第6話 四天王
「はぁ!」
「ふっ!」
双剣とレイピアがぶつかり、甲高い音を奏でた。2つの人影が高速で床を駆け、壁を走り、天井を蹴ってぶつかり合う。
「人間にしてはなかなかやるのう」
「それはこっちのセリフよ。予想以上ね」
「ふむ、人とはどれだけ傲慢なのかのう」
「それは貴女のことを指す言葉よ」
この超高速での戦いだが、当人達にはまだ余裕がある。少し会話をする程度、簡単なことだ。
「じゃがの!」
「何よ?」
ハーマニのレイピアを双剣で逸らしつつ、ミリアは言葉を聞く。
「何故お主らは勇者にこだわる?全員でかかれば、もしかしたら妾を倒すことができたかもしれぬぞ?」
「同情するつもり?」
「哀れには思うのじゃよ。時間稼ぎなど、妾達には無意味よ。むしろ殺されに来ておるだけじゃ。そうじゃの……お主を生かしてやっても良いぞ?」
「……何のつもり?」
「なに、妾の僕とするだけじゃ。血を差し出せば生きられるのじゃぞ?妾はお主のような美女が好みでの。良き声で鳴きそうじゃ」
「この程度ってことね……ソラの言う通りになったわ」
「何を言いたい?」
「貴女は時間稼ぎって思ったかもしれないけど、そうじゃない。これは各個撃破よ」
「各個撃破、じゃと?」
予想外の答えに、ハーマニは返答に困った。だが、すぐに嘲笑うような表情になる。
「愚かよの。妾に1人で挑んで各個撃破とは、聞いて呆れるわ」
「貴女はそう考えるのね」
「事実じゃろう?現に、妾と打ち合うことしかできておらぬではないか」
「私はまだ本気を出して無いわよ?」
「それは妾も同じことよ。であれば、自力の差が出るのは当然であろう?」
「自力の差、ね……」
確かに、今までのミリアとハーマニの打ち合いは同速だった。
だが、ミリアは今まで魔力しか使っていない。それどころか、魔力だけの全力も出していない。
「さて、時間はこれくらいで良いわね」
「なんじゃと?」
「適度に時間をかけないと、怪しまれるのよ。ソラとフリスは良いんだけど」
「じゃから、何を言っておる?」
「本気で行くわ。反応できるなら、してみなさい」
「おぬ……」
そして次の瞬間、ハーマニの首から下の全てが細切れとなる。ミリアはハーマニを挟んだ反対側に立っていた。
「まあ、こんなものね。期待はしてなかったけど」
全力を出してしまえば、この程度の相手に時間がかかることなど無いのだ。
ミリアは今一度、首だけ残ったハーマニの死体を見ると、ソラ達が出ていった扉へ足を進めた。
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「行って!」
『喰らいなさい!』
火と雷に闇がぶつかり、かき消える。それが何十回と続くが、多少の見た目以外に変化は無かった。
『人間にしてはなかなかの魔力と制御力ですが、それ故に惜しいですね』
「惜しいって?」
『ええ、惜しいですとも。貴女のような人物は仲間を1人1人殺される絶望の中、それでも抗い続けて殺される方が見応えがあります。そしてそんな人物こそ私のコレクションにふさわしい!最高の作品になるのです!』
「……趣味が悪いんだね」
『趣味が悪い?なんと心外な。死という不要ものから解き放たれるというのに!』
「うわ……」
どこぞの教祖か、とソラがいたなら言っただろう。それくらい狂っているように見えた。割と能天気な面もあるフリスですら、ドン引きしている。
『さあ!私のところで共に永遠に生きましょう!』
「嫌」
『そう言わないでください。永遠の幸福を共に!』
「えっと、さっき絶望とか言ってなかったっけ?」
『それは本来ならです!今は今最適なことを行なっていることにすぎないのですから!』
「えぇ〜……」
もはや何を言っても無駄だろう。フリスはそう考え、魔力を励起させる。
ちょうど後ろが追いついたのだから。
「あ、もう来たんだ」
『はい?』
「ごめんね。もっと言いたいことはあるんだけど……」
『貴女は何を……?』
「……消えて」
その瞬間、真っ白な光がメイルーガを飲み込み、全てが無くなった。
「フリス、終わった?」
「うん。今終わらせたよ」
「怒ってる、わよね?」
「え?全然?」
「……ソラ、後が大変よ」
ミリアの呟きが聞こえたかどうかは分からないが、フリスは笑顔で先に進んでいった。
