第3話 商都ビジネシアン①
「……これはまた」
「イーリアとは大違いね」
「住みづらくないのかな?」
「区画整理も上手くいってなさそうだな」
この町は商人が多く、競争意識が強い。そして町もその特徴に沿って作られている。つまり、各々の家が自分達の使いやすいように建てられており、周りのことを考えていないのだ。
それはある意味商魂たくましいと言えるのだが、裏路地は迷路のようだった。
「オマケに物も全部高いと」
「ほぼ全部輸入物なんでしょうね……本当、住みにくそう」
「でも……雰囲気は悪く無いよ?」
「これはこれで秩序が保たれてるんだろうな」
「そうなの?」
「ああ、表も裏もだ。癒着は相当強いだろうが」
「それって……」
「できる限り早めに出た方が身のためだろうな。恐らく、外者には厳しい町だぞ」
日本で言うなら、ヤのつく職業の人達と店の関係に近い。それ自体が悪いと一概に言えることでは無いが、関わらない方が良いに決まっている。
「お店、多いね」
「どこも他との差別化をはかってるみたいだけどな。仕入先が違うんだろう」
「輸入物ばかりなら差別化もしやすいわね」
「そういえば、2人の実家はどんな感じなんだ?商売のことはよく分からないから、詳しく聞いたことは無かったが」
「そうね……規模はイーリアで1番よ。そのせいでまとめ役みたいなこともしてるけど」
「他の町へ行くのは専門の人達に任せてるよ。ハーダー君とか」
「なるほど、分業か」
「ええそうね。それと、私達はパーティーに呼ばれることも多かったわ。パーティーそのものは嫌いじゃ無いんだけど……町で1番の商家の娘だから、貴族の子弟が次々挨拶に来て……本当に困ったわね」
「冒険者になってからは出なくてよくなったけどね」
「2人は腹の探り合いとかは苦手そうだもんな。俺も得意なわけじゃないが」
ソラは権謀術数にある程度通じていると言えるが、そんなに得意では無い。駆け引きという意味では同じかもしれないが、接近戦におけるフェイントと口車の乗せあいは大きく違うのだ。
そんな中で3人が見つけだ場所があった。
「ねえ?あれって……」
「ん?ああ、そうか」
「へえ、こういう所もあるのね」
ソラ達の目にとまったのはアクセサリー屋だ。勿論ここもそれなりに値は張るが、質はそれに見合っている。
「交易で暮らすなら、こういうやつの方が良いんだな」
「アクセサリー……良い物ばかりよ」
「欲しいやつがあったら買っても良いぞ?」
「本当⁉︎」
「ああ。何も問題ないからな」
「選んでくる!」
「私も、行くわね」
「ああ」
普通の冒険者がアクセサリーに手を出すことはほとんど無いが、ソラ達なら金額的にも問題無い。戦いで邪魔になったのなら指輪にしまえば良いのだから、簡単だった。
ミリアとフリスは早速店の中へ入り、選び始める。ソラに選んでもらうより、驚かせる方が良いようだ。また2人はそこまで悩まず、しばらくしたら出てきた。
「ソラ君!」
「どう?」
「ブレスレットにイヤリング、髪飾りとネックレスか。良いな、似合ってる」
「他にも良いのはあったんだけどね……」
「流石にそれ以上はやめた方が良いだろ。派手過ぎるのは好きじゃ無い」
「やっぱり、ソラならそう言うと思ったわ」
ミリアは両手首に細めのブレスレットと小さめのイヤリングを、フリスは少し大きめの髪飾りと小さな水晶が幾つかついたネックレスをしていた。アクセサリーとしてはそこまで高くない物だろうが、2人にとても似合っている。
そのまま通りを歩いていると、道脇にいた歳をとった男性に声をかけられた。
「そこのお嬢さん達」
「え?わたし達?」
「ああそうじゃ。絵のモデルになってくれんかの?そこの彼も一緒にどうじゃ?」
「俺は問題無いが、どうする?」
「良いと思うわよ。急いでるわけじゃないんだしね」
「じゃあ、お願い」
「ありがたい。それにしてもぬしら冒険者か。ほほほ、久しぶりにいい絵が描けそうじゃわい」
この老人の周りには幾つもの絵が飾られている。売り物では無いのかもしれないが、その風景画や人物画はとても上手い。そのため、ソラ達も腕を信頼できた。
「それにしてもぬしら、恋人同士かの?」
「え⁉︎」
「ほほ、人を見る目はあるつもりじゃぞ。それでどうじゃ?」
「恋人というか、夫婦だ。2人ともな」
「そこまで進んでおるのか……うむ、この絵はあげよう」
「え、いいの?」
「いいぞ。わしが絵を描くのは趣味じゃからな。金も取らん」
「じゃあ、甘えておくか」
「うん」
「よし、出来たぞ」
