第10話 水都ウォーティア①
「そこ!」
「はあぁぁ!」
フリスは相手を包囲するように魔法を放つ。その隙間を駆けて接近したミリアは、首と脇への2度のフェイントで揺さぶった後、本命の一閃を胴へと放つ。
普通ならこれで決まりだろう、相手が違えば。
「まだまだだな」
だが、ソラには通じなかった。薄刃陽炎を左手へ持ち変えると、振るわれたミリアの左手に右手を添え、上へと向きを変える。そして伸びきった左手を取って背後へ回り込み、肩へ肘を当て、足払いをかけて転ばせて倒し、うつ伏せの状態にして取り押さえた。
周囲の魔法は高重力と分厚い空気の壁により、力技で全て沈められる。魔法を放っていたフリスは土の壁と槍に囲まれ、身動きを取れなくなってしまった。
「よっと。ミリア、怪我は無いか?」
「ええ、平気よ。気持ち以外はね……」
「そう落ち込むなって。大分上達してきて、無駄も減ってるぞ?」
「じゃあ、なんでフェイントに気付いたのよ?」
「俺自身のやり方とかもあるが、ミリアは目線で分かるな。最初から本命の所を見てたぞ」
「そう……魔獣相手なら良いけど、ソラには通じないのね」
「俺限定か。対処法は……まず、戦う時は常に相手の顔を見るようにするべきか。目線でフェイントをかけるのはその後だな」
「そうしてみるわ。いつか追い抜くからね」
「おお怖、それじゃあいつまでも逃げ続けないとな」
対魔獣戦では、ミリアもフリスも十分過ぎるほどの経験を持つ。だが、対人戦ではそうはいかなかった。地球にて実戦的な武術、殺すためとも言える技を鍛えてきたソラには駆け引きなどで大きく劣っている。
そのため、ソラは2人と模擬戦を行った後、何らかのアドバイスをするようにしていた。2人共吸収は早いので、ソラも楽しんでいる。皮肉にも、地球で流派の後輩達に行っていたことと同じだった。
「負けちゃった〜」
「フリスは油断したよな。あれだけの魔法を撃ったから、大丈夫だって」
「ん〜……そう?」
「俺はそう感じた。魔法の使い方自体はフリスの方が上だぞ?足りないのは心構えってとこか。攻撃が絶対決まるって思っても、相手はなんらかの手段で無効化する、だから次を考えるって感じだな」
「分かった。じゃあもう1回……」
「駄目だ。さっさと移動するぞ?今日中には着きたいんだからな」
「そうね。フリスに合わせるとそれだけで日が暮れそうだし」
「町は見えてるんだしな。フリスだって観光はしたいだろ?」
「分かった。じゃ、早く行こ」
町は夜になると門が閉まり、緊急時以外では入れなくなる。そうでなくても川を夜に渡るのは自殺行為なため、ソラ達は道から少し逸れた広場で野宿をしていた。
ここから見える町が目的地だ。その町には、戦都とはまた違った特徴がある。
「水都ウォーティアか。まんま水の都だな」
「都って何?」
「あ、これ通じないのか……水の王都?いや違う……」
「水のおかげで綺麗、じゃ駄目なの?」
「……それが無難なところか……」
ここから見えるのは周囲を川や湖に囲まれ、何らかの手段で組み上げたのか城壁から水を滝のように落としている、綺麗な町だった。
なお、水の都とは水運関係のものが景観形成に大きく関わっている町のことであり、ミリアの指摘はかなり正解に近い。
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「うわ〜、凄いね!」
「ゴンドラか。初めて乗ったな」
「良い所ね」
「でしょ?こんな風にゆっくりできるのがこの町の良いところなんだから」
ゴンドラを操る少女と話しつつ、風景を楽しむ3人。ウォーティアは地球のヴェネツィアほどでは無いにしろ、町中を水路が通っている。そこでゴンドラに乗り、町を巡るというのは観光ルートとして鉄板だそうだ。
案内役の彼女の名前はティア、ソラ達が取った宿の娘である。ウォーティアを観光する時に行くといい場所はあるか、と女将に相談したところ、ウェイトレスをしていた彼女が案内役に指名された。
ゴンドラの動きは遅いが、水の流れにのっているため止まることはない。このゆっくりした動きが、この町独特の雰囲気を作り出していると言えた。
「あんな風に城壁の上まで上げてるんだね」
「凄いな。こうするのって、魔獣が町の中に入らないようにするためか?」
「そうよ。ちなみに、あの水の柱の根元には魔法具があって、あんな風に打ち上げてるの」
「へえ、凄いのね」
「上手い使い方をするもんだな。……水路の水はどこから取り入れてるんだ?」
「ああ、それはね、町の中央に地下から汲み上げる魔法具があるの。噴水になってて綺麗だ「わたし行きたい!」……後で連れて行くね」
「すまんな」
