第21話 林環②
「ボス部屋か……」
「ここのボスは……ビックトレントだったっけ?」
「そう聞いたよ」
「鬼の間のボスと同じように、強化されている可能性は高いか……油断しなければ問題ないよな」
「そうだね。1体だけらしいし」
「こんな所で死ぬのはバカみたいよね」
「それは俺達だから言える事だぞ?他の人の前では言うなよ?」
「分かってるわよ」
数日かけ、ソラ達は林環の第40階層、ボス部屋の前まで来た。前回のような大襲撃は無かったが、下の階層は割とリポップ率が高く、手に入れた魔水晶の数は比較的多い。
ボスに挑む心構えをした後に、ソラは扉を押し開けた。今回は迎撃の必要は無かったが……
「……これをビックトレントって言って良いのか?」
「……一応、大きさとかは同じよね……」
「……じゃあ、あの尖った枝とか葉っぱは何?」
「……特異個体と呼ぶべきかな……飛び道具は……あるかもな」
現れたのは、葉が針もしくは槍のように尖り、薔薇もかくやという程鋭い枝、それらを大量につけた太い枝、そしてその中央に存在する太い幹。
トレント系のランク判別は全高で行うため、一応ビックトレントとなるのだが、どう考えても同一種には見えない。
「……面倒だし、燃やすか」
「良いの?」
「消火なんて、あいつの相手をするより楽だろ」
「そうね……やっちゃって」
「ミリちゃんまで……分かったよ〜」
「じゃ、やるぞ」
ソラとフリスから放たれる火炎により、火達磨となるビックトレント特異個体。懸念されていた火災も、ソラが大量の水を出すことで解決した。
「……ボスがこんなので良いのかな?」
「……ボスの情報は、普通のビックトレントだったよな?」
「うん、そうだよ」
「……何でなのよ……」
一応、奥の部屋を確認した三人は、来た道を戻っていった。
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「終わりか」
「こっちもよ」
「ミリアもすまんな。後ろからの連中を全部任せて」
「良いわよ、それ位。フリスだって手伝ってくれたしね」
「ソラ君より楽だもん。これくらい問題無いよ」
林環第32階層、ボスを倒して上がってきたソラ達はここで少し多めの群れ2つと戦った。
片方はDランクの大きめの山猫であるヘルワイルドキャット7匹、毒針を持つキラースコーピオン4匹、Cランクでは全長1.2mのニードルアント5匹、全長2.5mのハンタースパイダー6匹、スレッドバタフライ8匹で、こちらにはソラが当たった。
もう一方はDランクの体長50cm程の鶏であるアクチキンが9羽と近場にいた爆弾の実を降らせてくるボマーツリー2本、Cランクでは木で出来た蛇のスネークウッド6匹とキラービー8匹で、こちらにはミリアとフリスが当たった。
ダンジョンなので仲間割れはせず、数と種類は多かったものの、連携などは一切無かったため、苦戦しずに狩り終えた。
そして3人は幾つか出てきた魔水晶の回収を行っていく。だがその時……
「ミリア!」
「え?キャア⁉︎」
ソラがいきなり警告を発する。
木の上、ソラが攻撃してこないと予想していたCランクのサンモンキーが、予想に反して急に下りてきたからだ。狙われたミリアは半ば上の空だったので、対処するとこはできなかったが、直前でソラが迎撃に成功した。
「ふぅ、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ……ありがとう……」
「どうした?具合でも悪いのか?」
「問題無いわよ!早く行きましょ!」
「あ、ああ……」
少しミリアの様子がおかしかったため、声をかけるソラだったが、直後のミリアの気迫に飲まれてしまっていた。
(ミリアに無理をしている感じは無いし……大丈夫なんだろうけど……どうしたんだ?)