出来上がった絵は他の絵と同じく、とても綺麗だ。指定されたポーズ通りのすがただが……ソラの顔が少しゲルマン風なのはご愛嬌か。
そして3人の後ろには見慣れぬ丘が描かれていた。
「この丘は何?」
「そこはこの町の近くにある場所じゃ。魔獣もほとんど来なくて良い場所じゃぞ」
「へえ、なら1回行ってみるか」
「そうね。良い場所みたいだし」
「詳しい場所、教えて?」
「ああ、いいぞ。ぬしらは見てるだけでも面白いからの」
「ありがとうございます」
教えてもらった場所はこの町からゆっくり歩いて半日ほど、身体強化を使えるソラ達からすればそう遠く無い所に位置していた。依頼のついでに寄れるだろう。
そして3人は老人と離れ、ギルドへ向かう。
「ああ言ったが、悪い町では無いな」
「闇ギルド自体が悪いわけではないもの。元締めになってくれる場合もあるらしいからね」
「それもそうか。2人の実家はどうなんだ?」
「う〜ん、聞いたこと無いかな。イーリアに大きな闇ギルドは無かったはずだし」
「記憶違いじゃなければその通りよ。どこもうちに手出しはできないわ」
「まあ、変な所が来そうじゃなくて一安心か」
「過保護ね」
「やめてくれ、そんなの」
少し他とは勝手が違う町だが、ソラ達は十分楽しんでいた。
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「全体的に歯応えが無くなったな」
「Cランクの割合が多いね。まだBランクもいるけど」
「少し南に下ったからじゃないかしら?魔王領から離れたもの」
「代わりに数が増えてるよね」
「代わりに、か……」
「どうしたのよ?」
「何か引っかかるんだが、何故か分からなくてな」
「そんな時もあるんじゃない?」
北から、魔王領から離れるほど基本的に魔獣は弱くなっていく。ここもその例から外れていないのだが、少し様子が違った。
「でもなあ……」
「「「ガルッ!」」」
「ふん!」
背後から来たブラウンウルフ3匹を一閃して殲滅したソラ。町を出て森へ入ってからずっと。似たようなことが続いている。
「こうして散発的に、しかもかなりの数が来てるんだぞ?どう考えてもおかしいだろ」
「そうかもしれないけど、何でかは分からないよね?」
「まあ、そうだがな……」
全体的に数が多いのだ。ギルドで話を聞いた限りでも、ここまで多いというのは聞いていない。そしてソラも何故気になっているのか分かっていなかった。
「そんなに気になるの?」
「2人に危害が加わるなんて嫌だからな。守るために必要なら悩んだりもするさ」
「そう思ってくれるのは嬉しいけど……分からないなら来た時に対処すれば良いでしょ?」
「ヒントも何も無いし、それしか無いな。来たやつ全てを薙ぎ払うか」
「やっと、いつものソラ君に戻ったね」
「俺こんなに過激か?」
「そうじゃないわよ」
「ね〜」
そんな話をしているうちに、森が切れてきた。
「この先だったっけ?」
「ああ、そうだな」
「問題無いといいわね」
3人が目指しているのは絵に描かれていた丘だ。折角紹介されたのだし、優先してやらなければならない事も無いのでやって来た。
そして森を抜ければ、目的地はすぐそこだ。
「うわぁ……」
「凄い、わね……」
「ああ……そうだな」
ビジネシアンを囲む森や近くに流れる川、ここと似たような丘や岩山、そして崖。遠くにはバードンを囲む山々と、レマンの湖が見える。かなりの絶景だ。
「この程度の高さで、と思っていたが、これは良い」
「うん。何だか凄いよね」
「実際にここで書いてもらったら良かったわね」
「それだと、そうゆっくりできなさそうだな」
そしてフラグは回収される。先ほどまでいた林から、そして丘の反対側から、魔獣が接近していた。連携しているのか、何故か到着するタイミングが同じである。
「森の方からは蜂で、前からは鹿かな?」
「ああ、多分そうだ。どう担当する?」
「私とフリスが鹿で、ソラが蜂っていうのが妥当かしら?」
「うーん……わたしが鹿をやるから、ソラ君とミリちゃんは蜂の方をお願いできる?」
「確かにその方が良いか……任せたぞ」
「うん!」
ソラとミリアは丘を下り、フリスは丘の頂上へ向かう。実際の動きを考えると、こちらの方が良いのかもしれない。
「さてミリア、さっさと片付けるぞ」
「ええ。早くフリスの手伝いに行かないとね」
「そうだな。早くしないと肉が無くなる」
「ふふ、フリスを心配する必要無いものね」
「ああ」
