第3話 戦都コロッセオ①
「見えてきましたよ、コロッセオが」
「あの町が……城壁が凄いわね」
「あれは元々あった巨大な岩を削った物だそうですよ。そして、その奥に見えるのか……」
「コロシアム、あの町のシンボルか」
「ええ、闘技大会がそろそろ開催するはずですが、参加しますか?」
「そんなに乗り気じゃないんだけどな……」
「えー、しないの?」
「参加しなさいよ、面白そうだから」
「奥さん達も言ってるではありませんか」
「はあ……参加できるんだったらするから、そんなに急かすな」
ある日の朝、ステイドから旅をしてきたソラ達は、馬車に揺られて話をしていた。
今回は商人の護衛をしていたのだが特に何も起きず、ソラ達はかなり暇だった。その代わり、エルフである依頼人のバハルともかなり打ち解け、気軽に話せるようになっていた。もっとも、ソラが言いくるめられたというのもあるのだが。
そして一行は話している通り、目的地コロッセオに近づいていた。この町はドーナツ型の岩を加工して城壁としており、見た目はかなり厳つい。そしてその城壁を越えて見えるのがコロシアムだ。見た目は完全にローマのコロッセオである。
そんな話をしているうちに、馬車は門の目の前までたどり着いた。そして、馬を御していたバハルがソラ達へと振り返る。
「護衛はここまでで結構です。ありがとうございました」
「ほとんど何もやって無いけどな。ゴブリン2匹だけならバハルさんでも大丈夫だろ?」
「一応やれないことも無いですけど、自分は商人ですから。戦いは本職の方に任せます」
「ま、そうか。じゃあこれで」
「ええ、どこかでご縁がありましたら」
「ああ、またな」
「さようなら」
「ばいば〜い」
バハルと別れたソラ達は城壁に空いた、岩のアーチのような門をくぐっていく。城門部もまた凄いもので、20m以上の壁に3つの門が存在する。そしてそれぞれの周りには、攻撃用の覗き穴がついていた。
「それにしても……凄い城壁だな」
「そうね。魔法で削ったとはいっても、これだけの規模だもの」
「でも、魔法で壊されたりしないのかな?」
「他の町の城壁もそうらしいが、防壁みたいな魔法具があるらしいぞ。直接魔法の対象にはできないな」
「本当?」
「ああ、ピクリとも動かない」
「……ソラ、魔法を掛けてるの?」
「そうだな」
「そんな怖いことやめなさい!」
「もうやってないから安心しろ。1回だけだ」
「……それなら良いわ。バレたらどうなるか、分かったものじゃないのに」
「その辺りは気を付けてるさ。……フリスはそんな目で見るな。何もしないぞ?」
「はーい……」
少し魔法を使ってみたソラだが、他の町と同じように反応はしなかった。いくら確かめるためとはいえ、許可なく城壁に魔法を掛けるのは違法なのだが、そんなことに気づける人物は希少だ。
「やっぱり、荒くれ者が多いわね」
「そういう町だ。衛兵も多いから、そこまで酷い事にはならんだろ」
「むしろ、衛兵の人達の方が怖いよ……」
「まあ……くぐって来た修羅場は多そうだな」
「でも……あの険悪なムードは何よ?」
「どうせ派閥とかなんだとかだろ?気にしなくて良いって」
「そうなの?」
「実害が出なければ、あんなのは無視しておくべき。面倒ごとに巻き込まれるだけだぞ?」
町の中には、筋骨隆々な男達を筆頭として武装している者が多い。そしてかなりの確率で2人組の衛兵も見かけた。かなりの雰囲気を漂わせているのだが、同じような衛兵と会って殺気をぶつけ合う者達もいた。
町の住人達は一切気にしていない、それどころか迷惑がっている感じであるのだが。
「まあ、それを除けば良い町って感じだな」
「そうだね〜食べ物も美味しいし」
「フリスはいつも食べ物のばかり……間違っては無いけど」
「ミリアもいい加減慣れろよな……」
「まあ、そうなんだけどね……なぜかは分からないけど、慣れれないのよ」
「ミリちゃんはダイエットしてるから?」
「⁉︎」
「そうなのか?」
「うん、食べるのにも気を使ってるよ」
「………………」
「なるほど、それなら慣れづらいのも納得……ミリア?」
「……ソラ」
「どうした?」
「バカ!バカ!バカ!バカ!バカー!」
「ガッ、なんでっ、俺っ、ミリアっ、ちょっ、やめっ、ゲェ」
「ちょ、ちょっとミリちゃん⁉︎」
