第5話 鉱魔①
「オラァ!」
「はー、ヤァ!」
松明に照らされた広い洞窟内に、大きな音が響く。片や丸い影が黄色い光を纏って、片や長い影が爆炎を伴って。
「ソラ君って、刀だけでも大丈夫じゃないの?鉄斬ってたし」
「鉄とか斬るのって、割と面倒なんだよ。あのカマキリは細いからまだなんとかなってたけど、ゴーレムはゴツいからな。これ振り回してた方が楽だ」
「私は仕方がないわね。双剣じゃ効果がないんだから、これに頼るしかないもの」
「わたしは雷魔法を使えば良いだけだから楽だよ」
「そりゃそうだ」
ダンジョンの最奥の宝箱から発見した魔法具、ここはそれを使用すると圧倒的に楽なダンジョンだった。
なぜなら、ここのダンジョンに出てくるのはゴーレムのみだからである。だがその種類は豊富で、今のところ出てきたのはDのウッドゴーレム、Cのロックゴーレム、Bのブロンズゴーレムとアイアンゴーレムだ。もしかしたら下の階ではAのシルバーゴーレムとゴールドゴーレムが出るかもしれない。ゴーレムがこれだけしかいないというわけでは無いが、特殊な種は確認されていなかった。まあ、SやSSランクが出る可能性はまだあるが。
この中で、普段の得物でも普通に相手できるのはウッドゴーレムとロックゴーレムのみだ。ブロンズゴーレム以降は硬く、ゴーレムの体は電柱並みに太いため、ソラでもそう簡単には斬れない。
そこで重量武器や雷魔法の出番だ。ゴーレムには心臓と同じ位置に核があり、これを壊せば簡単に倒せる。重量武器でぶち抜いて核を砕いたり、金属に雷魔法を流して核を破壊するという手段が、ゴーレムへの主な対象法だ。
よって……
「どー、らぁ!」
インパクトの瞬間、雷が解放されるハンマー。その衝撃と雷により、アイアンゴーレムは崩れ落ちる。
さらにもう1度振り抜くと巨大な雷球が飛び、その先にいたもう1体のアイアンゴーレムに直撃、そのまま沈黙させた。
「はぁ!」
天井から落ちてくる炎の大剣。それはブロンズゴーレムの左肩から心臓付近まで斬り裂き、行動を停止させる。
「発射!」
放たれる2つの雷。それはウッドゴーレムとロックゴーレムの核を正確に狙っており、2体とも胸部が消し飛んだ。……これは材質の違いか。
なお、ソラとミリアがハンマーと大剣をこれだけ自由に扱えるのは、身体強化の出力が高いからだ。ソラは全ての能力が満遍なく強化されるタイプで、ミリアはスピード系の強化だが膂力もかなり強化されている。得物に慣れる以外の問題は無かった。
また、ブロンズゴーレムはアイアンゴーレムより魔法が効きづらい。これはそういう特性らしいので、ブロンズは前衛2人が対処することになっている。
「それにしても、これが地上で出たらいろんな意味で凄いことになるだろうな」
「どういうこと?」
「金属の塊だからって意味?」
「ああ、そうだ。青銅や鉄ならまだしも、金や銀なんてとんでもないからな。……まあ材料の問題もあるのか、鉱山内でまれに出るくらいらしいけど」
「木や岩はよくいるらしいわよ」
「……ん?ブロンズなんて外で出るのか?青銅って銅とスズの合金だぞ?」
「2つの鉱脈が重なるところで出るって、本にあったよ」
「そんな無茶苦茶な……」
ゴーレムの存在自体が無茶苦茶ではあるが、ベフィアの一般住民からすればソラの存在の方が無茶苦茶である。
3人は話しながらも順調にゴーレムを倒し、どんどん下の階層へ進んでいった。
「ふん!」
「せい!」
ソラはフルスイングによってシルバーゴーレムを吹っ飛ばし、その先にいたミリアが心臓を正確に貫き、機能を停止させる。このくらいの階層になるとソラもミリアもだいぶ慣れてきて、もとの得物には及ばないまでもかなりの連携をとれるようになってきた。なおミリアは大剣ばかりだが、ソラは槍やハルバードも使っている。どれも一長一短でソラは刀より扱いにくく感じたが、この状況ではかなり役に立っていた。
ちなみにゴーレムは、上位個体になればなるほど耐電耐熱耐衝撃性が高くなっていく。ウッドとロック以外は材質を無視して、だ。物理学者涙目である。
また、シルバーゴーレムは大分魔法が効きづらくなっている。これはランクの問題だけで無く、特性の問題だ。ブロンズゴーレムはアイアンゴーレムより効きにくい特性があるといえど少しの差でしかなかった。だが、Aランクのこいつとはかなりの差がある。魔法だけで仕留めるには込める魔力の量を増やさなければならない。そのためフリスの消費魔力は、浅い階層の時の数倍となっていた。まだまだ余裕はあるのだが。
