第4話 商業都市イーリア②
「これが俺のギルドカードか」
「はい、そうです。ちなみに、紛失した場合の再発行には100万G、金貨が1枚必要ですので無くさないようにして下さいね」
「ああ、分かった」
ソラは今、手に表が銅、裏が鉄で、厚さ3mm、縦横5cm×10cmのプレートを持っている。
なお、ギルドカードの発行を待っている間、ソラはミリアとフリスから冒険者ギルドのルールを聞いていた。
「それにしても、よくこんなものが、こんなに早く作れるな」
「専用の魔法具が有るからですよ。紙に書いた文字をそのまま金属の板に彫ってくれるので、楽なんです」
「へぇ、それは便利だ」
ソラはギルドカードを服の内ポケットに入れる。側にはまだ、ミリアとフリスも居る。
「それで、この後ソラさんはどうされるんですか?」
「そうだな……ミリア、フリス。武器屋や防具屋に行きたいんだが、案内してくれないか?」
「良いよー!」
「私達のいきつけのお店で良いならね。あそこは武器も防具も揃ってるし」
「じゃあ、そこで頼む」
「いってらっしゃーい」
ソラは2人に案内されながら幾つもの通りを通り過ぎて行く。
「それで、どんな物が欲しいの?」
「俺は徒手空拳と刀術が主体になるだろうから、格闘用の手甲脚甲と刀だな。一応前の世界では、どっちも上級者って言われる程度にはやってたし」
「手甲脚甲と刀ね……どっちもその店には有るはずよ。でも、他の店でも言える事だけど刀って高いのよね。作るのに手間がかかるそうだけど、欲しい人の数が少ないから」
「まあ、それは覚悟の上だ。俺の欲しい形の刀が有るのかは分からないけどな……」
「有るかな〜?あ、あそこだよ!」
「あ、着いたわね。ここが私達のいきつけのお店、ライガル工務店よ」
しばらく歩くと、その店に到着した。しっかりした看板も出していて、見た目は確かに武器屋らしいが……
「何故工務店?」
「わかんない」
「本人に聞いたんだけど、『武器と防具だけじゃなくて、色々とやりたいんだよ!』ってことらしいわ」
「それはまた……家族はかなり苦労しているだろうな……」
「ライガルさん、家族居ないんだよね〜」
「……野垂れ死んだりしないか心配なんだが……」
「それは大丈夫」
「ライガルさん、腕が良いから人気なんだよ〜」
(ことごとく予想が外れて、最早相手が予想できないんだが……)
「まあ、行くか」
「そうね、ごめん下さいー」
「おっ邪魔しま〜す」
「失礼します」
「いらっしゃい!って嬢ちゃん達かよ。それで、後ろの兄ちゃんは誰だ?彼氏か?」
「残念だけど違うわ。依頼を受けてた時に知り合ったの。名前はソラって言って、冒険者になる為にこの町に来たのよ」
「登録したばかりだから今はFランクだけど、強いんだよ!」
「なんでぇ、つまんねえな」
ソラをネタにして、親戚のおじさんとの話のような会話を始めた3人だが、ソラはそれよりも気になることがあった。
「……ドワーフ?」
「ん?兄ちゃん、ドワーフ見るのは初めてか?」
「ああ、あいにく故郷の村には人間しか居なくてな。亜人を見るのはこの町が初めてだ」
「おいおい、兄ちゃん。亜人を1人も知らねぇなんて人生損してるぜ。よーし、ここは兄ちゃんとドワーフの俺との初対面を祝して酒でも「昼間っから酒はやめなさい!それに、今の私達は客なのよ!」……すまねえ、嬢ちゃん。いや、殴らないで。ホントにお願い」
身長130cm程でありながら、がっしりした体格。鍛冶もやっている所からして、フィクションのドワーフそのままだ。
と言っても、今目の前で繰り広げられている光景は、鬼妻と尻に敷かれた夫といった感じだが。
「フリス、2人ってどういう仲なんだ?」
「わたしもそうなんだけど、ライガルさんと親が友達なんだ。それで、小さい頃から何度も会ってるの」
「別にこいつが好きとかじゃないわよ。ただ、腕の良い職人が目の前で潰れるのが嫌なだけ」
「ひでぇよ、嬢ちゃん」
種族差の為に、親子以上に年の離れた女子によって涙目にされるドワーフの強面男。ある意味珍しく光景だ。
「はあ。それで、何の用だい?」
「俺からだな。買い物だ、先ずは手甲脚甲と刀が欲しいんだが」
「刀?」
「ああ、刀だが……無いか?」
「いや、あるぞ!嬢ちゃん達、そこどいてくれ!」
「え⁈いきなり何⁈」
「良いからどけ!」
「分かったわよ!」
「はーい」
