第12話 水都ウォーティア③
「お祭りだー!」
「元気だな」
「まあ、フリスだもの」
大はしゃぎするフリスと、それを見守るソラとミリア。雰囲気だけなら親子と言われてもおかしくは無い。
見た目はさすがに違うが。
「予想はできてたが、やっぱり祭り好きか?」
「ええ、イーリアでお祭りがあった時は、子ども達と一緒に大はしゃぎだったわ。仮装パレードを魔法で盛り上げていたこともあるわね」
「子ども達?懐かれてたのか?」
「少しはね。孤児院で遊び相手になってあげたこともあったわ」
「そしてミリアはフリスも含めたお守り、と」
「う……その通りよ」
大人っぽいミリアと子どもっぽいフリス。この話の結果は大方ソラの予想通りだった。ソラはむしろ微笑ましいと思っている。
「ま、今日からはこの祭りを楽しむか」
「そうね、それがいいわ」
「というわけで「これでどう?」おおう」
ソラが言う前に右手を取ったミリア。完全に不意を突かれたソラは苦笑いだ。
「私だってやられっぱなしじゃないんだからね」
「あ、わたしもー!」
「まったく。じゃ、行くか」
祭りは始まったばかりだ。
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「どうしたのかしら?」
「ボート競技があるらしいな。初日の目玉か」
「ねえ!あれティアちゃんだよ!」
「あ、本当ね」
「出場者か。どうだ?観戦していくか?」
「そうね。見ましょうか」
「見よ!」
「場所は……どうする?」
「あそこは?」
「確かに人はいないが……大丈夫か?」
「さあ?聞いてきなさいよ」
「仕方ないな」
ソラ達が歩いていった先の大通りは多くの人が集まっており、横にある水路上にはたくさんの人が乗ったボートが浮いていた。その中にはソラが泊まっている宿屋の娘、ティアの姿もある。周囲の人の話を聞くと、ボートレースだそうだ。
町の中心周りを通る巨大な水路は、ボートの通るコースとなっていた。今ソラ達がいる場所はそのスタートライン付近であり、反対側の通りも人で埋まっている。
ソラ達は近くの2階建の商店の屋根へと登り、観戦することにした。商品を買うことを条件に家主にも許可をもらったし、これが禁止行為で無いのと確認した。やれる人が少ないので禁止できないのもある。ソラ達は身体強化で跳び上がって登った。
「トトカルチョってどうしたの?さっきやってたでしょ?」
「あれか?祝儀も含めてティア1番に1万G賭けだ」
「多いわね」
「無くしたって痛くない額だろ?祝儀だしな」
「でも、当たって欲しいんだよね?」
「……まあ、それは否定しない」
「やっぱり〜」
「オッズは低いし、期待できるだろ」
下には次々と人が集まってきている。3人のいる屋根の上は混雑していないどころかとても見やすく、かなり良い特等席だ。
「開始まではもう少しあるんだな……何か買ってこようか?すぐそこの通りに屋台があるし」
「欲しい!ポップコーンと……」
「はいはい、色々買ってくるから」
「私もついて行くわよ?」
「いや、時間的に2人で行く必要があるほどは買えないだろうな。それに、混んでるからはぐれそうだし」
「そうね、お願い」
大通りへと繋がる通りには屋台や出店があり、3人のいる商家のそばにもある。ソラはそこへ買いに行った。だが、同じことを考えた人が多かったのか通り混んでおり、買うのに時間がかかってしまった。
「早く早く!」
『さあ、お集まりの皆さん。ようこそいらっしゃいました!』
「っと、ギリギリセーフか」
「本当、ちょうど始まったわね」
『水女神祭り初日はやはりこれ、ボートレースです。初めての方のために説明しましょう。これは町の中心街の周囲をまわる水路をボートで1周するまでの速さを競う競技で、町の繁栄を願う祭事でもあります。これは水女神様がボートレースを好んでいるため始まったものとされています。
さあ、前置きはこのあたりにして出場者紹介です。まずは……』
始まった瞬間、大歓声が湧き上がった。どうやら余所者よりも町の人に人気のイベントらしく、出場者が紹介されるたび、知り合いらしき人達が声をかけている。そんな中でも一際声が大きかったのは……
『エントリーナンバー18番。前回優勝者のサーヴォルだ!連勝することはできるのか⁉︎』
また、それに次ぐ規模の歓声を受けた人も何人かいた。そのうちの1人は知り合いだったが。