「フリス、魔力は大丈夫か?」
「まだ大丈夫だよ。心配しすぎじゃない?」
「すまん。フリスに倒れられたら大変だからな」
「どうせ、そこまではやらせないのよね?」
「勿論だ」
ソラと行動をともにするようになってはや半年、ミリアもフリスも相当数戦っている。魔力量や身体操作能力など、戦闘技能はかなり向上していた。今のフリスなら鬼の間の状態でも魔力切れになることは無いだろう。ソラ自身、フリスがまだ大丈夫なことは分かっていたが、心配しないわけでは無いのだ。ただのパーティーメンバーだったのなら、ここまで気遣うかは分からないが。
「それにしても、ゴーレムって大きいのね」
「そうだな。シルバーって俺達の何倍なんだか」
「ブロンズやアイアンだって大きかったのにね」
「シルバーって、壁をどんどん壊してるよね。アイアンだったら全然できなかったのに」
「攻撃も強くなってるのよ、多分だけどね」
「まあ、大きいほど攻撃は雑になるから、少人数の俺達には好都合だな」
「その分硬くなるけどね」
「少し魔力を増やせば簡単に斬れるじゃないか。問題無いだろ」
ウッドゴーレムやロックゴーレムはフリスの倍ほど、というゴーレムとしては可愛らしいものだった。それがブロンズゴーレムやアイアンゴーレムになると見上げるほどの巨人、シルバーゴーレムはそれより頭3つ分以上大きい。化け物だった。
ただ、大きければ大きいほど攻撃は大振りになる。ソラ達ならば簡単に避けることができた。まあ、大きいなら核まで攻撃を届かせづらいのだが、攻撃力の高いソラ達には無意味だった。これが普通のパーティーだったら別だろうが。
「お、また来た……ん?」
「どうしたのよ?」
「なんか変だよね……新種?」
「何があったのよ?」
ソラとフリスの魔力探知に映った反応。それはシルバーゴーレムより小さく、アイアンゴーレムより大きいように感じられた。どう考えても新種だろう。しかも、シルバーゴーレムより魔力量が多い。
警戒しつつ進んでいった3人が通路の先に見たのは、金色の体だ。
「やっぱり、ゴールドゴーレムか」
「これくらいから出るんだね」
「……強そうね」
「そりゃ、相当強いだろ……は?」
「え?」
再び魔力探知に新たな反応があった。大きさは目の先のゴールドゴーレムと同じものが1つ、ソラの倍以下のものが1つ。そして見えたのは、更に1つの金色の体と、ウッドやロックほどの大きさしかない鉄の体だった。
「……増えたね」
「……増えたわね」
「……増えたな」
「それに、小さいのは見たことがないよ」
「なんなんだろう、おぉ⁉︎」
小さいゴーレムを警戒し、遠くから観察していると、いきなり土の矢が飛んできた。ゴールドゴーレムにそのような能力があるとは聞いたことがない。つまり……
「あの小さいの……魔法を使ってくるのね……」
「そうみたいだな。だが……1人1体だ、やるぞ。フリスがあの魔法使いで、ミリアは俺と一緒にゴールド2体だ」
「ええ」
「分かった」
フリスは右に陣取り、ソラとミリアは左前へ駆けていく。左右で前衛と後衛の戦闘を分けるのだ。ゴーレム達の最初の布陣を利用したため、きっちり乗ってきた。
「お、速いな」
「感心してる場合じゃないわよ!」
シルバーゴーレムの3倍近い速度でゴールドゴーレムは接近し、拳を振り抜いた。前に出ていたのがソラだったため簡単に避けているが、ミリアが狙われたらかなりつらいだろう。得物が大剣で普段ほど機動力を発揮できないのだから。
なお、ソラは2体双方の攻撃を避け続けている。魔力探知の応用で、攻撃の軌道を完全に読んでいるからできることだ。ソラなら魔力探知が無くても、できそうなのだが。
「とっ、よっ、ほっ、らぁ!」
「簡単に避けるわね」
「慣れただけだ」
「それで片付けないでよ!」
「それもそうか。じゃ、行っけ!」
「はー、い!」
ソラは前、ミリアは後ろから、片方のゴールドゴーレムの心臓部へ得物を叩きつける。だが、完全には慣れていないために弱かったのか、ただ単にゴールドゴーレムの耐久力の問題か、一撃で倒すことはできなかった。倒すにはもう一度同じ攻撃を行う必要があるだろう。
「硬いな、まったく」
「ゴーレムだものね」
「本当にシルバーと同じAランクか?」
「ブロンズとアイアンだって結構差があったでしょ」
ソラが囮となって隙を作り、ミリアと連携して叩く。完全にペースを握った2人はもう一撃をいれ、1体を倒した。
「よし次ぃ!」
「目の前よ!」
結構楽しそうである。