純粋な魔法使いを1人にするなんてことは普通しないが、何か特別な理由がある場合は別である。
「たったこれだけ。わたし1人でも……十分!」
丘へ向けて平原を駆けてくる鹿型の魔獣。だが、到達することはできない。フリスの絨毯爆撃は、手加減をしなければ原型が残らないほどに激しいものだからだ。
火魔法のボムで誘導し、高圧特大の風弾でまとめて潰し、雷を落として残敵を掃討する。もはや1人戦術兵器である。
「ソラ君とミリちゃんは……もう終わっちゃうか」
こっちの2人は蛇な工作員かゾンビ災害の主人公達かと言えるレベルだが。いや、やっていることは巨人を駆逐する人達に近いかもしれない。
「ふっ!」
「やぁぁ!」
「ミリア、右を頼む」
「分かったわ!」
2人はスピードを生かした連携により、Cランクのキラービーを次々と葬っていく。足場の多い森の中だからこそできる立体的高速機動により、キラービーは檻に囚われたも同然だった。
「お疲れ様」
「やっぱりフリスの方が早かったわね」
「俺達だって森ごと焼き払えばもっと早かったけどな」
「流石に駄目よ」
収拾がつかなくなる可能性が高いためやめてほしい。
「さてと」
「ええ」
「うん」
「来いよ。バレてるぞ?」
「いやはや、素晴らしいですね」
「違和感の正体はお前か。いや、お前だけじゃ無いな」
木々の間から姿を現したのは、背中と下半身から蜘蛛の足がそれぞれ8本ずつ生えた緑髪翠眼の男、魔人だ。何故かタキシードに似た服を着ている。
「誰なのよ?」
「私はパイダーと申します。以後お見知りおきを」
「知る必要なんか無いだろ」
「いえいえ、あなた方には必要なのですよ」
「すぐに死ぬやつの名前なんか、覚えていられないだろ」
「強気ですね。ですが……私の配下からは逃れられませんよ!」
そう叫んだパイダーの背後から蜘蛛系魔獣が大量に出てくる。種類はCランクのハンタースパイダーとAランクのスピアスパイダーだ。比は約4対1、総数は200ほどか。
「面倒だ。ミリア、フリス、さっさと狩るぞ」
「ええ」
「うん」
だがこの程度、ソラ達には関係の無いことだ。
「そんなことができるわけ……は?」
「ノロマが。この程度で俺達の前に出てくるか」
パイダーの右手と右側にある足が8本、真後ろの魔獣ごとソラによって斬り飛ばされる。そしてその道中にいた蜘蛛は全てミリアが斬り刻み、他の場所にいたものはフリスが次々と潰していた。
パイダーはしばらく現実を認識できなかったようだが、ようやく追いついた。
「な、ななな、何故……」
「何故って、俺達が倒したに決まってるだろ」
「こ、こここ、こここの数を!おおお前達、にに人間風情が、なな何故⁉︎」
「……小者過ぎるな。情報なんて得れそうも無いし、さっさと殺すか」
「し、ししし、ししし……」
「ん?」
「しし、死ぬのはお前だ!」
後ろにいたソラに対し、振り返ったパイダーは左手の指先から糸を放った。先端は鋭く、まともに受ければ体に突き刺さるだろう。爪のついた足より脅威度は低いが十分警戒しなければならないものだ。
だがそれも……
「残念だが、届いていないぞ?」
ソラには届かない。何かやってくることが分かっているなら、蓮月で誘導して逸らすだけなのだから。
「何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ!!」
「相手が俺だけじゃないってこと、忘れてないか?」
「何故、がはっ……」
「後方不注意よ」
そして後ろからミリアに心臓と脳を貫かれ、何もできずに死亡する。
「小者過ぎるが……これだけ集めてくれたのには感謝するべきかな」
「そうね。普通に探すだけじゃかなりかかりそうだもの」
「あと、お金?」
「そっちは気にしてないけどな。今でも十分過ぎるほどあるし」
「それもそうだね」
「さて、これだけいるけど、どうするのよ?」
「全部持って帰るには多いか……Aランクと魔人だけだな。残りは燃やす」
「それでも目立ちそうだね」
「それは仕方ないだろ」
大量のAランク魔獣及び魔人の死体を運び込んでしまえば当然のごとくギルドにて目立つことになる。目立つのは仕方がないとはいえ、そう嬉しいものでは無かった。
「でもまあ、変に目立つのは嫌だな。早めに出るか」
「そうね。アクセサリー以外にめぼしい物も無いし、滞在すると目的も無いもの」
「明日にする?」
「そうだな……確か護衛の依頼は無かったし、それで良いか」
「じゃあ、そうしましょう」
そしてソラ達はこの言の通り、翌日ビジネシアンを去ったのであった。