そのミリアは少しソラから離れて、フリスと何か話し合っていたが……
「それはダメよ!」
「どうした⁉︎」
「な、何でもないわ!気にしないで!」
「そ、そうか……」
急に声を荒げた。勢いに押されてソラは何も聞けず、疑問が募るばかりであった。
「ま、無理はするなよ?」
「大丈夫よ」
「問題無いよ」
「……なら良い」
ソラは疑念を持ちつつも、それを振り払う。そして再び、地上へと向かう階段を探し始める3人であった。
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「……まさか……こいつら……」
「どうしたの?」
「確証は持てないが……盗賊だ。他の冒険者を襲っていた」
「え⁉︎」
「嘘……」
「しかも……迂回路が無いな……巨木と崖のせいで、そこを通るしかない……反対側から回るって手もあるが、どうする?」
「勿論殺すわ。盗賊を見逃すなんて、気分が良いことじゃないし」
「そうだよ。こんな所で見逃したら、まだまだ被害が出そうだしね」
「OK、しくじるなよ」
林環の第10階層、そこでソラは冒険者殺しの場面を探知魔法で目撃する。ミリアとフリスも合意し、皆殺しを決定した。
そして、そのまま進んでいく3人。その先にある巨木の陰には、休息を取っている様に見える10人の男達がいた。
「あの人……」
「ミリア、知ってるのか?」
「……私が情報を聞いた人よ。態度は良かったのに……」
「……もしかしたら、初めから狙ってたのかもしれないな。俺達が入った後にここで待ち伏せを始めたんだし」
「そんな……」
「そんな事関係ないわ。殺すだけよ」
「いい心意気だが、無茶はするなよ」
少し揺れたが、再度覚悟を決めるミリアとフリス。この前のソラを見て、何かしら感じた事があったようだ。
そこへ声を掛けてきたのは、丁度ミリアが話を聞いた男だった。
「よう!調子はどうだ?」
「ぼちぼちですね。これから帰る所なんですよ」
「そうなのか。ん?そっちの娘はあの時の……」
「ええ、あの時はお世話になりました」
「ま、お互い様だよ。助け合いは大事だからな」
「そうですね、こちらも助かってます。所で、1つ気になる事があるんですが」
「情報のお返しかい?報酬は貰ったんだが」
「……自分は探知魔法を使えるんですけど、さっきここで人が死んだんですよね」
「そ、そうなのか?俺達はついさっき来たんだが、気づかなかったな」
「それでしてね、その人達を殺した相手は武器と魔法を使ってたんですよ」
「そ、そんな事があく、あったのか……よ、世も末だな……」
「その殺人犯の反応は移動してないんですよね〜」
「……そ、そんな連中は見てないな……」
どうやらこの男がリーダーだったようで、言い負かされるのと比例して周りの警戒の度合いも上がっていく。
勿論、ソラはこのままで済ますつもりはない。
「しらばっくれるな!お前達がやったのは分かってるんだ!」
「……仕方ねえ。お前ら、やっちまうぞ!」
口で煽り、先に手をださせたソラ。これなら正当防衛が成立する、腹黒いが。
盗賊達の構成は、弓使いが2人、魔法使いが1人、短剣使いが2人、槍使いが1人、斧槍使いが1人、リーダー含めて長剣使いが3人。バランスの良いパーティーだ。
しかし、ソラ達の敵ではない。
「ミリアは前衛へ、フリスは後衛への牽制を頼む。無理の無い範囲なら、殺しても構わん」
「分かった!」
「行くわよ!」
「舐めるな!」
「お前らの相手は俺だぞ?」
ミリアとフリスに指示を出し、リーダーと長剣使いと槍使いと斧槍使いの前に立つソラ。当然、ミリアとフリスが仕留め損ねるとは思ってもいないが、無理をさせないためにあんな指示をしたのだ。
「こっちは10人だぞ!たった3人で何が出来る!」
「既に2人死んでるけどな」
「な⁉︎きさガフッ……」
「油断大敵」
不意をつき、ソラはリーダーの首を斬り裂いて殺す。それに反応して、まず槍使いと斧槍使いが襲ってきた。
「オラァ!」
「ハァ!」
「ノロい」
ソラは時間差で来た槍と斧槍を半身になって避け、そのまま駆け出して纏めて殺す。一瞬で仲間が死んだことに唖然とした長剣使いも、すぐにその後を追うこととなった。
ソラが殺し終えたすぐ後に、ミリアとフリスも片付け終える。林環内でかなりの被害を出していた盗賊団は、数瞬で消え去った。
その後、適当に盗賊を燃やしたソラ達は被害の確認を始める。
「……随分と溜め込んでたんだな……」
「ソラ君!こっち!」
「これは……酷いわよ……」
「あいつら……」
そこにあったテントは巨木のウロの中も含めて8つ。そこを二手に分かれて探索していた3人。