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「しっ!」
「は!」
先2つの戦いとは違い、2人とも大きく動かないため派手さは少ない。だが、見る者が見ればその高度さに眼を見張るだろう。
「ふん!」
ゴアクは上の腕に槍、斧、大剣などを、左右の腕には長剣や刀などを持ち、リーチと手数を生かしてソラへ切りかかる。
「はっ!」
だがソラはそれらを避け、避けきれないものは武器を壊し、突き進む。多少刃が掠めるが気にせず、ゴアクの胴体を自身の射程に収める。
「くっ⁉︎」
その反撃をゴアクは後ろの腕から苦無やナイフを投げることで制し、また振り出しに戻した。
「ふふ、なかなかやりますね」
「そっちこそ。よくそんな数の腕を操れるな」
「生まれつきですから。当然ですよ」
「それもそう、か!」
ソラは切れた皮膚を回復魔法で治し、ゴアクは壊れた武器の代わりをどこからか取り出す。そして再びぶつかった。
「素晴らしいですよ」
ソラへ数十本の槍で突きかかりながら、ゴアクは言う。
「何がだ?」
それらの半数をへし折り、半数を逸らしながら、ソラは応えた。
「私とここまで打ち合える相手は少ない。だからこそ賞賛するのです。たった2本の腕しか無いというのに」
突進するソラへ数枚の盾と数十本のナイフを投げて牽制し、逃げる先であろう部分へ鎌や手斧を投げつける。
「それが人だ。代を経て技を重ね、肉体の不利を覆す技術を作り出す。だからこそ、魔王は討伐される」
盾を逆に利用することで攻撃を防ぎ、ゴアクの胴体へ向けて薄刃陽炎を振るった。
「なるほど、私達に足りないものですね」
大剣4本でそれを受け止め、少し飛ばされつつもゴアクは守りきる。
「で、こんな話を聞いてどうするつもりだ?」
その大剣を蹴り、後ろから迫っていた槍の刃先を足場にして、ソラは跳び上がった。
「特に何も。実行できることなど無いでしょうし、聞いてみただけです」
そこへゴアクは100近い苦無やナイフを投げ、背後から幾多の刃で襲う。
「興味でもあるのか?」
だが風魔法で足場を作ったソラは避けきり、上方から斬りかかる。
「まあ……無いと言えば嘘になりますね。暮らしを見れば、考え方などにも興味を持つものです」
ゴアクは上手く体を捻って避け、追撃の突きも短刀で逸らすことで防いだ。
「じゃあ、こっちに来るか?あの姿なら怪しまれることはまず無いぞ?」
それを見るやソラは蹴りを放ち、近くに迫っていた槍や斧を弾き飛ばす。
「残念ですが、魔王様の下の方が居心地が良いもので」
だがゴアクは動じない。背後の腕から特に巨大な大剣を受け取ると、両腕で持って上段から振り下ろした。
ソラも応じて薄刃陽炎を振るい……
「そう、か!」
互いの得物で弾き合い、2人は距離を取る。
「流石ですね。私が当てられないとは」
「俺がここまで決めきれないのは初めてだ。かなりの技だな」
「褒められるとは光栄ですね。昔は馬鹿にされたものですが」
「力だけで全てに勝てるなんて思っている馬鹿どもか。俺は蹴散らしてきたぞ」
「私もですよ」
「似た者同士か……それで、付加はしないのか?使えないわけじゃ無いんだろう?」
「余裕がありませんよ。そんなことをしたら、次の瞬間には頭と胴体が泣き別れしていそうです」
「正解だ。まあ、俺もだな」
この2人の戦いでは、ほぼ全ての魔力が身体強化に注ぎ込まれている。余計な部分にリソースが割けないほどに。だからこそ、先ほどのような高度な戦闘が可能だった。
「ただ、そっちも長引かせるのは得策じゃないだろ?」
「そうですね。早く他を助けに行かなくては」
「俺は勇者とは別件で魔王に用がある」
「ですから」
「次が最後だ」
その言葉とともに、身体強化の出力が一気に上がった。どちらも次で仕留めるつもりのようだ。
「しっ!」
先ほどと同じように、ソラは突っ込む。地を這うかのような姿勢での高速移動は、彼の十八番だ。
「ふ!」
そこへゴアクは槍を突き出すものの、全て避けられるか破壊される。だが、それも織り込み済みだ。
「落ちなさい!」
さらに苦無やナイフを無数に投げ、逃げ場を無くしていく。ソラは避け、時には撃ち落とすものの、手数の差は圧倒的だった。
「ちっ、くっ⁉︎」
「もらっ……」
