第4話 蟲巣①
「いや〜……流石に気持ち悪くなってきたじゃねえかゴルァ!」
「ちょっ⁉︎ソラ⁉︎」
「すまん、ちょっとイラついた。窟魔がマシに思える状態だからな」
「それはそうね……」
森、いや樹海の中、蔦のカーテンや大きな木の根を避けて進みながらソラ達は戦う。
「蜂、蜘蛛、蟻、ムカデ、サソリ、トンボに蝶と蛾。虫のオンパレードか……」
「襲ってくる数も多いしね」
「数が多いだけなら苦戦しないわよ。休めないってのが辛いわ」
「視界も足場も悪いしな」
このダンジョン、実態は虫が出る熱帯雨林と言ってよい。ただし、その虫はバカでかい魔獣だが。しかも、大量に。
なおここは窟魔と違い、大群で来ることはほとんど無い。だが、ほぼ休みなく襲ってくるため、総数は窟魔より多かった。こんな風に会話をしていても、3人は魔獣を次々と撃退している。
「でも!羽音とか聞こえるから割とやりやすいわよ」
「おーおー、流石ミリア。こういった所の方が調子は良いか」
「そうね。ずっと狩りは森の中だったから、平原よりはこっちの方が良いわ」
ミリアは木を足場にして跳び、襲ってくる魔獣を逆に奇襲している。その動きは猿の魔獣よりよっぽど人間離れしていた。
イーリアにいた時、ここまではできなかったはずなのに……
「あっちにいるのに……狙えないよ〜」
「フリスはやりにくそうだな。射線が取れないか」
「うん、イーリアの周りより木が多くて邪魔だね」
逆にフリスは苦戦していた。熱帯雨林のようだということは、視線が通りづらいという意味でもある。魔力探知があるとはいっても、やりづらいことに代わりはなかった。
勿論、それをソラが無視するわけがない。自分のやり方だが、ソラはそれについて教えた。
「フリス、大規模魔法でまとめて倒したらどうだ?」
「え、でもそれだと効率が悪いよ」
「倒せなかったら意味がないだろ?フリスは目標を目で追う癖があるしな。魔力探知だけで狙えるようになった方が良い」
「うん、やってみる」
「幸いここはまだ浅いから、魔力切れになっても大丈夫だぞ」
「分かった」
魔力探知で場所は分かっているのだから、その範囲をまとめて薙ぎ倒せば良い。地球人からすれば、爆撃のようなものとすぐに理解できるが、ベフィアではそう簡単ではない。魔法はイメージが大切であり、普通の人間は目を頼りにするからだ。
だが、これも地球人なら違うだろう。レーダーや監視カメラなど、離れた場所のことが分かる方法について知っているからだ。その知識があるか無いかで、イメージのしやすさも大きく変わる。
だが今後、魔力探知だけでも狙えた方が良い場面はきっとあるだろう。最低でも狙った範囲に攻撃する技は持っていて欲しかった。ソラとしては、フリスがこのまま魔力探知だけで、単体に狙いを定められるようになることが最良だ。それができれば、ソラと2人で高密度の弾幕をどこででも使うことができる。
「ん……えい!」
「やっぱり難しいか……かなりズレてるな」
「たぁ!」
「場所を意識しすぎて魔法のイメージがおろそかになってるぞ」
「行って!」
「倒せたが惜しいな。中心は群れの真ん中の方が良い」
フリスは風魔法の竜巻を使っていた。だがやはり難しいらしく、魔獣から10m近く離れた所にできたり、強風程度の威力しか無かったりしている。時折群れの1匹2匹を巻き込んだことはあっても、ジャストミートにはほど遠かった。
「やぁ!」
「おお、良いぞ、群れ全体を巻き込めた。これを上達させれば……」
「んーと、あそことあそこに集まってるから……」
「フリス、どうした?」
「フリス?」
「ソラ君、ちょっと見てて」
十数回行って初めての直撃、それに感覚をつかんだのか気を良くしたのかは分からないが、フリスはとんでもないことをやってしまった。
ソラ達の方へ向かってくる2つの魔獣の群れ。フリスはそこの前方に水球を作り出して進行方向を逸らし、1つの群れとした。そして、その群れをまとめて竜巻で薙ぎ払う。
「……は?」
「やった!できた!」
「ソラ、何があったの?」
「……フリスが魔獣を誘導して全滅させた」
「……はい?」
フリスのおかげでできた休憩時間。だがそれの中の少しの時間、ソラは意気消沈していた。ミリアとフリスがとんでもない技能を身につけたせいで、自分の役割が無くなりかけてるように感じたからだ。
勿論そんなことは無いし、2人にバレたら恐らく説教だろう。ソラは視線や行動、身振り手振りで指示を出しながら、2人が戦いやすく効率が良くなるよう誘導、防御、攻撃をしている。ミリアもフリスも、ソラにできないことを1つ身につけた程度では追いつけないと感じているのだ。
