第2話 窟魔①
「ウザい」
迫る影をソラは斬り捨てる。
「邪魔だよね」
ある影はフリスの起こした風によって切られる。
「私は大変なんだけど⁉︎」
またある影は十字に斬り裂かれた。
「できるだけミリアに負担がかからないようにしてるだろ。灯りだってつけてるし」
「それでも大変なのよ……魔力探知のある2人は楽で良いわね」
「代わりに対応しなきゃいけない数は多いよ?」
「どっちもどっちだな。この……」
話をしている間も次々と飛来し、撃ち落とされていく影。その数はこのダンジョンに入って、すでに1000に届こうとするほどだ。まだ6階層なのに、である。
「コウモリの大群を相手にするなら」
「しかも、暗い洞窟の中だもんね」
「私だけはどこから来るか分からないのよ……」
「だったら灯りの数を増やすか?」
「いいえ、これ以上頼むとソラが大変になるでしょ?」
「そうだな。このままでも大丈夫か?」
「ええ」
影の正体はコウモリである。それも牙の鋭い肉食系のコウモリだ。それに対し、ソラとフリスが魔力探知で先に知って迎撃する、という策を行っていた。さらにソラは光魔法で光る球体を6つ作り出し、ミリアのために周囲を照らしている。そのため、特性にやられる冒険者が多いこのダンジョンで、比較的簡単に進むことができた。
また、ミリアが言っていたのはただの愚痴で、本気ではない。ソラとフリスもそれを分かっていたので、気軽に話すことができている。
「それにしても、魔水晶がほとんど落ちてないわね」
「相手が弱いからかな?」
「ここは数で押すダンジョンみたいだからな。効率は悪いんだろうさ」
「そうね……情報が無いのも、効率が悪すぎて来る人が少ないからなのかもね」
「それもありえるか……」
効率が悪ければ冒険者はこない。そのため、数以外では比較的簡単といえる難易度でも、未踏破であった。それももう数日で終わるだろうが。
「こうやって宝箱もあるもんね」
「入り組んでて分からなかっただけかもしれないわよ?」
「ま、収入にはなるから良いじゃないか。これは魔獣じゃ無いみたいだしな」
「罠は……無さそうね」
「何が入ってるのかな?」
「ま、こんな浅い場所の宝箱なんて期待できないけどな」
「本当よね。ただの鉄の剣と魔水晶だけ。売れるだけまだマシなんだけど」
「きっと1番奥にはいいやつがあるさ」
「無かったら困るわよ」
いつものように気楽に会話する3人だが、このダンジョンではそこまで長く続けられない。
「また来るね」
「ああ……それにしても多くないか?」
「もしかしたら……人が来てなかったからかもね」
「……殺されず、増え続けてたってことか?」
「勿論そうよ……そうなるわね」
「フリス」
「うん?」
「気合い入れろ。これからも相当な数が来るぞ」
コウモリは何度も群れで襲ってきていた。当然何度も殲滅しているが、どんどん数は増えている。まだまだ危険では無いが、大変ではあるのだ。
ちなみにこのダンジョン、見た目は鍾乳石があったりする普通の洞窟だが、かなり広い。少し知能のある魔獣だと、分かれて攻撃するという選択もできるほどだ。まあ、同時襲撃したところでソラ達には届かない。
「右から40、左前方から20、前から40、だな」
「すぐに数が分かるなんて、やっぱりソラ君はすごいね」
ソラの魔力探知はフリスのものより範囲が狭い代わりに詳しく分かる。フリスが習得した段階で練習していたが、こういう時にはかなり役立っていた。
「所詮は概数さ。間違ってるかもしれんぞ?」
「それでもだよ」
「そうか。フリス、前と左前方のやつらに弾幕をお見舞いしてやれ。ミリアは援護だ。俺は右を片付けてから参加する」
「任せて」
「分かったわ」
指揮官が大分板についてきたソラ。ミリアもフリスも、それを自然だと受け入れている。
「じゃあ行くぞ。殲滅開始だ!」
戦いは鉄砲水同士が衝突するように激しいものだった……見た目だけは。
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「ボス部屋か」
「いつでも良いわよ」
「わたしも」
「じゃあ、行こうか」
何度もコウモリを撃退し、進んでいった先。洞窟には似合わない大きな扉があった。それを開いた先、そこは……
「暗いね」
