第3話 魔王領⑧
「町が、あんな……」
「ずっと放置されていたんだ。仕方無い」
「といっても……それに、戦闘の跡もありますから」
「何でそんなに落ち着いてられるのよ……」
「こんな町を10以上見れば、嫌でも慣れる」
「それに……あそこなんてここの比じゃないくらい酷いもの」
「うん、あっちはね……」
「え、そんな……」
「そこも通る。だが……今は何も無い」
「え?」
「どうして……?」
「行けば分かる」
山の上から、廃墟となったデイルビアの町並みを見て、ジュン達はそう呟く。だが、ソラ達にとっては見慣れてしまった光景の1つでしか無い。
そしてソラが言った町は、現象そのものは3人が取り除いた。だからあの町には、今は何も無い。ある意味では、その方が恐ろしいのかもしれないが。
「それで……っと」
「いたね」
「ソラ、どうするのよ?」
「そうだな、迂回できれば良いんだが……無理だな。次善策として、静かに殲滅するぞ」
「ええ」
「うん」
「えっと、ソラさん?」
「少し行ってくる。お前達は待ってろ」
そう言うと、ジュン達が何か言う前に3人はもう行ってしまっていた。だが、ジュン達はこれに反論することは無い。
正面からの戦闘能力でソラ達が圧倒しているのは周知の事実だが、こういった森の中ではその差がより大きくなる。3人とも高速戦闘を得意としていたり、ソラとフリスが長距離から精密な魔法を放てたり、隠してはいるがミリアも魔力探知の効果を得られたりと、まあ色々とチートじみた物事の結果だ。
「ねえ、ソラ君」
「フリス、どうした?」
「砦であんなこと言ってたけど、大丈夫なの?」
「問題無い。あれを聞いたのはあいつらだけだ。それに、その時になれば隠すことなんてできない。恐らくあいつらの目の前になるからな」
「そうね。あれくらいなら何も分からないでしょうし、少し気付かれていたみたいだもの」
「そっか」
「さて、話は終わりだ。あれをやるぞ」
「ええ」
「うん」
森の中だが、平地と変わらない速度で3人は駆けていく。そして音はほとんどたっていない。まあ、全力とは程遠いスピードなのだから当然だが。
そして当然、狩るのも早い。
「あ、お帰りなさい」
「早えぇなぁ」
「森の中は得意だ。足場が多いからな」
「そういう問題では無いですよ……」
「あの、ソラさん。俺達に気を使わなくても……」
「そんなつもりは無い。俺達が処理する方が早いからな」
「でも……」
「それに、お前達は体力も魔力も温存するべきだ。少しでも騒ぎになれば、逃げづらくなる。その時に狙われるなら、逃げ足の早い俺達の方が良い」
「それでも、こっちとしては心苦しいのよ。全部任せっきりなんてのは、ね」
「そうです。だから、俺達にもやらせてください」
「それによ、戦わねぇと勘が狂っちまわねぇか?」
「確かに、勘が鈍るのは困るが……」
「ソラ、大丈夫よ。ジュン達だって弱いわけじゃないのよ?」
「うん。それに、大変になったらわたし達も入れば良いんだよ」
「そうだな。じゃあ、1回ごとの交代で良いか?」
「はい」
「おう」
「分かりました」
「やった」
「任せてください」
「ありがとう。流石に過保護すぎよ」
そう言って認めてもらえたと、喜ぶジュン達。だが、その後に出てくる魔獣は迂回できるものばかりだったため、戦うことなく町まで入り込めた。
「いなかった……」
「何でこうなんだよ……」
「こういう時もある。というか、戦わないのに越したことはない」
「それはそうですけど……」
「まあ、意気込んでいないってなると、がっかりするわよね」
「町の中に入ってくることもあるから、大丈夫だよ」
「いやフリス、流石にそれを大丈夫と言うのは違うんじゃないか?」
「え、そうかな?」
「そうよ。まあ、本来なら、なんだけど」
「そうだな。今は気にしてもあまり意味は無いか」
だが、フラグは回収されなかった。前回と同じように無事な民家に入るが、魔獣らしき影は1つも見えなかった。
「ちっ、いねぇんかよ」
「そう言うな。運次第だ」
「分かってっけどよ……」
「トオイチの気持ちも分かるよ。でも、落ち着いて」
「目的は魔王よ?忘れないで」
「ですが、フラストレーションが溜まるのも事実です」
「その辺りはどうにかしよう。運次第だけどな」
「はい」
「おう」
「で、あたい達はこれからどうすれば良い?」
「そうだな……」
あまり寄り道はできないが、知ることは必要だろう。そう考えて、ソラは次の言葉を発した。
「この町には……いや、この町だけじゃないが、当時の悲劇が分かる場所がある。行くか?」
「良いんですか?」
「そんなに時間はかからないからな」
「そう。なら、準備は後にした方が良いわね」
「2つあるけど……両方行くの?」
「ああ。その方が……こいつらのためにも良いだろう」
そうしてソラ達を先導して、とある場所へ歩いていく。その目的地は、血に塗れた教会の向かい側だ。
「ここだ」
「この……黒い建物が、ですか?」
「良く見てみろ。紋様がある」
「え?」
「もしかして……ここも教会?」
