第17話 火都バードン①
「よくやるな、こいつらも」
「町の近くなんだよね?」
「気にしない方が良いわね。こういう人の考えなんて分からないもの」
道の脇、馬車の横にてソラ達は武器を持って立っていた。そして3人の足下には血で濡れ、倒れ伏す7人の男達がいる。服はボロボロだが手に剣や鉈、槍を持っていた。先ほどまで盗賊だった者達だ。
また、すぐそばには土の檻に入れられた細く素早そうな馬、駿馬もいる。盗賊達は駿馬に乗り、襲撃を仕掛けてきたのだ。この馬なら後続からの応援が来る前に逃げられる、そう思っていたのかもしれない。結果としては全滅したのだが。
「終わりですか……?」
「ええ。もう周囲に盗賊の気配も、魔獣の気配もありませんから。町はこの先なんですよね?」
「ええ、この谷を越えればすぐです。普段はこんなところに盗賊なんて出ないのに……」
ソラ達が護衛している商隊は2頭引き馬車8台からなる大きなものだ。他にも冒険者や専属護衛は30人ほどいるが、ソラ達が護衛するのは最も危険な先頭車両だ。危険故に報酬も高く、イチャモンをつける冒険者もいたが、そういった人は片っ端から倒すことで認めさせた。大分厄介ごとへの対処がなおざりになってきたソラである。
「駿馬を持っているなんてただの盗賊じゃない……少なくとも母体はかなり大きいでしょうね」
「もしや他の商人が……」
「ありえない……とは言えないわね。駿馬を持っているのはほぼ騎士団だもの」
「まあ、そのあたりは騎士とか衛士に任せれば良いだろ。それよりも、早く行きましょう」
「そ、そうですね」
谷を越えた先の町を目指す。その町、バードンと思わしき場所からは、白い煙が立ち込めていた。
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「はい、手続き完了しました」
「ありがとう」
バードンに来たソラ達は商隊と別れた後、冒険者ギルドにて以来完了の報告と活動拠点変更手続きをしていた。
手続きと言っても帳簿に名前やパーティーメンバー、ランクを記入するだけという簡単なものである。当然ながら町から離れる時はこれを消すように手続きをする必要もあるが、こっちの方が簡単なので問題無かった。
「ここの説明は必要ですか?」
「お願いするわ」
「はい、このバードン周辺には幾つかの火山があります。そのため、魔獣には火に強いものや火を操るものが多く存在します」
「かざんって……火の山だっけ?」
「その通りです。注意事項としては、草が生えていないすり鉢状の地形や、同じく草の生えていない穴の付近には近寄らないことですね」
「なんでよ?」
「火山ガスや間欠泉のせいだ。死ぬ危険もあるから注意しろよ」
バードンの周りには幾つかの活火山があり、活発に活動しているらしい。常に噴火しているわけでは無く、火山灰もほとんど無いそうだが、噴煙が上がっているということは火山ガスか常時発生しているのだろう。マグマも高温を保っていそうであり、間欠泉もありえた。ただまあ……
「……なんですか?その、かざんがす、とは?」
「……気にしないでくれ。それで、特徴的なのはこれだけか?」
「え、ええ。他は魔獣の対策ですが、必要ですか?」
「今は入らないな。後で聞くかもしれないか」
「はい、分かりました。では、ようこそバードンへ」
ベフィアでは存在そのものが知られていないようで、少し危なかった。相手が受付嬢でなければ、もっと時間を取られていただろう。
少し早足でソラ達はギルドを出た。そこに広がっていたのは、ロスティアとは違う意味で特徴的な町並みだ。
「面白い町だね」
「ロスティアとは……何か違うわね」
「日本も地域差は多いからな。町ごとに違いがあってもおかしくないか」
「そうなの?」
「ああ、そうだった。まあそのせいで、ここが内陸なのには違和感があるけどな」
「えっと……周りが全部海なんだったっけ?」
「ああ。だから海魚が欲しいんだけどな……」
「それは文句を言ってもしょうがないわよ。どうしても欲しいんだったら、持ってこれば良いじゃない」
「そんなどうやって……指輪があるか」
こんな風に雑談するソラ達が歩いている通り、そこは川を挟んで両側に日本風の宿屋が立ち並んでおり、川からは白い煙が立ち昇っていた。川原には少し黄色く白い固体もある。そして川のそばには多くの屋台や出店があった。
