第30話 銀の魔人
「オラァ!」
「邪魔!」
「どいて!」
魔獣の軍勢、その間に開けた通路を駆け抜けて行くソラ達。横合いから次々と魔獣が襲って来るが、狙い澄ましたかのように斬り、穿ち、落し、燃やす。その後を兵士や冒険者達を追いかけ、前進を援護する。
だが、軍勢は薄くない。ソラ達が100mも走れば再び壁となって立ちはだかる。
「もう1発っ、だぁ!」
しかし、それが分からないソラでは無い。
左手を引き、そこへ風を纏った雷球を溜める。そして突き出すと同時に地を這う雷の竜巻を放つ。それはは直線上の魔獣を飲み込み、雷を落しながら吹き飛ばした。
「流石ね」
「ソラ君凄い!」
「まだまだ、これからだぞ!」
「分かってるわよ」
「それなら良い」
こうして魔獣を倒し、突き進んでいく。
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都合5度、大技を放ち、駆け抜けて来たソラ達。その目前の魔獣の壁は漸く先が見える程度には薄くなってきた。
「あ、もうすぐ抜けるわ」
「分かった、行くぞ!」
「ええ」
「勿論!」
光と雷、そして剣線が駆ける。怒濤の攻撃で最後の壁を抜けたソラ達。そこからは魔獣は少し疎らとなっており、最初に抜けてきたソラ達は当然ながら目立っていた。
「左から群れよ!」
「前は……魔人⁉︎」
「魔人は俺がやる。ミリアとフリスは魔獣を抑えてくれ」
「大丈夫?」
「誰に言ってるんだ」
「そうだね、頑張って!」
「頼んだわよ!」
「そっちもな!」
左手からブラウンウルフやオーガを中心とした20体程の群れが、ソラ達を目指して進んでいた。更に正面には人型の存在が3人いる。
1人は両手に鉤爪を付けた黒いエルフの女性、もう1人は長剣を持った黒い虎獣人の女性、最後の1人は大型のナイフをふた振り持った黒い翼人の女性だ。背は黒エルフ>黒虎獣人>黒翼人の順で、黒エルフと黒翼人が前、黒虎獣人が後ろのトライアングルとなっている。
フリスが言った通り、彼女達は魔人だ。黒いエルフはダークエルフの褐色の肌とは異なるし、毛はともかく肌まで黒い獣人と翼人は居ない。それ以前に、この魔獣の軍勢の中で襲われていない者が人の側である筈が無いのだ。
そんな相手に対し、ソラはそのまま正面へ、ミリアとフリスは左へ向けて進む。そしてソラは、魔人達の前で立ち止まった。
「さて、お前達が元凶か?」
「元凶って、酷いな」
「まあ、違うんだけど」
「私達なんかより彼女の方が強いし」
「なるほど、じゃあさっさと倒させてもらうか」
「意気込みは良いけど、無理よ」
「一応聞くが、何故だ?」
「「「勝つのは私達だからよ(だ)」」」
言い放つと同時に、駆け出す3人。同様にソラも、そのまま相対するように走った。
「ふっ!やっ!」
「はぁ!」
黒エルフと黒翼人がまずソラに突っ込む。鉤爪とナイフという得物の特徴と、自身の身体能力を存分に活かし、連撃を叩き込んでいる。基本的にはコンビネーションでのヒットアンドアウェイであり、牽制のみに特化していると言えた。
ソラは攻撃を捌きつつ、様子見をする。中々上手い連携のため、流石のソラもしっかりと考えて行動しなければ負けてしまうのだ。
「へえ、なかなか……」
「貰ったー!」
そんなソラの後ろから黒虎獣人が襲いかかる。完全にソラの隙を突き、頭を捉えた。
かに見えたが……
「ま、こんなものか」
「え……」
「そんな……」
「うそ……」
「蓮月は簡単に破れる物じゃないからな」
その場にいるのは無傷のソラと、首から血を流して倒れた3人の魔人。黒虎獣人が振り下ろした長剣はソラから半身離れた場所を通って地面に突き刺さっていた。
この状況を作り出した技、蓮月は視線誘導や細かな身体制御、先読み等の技術を用いて相手に位置の誤認や思考の誘導をさせるものだ。この技はカラクリを知っていたとしても回避できる保証はない。故に蓮月に対しては同系統の技を使う、もしくは誤認識が意味をなさない様な弾幕を張るぐらいしか対処法が無いのだ。
そこへ魔獣達を倒したミリアとフリスもやって来た。2人とも怪我はなく、まだ余裕はある。
「流石だね」
「2人だってBランクの魔獣を2体倒してるじゃないか」
「やっぱり見てたんだ」
「少しだけな。さて、早く出てきてくれないかな、親玉さん?」
