第12話 主神
「切断、か……逆効果だったんだね」
真っ二つとなっても、魔神はまだ生きていた。だが切断面からは大量の神気が流れ出しており、止まる気配は無い。どのみち、時間の問題だ。
「ああ。これは防ごうと思って防げるものじゃ無い」
「一応、あることはあるよ。ただ……僕には難しいかな……」
そのため、ソラももう武器を下ろしていた。というより、もう戦えないと言った方が正しい。残っていた神気のほぼ全てを使い切ってしまったのだ。
「だったら、遠慮無しに使ってれば……っと」
「ソラ」
「大丈夫?」
「ああ、ありがとな」
ふらついたソラをミリアとフリスが支える。だが、その2人も残りの神気は少なく、戦えるだけの量は無い。
本当にギリギリだった。
「……気付いてるかい?後輩君」
「何をだ?」
「気付いて無いか……僕の神気が君へ流れていっているんだよ」
「あ、本当だ」
「ソラ、大丈夫なのよね?」
「ああ、問題無い……というか、ミリアとフリスにも流れてるぞ。何だこれは?」
「正確には違うんだけどね。不完全な神である君が完全な神である僕を討った。だから、僕は君の糧なっているんだ」
「なるほど、事実みたいだな」
「だから君は、上級神になるだろうね。僕の後を継ぐ形で……悔しいなぁ」
そう呟く魔神。そこに疑問を抱いたソラは、少しばかり踏み込むことにした。
「悔しい?」
「そりゃ悔しいよ。直接の繋がりはこれだけだけど、僕達の義弟とも呼べる神ができたのに……それをもう見れないんだから」
「お前……」
「そう」
「はは、僕にもこんな人間みたいな感情があったんだね……死にかけてようやく知れたよ」
「……戻りかけてるんじゃないか?」
「戻る?」
「どういうこと?」
「堕ちたお前が、本来の状態に戻りかけているってことだ。今のお前は、狂ってるようには見えないからな」
「どうだろうね。僕には分からないよ……記憶が無いんだ」
堕ちたことへの代償か何かなのだろうか。そんなことを考えるが、今は口に出さない。
「堕ちる前がどうだったか、まったく知らない……僕は何でこうなったのかな?」
「俺が知るわけ無いだろ」
「……そうだよね」
「ただ、案外気の良いやつだったのかもな。そうじゃなかったら、そんな感情が戻ってきたりしないだろ?」
「そうかい?」
「そういうことにしておいてくれ」
「なら、騙されておいてあげるよ。他ならぬ義弟の言うことだからね」
何故か既に義弟扱いだが、ソラもそんなに悪い気はしなかった。敵ではあるが、嫌悪感を抱くような相手では無かったからなのかもしれない。
「それで……これから君はどうするつもりなんだい?」
「どうって?」
「元は別の世界の人だろう?この世界に縛られる必要なんて、無いんじゃないかい?」
「だが、ミリアとフリスはこの世界の出身だ。それに……」
「それに?」
ソラとしては、他の世界へ行くということは考えていない。この後のことに対処できたとしても、だ。
それを告げようとしたのだが……乱入者は待ってくれなかった。
「これは兄上、お久しぶりでございます」
「オリアントスか……君が残ってたんだね」
「ええ、残念ながら父上達に騙されまして、逃げ出すことができず。兄上がいたことを知っていれば、どうにかできたのですが」
「となると、義弟君を連れてきたのも君か。目的は……予想通りなんだろうね」
「はい。さてソラ、良くやったな」
「何が良くやっただ。自己中の塊が」
「はは、嫌われてるね」
「誘拐されたんだから当然だ」
「散々な言い分だな。一応、親に近いんだぞ?」
「お前を親だなんて思ったことは1度も無いぞこのサボり神」
険悪、ともまた違うが、空気は悪い。ソラが嫌うのも当然なのだが。
「何故こうも反抗するのだ?」
「自分の記憶を探ってみろこの馬鹿神」
「はは、言われてるじゃないか」
「ぐぬぬ……だが、ソラが上級神となったおかげで、ようやく出て行くことができる。それでは兄上、私はこれで……」
「待て」
だからこそ、好き勝手やられるのには対処していた。
「何だ?」
「お前、今どっちが主導権を握れるか知ってるか?」
「どういう意味だ?」
「気付かないのか?なら気付かせてやる。捕らえよ、千連鎖!」