いきなりヒートアップして壁へと向かって行ったライガル。その壁に上手く隠してあった取手を出して、開くと……
「おお……」
「わぁ……」
「凄いね〜」
「これだけじゃねえぞ!」
開かれた扉の奥には何十振りもの刀があった。しかも、その扉が他にも2つあり、総数は100を越えるだろう。
「どうよ、俺のコレクションは!この中には、自作の物や知り合いの作品、行商人から買った物もあるぞ」
「この中から売ってくれるのか?」
「おうよ!」
「じゃあ、見させてもらうか」
そう言って、真剣な目で刀を選び始めたソラ。これらの刀の中には直刀や反りのある刀、二刀流を前提とした刀など様々な物が揃っている。
そして10分後、ソラのその目が一振りの刀の前で止まった。
「……これは?」
「お、兄ちゃん良いのに目を付けたな!そいつは俺の自信作で、軽鉄製の打刀さ」
「軽鉄?」
「兄ちゃんは初耳かい?そこのミリア嬢ちゃんの双剣も軽鉄製だぜ。軽鉄はな、鉄の半分の重さで3倍の強度があるのさ。だからこそ、この刀が作れたんだぜ」
ソラが見つけたのは、刃渡り80cmで、日本刀のように反りがある刀。刃は十分な強度と柔軟性を持ちつつも薄く、軽さと装飾にまでこだわってある。鞘は黒く、漆塗りの様な様子を見せている。そして鐔には蜻蛉の羽が象られている。
実用品としても、芸術品としても、最高の作品のようだ。
ソラはその刀で素振りをしたり、ライガルに持って来てもらった木の枝で試し斬りをしてみている。
「よい、こいつに決めた。ちなみに、銘はあるのか?」
「毎度!そいつは本来7万Gのつもりだったが、俺の作った刀は兄ちゃんが初購入だ。5万Gにまけてやるよ」
「それって減らしすぎだろ」
「こんなんでも儲かってるからな。それにそいつは趣味で作ったやつだ。銘は付けて無いけどな」
「そうか、ならその好意を受け取っておくよ。後、銘は俺が付けるか。そうだな……薄刃陽炎なんてのはどうだ?」
「良い名前だと思うが……由来は何だ?」
「薄刃ってのは、見たまま言っただけだな。後、ウスバカゲロウって虫にもかけたんだ。そいつの羽は蜻蛉に似てるしな」
「へぇ、良いな。じゃあ、先ずは5万Gだ」
「ほい、これだ。後は小手と脚甲だな」
その後、ソラは徒手空拳用の手甲脚甲セットを1万Gで、大小2つのナイフを5000G、刀の整備用の小道具を1000Gで買い、ミリアの双剣の手入れが終わった後、ライガル工務店を後にした。
その後も色々な店を巡って、予備の服や鞄に水筒、タオルや寝袋等の必要な物を買い、昼食も取った、そのおかげでさらに3000G減ったのだが。
そして宿のある地域に向かう途中。
「ねえソラ君、これからどうするの?」
「そうだな……しばらくこの辺りで実力をつけたら、旅にでも出ようかな?」
「旅?」
「ああ、せっかく転生したんだから、この世界を見て回りたいしな」
「ふ〜ん。じゃあ、その旅にわたしも着いて行って良い?」
「あ、それ良いかも。ソラ、私も良いわよね?」
「まあ、良いけど……何でだ?」
「楽しくなりそうだから!」
「私達もそろそろ上へ登って行った方が良いかもしれないからね。丁度良い機会よ」
「そうか、じゃあこれからもよろしくな」
「ええ、こちらこそ」
「頑張ろー!」
こうして、ミリアとフリスも、ソラの旅に同行する事になったのだ。
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「で、ここか」
「そうよ。私達はずっとここの宿、霧隠亭にお世話になってるわ」
「良い所だよ〜」
「2人の実家ってこの町にあるんじゃかかったのか?」
「そうだけどね」
「『冒険者になるなら家には居るな!』って言われたの」
「それはまた……」
「まあ、ちょくちょく帰ってるけどね。でも多分あれって、独り立ちしろって意味じゃないの?特にフリスが」
「何よー!」
「だってフリスって、お兄さん大好きっ子じゃない」
「ミリちゃんにだって居るじゃないの!」
「マリーは一方的だから却下。あの子、フリスのお兄さんみたいに少し変だし」
「お兄ちゃんを悪く言うなー!」
「2人喧嘩するなよ……さっさと中に入るぞ」
霧隠亭は、3階建の普通の見た目の宿だった。そんな宿の前で喧嘩を始めた2人が周囲から注目され始めていたため、ソラは喧嘩をやめさせて中に入ることにした。
「ごめん下さい」