「美味しいわね」
「まあ、ん、こういった場所のやつは競合も激しいからな。見た感じ観光客も多いし、努力は惜しんでないだろ」
「美味しいならなんでも良いー!」
「……まったく、フリスったら」
「いつも通りだろ」
「……それもそうね」
「ふんふんふふーん」
ソラ達が食べているのは串焼きやおでん、五平餅などの簡単なものばかりだが、丼ものや麺類などの主食系もあった。ロスティアとは味付けなどが微妙に異なり、ミリアもフリスも満足だ。
特にフリスは五平餅が気に入ったのか、かなり上機嫌である。ミリアはまだそれほど好きなものが見つかっていないようで、普段通りだ。見つかった時は……ソラとフリスにからかわれるだろうが。
「結構うるさいのね」
「さっきも言ったが、観光客が多いからな。ロスティアとは違って威勢が良いし、こうなるさ」
「夜もだと嫌だよ?」
「さすがに夜中までは続かないさ。限度くらいは弁えてるだろ。むしろそうじゃないと人気は出ない」
「それもそっか」
閑かな町だったロスティアに比べ、このバードンは活気のある町である。そんな雰囲気にあてられたのか、3人とも寒さに負けず元気だ。
まあ、ソラはバルクから聞いていたことが相当楽しみだったようで……
「よし、2人とも行くぞ」
「えっと……どこに?」
「良い場所だ」
「良い場所?」
「ああ。ほら、早く行くぞ」
「うん、分かった」
「ちょっと、急ぎすぎ!」
「ミリアも早足になれば良いだろ」
「そうだね」
「暴論よー!」
ソラは2人の手を引いて、早足で進んでいく。そのソラが目をつけた場所は分かっていたのか偶然か、バードンで1番と言われる旅館だった。
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「うわぁ〜」
「……凄いわね」
「想像以上だな」
旅館に入り、ソラ達が最初に行った場所は大きな露天風呂、しかも天然温泉だ。借りた所が所なため、10人も入ると狭くなるが、ソラ達には十分だった。
なお、バルクからソラが聞いていたのが温泉である。2人とも温泉が好きなのだ。
「フリス!いきなり入らない!」
「あ、ごめんなさい……」
「良いさ。まずは体を洗うぞ」
フリスは慌てて忘れていたようだが、3人は取り敢えず個々で洗って早く温泉に入ることにした。いや、したはずだったのだが……
「ミリちゃんアワアワ〜」
「ちょっ⁉︎遊ばないでよ!」
「じゃあ、こうして〜」
「えっ、ちょっ、やめっ、キャー!」
「……フリス、遊びすぎだ」
フリスが遊んでミリアを全身泡まみれにし、2人一緒に滑った。しっかり受け身は取っているためソラも心配してないが、フリスがはしゃぎすぎで少し困っている。
「え、でも〜」
「ほどほどにしておかないと、ミリアに水風呂に投げ込まれるぞ」
「流石にそんなことはしないわ」
「あ、そっか」
「納得しないでよ!」
冗談だということはミリアも分かっているが、フリスの反応が本当だと捉えているようで少し焦ったようだ。
こんなゴタゴタもあったが3人は体を洗い終え、温泉へ入っていく。なお、フリスはその長い銀髪をタオルで纏めている。それを手伝うミリアの姿はまるで母親のようであったが。
「あったかいね」
「ちょっと温めよね?それにしても、なんで白く濁ってるのよ?」
「温泉ってのは地下から出てきてるからな。鉱物だとかなんかの影響でこうなるらしいぞ」
「害は無いのよね?」
「入れるものは基本的に問題無い。むしろ効能もあるしな」
「効能って?」
「例えば傷を治したりとか、打ち身を治したり……美肌とかもあったな」
「ミリちゃん」
「ええ」
「ここにどんな効能があるかは知らないぞ……そのままでも十分なんだけどな……」
ソラの呟きは聞こえなかったようで、2人とも肩どころか口元まで湯船に浸かっている。さらに時々顔にお湯を塗っていた。どこまで執着しているんだか。
「そういえば……」
「ん?」
「他の人って入ってこないよね?一緒にいて良いんだよね?」
「ああ、ここは混浴じゃなくて貸切にしたからな。気にしなくても大丈夫だ」
「良かった〜」
「……そういえば忘れてたわ……」
「ミリちゃん……」
「俺がそんなこと許すわけないだろ」
「それもそうね」
この後も話しながら温泉を楽しみ、3人が出たのは日が傾き始めたくらいだった。
