第10話 魔神レヴァーティア②
「ちぃ!」
ソラの剣閃が黒を斬り裂く。相手が生身であればそれだけで勝負はついただろう。
だが神気の塊であるが故に、負傷を気にせず突っ込んでくる魔神相手では効果が薄く、ソラは大剣を避けなければならなかった。
「この!」
スピードで大きく上回り、遠隔攻撃もできるミリアだが、防ぐ技が少ないのが欠点だ。ばら撒かれる神術の弾丸を避けるため、回避行動は欠かせなかった。
「ちょっと……多いよ!」
フリスは防御方法についてはいくつかあるものの、避けることが難しいため、方向性が違うだけでしかない。魔神との神術の撃ち合いになり、必然的にコントロールに割く思考が増えていた。
「劣勢とは言わないが、結構面倒だな」
「ええ。小回りが効くっていうのは辛いわね」
「制御も上がってるよ。数が多いもん」
魔神のスピードはまだ遅く、フリスでも見てから対処できる。だが小さくなったというのは厄介で、近接戦での隙が少なくなっていた。また元の姿へ近づいているためか、膨大な神気の制御力も上がっている。
3対1だからこそ優勢を保てているのであり、1人だけなら劣勢となっていただろう。
「連携の精度を上げるぞ。それと、奥の手も出せ」
「ええ、良いわ」
「うん。というより、もっとやらないと大変だもんね」
「そういうことだな」
だからこそ、戦闘能力を上げる必要がある。相手が小さくなったのなら、3人も連携がしやすい。
『抗う準備はできたのか?』
「ああ。まあ、お前を討つ算段だがな」
『面白い。来るが良い!』
そう言って放たれた魔神の神術を避けると同時に、3人は駆け出す。
「ふっ!」
「はぁ!」
そして、ソラとミリアによる2方向からの同時攻撃が行われた。神術では無く神気を込めた斬撃。濃度が濃い分、与えるダメージは大きい。全てを防がれることは無く、複数の剣閃が魔神を斬り裂く。
「突き進んで!」
さらにそこへ、フリスからの神術が飛ぶ。光を模したそれは速く、数も多い。神術で止められたものもあったが、いくつかは魔神へ突き刺さった。
「ついでだ、くらえ」
「フリス、任せるわ」
「うん、一斉砲火!」
ソラとミリアが斬撃を飛ばし、フリスが炎刃や雷光を放つ。前までのような時間差多段階攻撃では無く、同時飽和攻撃。捌き切れるようなものでは無い。
『舐めるな』
だが魔神も大剣に神気を乗せ、斬撃を飛ばしてくる。それはあまりに巨大すぎて、壁と言った方が正しいのかもしれない。
流石に見え見えのこれに当たるほどソラ達は弱く無いが、避けるために連撃を止められた。
「ちっ、次だ」
だが、3人はすぐに攻撃を再開する。攻めていないと勝てないからでは無く、神気量に差があるため、守勢になったら対処しきれなくなる可能性が高いからだ。段階が進んだ今は特に。
『ふん!』
「く、らぁ!」
魔神の振るった大剣を薄刃陽炎で受けてそらし、返す刀で胴を斬り裂く。効いたようには見えないが、これは毎回のことだ。
「やぁ!」
「焼き尽くして!」
さらにミリアが剣戟を重ね、フリスが雷光を放つ。魔神の大剣を、神術を避けながら、防ぎながらなため効率が良いわけでは無いが、少しずつ進んでいた。
「しっ!」
ソラが右手側から斬りかかり、
「はぁ!」
左手からミリアが斬撃を飛ばす。それは魔神に防がれるものの……
「切り裂いて!」
2人を囮に、フリスが神術を直撃させた。そして意識がフリスに向いた瞬間、
「こっちだ」
「遅いわよ」
ソラとミリアが一気に踏み込み、数太刀ずつ斬撃を浴びせる。撤退の隙はフリスがフォローした。
「良い感じだね」
「油断は駄目よ?」
「ああ。だが一気に行くぞ。来い、炎業斬」
ここでソラが左手に取り出したのは、刃渡り1.8mほどの大太刀だ。それは膨大な熱を発していて、存在するだけで保護されていない部分を融解させていく。