「フリスだって馬鹿よ!何で言うの!何でソラに言うのよ!私はフリスと違って太っちゃうんだから!気にしてたんだから!……恥ずかしいし……」
「だとしても揺らすのはやめてくれ……首が……」
よほど恥ずかしかったのか、ミリアはソラの胸ぐらを掴み、何度も前後に揺らす。ビンタに比べれば痛みは少ないのだが、精神的にまいるのはこちらの方だ。
まあ、照れ隠しなだけなのですぐに終わったが、暫くの間機嫌が悪く、ソラとフリスは機嫌を直そうと色々とやっていた。
そんな感じで3人はコロッセオを歩き回り、昼前となる。現在は大通りをコロシアムの方へ歩いているのだが……
「コロシアムかぁ……」
「ソラ、本当は出たいんでしょ」
「あ、ばれたか」
「え?だったら出ればいいのに」
「いやなあ……なんか面倒ごとに巻き込まれそうな気がして……」
「出れば良いだろ」
「俺、悪い予感はよく当たるからな。できれば遠慮……は?」
急にかかった声。ソラがその方向へ顔を向けると、白髪翠眼の初老前な感じをした人間の男が、にやけながら見ていた。
「……誰?」
「俺か?俺はオリクエアだ」
「いや、そういう意味じゃないんだが……」
「コロシアムに参加しないのか?」
「いきなり他人が言うことじゃないだろ」
「それもそうか、ワッハッハッハ」
「なんだこいつ」
「変な人だね」
「失礼かもしれないけど、同感よ」
ミリアの言う通り、失礼な人間である。ノリは良いのかもしれないが、馴れ馴れしいと思われるだろう。
オリクエア自身は、わざとやっているようなのだが。そのため、ソラも遠慮が無くなっている。
「失礼か、当然だな」
「分かってるんだったらさっさとどっか行け」
「で、コロシアムには行かないのか?」
「話聞けよ」
「行くだけじゃつまらないな。出場するしてもらわないと」
「おい」
「ん、どうした?」
「出る気は無いって言ったの、聞いてただろ」
「ああ、言ってたな」
「そういうわけだ。分かったら「逃げるのか?」……あ?」
「いやぁ、強そうな冒険者だと思ったが違ったのか。コロシアムに出ようとすらしないなんてな」
「いや、逃げたわけじゃ「だったら出ればいいだろ」……」
「その刀も虚仮威しだったのか」
「…………」
「失礼、俺でも勝てそう奴に言う話じゃないな。逃げるような男ではな」
もしこの場にいる人物の耳が良ければ、紐が切れるような音が聞こえたかもしれない。勿論、幻聴だが。
「そんだけ言うならやってやろうじゃねえが!」
己の技を馬鹿にされるのはソラには耐えかねた。ソラの沸点はかなり高めなのだが、1度達すると冷めづらいのが難点か。
「はっはっは、楽しませてもらうぞ」
「ソラ、口車に乗せられてるわよ?」
「全員ぶっ倒せば問題ない!」
「……ミリちゃん」
「……御愁傷様ね、ソラと戦う相手の人は」
オリクエアを加えた4人はソラを先頭にしてコロシアムへと向かって行った。
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『さあさあ始まりました闘技大会、今回も大盛況でございます。本日は16名の戦士達が集まりました。誰が勝利を手にするのか、固唾を飲んで見守りましょう!』
大盛況のコロシアム。そこに集まった人に貴族平民は関係ない。残念ながら満席とはなっていないが、7割程は埋まっている。娯楽が少ないベフィアでは、それほど人気なのだ。そんな中の特等席で、司会の男はマイクのような魔法具を使っている。
今回は一般からの参加者も集めた闘技大会で、主に専任の闘技士と冒険者が参加している。ルールは簡単で、相手を殺す、または重症を負わせるようなことが無ければ何をやっても良い。流血沙汰は当たり前、優勝者だろうと無傷はあり得ない、そんな場所である。
そんな所で、ソラは控え室にいて出番を待っている。そしてコロシアムの中段あたりにミリアとフリス、そしてオリクエアは座っていた。
「凄い人の数ね」
「多いよね〜」
「この程度の規模ならよくやっているぞ。祭りの時は参加者が500人を超えるがな」
「お祭か〜参加したいな〜」
「お祭でも冒険者は出るの?」
「そうだな。普段の見世物では闘技士だけだが、大会の時は参加できる」
「へぇ〜」
「それは良いけど、その手の紙はなによ?」