なお……
「面倒だよ……」
フリスはかなり苦戦していた。攻撃自体はフリスが一方的に攻め立てているが、それが効いていないからだ。魔法使いのゴーレムは魔法への抵抗が高いようで、魔力を多めにつぎ込んでも弾幕系ではほとんどダメージを与えられない。
かと言って、大規模魔法は使えない。この洞窟は広いといっても広大ではない。大型のゴーレムが2体もいると、かなり手狭になってしまっている。大規模魔法を使うと、ソラやミリアを巻き込んでしまい、かと言って巻き込まないように下げると、ゴールドを防げない。
このまま少しずつ削る、もしくはソラかミリアが倒すまで待つ、というのが策としては妥当だろう。フリスにフラストレーションが溜まっていなければ。
「消えて!ライトニングサン!」
珍しくフリスが魔法名を叫んだその魔法は、対単戦闘用高出力雷魔法だ。一直線に進む白雷、大規模魔法にしては珍しい貫通系の魔法で、これなら2人を巻き込む心配は無い。元々高威力なため、無傷ということはありえない。ただし欠点は、消費魔力が他の大規模魔法と比べて多いことか。
さらにフリスは、馬鹿げた量の魔力を追加で込めていた。普通なら魔法が破綻しかねない量だが、フリスは上手くまとめている。魔法が効きづらい状況に、本当に嫌気が差していたようだ。
その結果、魔法使いのゴーレムは胸部を消し去られ、四肢と頭部が崩れ落ちた。
「うぉ⁉︎なんだあの魔法⁉︎」
「ライトニングサンね。久しぶりに見たわ……それだけ怒ってたのね」
「……どういうことだ?」
「フリスが前にあれを使った時は、盗賊に散々罵倒された後なのよ。15人で行ったんだけど、村人1人が人質に取られてて……冒険者や1番年下だった私達を悪く言ってね。隙を見て私が人質を奪還したら……ドカン。洞窟をボロボロにして、中にいた人を結構痺れさせてたわ。直撃した人は……その、ね」
「……絶対にフリスと喧嘩はできないな」
「あら、それだと私なら良いってことになるわよ?」
「そういう意味じゃないって……怒って恐ろしいことをやりそうだからだ」
「流石に味方へ撃ったことは無いわよ」
「いや、でもなあ……」
呑気に話しているがこの会話、戦闘中のものである。軽く攻撃しながら様子を窺っているミリアはともかく、攻撃を受けているソラが何故会話できるのだろうか。完全に余裕を持って避けているためなのだろうが。
なお苦戦していたフリスより時間がかかっているが、遊んでいるわけではない。ハンマーという大型武器を刀と同じように振ることはできないため、大きな隙を作らないと使えない。そう簡単にはできないのだ。
「ちっ、フリスの消耗が酷いか」
「あの魔法はそういうものだものね……」
「さっさとこいつも倒すぞ!」
このゴールドゴーレムはすでに1撃を受けている。ソラは素早く隙を作り出し、先ほどと同じように連携して、2人は素早くゴールドゴーレムを倒した。
そして2人とも、フリスの方へ走っていった。
「フリス、大丈夫か?」
「ちょっと、大変……魔力が大分無くなっちゃった。込めすぎたかな……」
「完全にオーバーキルだったからな……まあいい、ちょうど落ちた魔水晶を使えばいいさ。Aランクのやつだ」
「え、いいの?」
「ああ。安全に進むなら、フリスの援護は絶対必要だからな。必要なら他のも使って良いぞ」
「ありがとう」
他にもBランクの魔水晶を幾つか使い、フリスが消費した魔力の大部分を回復させる。いくら魔法が効きづらいゴーレムが出るとはいえ、普通に戦うならダメージディーラーはフリスなのだ。蟲巣で大規模魔法の有効な扱い方を学んだため、今は特に。そのため、ある程度無理ができるくらいの魔力が無いとソラもミリアも安心できなかった。
「しばらく休むか……よし、あそこの小部屋にしよう」
「お願い……あの魔法使いのゴーレムって、なんだったんだろうね?」
「そういう種なんだろうな……本で読んだ覚えが無いぞ」
「私もね……ステイドじゃ駄目なら、ネイブになら良いのかも」
「ネイブ?魔法都市のか?」
「ええ、あそこはステイドと同じくらい研究が盛んなのよ。魔獣関連の本もあると思うわ」
「じゃ、向こうへ行った時に寄るか。今はこっちだな」
「知らない魔獣の対策もしないとね」
「それは索敵をしっかりやる以外に無いだろうな。後は相対した時だ」
「そうね。危なくなったら逃げれば良いんだし」
「最終手段だけどな」
ゴーレムは硬いが知能が無く単調だ。そのため、3人はこの先もそう問題なく進むことができた。