『なんだ、それは……?』
「見覚えは無いのか?」
『そのようなもの……む?それはもしや……精霊王の欠片か?』
「ああ。ベフィアの中に限り、絶大な力を発揮できる。本来は人用のものを俺達用に作り変えた」
『小癪な』
「俺達は弱いからな。打てる手は全て打つ」
どの口が言うか、と魔神は言いたかったかもしれない。成って数年の新神が、封印から解放されたばかりとはいえ熟練の上級神相手に互角に戦っているのだ。これほど異常なことは他に無い。
ソラには読心術なんて使えないから、そのあたりは分からないが。
「ミリア、フリス、ここからは俺が主体だ。援護を頼む」
「ええ、任せるわ」
「頑張ってね」
まあ、やることはあまり変わらない。隙を作って攻撃するだけだ。だが……
「はっ!」
『ぐぬぅ!』
「ん?」
炎業斬での袈裟斬りは、ソラの予想以上の効果があった。魔神の神気を飲み込むかのように、炎が広がったのだ。そしてソラにも、いつもとは少し違う感覚が残る。
その感覚を元に薄刃陽炎でも斬りつけてみると……こちらでも同じような現象が起きた。
『き、貴様⁉︎』
「なるほど、こんな感じか。魔法に神気を混ぜるのともまた違うな」
「ソラ?」
「ソラ君?」
「ミリア、フリス、神気に自分の色を乗せてみろ」
「ええ、良いわよ?」
「はーい」
『な、ま、がぁっ!』
「へぇ」
「凄いね、これ」
『実験台にするでない!』
効率的に魔神の神気を削れている。投入した神気に比べ、威力が高いということだ。これなら、神気消費のペース配分も変えられる。
「神同士の戦いってのは、自身の押し付け合いってことらしい」
『そうだ。若造と油断したか……』
「そういうことね」
「あの黒い神気が怖かったのもそういうことなんだね」
「恐らくはそうだな。司っているものから考えれば、納得できる」
「魔法もあるわよ?」
「あれは法じゃないか?」
「そうかもね」
『……貴様ら、戦いの最中ということを忘れて無いか?』
「いや、そんなこと無いぞ」
『なっ⁉︎』
「ほらな」
ソラは地中に隠蔽をしながら仕掛けていた大規模光系神術を発動、その範囲の地面を消し飛ばしつつ、魔神が準備していた神術を無力化すした。
さらに煙の中の魔神に炎業斬を投げつけ……
「行くぞ、水輝刃」
40cm程の脇差を取り出す。そして、攻撃に移った。
「しっ!」
『ぐ、ぬ⁉︎』
ミリアとフリスの攻撃を防ぎ、薄刃陽炎を避けた魔神へ水輝刃を投げつけ、突き刺さりはしなかったものの、魔神の腕に裂傷を作る。
そして、刀身が半分ほど埋まっている炎業斬の柄を蹴り、裂傷を広げつつ魔神から弾き飛ばした。
「ソラ!」
「ああ」
さらに、ミリアは飛んできた水輝刃を魔神に掠めるように投げ返し、ソラはそれを受け取って再度斬り裂く。
「砕け、岩甲斧」
そして水輝刃を上に投げると、続いて取り出した太刀を上段から振り下ろす。その得物は刃渡りは1.3mだが刃の厚い、斧に似た印象のある太刀で、威力は十分だろう。
惜しくも直撃は避けられたが、それをそのまま地面に叩きつけると、魔神の体へ鋼鉄以上の硬度を持つ岩の槍が十数本突き刺さった。
「貫け、天空刺」
岩甲斧を地面に刺したまま取り出したのは、刃渡り20cmの小刀だ。それをソラが振ると、幾刃もの斬撃が放たれる。
『ふんぬぅ!』
「まだまだ!」
それらは神術によって防がれたが、薄刃陽炎での斬撃は直撃する。そして……
『な⁉︎』
「うわぁ〜……」
「無茶苦茶ね」
神気の糸を4振りの神器に繋ぎ、別個に動かす。自由度はあまり無いが、武器の自由な切り替えだけでもかなりの有用性がある。
『何と面妖な使い方を!』
「自由に飛び回って撃ってこないだけマシだろ」
