第4話 魔の暴君
「ふっ!」
「はぁ!」
「行けー!」
森の中、幾つもの影に囲まれながらも無傷で戦い続けるソラ達。だが、狡猾なその影は直接相対しようとは殆どしなかった。
「っ、そこか!」
「きゃっ」
「ミリア、大丈夫か!」
「怪我は無いわ!」
何かに気付いたソラがミリアの方へ向けて氷の矢を放つ。その数瞬後、ミリアへ向かって岩が飛んでくるが、氷の矢が破壊した。
意識をミリアへ向けたソラへ放たれた土や枝は、フリスの作り出した風によって飛ばされ、被害は無かった。だが、被害が無いとはいえ……
「うざったいな!」
「飛んでくるのが枝とか石ばっかりだものね!」
「木が邪魔で狙いづらいし……」
「追いかけてもしっかり逃げるんだよな……」
「どうするのよ?」
直接攻撃できず、フラストレーションが溜まっているソラ。こんな時は大技となってしまう。
「薙ぎはらう!」
ソラは自分を中心として大波を作り出す。当然ながら攻撃範囲にはミリアとフリスも入っているのだが……
「ちょっと!……え?」
「うわぁ!……あれ?」
大波はミリアとフリスへ到達する直前に割れ、2人には一切被害が無かった。
だが敵には容赦無く襲い掛かり、幾つもの影を押し流す。それに怯えてか、目的を達したからか、次第に影はまばらになり、ソラ達の周りから消えた。
「ふぅ、ようやく退いたか……」
「……何回目だっけ?」
「はぁ、確か5回目よ……」
「2人ともかなり疲れてるな」
「ソラも、よね」
「ほとんど攻撃できてないのに……」
魔法を持っているとはいえ基本は近接のソラと純近接のフリスには、幾つもの罠が飛んで来ていたため、疲れが多い。それに対してフリスは魔法メインで直接攻撃対象にされたことはほとんど無く、魔力の消耗も少ないが、周辺の警戒でかなり疲れていた。
勿論、3人とも普段であればこれほど消耗することは無い。これは相対する特徴的な敵のせいだった。
「こんな連中なら依頼を受ける人がいないのも納得か」
「倒しづらいもんね」
「今回だって、3匹だけだし」
「20匹近くはいたはずなんだけどな……」
「この糸が回収できるだけ、まだマシよね」
ソラ達の目の前には、足を含めて全長2mほどの赤と黒の蜘蛛が倒れている。これが先ほどの影の正体であり、ソラ達の獲物であった。
「トラップスパイダー……聞いてた以上に厄介だな」
この蜘蛛、トラップスパイダーはその名の通り罠を仕掛けることで狩りや敵の撃退を行うBランクの魔獣であり、直接攻撃に出ることはほとんど無い。大抵は吐き出す糸で網やロープを作ったり、スリリングショットのように張って木の枝や石などを飛ばして攻撃する。
まあ、その糸は高級布の材料として有名なため、相応のレベルの冒険者には小遣い稼ぎに狩られている。……少数ならば。
「それにしても……この数が何度も、か」
「多すぎよね……」
「どうしてかな?」
「大方、森の奥で知られずに増えたんだろ。こいつらだと、一定数以上になったら狩るのも大変だろうからな」
「それで増えすぎたわけね」
「確定とは言えないが……可能性は高いだろ」
「厄介だね」
現在、この森では異常なまでにトラップスパイダーが増えており、並みの冒険者では危険だった。
そのために、Aランクであるソラ達に白羽の矢が立ったのだ。トラップスパイダーはBランクの中では個体そのものは弱い部類に入る。コロッセオのギルドマスターは、Aランクパーティーならばより正確な情報を持って帰れると踏んだのだ。
「見つけた人の報告が正しければ、この先の崖にある洞窟内が巣だったよな?」
「そう聞いたわよ。罠だらけって受付の人は言ってたけど」
「今、散発的に襲ってくるのはなんでだ?倒すつもりなのか、時間稼ぎか……」
「時間稼ぎ?」
「どうして?」
「例えば……逃げてるとか」
「それはありえないわ。魔獣が巣から逃げ出すなんて、まず無いから」
「もしくは、罠を張っている最中か」
「えぇ〜」
「それは……ありえそうね」
なお、ソラ達は情報を得るだけでなく殲滅する気であり、巣で一網打尽にするつもりだった。だが、途中で何度も襲撃されたのは予想外であり、普段より慎重になっていた。
「それにしても……そろそろ本格的な攻撃が始まってもいい頃だよな」
「そうね。目的地の洞窟に大分近づいたし」
「つまり……もっと来る?」
「ああ、多分な。警戒は怠るなよ?」
「当然よ」
「勿論だよ」
「直接攻撃が増えて、やり易くなってくれると嬉しいんだがな」
この先には、今のソラ達の位置が上側の崖があり、トラップスパイダーの巣はその下の洞窟の中にあるらしい。何度も襲撃をしてきたことから、どうしても近寄らせたく無いようだ。そのため、ソラは最大規模の襲撃があると予想していた。
「あっ!」
「っ、来たぞ!」
