第5話 炎路①
「暑いよ〜」
「まあ、場所が場所だしな」
「こんな場所、ダンジョン以外にあってほしくないわよ」
「そりゃそうだ」
ソラ達が歩いている所、そこは道幅5mで両端は崖、更にその下はマグマというトンデモない場所だ。
確かに、外に存在したら恐ろしい。ここでも十分おかしいのだが。
「今のところ、魔獣はいないな」
「そうね。珍しいかも」
「珍しいよ。魔力探知にだって、全然入ってないし」
「……何だか不気味だな」
「ええ、今までは襲われ続けていたもの。……一気に来るかもしれないわね」
「え〜」
「そんなこと言っても……ん?何よ、あれ?」
「赤い、雲?魔力があるみたいだけど……」
「いや、あれは……」
こんな平和な時間は当然ながら長く続かない。このダンジョンでは、魔獣との遭遇回数がかなりと多かった。1回1回の数が比較的少ないのが救いである。
「イナゴの群れだ!」
「火がついてるよ!」
「火付加なんでしょうね、きっと!」
手始めとばかりに襲いかかってきたのはイナゴの群れ。当然ながら火属性であり、フリスが適当に放った水球は蒸発させられた。
「どうするの?」
「群れごと水で覆えばいい。2人でやるぞ」
「うん」
「私は相手しづらいし、それで良いわよ」
「じゃあやるぞ。3、2、1」
「行って!」
イナゴの群れはソラとフリスが作り出した巨大な水球に飲み込まれ、消えさった。後に残ったのは魔水晶が1個、だがそれはマグマに落ちて消えた。
「あー、落ちちゃった」
「ここでは回収できないと思った方が良いか。自分が落ちるよりはマシだ」
「フリスは良いかもしれないけど、私達には厳しい条件ね」
「特にミリアは注意しろよ。俺と違って動き回るタイプなんだからな」
「ええ、勿論よ」
「わたしもサポートするね」
「あれを使えばかなり楽になるか」
ソラは足を止めた状態でも殺り合えるため問題無いが、ヒットアンドアウェイを得意とするミリアは、こういう場所では戦いづらい。だがあの魔法があれば、普段以上に戦えるだろう。
そして、休む間も無く次が来た。
「来たよ!」
「クワガタか……デカイな」
「また角に火が……」
「まあ、付加だろ、って火吹いてきやがった⁉︎」
「でも、きっちりそれに反撃するのね」
全長1.5mほどのクワガタ。形としてはミヤマクワガタに似ているそいつは、角に火を纏い口のあたりから火を吹く。だが火を吹いた瞬間にソラは駆けつつ薄刃陽炎を抜き放ち、クワガタを上下に両断した。
「流石に放置するのはマズいからな。早く終わらせた方が良い」
「そうだけど、不意打ちに反撃できるのが凄いわよ」
「慣れというか、反射だな」
「……あり?」
「ありだ」
「……反則よね」
反射で反撃できるなんて普通からすれば反則に近いが、できてしまうのだから仕方が無い。ソラ自身これを体系的に考えられているわけでは無いので、教えることはできないが。
「ようやく一息つけるわね……2人とも、どうしたのよ?」
「何かが近づいて来てる。20くらいか?」
「でも、マグマの中だよ?」
探知は継続して行っているため、近づいてくる存在の大半を知覚できる。だがそれがマグマの中にいては戸惑うのも仕方が無いだろう。
3人がマグマの海を目を凝らして探すと、赤い物体が浮いているのを見つけた。
「あれは……マグマの中に……ワニか」
「こっちに来てるのよね?」
「ああ、多分狙われてるな」
「逃げれるかな?」
「今なら急げば……ん?あそこは……」
「登り坂、よね?」
「挟まれるよね」
「今行こうとしたら確実に集中砲火だ。迎撃するぞ」
「うん」
「ええ」
ソラ達が今いる道の前後にあるスロープを登り、マグマを纏ったワニが現れた。全長は3.5mほどで、元からある鱗も眼も赤い。口からはマグマが垂れている。赤が多すぎて目がおかしくなりそうだ。
「また面倒な相手が出たな」
「ねえソラ、私は相手しづらいと思うんだけど……」
「表面はマグマだしな……フリス、濁流を流してやれ。俺とミリアはそれに続いてトドメを差す」
「うん、分かった」
「大丈夫なのよね?」
「マグマを冷やして岩にしてしまえばいい」
「じゃあ、行くよ!」