ソラ達の乗ったゴンドラが着いた場所は城壁のそばで、池のようにになっている所だ。そしてそこからは、70度以上はあるであろう坂の上へ向かって水が打ち上げられている。見た目は滝が逆流ような状態で、なかなか壮観だ。
フリスがティアへ要望を出したが、ティアはフリスの子供っぽさに呆れただけで困惑はしていない。だが、このまちの特徴を考えれば当然のことだ。
ウォーティアの水路は場所ごとに流れの向きが違い、終点となる場所が無いように作られている。そして水路は流れを使って移動しやすいように作られているため、慣れた人なら町中どこへでも自由に移動できる。この町に住み、宿泊客への案内を何度も行っている彼女には、この程度の要望に答えるのは簡単だった。言われなくても案内する予定だったので問題は無い。
そんな感じで観光をしていると、タイのような水上マーケットをしている場所へ着いた。ティアも時折ここで食事をするらしいので、ソラ達は彼女の案内でオススメの店を巡って行く。
「美味しいね、この焼き鳥」
「塩か。こういうのも良いな」
「塩だけじゃないわよ。色々な香辛料を使ってるわね。参考になるわ」
「使いたいの?」
「そうね。こんなに多くあるなら、面白い使い方ができそうだし」
「じゃあ後で買うか?ティア、香辛料の店ってあるか?」
「ええ、あるわよ。後で寄れば良いのね」
「ああ、頼む」
「おねがいね」
料理を作るのが好きなミリアの琴線に触れたようだ。ティアが案内した香辛料の店にて、20種類近いスパイスを買っていった。
これから暫くはこれらのスパイスの使い道を探して料理をするのだろう。
「ねえ、この焼き魚欲しいな」
「お、いらっしゃい。幾つだい?」
「そうだな。ミリアはいるか?」
「川魚の塩焼きね。貰える?」
「じゃあ3つだな」
「毎度、にしても別嬪さん2人なんて羨ましいねえ」
「羨んだって何も出ないさ。ん、この魚美味いな」
「ありがとさん。でもなあ、最近漁場の池にデカい鰐が住み着いて困ってるんだよ」
なんだかゲームみたいだが、この店主は愚痴を言っているだけである。相手が冒険者だとは気付いていない。
「鰐?魔獣か?」
「その辺は分からんな。漁師って基本は、強いやつに会ったら逃げるもんで、判別できんかった」
「あんたはまだマシさ。ウチの旦那なんか川で鮫に会ったんだからね。頭が横長なやつ」
「こっちはデッカい化け物だぞ?なんなのかも分かんねえし。蛸みたいに足が多いんだが、体が半透明なんだよ」
鰐とシュモクザメ、そしてクラゲ。水中系の魔獣としては妥当なところなのだろう、とソラは判断した。鮫とクラゲと蛸は、地球では基本海にいる生物だが、ベフィアでは淡水に鮫や蛸もいるので、それの魔獣が出ても大した問題では無い。
問題はクラゲだ。一応ベフィアには淡水にも住むクラゲの魔獣はいる。だがそれはAランクの魔獣で、ウォーティア周辺よりもっと大きな水場に少しだけいるはずの存在だ。ソラ達もステイドの図書館にて数少ない情報を偶然見つけただけで、現地以外ではかなりレアな魔獣である。
「魔獣か……」
「どうしたの?」
「ソラ達は知ってるのよね。魔獣のこと」
「まあ、よく戦ってるからね。それがどうしたの?」
「私、生きている魔獣を見たことが無いのよ。だから良く分からないのよね」
「そうなのか。そうだ、ミリア、フリス、明日の予定はこれで良いか?」
「そうね。詳しい場所が知りたいけど」
「良いよ〜美味しい物が食べられなくなるのは困るし」
「なにの話?」
「なにって、さっき言ってた魔獣を倒しに行くんだが?」
「「「はい⁉︎」」」
驚く3人と平然とする3人、そして傍観する1人。持っている情報の差からすれば、当然の反応とも言える。
「いやいやいや、無理するなって!」
「命は大事にしなさいな」
「あんなのと戦うなんて死ぬようなもんだぞ!」
「死ぬって言われてもな……ミリア、フリス、どんな風に戦う?」
「そうね……水の中にいられたら大変じゃない?」
「わたしが水魔法で引っ張り上げる?」
「俺も同意見だ。水の中で自由に動ける魔法を作れば別だけどな」
「なんで戦う前提なんだよ!」
「そういえばソラ達って冒険者だったわね。それもAランクの」
「「「Aランク⁉︎」」」
大陸の中央ライン付近でも、Aランクはそう多いわけでは無い。大半はもっと北側に行っているためだ。それゆえ一般人と関わると、このような過剰な反応が起こることもある。
「はいはい、騒ぐな騒ぐな。ちなみにこの話って、ギルドに通してあるのか?」
「い、いや、通してねえが……」
「それなら面倒は無いな。朝一で行ってさっさと狩ってこれる」
「依頼が無くても良いの?」
「ん?意外と知られてないのか?」