「数は?」
「……40以上だな。50近いか?」
「……多いわね」
「ああ、多い」
「多いよ」
「それにしても、また半包囲の形だな。いや……前が厚いか?」
「どうしても通したく無いみたいね」
「本気で何かを守ってるのか?」
「どう理由だとしても、戦わなきゃ」
会話を終えてしばらくすると、トラップスパイダー達が襲撃して来る。当然ながらソラとフリスは魔力探知によって知っており、ミリアも2人の雰囲気で分かっていた。
「ミリア!左だ!」
「ふっ!」
ミリアへ向けて幾つもの石や枝が放たれ、その後からトラップスパイダーが自ら襲いかかる。だが警告を受けたミリアはその全てを避け、トラップスパイダーの頭と腹を双剣で分断した。
「やっ!はっ!いけ!」
フリスは水や風の魔法を次々と放ち、先ほどまでと比べてだいぶ近づいていたトラップスパイダーを仕留めていく。当然フリスへも石や枝が放たれるが、それらは全て途中で迎撃され、フリスまで届く物は無かった。
「この調子なら、行けるか!」
ソラはトラップスパイダーのいる場所で土の槍を突き上げさせ、遠距離攻撃を潰していく。接近してくる個体も魔法の矢で射抜かれるか、薄刃陽炎で分断されていった。
「ミリア!」
「どうしたの?」
「突破するぞ!」
「分かったわ!フリス、少しの間お願いね」
「大丈夫だよ。頑張って!」
一気に勝負を決めるため、ソラとミリアはとび出す。フリスはとび出して行った直後に幾つもの竜巻を発生させ、トラップスパイダーからの攻撃を防ぎ、隙があれば何らかの魔法で攻撃していく。
「はぁ!」
「やぁ!」
「ミリア!」
「任せて!」
ソラは斬り、蹴る。ミリアは乱舞で斬り裂く。2人の向かった先は他よりもトラップスパイダーが多いエリアであり、当たるを幸いに薙ぎ払っていく。また2人のコンビネーションもかなり上手くなっていて、ソラが蹴り飛ばしたトラップスパイダーをミリアが空中で斬り裂いたり、ミリアが足を斬り飛ばしただけの相手にソラが魔法を放ってトドメを刺したりする。
だが、2人は現時点でさえ蹴散らしているのにも関わらず、さらなる賭けに出た。
「ミリア!」
「良いわよ!」
「いっ、けぇー!」
「はぁー!」
ソラは左手でミリアの腰を掴み、回転して投げる。ミリアが飛んでいった先にはトラップスパイダーが集まっており、ミリアは次々と斬り裂いていった。ソラもすぐに魔法での援護を開始し、トラップスパイダーは次第に数を減らしていく。そしてこれはトラップスパイダーにとって看過できないものだった。
「退いていくな」
「ええ、そうね」
「ソラ君〜大丈夫〜?」
「ああ、俺もミリアも問題無い」
「追撃は?」
「いらないだろ。どうせ巣でまた会うんだからな。イタズラに消耗するべきじゃない」
半数ほど狩った所でトラップスパイダーは撤退し始めた。その間も囮とも言える遅延攻撃があったため撃破数は増え、結果としてソラ達は今回の襲撃で34匹を狩ることができた。だが、3人はうかれてはいない。すぐに今回以上の数を相手にすることが分かっているからだ。
そこから3人がしばらく歩けば、すぐに目標地点へとたどり着いた。
「ここね」
「そうらしいな」
「この下の……どこかな?」
「ここからじゃ、それらしい場所は見当たらないわね」
「魔力探知には反応が無いから、離れてるんだろうな。ギルドじゃ正確な場所は把握できてなかったみたいだし」
「フリスは分からない?」
「入って無いよ」
「それじゃあ、ここを降りて探すか」
「そうね」
「それで良いけど……どうやって降りるの?」
「ソラ、魔法で行ける?」
「ああ」
崖の上から見ただけでは下については何も分からない。その崖の下は背の高い草が無数に生えていて、見晴らしは最悪だ。崖の近くにはほとんど生えていないのが幸いだった。
そして下にはソラが魔法で連れて行くこととなる。毎度お馴染み便利魔法だ。
「そうだな……ミリア、フリス、俺の首に腕をかけてくれ」
「え……こう?」
「こんな感じ?」
「そうそう。じゃ、降りるからな」
「うん……って、キャー!」
「すごーい!」
両腕を首にまわさせ、腰を押さえてミリアとフリスを支えたソラは、崖から飛び降りた。当然魔法を使っており、地面に着く少し前にはかなり減速され、安全に降りることができた。
だが、やられる側はどうなるか分からないため、苦手な人もいるだろう。フリスは楽しんでいるようだが、ミリアはそうでは無い……ことも無かった。
「楽しかったね!」
「そうね。ソラ、またやってもらっても良い?」
「あ、あぁ……(ジェットコースターと違って自分で動かしてるから俺も大丈夫だが、ミリアとフリスは素かよ……)」
「ん?ソラ、どうしたのよ?」
「いや、何でもない」