フリスが前後双方に濁流を流し、その後を追ってソラが前、ミリアが後ろに走る。
ワニが纏うマグマは水に浸かったためにただの岩となり、接近しても問題は無い。
「脆い」
そうだと言っても、岩ごとワニを踏み潰すのはどうかと思うが。それはともかく、ソラとミリアは合計13匹を全て倒した。
なおこれら3つの戦闘、全て50mの範囲内で行われたものである。狭すぎだ。
「まったく面倒だな。全然進めない」
「こんなに出てきたら遅くなるわよね」
「ねえ、ソラ君……」
「ああ」
「……嫌な予感しかしないわ」
そしてすぐに次がやって来る。しかもこいつはもっとも厄介そうだった。
「火を纏った……バイソンか?」
「ばいそんって?」
「牛とかの仲間で……突進が強い」
「……それって、大変よね」
「氷で滑られされれば楽なんだけどな……」
前方100mの位置にいるのは、全長約2.8mのバイソン。全身に炎を纏っているため、氷が簡単に効いたりはしないだろう。マグマと違い固まることは無いため厄介だ。
「来るよ!」
「ミリア」
「どうしたの、ソラ?」
「足を斬るぞ。フリスは直線上から退避しろ」
「ええ、分かったわ」
「お願い。トドメは任せて」
「ああ。それじゃあ、行くぞ!」
バイソンの突進は強いが、小回りはきかない。駆け出したソラとミリアは衝突直前で左右に分かれ、そのまま足を2本ずつ斬り裂く。
そして突進の勢いのまま転がったバイソンは、フリスの水槍と雷によって倒された。
「お疲れ様」
「ミリアも良くやったな」
「大変だよね……あ、来ちゃったよ」
「またか……」
この後も何回も何十回も襲撃され、撃退した。途中から駆けながら戦ったので進みはそう遅くないが、疲労はかなり溜まっていた。
罠の無い、魔獣のいない壁に囲まれた小部屋に着いたとき、倒れこんでしまったのは仕方が無いだろう。
「疲れた……」
「大群が来るよりつらいぞ」
「終わったらすぐ、だものね……終わって良かったわ」
「結界を張っておこう。しっかり休みたい」
「階段でも来るなんて思わないよ〜」
「今は……5階層、ここまで走って来たのよね」
「ああ……ありえないだろ、こんなこと」
「そうだよ、っ⁉︎」
「いや、大丈夫だ。別の方向に行ったからな」
「魔獣よね?」
「ああ。鳥みたいなやつが6匹だ」
「場所的に……多分フレイムバードね。炎の鳥よ」
「炎の鳥?もしかして本当にか?」
「ええ、炎でできた鳥よ。火事が起きた時、稀に出てくるらしいけど、どうしてそうなるのかは分かってないわ」
「わたし達も見たことは無いんだけどね。見に行きたくは無いけど」
「確実に戦闘になるからな……」
少し休んだ後食事をとり、十分に体を休める。普段は最低でも1階層ごとに1回休息をしていたが、それができないとペースが崩れる上に疲労も早い。しっかりと休むのは当然のことだった。
「そういえば、結界の周りに何もいないな」
「そうだね……なんでだろ?」
「もしかしたら、魔力探知の範囲外で待ち構えてるのかもしれないわね」
「はは、そんなまさか……まさか……」
「ありえるね」「ありえるわね」
「……まあそうだったとしても倒せば良い。そろそろ行くか?」
「ええ。もう十分休んだもの」
「わたしも大丈夫だよ」
「それじゃあ、行くか」
結界を解き、外へ出たソラ達。その瞬間に崖を登ってきたのは高さ4mのマグマの塊、いや人型だ。
「いやいや、マグマのゴーレムとかやめてくれよ」
「ソラ、早くやりなさいよ」
「ワニと同じ方法で良いんだよね?」
「これしか無いだろ。凍り付け!」
ソラが放った吹雪により、ゴーレムを構成するマグマは冷やされ、黒い岩の塊となった。
「よし、成功だ」
「動かなくなるんだね」
「ワニと違って全身がマグマだからな。さて、後は核を壊すだけか」
「それは、私がやるわ!」
ミリアは跳び、ゴーレムをX状に切り裂く。上手く調節されており、心臓部分にあった核を綺麗に両断した。
「お見事」
「ソラほど上手くはないわ。相手が動いていなかったし」
「それでもだ。俺より早く「ソラ君」……ああ、そうだな」
「もう来たの?」
「うん」
「また走るのか。面倒な」
「そんなこと言ってる場合じゃないわよ」