ソラがウロの中で見つけたのは財宝庫とでも呼ぶべき場所で、2人程しか寝られないサイズのテントとはいえど、床一面が埋まっている。そこにあったのは魔水晶だけでなく、剣や槍、弓矢に杖、コイン等も多数ある。これだけでも10人以上が犠牲となったことが予想できた。
そして、その答えはミリアとフリスが見つける。
「嬲り殺し……外道よね……」
「死んだ奴を悪く言うのは趣味じゃ無いけど、同感だ」
「男の人はまだ良いよ……」
「辛いなら見なくて良いよ。埋葬は俺がやるから」
「……ううん、他の世界から来たソラ君がやってくれるんだもん。わたしが逃げるのは駄目だよ」
「……そうか……分かった、頼むぞ」
犠牲となった冒険者の中でも、戦いの中で死んだ者はまだ良い。降伏か捕まった後には、男も女もそれぞれで暴行を受けていたようだ。
あまりの酷さにフリスは顔を青くしていたが、ソラの言葉から覚悟を決め、心を保つことができていた。
「ソラが見つけたこの人達の持ち物はどうする?」
「武器とかは一緒に燃やして埋めてあげた方が良いんじゃないか?魔水晶と金は頂いてもいいだろうが、あれはな……」
「そうよね……お金を貰うのも心苦しいけど……」
「けど、持っていけば役にたつんだもん。これぐらいは許してくれるでしょ」
「嫌なら業は俺が背負う。我慢しなくて良いぞ」
「……それはソラに悪いわよ。仲間だもの、業は一緒に背負うわ」
犠牲者の所持品の内、金銭と魔水晶はソラ達で貰い、他は一緒に燃やす事になった。
金銭や魔水晶は地上で他の人の役に立つ為持っていくが、彼等彼女等が愛用していた物は、共に在るべきだとソラ達は考えたからだ。
「……じゃあ、やるぞ」
「……ええ」
「……うん」
魔法を使って地盤を整え、周りから採取した木を使って櫓を組み、火葬の準備をし終えたソラ達。
その中に犠牲者達を丁寧に入れ、松明を使って火を点ける。
その炎を見て、しばし無言となる3人。
「……虚しいな」
「ソラ?」
「どうしたの?」
「……もっと早くここに来ていれば、この人達を助けられたんじゃないか、って考えちまってな……無意味だっていうのに……」
「それは……考えるなっていう方が無理よね」
「頭では分かってるんだけどな……でも、これに慣れたら、人としては駄目なんだろうな……」
「そうだよね……殺す事に慣れるのも問題とも言えるけど、喪失感とか無力感まで失っちゃったら……」
「人としての心までも失う、か……人を殺して人に縋る……矛盾してるけど、これが人なんだよな……」
「それがこの世界での人の在り方よ。ソラ、嫌なら無理はしないでね」
「心配するのはソラ君だけじゃ無いんだからね?わたし達だって同じなんだから」
「ミリア、フリス……ありがとう。やっぱり俺もまだまだだな」
「完璧な人なんていないわよ。だから支え合うんでしょ?」
「1人で何でもしようなんて、無茶な理想を掲げないでね?」
「そうだな」
再び沈黙する3人。しかし、その顔は先程とは大違いであった。
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「着いたー!」
「やっと外か。鬼の間とはそんなに変わらない気もするけどな」
「まあ、暫く籠ってたのに代わりはないでしょ?」
「それもそうか」
暫くして、フリージアの冒険者ギルドへと戻ってきたソラ達。見た目だけなら数階しか降りていない冒険者とも変わらないのだが、実際は大量の魔水晶を所持している。
彼等はフリージアでは珍しいBランクだが、来てすぐにダンジョンへと挑んだため、噂に正確性は無く、直接会った人を除いて本人を特定出来る者はいなかった。それなのだが……
「ええと……これは……その……」
「魔水晶ですけど?」
「確かにDランクの魔水晶ですけど……こんなにたくさん」
「何か問題でも?」
「早く〜」
「はい……」
ギルドの受付嬢に大量の魔水晶を出したので、盛大に注目された。
売りに出したのはDランクが殆どとはいえど、これだけの数を1度に持っているのは珍しいのだ。最も、ソラ達はD・Cランクの魔水晶一部とBランクの魔水晶の全てを万が一の時の備えとして持っているのだが。
「2人共、何をやってるのよ」
「魔水晶を取り出しただけだけど?」
「数を考えなさいよ。これだけ持ってくる人って少ないんだからね?」
「はーい」
「ま、それもそうだな」
「……聞いてる?」
「同然だが?」
「じゃ、奢ってね」
「おい⁉︎」
「そんな返事をする方が悪いのよ!」
少し雑な返答に怒ったミリアだったが、ソラに奢らせることで落ち着いた。お陰で自棄酒とならなかったので、結果的にソラは助かった側である。
……食べ、呑んでいる時は愚痴ばかりで辛かったようだが。




