
「全部同じ大きさで、8匹だね。多分小さい方」
「黒いから見つけるのも大変なのに……」
「仕方ないだろ。そういう場所なんだから」
このダンジョンで出てくるのはシャドウと呼ばれる魔獣で、その名の通り影のような存在である。ゴーストのように物理攻撃は効かず、魔法を込められた武器か魔法、多くの魔力を流した武器でないと倒せない。さらに、影に紛れることも可能で、普通の冒険者にはとても厄介がられる相手だ。
だが、ソラ達には違う。
「来たわね」
「ああ。他にはいなさそうだし、競争するか?」
「やろ!ソラ君とミリちゃんは少し前からでも良いよ」
「ソラ、私の方が前で良いわよね?」
「ああ」
子供程度の大きさのシャドウの群れが近づいているのにも関わらず、互いのスタート位置を調節する3人。もちろん油断しているわけではない。
「じゃあやるぞ。3、2、1……スタート!」
タイムアタックでしか無いからだ。
「しっ!」
シャドウを2体まとめて斬りとばしたソラ。その薄刃陽炎は光を纏……ってはいないが、光の付加はされている。
「行って!」
シャドウへ当たるを幸いに、魔法を放っていくフリス。雷が横に落ち……ているような音は聞こえるが、見えはしない。だがしっかりシャドウに当てていた。
「はぁ!」
壁を蹴り、シャドウの群れへ飛び込んでいくミリア。正確に切り裂いていくその様だけは変わらない。
光が無いと戦闘が地味だ。
「数は?って、分かってるけどは」
「ソラが出遅れたわね」
「2人が速いんだよな……俺の魔法はフリスほど正確じゃないし」
「私が前にいたから、か。まあ、1番の要のソラがしっかりしているのは良いことよね」
「それだと、普段の俺が駄目駄目みたいに聞こえるんだが?」
「いいえ、そんなこと無いわ。ソラの役割が多いからって意味よ。いつも頑張ってるもの」
「おう……それじゃあ、進むか」
「照れ隠し?」
「いいから行くぞ!」
勝負でも口でも負けたソラ。こういうやりとりでは、ソラも確実に勝てるというわけでは無い。むしろ2人がかりで大敗することも多かった。
「また来たよ」
「数は?」
「総計12、内デカイのが2だ」
「また競争する?」
「いや、今度は真面目にやろう」
「さっきのが真面目じゃなかったみたいね」
「実際そうだろ。それに、連携だって重要だ」
シャドウには基本形態が大人並に大きい上位種も存在する。ランクも1つ上がってBと、順当に強くなっている上に、特殊能力を持つ。競争できなくはないが、連携した方が効率が良いのは確かだ。
「行くぞ」
「ええ」
「1つ大きいのを撃つから、注意してね」
「ああ」
ソラとミリアは駆け、フリスはタイミングを見計らう。勿論シャドウ達だって黙ってはいない。口は無いが、手は出す。
「ミリア、回避だ!」
「見えてるわよ!」
上位シャドウの特殊能力は下半身の形を変えられることだ。ある程度の制限はあるようだが、このように影を矢として放つこともできる。不意打ちに近いような形だが、2人は避け、フリスは雷で相殺した。
それにしても、暗い中で黒い影を見分けられる目はおかしい。これはミリアだけでなくソラもである。
「今だよ!」
「左右からだ!」
「分かったわ!」
フリスが魔法を放つ直前、ソラとミリアは左右に分かれ、群れへと向かう。そして、雷がシャドウ5体と上位シャドウ1体を消し飛ばしたと同時に攻撃を始めた。
「遅い!」
「やぁぁ!」
突貫した2人はシャドウを一気に薙ぎ払っていく。ソラは上位シャドウの突き出したトゲを避けて縦に両断し、ミリアはその勢いのまま2体を細切れにした。そして残りの3体は、フリスの第2射によって倒される。
「お疲れ様〜」
「ああ。フリスも良くやったな」
「あんなの当たり前だよ?」
「それでも、だ。ミリアもな」
「ええ、ありがと」
上位シャドウが落とした魔石を回収し、進んでいく3人。今回は炎路と違って敵は少ないため比較的楽である。
「そういえばここ、ほとんど人がいないね」
「まあ、稼ぎをするには辛い場所だからな」
「ここで安定できるパーティーって少ないわよね」