ソラの周囲から無数の鎖が飛び出し、オリアントスへ絡みつく。オリアントスは振りほどこうとするが……
「なっ⁉︎」
鎖は一切離れない。それどころか、神術すら使えない。
「生憎だな。精霊王に認められたっていうのもあるんだろうが、今は俺の方が格上だ。出て行く前に従ってもらうぞ」
「何だと……?」
「そうだな……サボってばかりだから、仕事詰めを経験してもらうか。まずは500年な?」
「やめろ!ソラ!おま……⁉︎」
そしてソラが開けた穴に飲み込まれ、オリアントスは消え去った。まあ、行く先は元の場所なのだが。
「ははは……凄いね、君は」
「対策はしてたからな。あいつにはあれでも生温い」
「それは同感だね。僕としては助かったけど……堕ちる前は違ったかもしれないかな、ぐ……」
「時間か?」
「そうだね。どうやら、僕もここまでらしい。楽しかったよ、後輩君」
「俺はもうごめんだ」
「はは。でも、君が司るものからは逃げられない。分かってるね?」
「ああ」
「じゃあ、君の行く末を見守らせてもらうよ。世界に溶けた、僕の存在が」
その言葉を最後に、魔神は神気となり、世界へ溶けていった。
そしてようやく、3人は意識を戦闘モードから普段用に切り替える。そこには当然、時間感覚も含まれていた。
ついでに、結界も解く。
「え?……ソ、ソラさん?」
「終わったぞ。怪我は無さそうだな」
「あ、はい、大丈夫です。それで、あの……」
「どうした?」
「どうなったんですか?何が何だかさっぱりで……」
「ああ、見えなかったか。まあ、当然だな」
「早すぎんだよ」
「残像すら見えませんでした」
「どうなったか教えてよ」
「安心しろ。ちゃんと勝ったぞ」
「というか、わたし達がここにいるんだから、勝ったに決まってるよね」
「フリス、見えなければ心配になるのよ?」
「あ、そっか」
そんなことを言いつつも、ソラ達はいつも通り6人に混ざる。ただまあ、あの意味不明な戦闘を見て、ジュンが可哀想なくらいビクビクしていたが。
「勝ったってことは、えっと……」
「ジュン、ちゃんとして」
「ちゃんと魔神は討ったし、魔王のシステムが壊れたことも確認済みだ。もう2度と、勇者は必要無い」
「それで、その……」
「どうした?」
「後始末とか、全部してもらったので……」
「これは神の問題だ。人が介入できないのは仕方無い。それに、俺達には別の目的もあったからな」
「別の目的?」
「個人的なことだ。話すことじゃない」
オリアントスについて話すつもりはない。伝えたとしても、問題になるとは思えないが、それでもだ。
「さてと、帰るぞ。魔獣はいないからな」
「分かるんですか?」
「魔神の復活のために食われた。皮肉なことにな」
「うげ……」
「そんな……」
「当人が意図したかは分からないし、もう終わったことだ。それより、この状況を有効活用するぞ」
「有効活用?」
「言っただろ?さっさと帰る。長居は無用だ」
そういうわけで、9人は元魔王城、現在更地から去る。……気付いたらこんな地形になっていたが、ジュン達は誰もツッコマない。
「それに、全然の魔人達が指示を貰いに戻って来たとしても、魔神城が消滅しているから混乱は避けられない。全軍の維持は不可能になる。後は……内乱になってくれると助かるな。そうじゃなくても、分裂してくれれば良い」
「狙ってたんですか?」
「独裁者を討つ利点がこれだ。普通ならそう簡単にはできないけどな」
「ですよね」
「無茶苦茶だもんなぁ」
「あたい達もだって」
「最初は僕達だけでやろうとしてましたし」
「よく考えると、無茶苦茶ですね」
「え?勇者だから当然でしょ?」
「いや、リーナ、それはちょっと……」
常識が違うのは、まあ色々と原因はある。それはまた後で直したりできるだろう。終わったとはいえ、ここは敵地だ。
「気を抜くのは良いが、油断はするなよ。集団で戻ってくる連中がいるかもしれないからな」
「はい、勿論です」
「じゃあ、早く帰りましょう。流石に野営は疲れたわ」
「早くベットで寝たいよね」
「いや、前に来た時よりは短いだろ」
「人数が増えてるもの」
「警戒だって大変だったもん」
「はぁ……」
この3人にとっては、普段とあまり変わらなかったが。