「これか?賭けの証明書だ。ソラの優勝に賭けておいたからな」
「まあ、妥当よね」
「ソラ君に勝てる人って、この辺りにいるのかな?」
3人の会話に一区切りがついた頃、最初の対戦者達が舞台へ入ってきた。
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「ようやくか……」
『さあ、第1回戦最終試合、前回の優勝者ドーベルに挑むのは初挑戦のソラだ!どれほどの実力を持つのか楽しみです』
ついに来たソラの出番、相手は大剣を持った筋骨隆々な大男だ。無骨な鎧も着ており、生半可な攻撃は通じそうに無い。
強そうな相手ではあるが、ソラは気負いしていない。いたって自然体であった。
「残念だったな、初めての戦いが俺様相手で」
「問題無い。どうせ当たる相手だ」
「はっ、他の奴には負ける気無いのか!」
「お前にもだ。この程度で負ける気はしないな」
「ふん、せいぜいほざいておけ」
『さて、この試合のオッズを発表しましょう。ドーベルは1.2、ソラは3.5です。まあ、妥当なところでしょうか』
コロシアムの闘技場は直径100m以上あり、かなりのものだ。コロシアム全体では直径250m越えなので半分以下なのだが。そんな中で2人はコロシアムの真ん中で5m程離れて対峙している。ドーベルが大剣を正眼に構えているのに対し、ソラは……素手である。勿論、腰にはちゃんと薄刃陽炎がさげてあるのだが。
「おい、得物は使わないのか?」
「必要ない」
「あ?」
「お前程度の相手で、刀を抜く必要はない」
「ガキが……死んでも文句は言わせねえぞ!」
「そのセリフは薄刃陽炎を抜かせてから言うんだな」
『すでに一触即発なようですが……試合開始!」
ソラの挑発にのり、試合開始と同時に突っ込むドーベル。だが、ソラはその場から動かない。
「オラァ!」
前回優勝者というのは伊達では無い。確かに早く、力強い。並みの相手では太刀打ちできないだろう。だが……
「ぬるい」
「あ、ガ……」
技にキレが無い。ソラにとって、これほど御しやすい相手はいないのだ。
ソラは上段からの大剣の一撃を半身で躱し、ドーベルの鳩尾に掌底を放った。その衝撃は鎧を無視し、ほぼ全てがドーベルに叩き込まれる。ドーベルは耐えきれず、その一撃で意識が無くなった。
『……はっ、しょ、勝者ソラ!』
「まあ、当然か。この程度でも憂さ晴らしにはなるな」
そのままソラは一方的に勝ち進み、圧倒的な強さで優勝した。そして、オリクエアは賭けで勝った金の3分の1をソラ達へと無理やり渡す。
そのために、憂さ晴らしを終えて冷めていたソラは、微妙な気分でオリクエアと別れるはめとなった。
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「すごかったね、ソラ君」
「そうね。私達でもあそこまでは無理よ」
「慣れればできるさ。俺はもともと対人戦ばかりだったんだからな」
「それならなんで魔獣とも戦えてるのよ?」
「あー……自分の動きたいように動くってのが基本だったからな。魔獣が相手でもちゃんと急所を狙って戦える」
「へぇ〜」
その夜、1つのベットに腰掛けるソラ達3人。一般的なダブルベットよりも大きいため宿泊費は高いが、彼らの稼ぎなら問題は無い。もっとも、他には小さめの丸テーブルが1つと椅子が2脚しか無いのだが。
そこでソラ達は闘技大会について語り合う。主に話しているのはソラだったが、だれもそこに不満は無かった。
「それにしても……」
「ん?」
「やっぱり頼りになるわね、ソラは」
「そうだね〜」
「おいおい、照れるだろ」
「だって、ね」
「むぅ……」
少し赤い顔で、ソラの腕に掴まるフリス。ミリアはそれを見て不満げになったのだが、本来なら遠慮する必要性は無い。ソラはミリアの性格も含めて、分かっていた。
「ミリア、ほら」
「う、うん……」
ソラが腕をミリアに近づけると、真っ赤になりながら抱きしめる。初めての夜から1ヶ月と少し経っているのだが、まだ慣れていなかった。
「まったく、ミリアは甘えるのが下手だな」
「……悪い?」
「いや全然。フリスは?」
「分からない?」
「一応聞いただけだ。さて、早く寝ようか」
まだまだ、3人の夜は続く。