「明かりが使えないってのがネックだな。俺達みたいに魔力探知をできる人は少ないし」
「シャドウは音も匂いも無いもんね。後は……目?」
「夜目が利く人なら何とか、だな。獣人系か?」
「ダークエルフや竜人も利くらしいよ」
「マルカやハーダーは凄かったわね」
「まあその2人の猫獣人だからな。良く見えるだろうさ」
このダンジョンは難易度は高いが特別リターンが多いというわけでは無い。暗闇に慣れた種族ならまだマシだが、普通の人間がサクサク進めるような場所では無いのだ。ソラ達が例外なだけである。
「次か」
「来たのよね?」
「うん……って、あれ?」
「……デカすぎるな。ゴーレム並か?」
「そうだね」
「ゴーレムくらい大きな……シャドウ?」
「……多分そうだ」
「何よそれ……」
新しく魔力探知にかかった反応は、他よりも大きく遅い。特徴が大きく異なる相手が現れた。
そしてしばらく進むと、対象が目に入る。
「大きいね」
「形もゴーレムみたいよ」
「特徴もゴーレムに似通ってる、そう考えた方が良いな」
「それで、どうする?」
「ミリアが囮、フリスがサポート、俺が1撃を加える。それで良いか?」
「ええ、大丈夫よ」
まずフリスが右腕を狙って魔弾を放ち、ミリアは反対側から接近した。ゴーレム型シャドウは魔弾を無視してミリアへ腕を振るう。だがミリアへしっかり避け、そしてソラは振り抜かれた腕を狙って斬りかかった。だが……
「っ⁉︎」
「どうしたの⁉︎」
「こいつ硬いぞ!本当にゴーレムを相手にしてると考えた方が良い!」
「影なのに硬いってどういうことよ!」
「魔力が足りない感じだ。魔力無しだと通り抜けるのにな。フリス、牽制頼めるか?」
「分かった〜」
影なのに硬いという謎の状態だ。一定以上の魔力を加えると一気に硬化する感じなのかもしれない。
だがそれならば、それ以上の魔力で叩き斬れば良いだけだ。
「次は俺が囮だな」
「そうね。私は後ろから行くわ」
「ああ、頼む」
ミリアは一旦後ろに下がり、ソラは前に出てゴーレム型シャドウに斬りかかる。だが、先ほどより魔力を多く込めたその1撃も、引っかき傷程度にしかならなかった。
「どれだけ硬いんだか……少しずつ増やしていくか」
ソラは1撃繰り出すごとに魔力を増やし、傷を大きくしていく。そして腕を半分斬り裂くほどになり注意の大半がソラに向いた瞬間、ゴーレム型シャドウの胸から2本の刃が生え、左右に分かれて両断された。勿論、その後ろにいるのはミリアだ。
「終わりね」
「ああ。ナイスだ」
「ソラとフリスのおかげよ。こっちこそありがと」
「いつも上手にできてるよね〜」
「慢心は駄目だけどな。手加減したとしても、いつも本気でだ」
「ええ、勿論よ」
「いつでも全力で魔法をつかえるようにしてるよ〜」
「ああ、それで良いぞ」
この後もソラ達は暗闇を物ともせず、進んで行った。
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「ここは……」
「ここまで雰囲気が変わるのも珍しいな」
「ボスは、アレだよね?」
「多分そうだな」
最奥のボス部屋、そこは他と打って変わって明るかった。直径100m高さ20mほどの円筒形の部屋で、外縁上部には1周に渡って明かりが存在している。だがその内側直径90mの位置に、天井から下に4m厚さ4mほどの壁と、同じくらいの幅を持つ柱が計10本立っていた。それらは巨大な影を作り出し、内側を覆っている。また、魔法も普通に見えるようになっていた。
そして暗い中央の中心に、その影はある。
「俺より大きいシャドウ……ビックシャドウか」
「ゴーレムほどじゃないわね」
「また何か持ってるのかな?」
「恐らくはな。注意しろよ」
「勿論よ」
「うん」
全高2mほどの人型の影が佇んでいる。それはビックシャドウと呼ばれるAランク魔獣だ。
上位シャドウよりも格上ということで、何か特殊能力を持っているかと警戒するソラ達。そのため3人は扉の前から近づこうとしなかった。そしてビックシャドウも動かない。
「……動かないな」