ソラがそう呼び掛けたのは30m程にある大き目の木。そしてその後ろから新たな人影が出て来る。そのヒトは額から銀色のナイフのように鋭い角が3本生え、目は銀色の縦割れ竜眼だ。他は人間の長身の女性と同じとはいえ、完全に魔人である。背はソラと同程度、腕程の長さで両端に黒色の魔水晶が嵌めらた金属製らしき短杖を持ち、紫色のローブを着ている。
見た目は完全に魔法使いだ。実際そのようで、ソラ達から離れたまま、会話を始めた。
「親玉なんて大層なものじゃありませんが……私が率いてるのは事実ですね。遅れましたが、私はミルリリアと申します。冥土の土産とでもして貰えますか?」
「じゃあ、お前は土産無しで逝けよ。それにしても……さっきの3人とは段違いだな。雰囲気が違う」
「判断基準が雰囲気ですか、魔力では無く。まあ、かなり隠蔽されているようですが、貴方の魔力がそこの2人よりもかなり高いのは分かってるんですけどね」
「それはそうだな。今更だが、引く気は無いのか?」
「ええ、当然です。ここまで来られたとはいえ、まだまだこちらの方が優勢。マーリンとエミリア、メリダの仇も取らなければなりませんしね」
「そうか。で、魔法での勝負が望みか?」
ベフィアにおいて魔力の対外放射量を用いた実力の判断は、中堅レベルにおいてはかなり重要な技術だ。しかし、魔力による判断では隠蔽された場合に間違える事がある。上級者では程度の差はあれど、ほぼ全員が隠蔽をする事ができる。
ミルリリアは戦いや魔力の質等も使って判断したため、誤認しなかったようだが、現在のソラは10分の1、ミリアとフリスは3分の1程に通常状態から体外放射量を減らしている。恐らくはミルリリアも同程度かそれ以上の隠蔽をしているだろうと、ソラは予測していた。
一応魔法使いが相手のためソラは提案したが、守る気は一切無い。生死を賭けた戦いでわざわざ弱くなるなどという事をソラは愚策と考えているからだ。そして、ミルリリアもそれは分かっていた。
「どうせしないのでしょう?因みに、私は勝つためには手段を選びませんよ?」
「嘘でしょ……」
「そんな……」
「……Bランクばっかりゴロゴロ集めやがって……」
互いに殺気を軽くぶつけながら話し合っていた両者。そこへ合図と共に走って現れたのは10体の魔獣による1団だ。全高1.5m程で自分と同じくらいの大きさの大剣を持ったキングゴブリン。全高1.8m程で自分より長い槍を持ったコボルトリーダー。オークとオーガ、それぞれの将軍。黒い毛皮で全長1.7m程の狼、ダークウルフが5頭。そして全長4mで4本足、岩のような鱗と鋭い牙を持ったドラゴン系に所属するリザードの下位種、ダウリザードだ。更に後続との間は他の魔獣が完全に埋め、退路は存在しなくなった。
そしてソラは覚悟を決める。
「ミリア、フリス、周囲の魔獣を頼む」
「魔人を1人で?」
「大丈夫?」
「囲まれながらよりはマシだ。勝ち目はある」
「あら、なかなかの自信ですね」
場の緊張は更に高まっていき、ミリアとフリスが分かれた瞬間に爆発した。
「そんな事を言っている余裕は、直ぐに無くなるさっ!」
「やれるものなら、やってみなさい!」
ソラは地を這う様に体勢を低くし、駆ける。
それに対しミルリリアは多数の黒い球や矢、槍を闇魔法によって作り出し、放つ。
「温い!」
「避けますのね」
「この程度で俺を倒せると思うなよ!」
「ではこれでは?」
だがソラは最小限の移動だけで全てを避けていく。更にミルリリアに対して光球や簡易のレーザーを放つほどだ。だがこれはミルリリアの放った闇球によって迎撃された。
若干優勢なソラへ、ミルリリアは次の一手を打つ。
「ふふふ」
「巻き添えを!」
「その通り、ですよ!」
ミルリリアは魔弾を多数放ちながら、巨大な闇球を作り出し、撃った。ソラが知覚した魔力分布通りなら、これは爆発系の魔法であり、炸裂すれば確実にミリアとフリスにまで被害が及ぶ。
勿論、ソラにはそんな事をさせるつもりは無い。
「やらせるか!」
闇には光。それはこのベフィアでも変わらない。ソラは闇球よりは少し小さな光球を3つ作って放ち、迎撃させる。
込めた魔力量はソラの方が上だ。しかし互いの攻撃は相殺するにとどまった。闇と光が炸裂し、一帯を埋め尽くす。
そしてそれがソラの狙いだった。
「もらった!」
魔法の爆発により目が効かなくなった場を、ソラは身体強化も全開にして駆ける。そして荒れが治った時にはミルリリアの目前で薄刃陽炎を振るっていた。
だが……
「甘いですよ」
「なっ⁉︎ちぃ!」