『何を言っておる⁉︎』
まあ、魔神が日本のアニメのことを知っているはずもない。むしろ知っていたら怖い。
「凍えろ、氷雪鱗」
その状況で、ソラはさらに1振り追加した。刃渡り1mの、薄い氷でできた打刀。そう評されるそれは、斬り裂いた神気を凍りつかせる。
『ふん!』
「はっ!」
勿論、それは錯覚。他と同じように魔神の神気を消し去っているに過ぎない。だがそこに込められた世界の力が、そんな印象を抱かせた。
『……厄介な』
「褒められるとは困るな。唸れ、雷爆環」
魔神の呟きに挑発で返し、ソラは刃渡り80cm程の反りが強い打刀を左手に持つ。氷雪鱗は既に神気と接続済みだ。
「ソラ、あれ借りて良い?」
「良いぞ。勝手に取ってってくれ」
「ありがと」
許可を貰ったミリアは、方向転換のついでに刀を蹴って魔神へ蹴り飛ばした。流石にソラも予想外だったようだが、すぐに修正する。
「駆けろ、御影刀」
そして次に、刃渡り80cmの真っ黒な打刀を取り出した。魔神も闇属性みたいなものだが、神気は魔法と違って属性の意味はほぼ無いので、問題無い。
「ミリア、フリス、横から回れ。サポートを頼む」
「ええ」
「うん」
『聞こえているぞ?』
「バレても問題無いことしか言ってないからな。しっ!」
ミリアとフリスへ指示を出しつつ、薄刃陽炎と御影刀の二刀流で魔神へ斬りかかる。この2振りは刃渡りも見た目も近いため、とても自然だ。
「良い感じね」
「ああ。ミリア、あれをやれ」
「分かったわ」
魔神の左手側へ回ったミリアへ、ソラはそう声をかける。次の瞬間には彼女の持つ双剣が、大剣並みの長さになっていた。
「はぁ!」
それらはミリアの神気で作られたものであり、実体は持たない。だが神器を媒体にするため、攻撃は本物だ。
2振りと数で勝り、しかも大剣を持っていない左手側からの攻撃。防ぎきれるわけもなく、スピードに任せて相当数の剣線が刻まれる。
「フリス!」
「うん!」
そしてその隙に、フリスは神術の準備を進めていた。今度は共鳴では無く侵食、協力では無く支配。世界を己がものとする強力な法。消費は大きいが、威力は折り紙付きだ。
「集いて束ね、集いて潰れ……食い破って!」
それが放たれた瞬間、神気を持つものと神術に守られているジュン達以外のほぼ全てが、衝撃波によって吹き飛ばされた。それより前の諸々も含め、地平線の彼方まで荒野となっている。
魔神はミリアの相手をしていたのもあって防げず、かなりの神気を消耗していた。
「さて、俺もやるか。穿て、光天柱」
そして最後の1振り、それは長さ1.5mの光の塊だ。かろうじて刀に近い形と言えるそれだが、性能は申し分無い。
それに神術に属性が関係無いと言っても、気分的な問題はある。やはりこちらの方が良かった。
「合わせろ!」
「ええ!」
「うん!」
『小癪な!』
ソラとミリアが同時に突撃し、フリスも神術の弾幕で援護する。魔神もそれに対抗するが、スピードでは3人の方が上だ。
「しっ!」
「やぁ!」
「駆け抜けて!」
牽制の合間に放った薄刃陽炎とルーメリアスに膨大な神気を込めた斬撃が決まり、さらに本命の神術も直撃する。
かなりのダメージを与えただろうが、吹き散らされた神気と余波で発生した土煙で何も見通せない。
「見えないな」
「吹き飛ばす?」
「いや、温存しておけ。終わって無い可能性もある」
「というより、その可能性の方が高いわね。あの程度で勝てるとは思って無いでしょ?」
「ああ。残りの神気も多かったし、何より……っ⁉︎」
未だ晴れていない土煙。その中から1つの人影が歩いてくる。そして……
「ようやく戻れた。長かったね」
モヤが無くなった、美少年と言っていい魔神の姿に、ソラ達は警戒を強めていた。