「ああ。そうだ、なっ!走れ!」
地獄の障害物競走は、まだ始まったばかりだ。
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「ボス部屋だ」
「やっと着いたわね……」
「疲れた……」
「ここまでは追ってこないみたいだな……」
「好都合よね」
「少し休憩しよ」
「ああ」
結界の中にいる時以外、ほぼ常に襲われていたソラ達。最後に休憩を取った後、ボス部屋の中に突入した。
「赤い、ライオン……」
「ちっ、百獣の王が相手か」
「手強いわよ」
「ああ……散らばれ!」
全長2.8mほど、グリズリー以上の体格を持つ赤いライオンがボスである。爪や体の各所、そして口から火を漏らし、戦闘態勢を取っていた。いや、いきなり突撃してきた。
そしてそんなライオンの突進に対し、ミリアとフリスは両側に分かれて隙を窺う形を取る。だがソラはそのまま残った。
「ソラ君⁉︎」
「俺が引きつけてる間に隙を探れ!」
「分かったわ!」
ソラはライオンを正面から受け止め、隙を作るつもりのようである。元から誰かがこいつの注意を引かなければならず、その適任はソラだ。
だがそうだとしても、軽装のソラには重い役であることに変わりは無い。
「ああは言ったが、やれるか?」
流石のソラもライオン、しかも大柄で炎を纏う奴の相手をするのは怖いものだ。
「まあいい……さあ来い!」
だがそれを意志の力でねじ伏せる。恐るだけではどうにもならないことを知っているのだから。
突進に対しては巨大な氷塊をぶつけて相殺する。振るわれる爪を薄刃陽炎で弾き、斬り裂く。噛みつきをスウェーバックで避け、顎を蹴り上げて口を閉じさせる。吹雪を纏いつつ放って炎に対抗。1人でも完全に相手をできていた。
「凄いね、ソラ君」
「とんでもないわ。あんなに近いのに1回も傷を負ってないなんて……」
「ソラ君より、どうやって倒すか考えようよ」
「そうね。以外と隙が無いし……フリス、ソラを巻き込む形で魔法を使ってくれる?」
「合図はミリちゃんがお願い」
「ええ。ソラなら意図にも気づいてくれるわ」
「じゃあ、行くね」
「要はフリスよ。よろしくね」
「うん」
ミリアとフリスは策を実行するために分かれる。このあたりの以心伝心は流石だ。
「ちっ、結構キツいな」
ソラは戦いを優位に進めているとはいえ、体格差が大きすぎる。紙一重の戦いであった。
(ミリア?何かするんだな。隙はできなかったか)
ソラの反対側、ライオンの後ろに移動したミリアを見て察したソラ。フリスが後ろで魔法を発動させようとしていることを確認し……
「って⁉︎範囲広すぎだろ!」
規模に驚く。彼女が放とうとしているのは無数の水球と6つの巨大な水球、弾幕と濁流だ。ミリアの注文通り、わざわざソラを回避するものは1つもない。巻き込む気満々である。
だがそこはソラ、隙間を見つけて体をねじ込み、範囲外へ逃げた。さらに置き土産として吹雪をぶつけ、ライオンの動きを鈍くする。
ライオンは火を纏い、火を吹き、水を迎撃していく。だが、完全に動きが止まった。そしてそこを強襲するのはミリアだ。
「はぁぁ!」
ミリアは上から首を狙って落ちてくる。また、ルーメリアスにはソラが氷を付加済みだ。完全に不意を突く形で、弱点満載の攻撃を急所に叩き込めるーーはずだった。
「え⁉︎」
だがライオンは直前に首を動かし、頸動脈の片方を切断されたものの両断は避ける。そして最後の意地とばかりに爪を振り、ミリアを道連れにしようとした。
だが、その四肢はすでに斬り飛ばされた後である。
「迂闊だぞ、ミリア」
「ごめんなさい。少し詰めが甘かったわね」
「どうしたんだ?あんなところで止まるなんてらしくないぞ?」
「欲を出しちゃったわ。あんな凄いことをしたソラに対抗しようとしていたのよ。できるわけ無いのにね……」
「確かにあれは俺にしかできないが、ミリアだって俺ができないことをできるだろ?それを上げてくれ。そうすれば俺も嬉しいからな」
「ふふ……ありがと」
ヒトひとりにはできることとできないことがある。それを補い合うのが人と呼べるだろう。ずっと側にいるのだから、何らかの感情を持っても不思議では無い。それをどう昇華させるか、それが問題なのだ。