「あれを狙ったのなら素晴らしいですけど、まだまだですね」
「くそっ!どんだけ増やすんだよ!」
「これだけで無いと抑えられませんでしょう?」
ソラの攻撃をミルリリアは紙一重で避け、一気に後方へ向けて加速する。そして追撃しようとしたソラへ、先程とは比べ物にならないほどの魔弾を放った。
さしものソラも追撃できないばかりか、魔弾を迎撃するために、かなりの労力を払わなければならなくなっている。
「多すぎんだ、よっ!」
「え⁉︎」
「ち、これでもダメか」
「こんな事までてまきるのですか……」
弾幕に対し、ソラは薄刃陽炎に光を纏わせ、振るって放つ。巨大な光刃はミルリリアへ襲いかかったが、対を成すかのような巨大な闇を作って消し去ってしまった。
現状は完全にソラが不利である。普通、剣士と魔法使いの1対1では剣士の方が有利なのだが、今回に限ってはソラにとっては相性の悪い相手だった。
ミルリリアは理由は不明だが、視覚に頼らずにソラの大まかな現在位置を把握できるようで、蓮月の効きが悪い。更に後衛型なので近接戦闘を極力避けており、ソラの得意な近距離での騙し合いにも持っていけない。魔法に関しても、ミルリリアの放つ闇球の迎撃で相殺され、更に放つ数を増やしたために、ソラは回避と迎撃にかなり神経を割かなければならなくなっている。近くではミリアとフリスが戦っており、流れ弾は出したくないのだ。
だが、そんな不利な状況にも関わらず、ソラは未だに被弾していない。それは偏に卓越した技量による物だ。武芸者において、思考するよりも早く反射で動く事ができる者は、できない者に対し大きなアドバンテージを持つ。相手より素早く動けるだけではなく、反射による動きは思考時と比べて力みが少ないため、咄嗟に別の行動をすることも可能だからだ。そしてソラは、防御と攻撃のそれぞれを単体の反射機構として組み立てており、己のミスをカバーしている。思考の範囲外から来た攻撃を反射で防御し、認識できないほど少ない時間のスキを反射により迎撃する。そのレベルまで鍛え上げられた技量は、魔法の弾幕相手でも回避と迎撃に活躍していた。
「くっ、やり辛い」
「まだ生きているなんて……」
「はっ、人を舐めすぎなんだよ」
「そう言ってますけど、私の方が優勢なんですよ?」
「それもそうだが、しかし……」
(何だ?この違和感は……普段と何かが違う……魔法使いのこいつが速い?……いや、俺が遅くなってるのか……思考だけじゃない、筋肉にまで影響が出てる……動きに必要な力も増えてる……反発が減ってるな……そうか……)
疑念を抱いたソラ。そして彼はフリスが前に言っていたことを思い出していた。『闇と光は色々と面白いことができるから、使いこなせる人は凄いの!』を。
闇に関するという事は、何らかの理に関わるのではないか。そう読み取ったソラの結論は……
「……魔法か……俺にかかる摩擦と慣性、後は体感時間と筋肉の収縮速度も弄ってるな。いや……弄ってるのはお前の分もか。その掛けている魔法から、俺の位置も見つけている。当ってるな?」
「気付きましたか……魔法というのは当たりですよ、知らない言葉も有りますけど。闇というのも分かっているのでしょう?まあ、私は闇魔法しか使えませんが」
「残念ながら、分からなかったな」
「あらあら、でしたら対策もご存知無いですよね?自然にこれだけ抵抗出来る人間はそういないのですけど……」
「そんなものは知らないな。抵抗だって生まれつきだろ」
「ですわね。まあ、対策をご存知無ければ一方的ですわよ?」
敵に対して直接魔法を掛けるのは、普通に魔法を発動するのに比べて難易度が高い。味方として許容していなければ、無意識下でも抵抗する為だ。
だが、その抵抗も意識して対策しなければ効果はそこまで高くは無い。そしてその対策は知らなければ無意味なタイプだ。魔法の出力を上げてしまえば、ソラに勝ち目は無い、ミルリリアはそう考えていた。
「一方的か、クハハハ……」
「何が面白いので?」
「いやなあ、面白くない訳ないだろ。タイプが違うとはいえ……この俺と殺り合える奴がいるんだからなぁ!」
「っ⁉︎」
魔力と同期させた膨大な殺気の放出。以前盗賊相手に無意識でやった事だが、ソラは既に意識して操作できる様になっている。ミルリリアが一瞬引くほどの威圧だが、ソラの手はこれでは無い。
(本当はこんな状況で使う技じゃ無いけど……使ってやるしか無いなぁ!)