だが幸か不幸か、2人も気づかなかった。ソラもすぐに考え直したため、問題も無かったりする。
「そっか、大規模魔法ってこういう風に使えば良いんだ」
「……どこをどうしたらそういう考えに至った?」
「だって、大規模魔法を使うなら巻き込む数は多い方が良いでしょ?雑でも弾幕で集めて、そこに魔法を撃った方が効率が良いじゃん。魔力探知をもとに攻撃する方法は大体分かったし」
「……うん、まあそうだな」
「でもこれって外でも使えるよね。上手に使えば……」
フリスの発想は将棋などのボードゲームに近い。弾幕で相手を減らしつつ誘導し、集めたところを大技で消し去る。ソラのフェイント、蓮月を用いた近接戦闘と似たようなものだが、対象とする数と範囲が違いすぎる。これの難易度は相当高い。
国に所属する魔法部隊だって、それこそ一般的な宮廷魔法使いだってここまで酷くは無い。このように戦えるのはSランク以上の冒険者の一部と、宮廷魔法使いの幹部クラスの一部だけである。弾幕と大技を同時に生成、操作できる人自体がまれなのだ。それを長時間維持するほどの魔力量がある人は、より限られてくる。
「これで殲滅効率が上がるな……」
「そうね。ちなみにソラ、どうしたのよ?」
「何かあったの?」
「何かあったからこうなってるんだよ……」
「大丈夫かな?」
「ソラだもの、そのうち直るわよ」
「そうだね」
「……一気に上達しすぎだろ……」
ちなみに、ソラは将棋などはそこまで得意ではない。体を動かす方は策を無数に立てられるのだが、頭の中だけでやると何故か失敗していた。
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「うぉっ⁉︎」
「いきなりね⁉︎」
「フリス、舌噛むなよ」
「う、うん」
ボス部屋の扉を開けた瞬間、強襲されたソラ達。その攻撃をミリアは右、ソラはフリスを抱えて左手に跳んで躱す。
「いや〜、本能のみって怖いな」
「感嘆してる場合じゃないでしょ。ミリちゃんと逸れちゃったし」
「反対側にいるだけだし、攻撃は受けてないから大丈夫だろ」
「攻撃はわたし達が受けてるんだけどね」
2人だからなのか、ソラが最も厄介だと感じたのか、はたまた何も感じていないのか。理由は分からないが、ソラとフリスが狙われていた。
幾閃もの攻撃が2人に迫る。だがソラはフリスを抱えた状態でも上手く避け、1つも掠らせていない。後衛のフリスにとって、ここにいるのは怖いのだが、自分では逃げられず避けれないので、ソラを信頼して任せている。
「それにしても硬いな、こいつ。弾幕がまったく効いてない」
「今だとそんなに威力が出せないし……」
「回避してると集中できないか。まあ、フリスは初体験だもんな」
「うん……ちょっと怖い」
「そうか、だけどしっかり捕まってろよ。俺も結構ギリギリだからな」
「お願いね」
「2人で何イチャイチャしてるのよ!っ、硬すぎ!」
ここのボス、Aランク魔獣キラーマンティス。全高2.5mほどのカマキリで、外骨格はかなり硬い。ソラとフリスが張っている弾幕では、表面を少し削ることしかできなかった。フリスは激しく動かされているため、集中が乱されて威力を出しづらい。ソラは体の動きに同調させた魔法をよく使っており、普段の近接戦闘では便利なのだが、こういう時にはイメージが足りず、威力が低くなってしまう。このような理由もあるが、キラーマンティスの外骨格は丸く出来ており、弾が逸らされるというのもあるだろう。ミリアが隙を見て放つ剣閃は、隙間に当たったとしてもほとんど動きに影響が出ていない。軽い武器では部が悪い相手だ。
また2人が大規模魔法を使おうにも、かなり接近されているため自分達への被害も馬鹿にならない。結界を張ろうにも動き続けては範囲の指定が難しいし、キラーマンティスは鎌に風を付加しているため、ただの壁だと多くても数発で斬り裂かれている。そのため、今は回避するしか無かった。
上からの2連撃をフェイント入りのサイドステップでかわし、噛みつこうと出してきた頭を蹴り上げつつ下がる。足を狙った水平斬りをジャンプしてかわし、続く胴への水平斬りは鎌の背側に足をかけ、フリスごと体を回転させて避けた。さらに空中にいる時に来た羽根での薙ぎ払いは、羽根の上面を蹴って跳び、少し離れた場所へ着地する。だがキラーマンティスが飛んできたため、右手方向へ転がりながら突進を避ける。この動きで、2人はミリアと合流できた。完全なる偶然だが。
「足も硬いってのは反則だな」
「そうね。全然攻撃が通らないもの」
「どうする?」
「ミリア、フリスを頼んだ」
「ちょっと、ソラ⁉︎」
一言言い残して、キラーマンティスへ突撃していくソラ。そして始まったのは剣舞だ。