ソラがジェットコースターを苦手とする理由は、自分の意思と関係無く動かされ、無理矢理Gをかけさせられるからであり、慣性力による浮遊感や圧迫感そのものが苦手な訳では無い。そのために崖からのジャンプもできるのだが、ミリアとフリスはジェットコースターが好きそうな感じなので驚く、というよりは少し恐れていた。……地球ではないので、遊園地へと連れて行かれることは無いため、無用な心配なのだが。
「ここからも……見つけれないわね」
「どっちかな?」
「どっちでも良いが、3人でだぞ」
「数が多いものね。分かれたら大変そう」
「ねえ、こっちから先に行かない?」
「まあ、良いんじゃない?どっちでも同じようなものなんだし」
「そうだな、それじゃあ探しに行くか」
見ることのできる範囲には巣らしきものは無く、相変わらず魔力探知に反応は無い。そのため3人は一緒になって探すこととした。
まあ横に長いとはいえ、たかが崖だ。森と違って程度は知れており……
「ここ、か?」
「情報通りなら、そうね」
「いるよね?」
「いるな。100以上か……」
「……多くない?」
「……多いよね?」
「……多いだろ」
「どうするの?」
「中に入るなんて嫌よ。何があるか分からないし、さっき以上に多く攻撃されるだろうしね」
「まあ……魔法で殲滅するのが良いか」
「わたしがやる?」
「いや、丁度いいのがあるから試させてくれ」
巣らしき洞窟を見つけた。だが、その中は200m以上もの長さがあり、合計で100を超える魔力反応、つまりそれだけの数のトラップスパイダーが存在している。
トラップスパイダーの特性も考えれば、正面から馬鹿正直に突入するのは愚の骨頂である。3人はソラによる質の暴力を見せつけることとした。
「こういう時にはこれだよな。フリージングハザード」
ソラが魔法名唱えると、洞窟の入り口が凍りつく。それは次第に奥へと進んでいった。空気も相応に冷えており、それを感じてトラップスパイダーは奥へと逃げていく。だがすぐに行き止まりに達し、立ち往生となる。そしてほとんど間を置かず、100匹以上いたはずのトラップスパイダーは凍りつき、死んでいった。
「凄いね〜」
「でも、こんな寒そうな所で部位を取るの?」
「それは……その……」
「戻せるわよね?」
「できるよね?」
「できる……が、少し待ってくれ。今は完全に殲滅できて無いかもしれないからな」
「まあ、それくらいなら良いわよ」
「やっぱりできるんだね〜」
洞窟内部の気温はソラが魔法で戻し、様々な場所に凍りついた死体のある中を、ソラが光魔法で作り出した光源をそれぞれ浮かべながら、3人は進んでいく。ソラを先頭として少し離れて行動しているのだが、そのお陰でソラは1番最初にある物を発見することができた。
「なるほど、あそこまで抵抗したのはこいつのせいか」
「何かあったの〜?」
ソラが洞窟の最も奥で見つけたのは、全長1mほどの蜘蛛だ。それだけなら幼体と思うかもしれないが、トラップスパイダーとは体の表面の模様が異なり、薄茶と黄色である。そして、足の先端の爪は鋭く、口には鋭い牙がある。
声を聞いてやって来たミリアとフリスには覚えが無いようだが、ソラは知っていた。
「これは?」
「確証は持てないが……こいつの名前はキングスパイダー、SSランクの中でも上位の魔獣で蜘蛛系の王、もしくは女王だ。ステイドで読んだ本の中にあったな。」
「「え⁉︎」」
「まさかこんな風に産まれるのか。成体になってたらコロッセオが終わってるぞ……」
「もしかして、トラップスパイダーの数が多かったのも?」
「そうかもな。こいつが産んだというよりは、周りの繁殖能力が高くなったのか……?」
「よく倒せたわね……」
「まだ幼体だからな。強くてもAランクだろうし」
「さっきの魔法でも無理?」
「せいぜいSランクまでだろうな……まだSSに簡単に勝てるとは思えない」
人類には一握りの存在しかないSSランク、このレベルの魔獣はもはや災厄級の存在であり、コロッセオ程度の町では壊滅させられてしまうだろう。ここまで来ると城壁は役に立たず、簡単に破壊されてしまう。必要なのは一定以上の実力を持った多数の存在だ。それだとしても、かなりの被害を覚悟しなければならない。少数で狩れる存在は貴重なのだ。
確かに、現在のソラ達では勝てたとしてもボロボロな状態だろう。誰か死ぬかもしれない。だが、それで終わる気はソラにはさらさら無かった。
「まだ、なのね」
「当然だ。オリアントスの要求する所までなれば、できるだろ」
「神になる、よね……(私達はその時どうなってるのかな……)」
「神様だよね〜(わたしとミリちゃんも一緒だったら良いのにな……)」
ミリアとフリスは自分の願望を願う。それを聞いて叶えてくれる存在は、果たしているのだろうか。