「それに広いみたいよ」
「上に反応があるな……指向性つけて、光を強くするか」
またしても完全な暗闇であった。前の洞窟より広いのか明かりが天井まで届かないため、ソラは光球を増やし、特性を与える。
光球は4つが3人の周囲を照らし、8つがサーチライトのようにあたりを照らした。そして、高い天井付近に3人が見つけたのは……
「え……」
「ナニコレ……」
「嘘だろ……」
数百を超えるのではないだろうか、というコウモリの大群。そしてそれは、黒い龍のようになって襲いかかった。
「う、撃ち落とせぇぇぇ!!!」
「来ないでぇぇぇ!!!」
それを迎え撃つは閃光。幾千もの雷が黒い塊へと突き刺さっていく。
「……あれ?」
「……ん?」
「終わった、わね」
その結果、襲ってきたコウモリは全て黒焦げとなり、しばらくすると消滅した。
「呆気なさすぎないか?」
「サウドバットそのものは弱いわよ。暗闇とその特殊能力が怖いだけ。忘れたの?」
「サウンドバットだったのか……弱いはずだな」
「気付いてなかったの⁉︎」
「すまん……ちょっと慌ててた」
「わたしも〜……」
「私だって怖かったけど、そこまでじゃないわよ?」
「ああ、それなんだが……魔力探知を併用してると、他とは別として認識するんだよ」
「ああ……それは怖いわよね……」
ソラとフリスが使う魔力探知、これは対象の存在場所だけでなく、大まかな形まで知ることができる。今では2人とも大分習熟しているため、姿形もかなり正確に知ることが可能だ。だが今回は、それが裏目に出た。
サウドバットはBランクの魔獣だ。体長80cmという割と大きめのコウモリであり肉食、つまり顔が怖い。そんなのが大群で向かって来たのだ。それが、視覚と魔力の2つで認識したソラとフリスには辛かった。思考では分かっていても、感覚では密度が倍となっていたのだから。
もっとも2人とも、ドッキリに引っかかって驚いた、という程度でしか無かったのだが。
「まあ、終わったことだ。気にせず奥に行くぞ」
「そうね、そうしましょう」
「扉は……どこ?」
「このボス部屋も洞窟なのか?入り口はそこだし……こっちか」
ここのボス部屋は何故か奥に長い。さらに曲がっていて、扉の場所は分からなかった。まあ、かなりの時間歩けば、その先にはちゃんと扉がある。
「やっと見つけた」
「意外と遠かったわね」
「疲れた〜」
「休憩は中に入ってからだ。開けるぞ」
そう言って、ソラは扉を押し開ける。その奥も真っ暗だったが、次の瞬間には自動で松明に火がつき、それが奥へ向かって順に起こっていく。そして最後の松明が照らす先に、目的の宝箱があった。
「眩しいよ〜」
「久しぶりに明るいな」
「松明だけどね」
「それでも久しぶりだね……」
「ずっと俺の光球だったからな……ミリア、宝箱はどうだ?」
「罠は無いわ。しっかり確認したわよ」
「ありがとう。じゃ、開けるか」
開いた宝箱、その中身はちゃんとあった。そして、今回の目玉は……
「これか……」
「ナイフだよね?」
「そうだな。お、こいつは風なのか」
「へえ、面白いわね」
「こいつは俺が持ってて良いか?」
「ええ、良いわよ。その代わり、上手に使ってね」
「了解」
刃渡り20cmほどのナイフ。簡単な装飾が施されてはいるが、実戦用である。ただ、刃は薄いため、直接切る物では無さそうだ。
それを踏まえてソラが魔力を込めて軽く振ると、風の刃が飛び壁に傷をつける。威力は同程度の魔力を使った風刃より高い。その代わりに振る必要があり、大きさや射程も固定されている。上手く使えば強いが、慣れるまでは大変だろう。ミリアもそれを分かって、ソラに譲った。ソラなら使いこなしてくれると思ったのだろう。
「それにしても……暗かったな」
「本当だよ……」
「結構疲れちゃったわね」
「この後はどうするの?わたし達的には……お昼くらいだけど」
「ここに泊まっていけば良いだろ。せっかく、比較的安全な場所にいるんだからな」
「そうね。じゃあ、食事の準備をするわ」
「俺は火の係か。フリス、テントはよろしくな」
「1人じゃ広げることしかできないからね」
「ああ、それで良い」
「ソラ、早く来て」
「はいはい、分かりました」
ダンジョンでも最奥だからできる、呑気な会話である。