サイドステップやジャンプをして避けつつ、薄刃陽炎を斜めにして受け流す。そして振り切られた鎌を足場にして跳び、鎌を根元から断ち斬った。
「……なにあれ」
「凄い、ね……」
先ほどまでの苦戦が嘘のように一方的に攻撃していく。長い時間が経っているわけではないにも関わらず、キラーマンティスは鎌1つと足2本、顎と左の複眼を失うというボロボロな状態となっていた。それもそのはず、日本刀を制限無しの達人が使っているのだから。
西洋剣は重さで叩き斬るのに対し、日本刀は技によって切断する。そのため、達人クラスともなれば、どんな姿勢からでも骨を断ち切る一撃を放つことが可能だし、体勢が良ければ鉄を斬ることも可能だ。まあ余程の達人でない限り、そんなことを何度もすれば刀が壊れて使い物にならなくなるのだが、ソラはその達人の中に入る。それに、薄刃陽炎が壊れることはまず無い。そしてソラは水と土の付加をすることで、刀の性能も底上げしている。
そんなうちに、ソラは攻撃に薄刃陽炎を合わせて振り、鎌を半分に切断する。さらにその勢いのまま足をもう1本斬り飛ばした。
「これで終わりだ」
そして、頭を両断する。虫なので頭を失ってもしばらくは動いていたが、じきに止まり、魔水晶に変化した。
「……よく斬れたわね」
「刀だからな。これを使う技も修めてるし、あれくらいなら斬れないと」
「簡単なの?」
「いや、難しいぞ。まあ、鉄の塊を斬るよりは簡単だけどな」
「メチャクチャなこと言ってるよ」
「それが本当なんだよな……今度見せようか?」
「何を?」
「鉄切断」
「……やれるの?」
「ああ」
ちなみにこのダンジョンから出た後、ソラは鍛冶屋で鉄のインゴットを5個買い、それらを積み上げてまとめて切断する、というものを披露した。通りでやったせいである種のパフォーマンスとなっており、チップのおかげ収支は黒字である。これには3人とも苦笑するしか無かった。
まあそんなことがあるとは知らず、ソラ達は奥の扉を開けて進んだ。
「罠は?」
「無いわ。開けるわよ?」
「お願い。それにしても、何が入っているのかな?」
今回の宝箱は水平方向に広く、上下方向には低い。今まで最奥の宝箱は棺桶型が多かったため、中に何が入っているか予想もつかなかった。そして開けられた中身は……
「弓?」
「よね……でも弦が無いわよ?」
「……もしかしたら……」
「ソラ君?」
魔水晶や普通の武器、貴金属のインゴットに宝石を押しのけ、中央に陣取るのは弓だ。だがこれには、矢を放つのに必要な弦が存在しない。
普通に考えれば不良品だろう。だが、ソラには明確な予想があった。
「やっぱり、魔力で矢を作るタイプか」
ソラがその弓を取り出し、本来なら弦のある部分を引っ張ると、魔力でできた半透明な矢ができた。弦を離すと矢は飛び、壁を少し破壊して消える。
まるで某乱闘ゲームにも出演し、女神の親衛隊長を務める、飛べない天使が使う武器のようである。あれとは違い、刃は無いが。
「へえ、珍しいわね」
「そうなのか?」
「弓の魔法具って、大半は矢に魔法を付加する形なのよ。属性をつけるだけじゃなくて、速くしたり、遠くに飛ぶようにしたりとかね」
「へえ、そういうのは普通に弓を使うのと同じなのか?」
「ええ、そうよ。それは違うの?」
「ああ、少し誘導できるみたいだ。大体の場所に向ければ、思った所へ当たるだろうな。威力と射程も、魔力の量で調節できるみたいだ」
弾数無限・射程無限・威力無限大・弱誘導あり、という漫画かゲームのような弓である。まあ一程度以上を込めると、そこから先の射程、威力の上昇は少なくなるようだが。どっちにしろ、チート武器に変わりはないだろう。
「でも……使う?」
「使う……か?」
「……使わないわよね」
だが問題は、ソラ達の誰もこの弓を使わないところだ。第一弓の心得は誰にも無く、後方からの援護は基本魔法で済む。ソラとフリスなら射程も問題ない。
この魔弓、宝箱から出た瞬間に、使わないランキングが1位となってしまった。可哀想に。
「まあ、必要になる時があるかもしれないし、持っておこう。それに、これを売ると周りが煩そうだしな」
「そうね。どう考えても普通の宝箱から出るわけがないし、攻略したのかって疑う人もいそうよ」
「大変なことになるよね」
「じゃ、持ってるってことで良いか?その場合は俺だろうが」
「良いよ〜」
「お願いね」
ちなみにこの弓、慣れて上手く操作すればミサイル以上の高機動性を持ったりする。この3人ではそこまで行き着けない可能性の方が高いが。
9/24、宝箱から出る物に宝石を追加しました
貴金属並みに少ないですが