『エントリーナンバー35番。冒険者に人気の宿屋水風亭の看板娘ティア!去年は惜しくも1隻差で4位でした。今年は1位を取れるか?』
「へえ、なかなか凄いんだな」
「そうなの?」
「他に去年のことを言われたのはムキムキの男どもだったろ?」
「そうよ。どうしてそんなに上手なのかは分からないけどね」
「そうなんだ〜」
豪腕の大男に混じっているか細い女性。地球なら話にならないくらいの差がつくが、ベフィアでは別だ。身体強化の魔法はなにも冒険者や騎士兵士だけのものではない。出力は弱いとはいえ町中でも、大荷物を運ぶために使ったりする。これがあるために女性でも普通に活躍できるのだ。
なお、中継は司会の人が載っている船からの音声だけで、映像は無しだ。残念ながらテレビのような魔法具は存在しない。ソラもためしてみたが、そんな魔法は作れなかった。
『さあ、全108人の紹介が終わりいよいよレース本番となります。なお、観客の皆さんは応援だけをしますように。邪魔をしたら衛兵さんがお話を聞きに行きますからね。
それでは……レーススタート!』
開始の合図とともにボートが飛び出す。エンジンの類がついていない手漕ぎボートとは考えられないスタートダッシュに、3人とも驚いた。これは身体強化によるものか、慣れなのか、世界の差なのか。
『速い!まず飛び出したのは前回優勝者のサーヴォルだ!その後ろには5隻がついていっているぞ。さらにその後ろ、中央集団の先頭にいるのは前回4位のティアだ。他の選手もかなり速いぞ』
ティアはかなり良い位置につけている。純粋なスピードでは劣っているが、コース取りが上手く集団の先頭を保てている。
『このレースはペース配分が重要です。サーヴォルを始めとした経験者は分かっているようですが、新規の参加者はどうでしょうか?』
ソラの目から見て、無駄な魔力消費をしている人物は何人もいる。それがペースを考えたものなのかはさすがに分からないが、少なからず後半に影響が出るだろう。
これは普通のレースでは無いので特に、だ。
『さあ、ただ今集団が入ったのは荒れた水面をモチーフにしたエリアです。こういった障害エリアもこのボートレースの見所であり難所です。障害エリアが得意なティアはどうやって攻略していくか?』
「ただのレースじゃないのかよ⁉︎」
「障害物競走?」
「そんな感じよね」
水流を作る魔法具を応用することで荒波を作り出したエリア。もはやそれは嵐の海のようで、ウォーティアにいるのなら、普通は一生経験しえないレベルとなっている。勿論これを突破できなければ上位となれないどころか、ゴールすらできない。
『先頭集団にも脱落者が出る中、先頭のサーヴォルは強引に波をかき分けていきます。そしてそれを追うティアはさらに凄い!波をうまく読み、サーヴォルを大きく上回る速度を出しています!差はどんどん縮まっているぞ』
他の出場者が波を乗り上げるようにして越えていくのに対し、ティアはサーフィンのように波を利用して進んでいく。その差は歴然で、ティアはみるみるうちに順位を上げていった。
だが残念ながら、ソラ達が見ることができるのは荒波エリアの中盤程度までで、その後は中継頼みとなってしまう。
『第1の障害エリアを抜けた段階で、1位はサーヴォル2位はティアだ。去年より荒い波に呑まれ、後続はかなり遅れているぞ』
『1つ目の障害エリアの後、少しの直線を抜けたところで第2の障害エリアだ。ここには多数の杭が立っています。ボートさばきが重要だぞ』
『サーヴォルもティアもさすが上手い!杭が無いかのごとく進んでいく。おっと⁉︎後続に玉突き事故が発生だ!3〜20位が全員巻き込まれたか?』
『第2の障害エリアを抜けた段階で、1位サーヴォル2位ティアは変わりません。だが後続はかなり遅れている。この差を取り返すのは厳しいぞ』
『次の障害エリアの水面には数多くのロープが張ってあります。これは上手く越えないとひっくり返る難所だ!』
『ここは誰しもが苦手か。サーヴォルもティアもかなり遅いです。もっとも、後続とはかなりの差があるので、この2人のどちらかが優勝する可能性が高いでしょう』
『第3の障害エリアを抜けても、1位2位は変わりません。だがティアはかなりサーヴォルに近づいています。この後に追い抜けるか?』
『最後の障害エリアは再び荒波だ。これはティアが優位か?』