「水無月ぃ!」
ソラは叫ぶ、己が身に付けた技の1つを。意識して使うのは久しぶりだが、それが問題無いレベルには達している。それでも叫んだのは、ただの気分だ。
久しぶりだとしても、技が鈍る訳ではない。ソラは素の状態でも相手に身体強化が無ければ反応させないレベルに達しているのだが、この技でもその技量は遺憾無く発揮された。
「はぁ!」
「少しは速くなった様ですけど、これでは無理ですわよ」
殺気に反応した一瞬の隙をつき、一気に踏み込んで斬り上げを放つソラ。しかし、魔法の影響で遅く鈍くなっており、ミルリリアには避けられる。だが、それも計算の内だ。
「オラァ!」
「っ⁉︎先程より速い?」
行き過ぎた後、遠心力を使って速度をそのままに引き返したソラ。しかも、更にトップスピードを超えて斬り込む。
「これでは、くっ⁉︎」
「ふっ!」
ソラに掛けた魔法と自分に掛けた魔法のお陰でギリギリ凌げているが、すでにミルリリアには厳しい速度となっている。だが、ソラの加速は終わらない。ミルリリアが耐えるたびに増速し、最も反応し易い場所をワザと狙って斬りつける。
これがソラの持つ奥義と呼べる技、蓮月と対を成す技、水無月。この技は重力による加速を瞬間的に利用するのではなく、継続的に、速度を殺さず利用し、人間の筋力では出すことができないレベルにまで到達させる物だ。
この技は特性上、時間をかければかけるほど速くなる。摩擦等による限界はあるが、相手は耐えれば耐えるほど不利になるという技なのだ。
しかも、ベフィアでは魔法がある。ソラは土魔法で地面の形を変えることにより、変化させられた摩擦力分を取り戻し、速度の上限を上げていた。更に魔弾もばら撒き、迎撃と同時にこの場から逃げることはできないようにしている。
その為、早く反撃しなければ終わる、このように。
「はっ!」
「このままでは……くっ」
「終わりだ」
何度目かの正面からの斬り込み、それをワザと短杖で防がせたソラは、顎へ掌底を放つ。更に大きく減速して、ミルリリアの背後へと回った。
そして、顎へ受けた衝撃により回避不可能、反対側を向いている為防御不可能なミルリリアへ、ソラは斜めに斬り上げの一閃を放つ。
「あ……」
「誇って良いぞ。水無月を使わせたんだからな」
「申し訳ありません、魔王様……ごめんなさい、・・・……」
背中を割られ、倒れていくミルリリア。彼女は魔王ともう1人に謝りつつ、骸と化した。
ソラも相当消耗したようで、肩を上下させて呼吸している。そこへ魔獣達を倒し終えたミリアとフリスも近付いていった。ソラと同様にかなり疲労しているようだが。
「お疲れ様……」
「お疲れ〜……」
「ああ、ミリア、フリス……大丈夫か?」
「大丈夫じゃないわね……もう限界……」
「Bランク10体は辛いよ〜」
「少し心配だったが、怪我は無いんだから良いだろ?もう終わりなんだからな」
「そうね……それよりも、最後の技について教えてくれない?」
「後でな。今言っても頭に入らないだろ?」
「じゃあ……後で、ね?」
「ミリちゃん、顔真っ赤だね」
「ちょ、ちょっとフリス⁉︎何言ってるのよ!」
「ははは、俺は愛されてるな」
「ソラもそんな事言わないでよ!そ、それより、早く回収するわよ!」
「そうだな。侮辱になるようだが……仕方がないか」
ソラは嫌々ながらもミルリリアの遺体を指輪の中に収め、Bランクの魔獣達や3人の魔人の遺体も回収していった。その後は統率を失い混乱している魔獣達をソラが幾らか倒しつつ、フリージアへと戻っていった。
ストレスからか、帰り道ではフリスがミリアをからかい続けていたのだが。