「マーヤさん、ただいま」
「ただいま〜」
「おかえり、ミリアちゃん、フリスちゃん。それで、そこの彼は?」
「元田舎男、現パーティーメンバーのソラよ」
「紹介が酷すぎるだろ……初めまして、ソラです」
「いらっしゃい。私はマーヤ、ここの女将だよ。他はまあ、旦那は厨房で料理しかしてないし、娘2人は結婚して出てってるから、覚えるのは私だけで良いわね。」
出てきたのは、優しそうな女性。歳は、まあ、見た目は40代位か。まさに宿屋の女将といった雰囲気だ。
「それで、ここの霧隠亭で部屋を借りたいのですが……」
「大丈夫だよ、まだ空きは幾つかあるから。
ここの宿は一部屋一泊400Gで、朝食夕食風呂トイレ付きだよ。風呂は男女に分かれてて、トイレは4箇所にあるわ。まあ、共同だから、中に居る人に気を付けなさいね。食事はだいたいの時間に来てくれれば出すけど、早過ぎたり遅過ぎたりしたら出ないからね。まあ、こんなもんかな。分かったかい?」
「はい、何とか……1度に言われたので大変でした。では、取り敢えず4泊分をお願いします」
「ああ、すまないね。じゃあこれが部屋の鍵。ミリアちゃんとフリスちゃんの部屋の隣だから。それと、夜這いする時は静かにね」
「ぶっ!」
「マーヤさん⁉︎」
「えぇと……あの……その……」
「何、しないのかい?こんな美人を無視するなんて酷いよ?」
「いえあの……物事には順序という物が有りまして……会って直ぐというのは……」
「そうよ!マーヤさんは先走り過ぎなのよ!私達の気持ちだって分かってないでしょ!」
「わたしは……その……」
「はっはっは、からかっただけだよ。じゃあ、しばらくよろしくね」
「……はい、よろしくお願いします」
「全く、マーヤさんったら。あ、ソラ、先ずお風呂に入って、その後そこの食堂に来てね。マーヤさん、その時に夕食と例のアレよろしく!フリス、行くわよ」
「ああ、待ってよー!」
「何だよ、慌ただしいな。マーヤさん、俺も夕食は同じ時間でお願いします」
「分かったよ。ゆっくりして来な」
そうしてソラは部屋へ行く為に、急いで階段を上がって行ったミリアとフリスを追いかけるのであった。
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霧隠亭の風呂は全面木製で、4人分の広さしか無い。しかし、タイミングの問題かソラ1人だけであったため、ゆっくり出来た様だ。
そして食堂で……
「こういう事か……」
「ふふーん、どう?」
「ソラ君、諦めて。ミリちゃんって、時々おかしくなるの」
風呂上がりで普通の服となったソラ達。ソラはパジャマの様だがしっかりとした服に、ミリアとフリスはバスローブを元とした様な服に着替えている。
3人の目の前の机に用意されているのは、チキンステーキとベーコン、ナムルにミネストローネ、ガーリック入りフランスパンという、地球の料理圏を完全に破壊した、日本の学校給食並みにカオスな献立だ。
そして、飲み物として置かれているのはワイングラスに入った赤ワイン。度数もかなり高いらしい。さらに、そばには750mlのワイン瓶も置いてある。
「嬉しいけど……金は大丈夫か?」
「まあ、酒は追加がかかるけど、ここのは高くても1本100Gだからね。その子等なら大丈夫さ」
「そういう事。じゃあ、ソラのパーティ加入を祝して、かんぱーい」
「かんぱ〜い!」
「乾杯」
ちなみに、この世界では飲酒は15歳から可能だ。ミリアとフリスは既に飲酒歴2年で、かなり強いらしい。
「初めて呑んだけど、ちょっとキツイかな。けどまあ、結構いけそうか」
「でしょ。だから、このワインが好きなのよね」
「美味しいから、ミリちゃん良く呑んでるんだよ。まあ、お酒にも強いから、部屋にちゃんと戻って来れる分良いんだけど」
「まあ、呑みたくなるのは分からなくもないかな。さて、料理の方はどうだ?」
「期待して良いわよ。ここは料理も一級品なんだから」
「それじゃあ……確かに美味しいな。それにしても味がワインに合ってる感じだ」
「当然よ。うちの旦那はそこまで出来るから籠ってられるんだ」
「そうなんですか。ん?ミリア、呑むペース早過ぎじゃないか?それで3杯目だろ?」
「大丈夫よ。マーヤさん、パンと肉おかわり!」
そんなこんなで、食べ続け、呑み続けた3人。だがその記憶は、ソラにはほとんど残っていなかった。