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「気持ちよかった〜」
「そうね。こういうのも良いわ」
「風呂も良いが、やっぱり温泉は格別だな」
温泉から出たソラ達。3人は浴衣を着て、廊下を歩いていた。冬なので浴衣は1枚では無く3枚の重ね着だが、羽織や留袖より動きやすい。
そのため、やってみようとなるのは当然とも言えた。
「ねえソラ君、これってなに?」
「ん?って卓球台……ここ本当にベフィアか?」
「卓球……台?何よそれ」
「前の世界にもあったスポーツだ。発祥はイギリスなのにどうして他の町に無いんだか……」
「面白い?」
「まあそうだが、やるか?」
「やる!」
「やってみたいわ」
「分かった。道具はここにある……そう来たか」
「どうしたの?」
「いやまあ、道具をどうするのかと思ってたが……これか」
「その黒いのって……何よ?」
「ボールだ。これを台の上で打ち合う」
「テニスみたいなの?」
「ああ、ほぼ同じだ。……なぜ他の町に卓球が無い……」
卓球といっても道具はいくらか異なり、ラケットは木に動物の皮が張られていて、ボールはゴムの塊のようだ。恐らくはゴムの木の樹液をそのまま固めたのだろう。中がどうなっているかは分からないが、あるということは十分使えるということなのだろう。ソラは疑問を持ちながらも、使うことにした。
なおソラ達は知らないが、卓球は帝国にてかなりメジャーなスポーツである。卓球台が置いてあるのが集会所や冒険者ギルドの奥にある専用の部屋だったりするため、ソラ達は見た事が無かった。ロスティアにもあったのだが、バルクは負ける事が分かっていたため誘わなかったのだ。
「ルールは……テニスとほぼ同じだな」
「そうなの?」
「ああ。ただサーブだけは違うな。卓球だと自分のコートに1回当ててから相手のコートに落とす。こんな感じだ」
「……なんか面倒ね」
「それは否定しない。それと、ラケットは2種類あるから気をつけろよ」
「これと、これ?」
「ああ」
ラケットもちゃんとシェイクとペンの2種類があった。2つについてソラが簡単に説明した後、ソラとミリアはシェイクを、フリスはペンを取った。フリスがシェイクを取ったのは、双剣を持っているのと同じ感覚でできると思ったからだろう。
なおボールを打った感覚は、日本でやった物とほぼ同じだ。これならソラもやりやすい。もっとも、お遊びレベルでしか無いのだが。
「じゃ、やってみれば良いか。そっちは2人で自由に打ってくれ」
「分かった〜」
「どんな風なのかしらね……」
とりあえず、ということで3人は台の両側に立つ。そして簡単に打ち始めた。
「うわっ」
「フリス、よく見ろよ」
「難しいよ〜」
フリスはそんなに得意では無いのか、上手く打ち返せていない。戦うときも主に魔法で後ろから考えながら攻撃しているのだ。直感的なスポーツより将棋やチェスなどの方が得意だろう。
それに対し……
「お、ミリア上手いな」
「結構テニスと同じ感じでもできるのね。コントロールは難しいけど」
予想以上にミリアのセンスが良い。フリスが言うには、イーリアではテニスが盛んで、ミリアは運動神経の良さからかなり上位に入っていたそうだ。テーブルテニスと英語で呼ばれる卓球、ミリアは似た感覚でできるらしい。
そしてやっぱりこうなった。
「ソラ、勝負よ!」
「よし、受けて立とう」
「頑張れ〜」
結局のところ、勝負というものが好きなのだろう。遊びだって勝負形式の方が好きな人も多いし、そういった遊びは多い。
だが、この2人がやると……
「凄すぎだよ……」
とんでもないレベルの勝負となった。
片や人の動きを見切るのが得意なソラ。腕の振り方や目線から軌道を先読みし、身体強化も使って高い反応速度と正確性を出している。それに対するのはセンスの良いミリア。先読みは上手くできないが、ソラを上回る身体強化でなんとかくらいついていた。……たかが遊びに本気を出しすぎである。
そのため、ゲームの世界もかくやというほどの超絶対決が起こっていた。これは魔法という反則技があるゆえであり、2人とも動きが速いだけで技術は無い。それでもまあ……
「やる!な!」
「まけ!ない!わよ!」
「なんなんだよ、アレ……」
「やっぱり、こうなるよね……」
遠巻きに注目されるほどには、非常識な光景だった。