「近づかないとダメなのかしら?」
「それだったら色々と厄介だろうが……」
「どうするの?魔法を撃ってみる?」
「そうだな……俺が進もう。対応できるパターンに関しては俺が1番多いからな」
「ええ、頼むわよ」
「気をつけてね」
ソラは高い近接戦闘能力と魔法運用能力を持つので、ミリアとフリスより対応力は高い。そのため意味不明な場所に対してはソラが行くことが多かった。なお、ソラがこき使われているわけで無い。
ビックシャドウはソラが近づいてきても動かなかった。だがソラが影の領域に入ってしばらくした、その瞬間……
「っ!」
「ソラ⁉︎」
「ソラ君!」
「気をつけろ!こいつ影を操るぞ!」
ソラの足元の影を刃に変え、貫こうとしてきた。そしてそれまでの沈黙が嘘だったかのように、ビックシャドウは次々と影の刃を繰り出してくる。ソラはバックステップで何とか避け、既に出ている影の刃を蹴ることで当たりそうなものを避けていく。
いくらか掠らせつつも、致命傷を負うこと無く2人のもとに戻ったソラ。するとビックシャドウは再び沈黙する。
「私達の影から来たりするのかしら……」
「あいつの魔力が入り込んでいる感じはない。おそらくは物の影だけだ」
「だからこんな部屋なんだね」
「ああ……迂闊だったな」
「魔法を試してみる?」
「そうだな。有効そうなのは……雷と光か」
「じゃあ、わたしが雷をやるから光はお願い」
「ああ、任せろ」
様子見とばかりにソラは8本フリスは5条、それぞれ光線と稲妻を放つ。それに対しビックシャドウは半円形の影の壁を5重に作り出した。その壁により雷は3層目で消滅する。光は何とか5層貫通したが威力が下がりすぎていたため、ビックシャドウの表面で弾かれた。そしてさらに、ビックシャドウ周囲の影が蠢く。
「……やばくないか?」
「そうね……」
「用意した方がいい?」
「いや、多分効かない、っ⁉︎来るぞ!」
蠢いた影が大量の矢となり放たれる。フリスは火と雷で迎撃するが、相当量の濃さが無いと逆にかき消された。ソラは8属性全てを放つが、マトモに迎撃できたのは光だけだ。迎撃はほぼ失敗したため3人とも回避に移る。
「ミリア!フリス!立ち止まるなよ!」
「これならまだ何とかなるわ!」
「ミリア、光のエンチャントをつけるから危ないやつは弾け。フリスは俺が守るから外れすぎるなよ」
「難しいこと言うね」
「そんなこと言ってる場合、かっ!」
ソラはルーメリアスにエンチャントを施した後、両手両足と薄刃陽炎に付加をかけた。そして、斬る。影の矢は2つになると形を保てないのか、殺傷能力を無くして崩れ落ちていく。
数は多いものの暴力的とまではいかないため、いくらか掠らせつつも3人とも回避に成功した。
「結構厳しいわね」
「様子見してたせいか……次で決めるしかないな」
「そうね。Aランクとは思えないほど強いし」
「強化されてるのもあるだろうが、この部屋だかれってのもあるだろうな」
「影が多いもんね」
「ああ。それに闇魔法の類だからか、魔法が消されるのもな」
「光は効いてたわよね?」
「ああ。というよりも、ほぼ光だけだな」
「どうしよう……」
この中で光魔法を使えるのはソラのみ。フリスは、大量の魔力を使っても迎撃すら満足にできないこの状況に諦めすら感じていた。
だがソラは……
(やっぱり……耐えきれないか)
己の滾りを抑えられずにいた。元よりこういった確実に勝てると言えない強敵、しかもミリアやフリスのように殺さないような手加減を必要としない相手は少ない。相手が異形で奇怪な技を使うとしても、それは変わらなかった。
「ミリア、フリス」
「どうしたの?」
「ちょっと本気で殺ってくる」
「ちょっとソラ⁉︎」
「こういったタイプは初めてだし……抑えられなくてな」
「わたし達……邪魔?」
「いや、そうじゃない。3人揃っての方が勝率は高そうだしな」
「だったら何で……」
「俺がやりたいから。ただの我が儘だ」
「行かせてあげましょ、フリス。多分どれだけ言っても聞かないわよ」
「ミリちゃん……」
「ありがとな、ミリア」
「ただし、負けたら承知しないからね?」