だから戦いの最後を見て、疑問を持つのも当然である。
「ちなみに、ソラはなんで手加減してたのよ?」
「バレてたか。まあ、魔法を混ぜた1撃だけで潰すことも不可能じゃなかったが……それだと実力を上げられないからな」
「どうして?」
「ゴアク、あいつに勝つためだ」
「強くなりたいのね?」
「ああ。2人とも理解してくれるか?」
「うん。わたしはそれに参加できないけど」
「私の場合はソラとの稽古が1番良いのよね」
「まあ2人はそれで良いさ。それに俺も、手加減して死ぬなんてのはゴメンだからな」
「当たり前よ」
毎回1撃で終わらせていては、実力が付きづらい。そしてその1撃で仕留め損なった場合が大変になる。そのため、ソラはその方法を、特に強敵相手では嫌っていた。
話もそこそこに、3人は奥の扉を開ける。
「さて、何が出るか……罠は?」
「無い、わね。大丈夫よ」
ちゃんとミリアが罠が無いことを確認してから、宝箱も開けた。今回もちゃんと中身は入っている。
「イヤリング?難易度は高かったし、魔法具なのよね、これ?」
「……いや、分からん」
「魔力はほとんど感じないよ。むしろ薄いかも」
「……不良品?」
「そんなはずは無いが……魔力を流してみるか?」
いつも通りの魔水晶や貴金属、普通の武器や珍しい装飾品に加え、中央の少し高めの台の上にはイヤリングが置いてあった。魔力をほとんど感じず装飾も最低限という、価値の低そうなものである。だがソラは、色々と調べるようだ。
試しにソラは手に持ったイヤリングに魔力を流してみた。見た目では何の変化も無いが……
「何も起きないわね。ちょっと貸してみて」
「ミリ「いっ‼︎」大丈夫か⁉︎」
ミリアがイヤリングを取ろうと伸ばした手は、イヤリングから15cmほどの位置で透明な壁にぶつかったかのように止まった。当然ながら指を突いた状態となり、痛みでミリアはうずくまる。
「っ……」
「どうやら障壁を張れるタイプの魔法みたいだ。魔力を流すと作れるな」
「冷静に見てないで助けようよ」
「そうしたいのはやまやまなんだが……突き指の診断法なんて知らないんだよ。色々と細かいらしいしな」
「魔法は?」
「俺が使えるのは外傷用だけだ。疾患用は試したことなんて無いし、靭帯とかの治し方はな……」
「耐えろってことね……」
「ああ。すまん」
捻挫や打撲は比較的簡単だが、突き指は原因が複数あり治療法が違うものもある。医者でないソラには診断できないし、治療もできなかった。
うずくまるほど痛かったのは最初だけのようだが、痛みは続いているらしい。2人ともしばらくその場でミリアを心配していた。
「……やっとおさまってきたわ」
「よかったね」
「腫れて無いようだし、おそらくは大丈夫だな」
「良かったね」
「それにしても、ソラが治せないなんて意外だったわ」
「……俺のこと完璧超人か何かだと思ってないか?」
「え、そうよね?」
「違うぞ!」
ミリアの言い方に、本気でツッコむソラ。するとミリアはコロコロと笑い出した。ミリアがからかっていたことはソラもフリスも分かっており、どちらも笑っている。ソラは苦笑いだが。
「冗談よ。ちゃんと私達と同じ人じゃない」
「まったく……」
「ミリちゃんったら」
ミリアとフリスにとってこれはただの冗談だ。だがソラは、「同じ人」という言葉について考えていた。
(同じ人、か……どんなに変わってしまっても、これだけは覚えておきたいな)
これから先、神と称されようと悪魔と言われようと化け物になろうと、人間であった頃の思い出は絶対に忘れずにいたい。ミリアとフリスとともに在った記憶と共にいたい。こんな子供じみたて純粋な思い、願いがソラの根幹にはあった。
(でもまあ……2人を守るためなら何を敵にしても良いな。それくらいの覚悟は、とうの昔にできてる)
そしてこれも、ある意味ソラらしいものだ。
「さて、ミリアの指も万が一があるかもしれないし、今日はここで泊まるか」
「そうだね」
「ええ、良いわよ」
仲の良い3人。これがいつまで続くのかは、神すら知らない。