『荒波に苦戦するサーヴォルを尻目に、颯爽と進むティアは、今追い抜いた!さらに引き離していくぞ!』
『現在の1位はティア!最後の障害エリアで得たリードを保てるか?それとも現在2位のサーヴォルが追い抜くか?』
『ゴール前の直線100m、最初に入ってきたのはティアだ!その約5m後ろにはサーヴォルがいるぞ!優勝はこの2人のどちらかか?』
ここでようやくソラ達にも見えるようになった。場面が場面なので応援にも熱が入る。
「よし、いけいけ!」
「頑張って!」
「結構熱心に応援するのね」
「賭けてるからな!」
「……躊躇いもなく言い切ったわね」
賭けてる、という理由をソラは言い放ったが、ちゃんと本気で応援している。
そんな馬鹿話をしている間に、ゴールはすぐそことなっていた。
『サーヴォル速い!ティアも逃げる!そして今……ゴール!2人はほぼ同着!これから判定に入りますので、しばしお待ちください』
2人はほぼ同着、差があるとしても数cmであろう。この場合、ゴールを見張っている5人の審判が優勝者を判断する決まりだ。
「どうだと思う?」
「正面じゃないから分かりにくいけど、私はサーヴォルって人だと思うわ」
「わたしはティアちゃんだと思うけど?」
「どうだろうな……ここからじゃ分からん」
写真判定などがあるわけでは無いので、審判が見た結果を元に多数決で決める。判定が出るのは早かった。
『優勝者が決まりました。優勝したのは……前回同様サーヴォルだ!わずか数センチの差です。健闘したティアに、優勝したサーヴォルに大きな拍手を!』
発表された瞬間は落胆したティアだが、すぐに笑顔となって表彰式に臨んだ。全選手や多くの観客が参加した祝勝会となってしまったが。
その風景を、ソラ達は少し離れた所からみていた。
「2位か。凄いな」
「でも、外れちゃったわね」
「……忘れようとしてたんだから、思い出させないでくれ」
「知り合いの努力を賭けてるからって理由で応援してた人は誰だったかしら?」
「ぐ、すまん……」
「まあ良いわよ。あれが本気じゃないってのは分かってたしね」
「ありが「その代わり、明日は私達の言うことを全部聞いてね」と、って、なんだその罰ゲーム⁉︎」
「本心からじゃなくても、酷いことでしょ?」
「ティアちゃんが聞いたら泣いちゃうかもしれないよ?」
「言い逃れができない……」
と言うわけで、祭り2日目のソラのパシリが、ミリアとフリスの独断により決定された。ソラは否定できないので良しとしよう。
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ソラのパシリはさて置いてその夜。
「ティアちゃんの準優勝を祝って、カンパイ!」
「「「「「カンパーイ!」」」」」
祭り1日目の夜、水風亭では常連客によるティアの準優勝記念パーティーが行われていた。表彰式の時で終わらせず、再度始まったパーティーは大盛況である。
もっとも、宿の客だけでなく近所の人も集まった影響で人が多くなりすぎ、主賓であるはずのティアはウェイトレスをするはめとなっているのだが。
「ソラ達も見てくれたての?」
「ああ、最後は惜しかったな」
「ほんとよ。サーヴォルさんって強すぎよね」
「それなんだけど、戦闘用の身体強化のやり方を教えましょうか?」
「……続きは?」
「実戦なしだと難しいと思うけど、冒険者がやるような身体強化を簡単になら教えれるわよ」
「やる!1回くらいは勝ちたいもの」
「おいおい、そんな時間取れるのか?」
「大丈夫よ。これから少しやるだけだし」
「これからって……主賓を抜けさせる気か」
「もういなくても大丈夫でしょ?」
「……そうだな」
場は完全に酒呑み会と化して、半数ほど潰れている。酒樽を中心として呑んでいる人達もおり、宿屋側で関われることは無くなっていた。
「じゃ、行ってくるわね」
「行くならフリスも行ったらどうだ?別の視点からもいるだろ」
「ソラ君は?」
「俺はここであの連中を見張っておくさ。男の俺の方がいいだろ?」
「分かったわ。ティア、行きましょう」
「じゃあ、よろしく」
そう言って3人は階段を上がっていく。ソラ達の泊まっている部屋でやるのだろう。そうだと知っていても、ソラは行かなかっただろうが。
「流石にあの中にいるのは無理だな」
確実にガールズトークとなる中に入るのは憚られる。そのため、ソラは飲んだくれどもが騒ぐ中、1人で静かに呑むのであった。