「ああ。一応保険は残しておく」
そう言ってソラは、ルーメリアスにより強い光を帯びさせた。その光はソラが斬撃を飛ばす時以上の強さを持っている。
「これは?」
「エンチャントを強くしただけだ。まあ、あいつ程度なら1撃で、盾も含めて全て斬り裂けるだろうな」
「何で私になのよ?」
「ミリアが直接斬りに行っても良いし、フリスが風でコントロールして当てても良いだろ?」
「そうじゃなくて、ソラもやりなさいよ」
「勿論やるさ。魔力はまだ余裕があるからな」
「とことん化け物ね……いいわ。行ってきなさい」
「ああ、行ってくる」
「頑張って!」
2人から離れ、ビックシャドウの方へと歩いていくソラ。そして影の1歩手前で立ち止まる。
「敵は見えず、聞けず、相対せず。ただ己の内に感じるのみ」
この口上、ソラのいた流派で使われていたものだ。敵は自分、超えるべきは自分だけ。自身の限界を決めず上を目指し続ける。そういうものだ。
そしてその瞬間、ソラは駆けた。
(蓮月は無意味。なら水無月で、本気でやる)
水無月による圧倒的な加速力、それによりソラは影の領域を一気に駆け抜けていった。
ビックシャドウは影の刃をソラの足元や周囲から放つが、ソラは……
(軌道は読める。先は分かる。なら……勝てる!)
次々と刃を回避、もしくは斬り裂いていく。足元から生える刃には体を傾けてその隙間を縫い、足を直接狙うものは歩幅を変えることで対処する。周りから来るものは出来うる限り避け、必要なもののみ切断した。地に突き刺さったものの途中から刃が生えてくる場合にもしっかり対処する。
この影は魔力で動かされているのだから、魔力探知で完全に知ることができる。今のソラなら魔力の動きまで知ることができ、どの攻撃がメインか、ブラフかまではっきりと分かった。
そして、ここまで順調な理由はこれだけではない。
(さっきも感じたが、俺達を確実に殺すには数が少なすぎる……こいつの限界か)
ビックシャドウに近づくほど影の刃は増えるが、ソラを押し潰せるほどの数にはなっていない。恐らくはビックシャドウが展開できる数か面積の上限なのだろう。
ソラは勢いそのままに進み、シャドウ本体から出た刃を全て薙ぎ払い、薄刃陽炎を上段に構える。
「終わりだ!」
そして一閃。その刃はビックシャドウを簡単に引き裂き、この戦いを終わらせた。
「ふぅ……」
「ソラ、お疲れ様」
「凄かったよ!」
「ミリア、フリス……すまなかった」
魔石を回収したソラは、ミリアとフリスに謝る。綺麗に90度頭を下げてだ。だが、2人は頭に疑問符を浮かべていた。
「……何で謝るのよ?」
「いやまあ、心配かけたしな……」
「私達が送り出したのよ?責めるのは違うでしょ?」
「まあ、そうなんだが……」
「……良いわ。そんなに言うなら、後で埋め合わせをしてよね?」
「ああ、分かった」
「わたしもだよ〜」
「勿論だ」
軽く休憩を取った3人は、奥の扉を開けて宝箱を開ける。当然ながら罠の確認はした。
「これって……」
「小手と脚甲だな。俺が貰って良いか?」
「ええ。ソラしか使わないもの」
「どんな効果があるの?」
「そうだな……闇か。フリス、軽く魔法を撃ってくれるか?」
「うん」
入っていた物のメインは黒い小手と脚甲、完全にソラ向けだ。そしてフリスが出した火球に向けて拳を振るうと、火球が消滅する。勿論、ソラは付加を使っていない。
「綺麗に消えたね」
「俺の認識してる闇付加とほぼ同じだな。魔力も少し吸収してる」
「それは……便利ね」
「ミリアが使っても同じ効果があるかは分からないけどな。闇付加を持っている人限定かもしれない」
「まあ良いわ。私よりソラの方が使いこなしそうだしね」
「そうだね〜」
しばらく休憩した後、ソラ達は帰路を歩んでいった。
今回のボスのビックシャドウですが、強さはAランクを大きく超えてSSランクに突入しています。魔力の質と量を増やされたことで1段階、刃を操りきる知力と魔法を消滅させる能力を与えられたことでもう1段階上がりました。
勿論、これはデフォルトではありません。