そして防ぎきれず、無理矢理避けたがためにできた姿勢の崩れ。そこをゴアクは槍で、剣で、手に持つあらゆる武器で貫く。
「た⁉︎」
だが、それは蓮月によって生まれた虚像。初めて見たゴアクは、反応しきれない。
「終わりだ」
そして逆側から背後に迫ったソラは、背中から生える千の腕を根元から叩き斬った。
「この!」
それでもゴアクは諦めず、まだ残る両腕に曲刀を持って切りかかる。だが……
「効くか!」
「なっ……」
ソラによって両腕が肩から斬り落とされ、両足も膝から切断され、崩れ落ちるしかなかった。
「私の負け、ですね」
「ああ。俺の勝ちだ」
「最後のあれは何なのですか?幻覚のように見えましたが、魔力は使っていないのでしょう?」
「相手の認識の誤差を利用した、身体技能だ。結構使えるだろ?」
「そうですか、恐ろしい技です……ですが、まだ本気では無いのでしょう?」
「……気づいてたのか」
ゴアクの言う通り、ソラは1度として神気を使っていない。だが魔力は本気だったので、気づかれるとは思っていなかった。
「ええ。武芸者なら、分かります……その本気を見てみたくもありましたが……」
「すまないが、俺の意地だ。お前とは同じ土俵で戦いたい」
「土俵が違うと……ふふ、それでも負けてしまいましたが」
「いや、少しでも俺が失敗していたら、負けていたのは俺だ。その時は、本気を出すしか無かっただろうな」
「それは心の、かはっ……もう私も限界です。送って、いただけますね?」
「ああ」
「最後に最高の死闘を、ありがとうございました」
「……じゃあな」
「では」
そうしてソラは、ゴアクの首を刎ねる。少し経ち、落ち着いた所で、待っていた者が声をかけた。
「ソラ君終わった?」
「ああ、今さっき……フリス、何でそんなに笑顔なんだ?」
「ん?何でもないよ?」
「……ミリア?」
「……ソラ」
「ん?」
「後のこと、覚悟しておいた方が良いわ」
「マジか」
この場に似合わぬ言動だが、強者となった3人は教え子の方へ向かっていった。
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「オラァ!」
「飲み込め、ラヴァウェーブ!」
「はっ!」
「吹き荒れて、アイスストーム!」
ソラ達とは違い、ここは激戦と言って違いない状況だ。
トオイチとハルは連携して攻撃を避けつつ鱗を切り裂き、カズマとアキは互いの魔法が相殺されないよう注意しつつ肉体を破壊する。
どちらかといえばトオイチ達が優勢、なのだが……
『グハハハハ!悶えろ!苦しめぇ!』
「キャラ変わってんじゃねぇか!」
『クハハハハ!!』
バルガンが何故かこんな感じになっていた。全身傷まみれとなっているのにこれである。
まあ少しすると傷も治っているし、そこまで大した状況では無いのかもしれないが。
『グハハ!ガァ!!』
「うおっ⁉︎」
「わっ⁉︎」
「アースウォール!」
「アイスウォール!」
バルガンの吐く黒と赤と黄色のブレスを避けたり、防いだりして、身を守る。被弾したら即死もありえるため、この間は攻撃の手を休めるしかない。
「キリねぇぞ!こりゃあ!」
「あーもう!治るなー!」
『ガハハハハ!』
「魔力には限りがあるから……」
「どうする?」
傷はつけた端から回復され、相手の攻撃は衰えることがない。まるで永久に変わらないかのような印象を与えている。それに対し、彼らの体力と魔力は無限ではない。
このままではトオイチ達の方が不利になるかもしれない。だが……
「さっさと死ね」
『は?』
唐突に、バルガンの巨大な首が落ちた。
「お前ら、無事か?」
「ソラさん……助かりました……」
「時間をかけすぎだ。一点突破で殺せただろ。ゲームでも常識だ」
「トオイチは首を狙いなさい。半分くらいは切れたはずよ。ハルカはまあ、短剣だから仕方ないわね」
「カズマ君とアキちゃんは、あんなに広範囲に魔法を広げなくて良かったんだよ。同じ魔力を使うなら、ランスとかで良いんだもん」
「げっ……」
「はい……」
「ごめんなさい……」
「まあこれくらいにして、早く行くぞ。ジュンとリーナが待ってる」
「そうね」
「はーい」
「おう」
「そうですね」
「当然」
「勿論です」
そうして合流した7人は、奥で戦う2人のために進んでいく。