「そうかもしれないわね。ティア、冒険者って魔獣を倒すだけでもお金を貰えるのよ」
「そうなのね」
「まあ、依頼の方が良い場合の方が多いんだけどな」
この後、3人の店主から情報を聞いていったソラ達。その間、ティアと3人の店主は驚くことばかりだった。
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「ん、この肉美味いな」
「さっそく香辛料を使ってみたのよ。味見はしたんだけど、良かったみたいね」
「美味しいよ〜」
「本当に、ミリアは良い奥さんだな」
「もう、その手には掛からないわよ」
「本当みたいだね」
「慣れたか……つまらないな」
「ソラ?」
「そう怒るなよ……」
翌日、ソラ達は町の外に出て狩りを進めていく。現場同士はかなり離れているため外に出てからかなりの時間が経っており、早朝に出たにも関わらず、3つ目の現場である湖に着いたのは昼過ぎとなった。そのため、狩りの前に昼食を摂っている。
もっとも昨日得た3つの情報のうち、前の2つは簡単に狩ることができた。鰐も鮫も、浅瀬にいた川魚を真っ二つにしたらすぐに寄ってきたためだ。その後は水魔法で引っ張り上げて倒すだけの簡単な相手である。引っ張る時は暴れたためかなり苦労したが、ソラは釣りのように楽しんでもいた。
スケイルアリゲイトは直径50mほどの池に6匹が住み着いていて、群れで来た所を狩っていった。アシッドシャークは酸を吐き出す事のできる全長4mのシュモクザメで、Bランクの魔獣だ。情報を持っていたため酸の被害は受けなかったが、持っていなければ危なかったであろう場面は幾つかあった。
「次はここ、相手はポイズンジュリーだろうな」
「Aランクの魔獣だったよね」
「毒を持ってるんだっけ?長い腕みたいなのの先端に」
「ああそうだ。本来ならもっと大きな湖にいるはずの魔獣らしいな」
「なんで……もしかして魔人かな?」
「そうかもね。となると……数も多い可能性があるわよ」
「だな。それよりも、どうやっておびき出すかだ」
「さっきみたいにやれば良いんじゃないの?」
「クラゲがそれに反応するかが微妙なんだよな……ん?船を出したら見たってことは、同じようなことをすればいけるか?」
「どういうこと?」
「ちょっと待ってろ」
ソラは近くに生えていた木を薄刃陽炎で伐り倒し、風魔法で枝葉を打ち払う。更にそれの中をくり抜き、上半分を板状の構造物を何枚作るように加工した。
「こいつを……おらぁ!」
そしてそれを湖へ向かって投げつける。
それは綺麗な放物線を描いて飛び、着水した。更にそれはソラの風魔法によって操られていて、まるでボートのようである。
「へぇ、そういうことね」
「ああ、囮ってことだ」
「説明は後にしようよ。来ちゃうから」
「そうだな。フリス、引き上げるぞ」
「大丈夫、やれるよ」
「よし、じゃあ……引け!」
段々と魔力反応が近づいてくる。そしてクラゲが触手をボートへ絡みつかせた。
そのタイミングでソラとフリスは水魔法を発動させた。部分部分を高圧にすることで作り出した水の網でクラゲを囲み、漁のように引っ張っていく。当然ながらクラゲも抵抗するが、ソラ達の方が強かった。
見えてきた本体。それは……
「おいおいおい、こんなにデカいのかよ……」
「想像と違うわね……」
「なにこれ……」
こういった反応も当然だろう。相手は傘の部分の幅が3mほどもあり、10mを超えていそうな触手を何十本も持つ、クラゲだ。クラゲを見たことがあるソラにも、見たことが無いミリアとフリスにも、その姿は恐ろしく見えていた。
「やるぞ!水中よりはマシなんだ!」
水中ならどうだったかは分からないが、戦いそのものは至極一方的なものだった。触手はミリアの双剣により斬られ、フリスの魔法が吹き飛ばし、ソラが根元から断ち斬っていく。毒針は先端部分にのみあるため、そこに触れなければ問題無い。
本体も、ソラが風魔法で討伐証明部位である核を引き抜いてしまえば、活動を停止した。
「……意外と呆気なかったね」
「これの相手を船の上でするって考えてもみろ。狭い船であれだけの触手の相手をするのは、な」
「うっ……想像しただけで怖いわ……」
「大丈夫だ、俺が守る。いざとなったら雷を水の中に落とせば良い」
「ふふ。まあソラに任せっぱなしも嫌だし、強くならないといけないわね」
「そうだね。頑張らないと」
「ああ、俺も頼りにさせてもらうからな」
この後、3人は他にポイズンジュリーがいないか確かめ、町へと帰っていった。
なお、ポイズンジュリー出現の方に冒険者ギルドは騒然となってしまい、ソラ達は事情聴取にかなり時間を割くはめとなったのだが。
触手プレイはありません