「そうよ。後ろの教会と一緒で、篭って戦ったみたいね」
「じゃあ、こんなに黒いのって……」
「油を撒いて、燃やしたんだろうな」
「魔法だともっと壊れちゃうもんね」
「そんな……」
「こんなことって……」
「ちくしょう……!」
「彼らは逃げる人々のために時間稼ぎをした。それを分かってやれ」
そうしてしばらくその辺りを見回った後、9人は領主の館へ向かった。そこもまた、生々しい痕跡が消えることなく残っていた。
「うっ……」
「これは……」
「酷い……」
「いや、メインはこっちじゃない」
「どういうことですか?」
「ついてこい」
「驚かないでね」
「その時は妥当な判断だったと思うわ」
そう言って、ソラ達は瓦礫の山の近くにある階段から地下へと向かう。そして、そこにある扉を開けた。
「え、ここですか?」
「ああ。扉のこっち側を見てみろ」
「おう?」
「この黒い線は……?」
「……まさか」
「え……いや、そんな⁉︎」
「その通りだ。俺達がここを見つけた時、ここには5人の遺骨があった。うち2人は子どもで、侍女らしき遺骨が3人分……取り残されて、出られなくなったってことだろうな」
「そんな……」
「ここに残っていた遺骨は1人分ずつ全て回収して、ちゃんと弔ってもらった。安心しろとは言わないが、そう悔やむな」
「でも……」
「今やるべきことは、元凶を倒すことだ。これを繰り返したくは無いだろ?」
「……はい」
こんな惨劇を繰り返したいと思う人はまずいない。だが、詳しい状況を知りたいと思う人は、意外と多いものだ。
「それで、この町には他にも色々あるが……見て回るか?」
「はい、お願いします」
「ええ、行かせて」
「分かった。ミリア、フリス」
「ソラ?」
「何?」
「案内してやってくれ。俺は少し行く所がある」
「行く所って……まあ良いわ」
「じゃあ、こっちだよ」
そう8人が行くのを見送って、ソラは領主の館……正確には、この町のちょうど中心に佇んだ。
「まさか、こうなるとはな。前は気づかなかったが……やるべきか」
そして両腕を上げ、神気を励起させる。
「……彷徨う魂魄よ、揺蕩う霊魂よ……我が糧より力を得て、新たなる道へと旅立て。この遊び場は其方らのいるべき場所に在らず。本来あるべき場所へ向かえ、そしてまた新たにこの地へ戻りたまえ」
そう言い終わると同時に、澄んだ音のような波動が広がった。だがこれに気づけたのは、ソラの他にミリアとフリスだけだ。
「鎮魂……やっぱり、柄じゃないな」
ゆっくりと歩きながら、ソラはミリアとフリスの後を追っていった。
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「これ美味ぇな」
「美味しいわ、アキ」
「ハルカ、ありがとう。ミリアさんのおかげだけど」
「アキが上手だからよ。私だけだと、こうはならないわね」
「そうか?ミリアだけで作っても美味いぞ?」
「ありがと。でも、1人だと時間がかかるのよ。2人だと楽で良いわね」
「ソラ君もいるよ?」
「ソラは手伝いだけだから別よ」
「おいおい、酷いな」
デイルビアから北に進んで数日、そろそろ次の町にたどり着こうというところ。そんな夜に9人は洞窟の中で焚き火を囲んでいた。
「それにしても、こんなに良いお肉をこんなに使っちゃって大丈夫なんですか?」
「大丈夫だ」
確かに、ソラ達からしたら大した問題じゃない。もともと指輪の中には食料が大量に入っているし、これは手に入れやすい。
「オークの肉だからな。簡単に手に入る」
だがそう言った瞬間、ジュン達は吹き出した。リバースになっていないのは、なんとか押し留められたからだろうか。
「ん?常識だろ?」
「いや、え、へ?」
「あー……そういえば、そういったことには関わってこなかったわね……」
「どういうこと?」
「強くなることを目的にしてたのよ……お金は稼ごうとしなくて良かったってのもあるから……」
「ああ、なるほど」
「その……これっていつのですか?オークなんて最近見てなかったような……」
「少し前に、俺達3人で大量に狩った時のものだ。この指輪のおかげで保存が効くから、問題無い」
「なるほど……」
「その、魔獣って……何でも食べる、んですか?」
「いや、食べられる魔獣はかなり限られるぞ。肉食系魔獣の肉は臭みが強いし、ランクが上になるほど、肉質が固くなったりする」
「ドラゴンはどうなんだ?」
「アレは……見ただけで分かったわ。あんなの、絶対に食べられないわよ」
「げ、マジかよ」
「筋肉質とか、そういうレベルじゃなかったな。何重にも重ねた厚皮より頑丈そうだったぞ」
「筋も多いから、絶対に食べられないわね」
「うわぁ……」
まあ、小説と違ったって仕方無いだろう。現実とはそういったものだ。特に、異世界のことなのだから。
「さて、今後だが……基本的には町に寄るってことで良いな?」
「はい、それで大丈夫です。ソラさんも、その方が楽なんですよね?」
「ああ。魔王城まで直接行くとなると、高い山や深い森で余計な体力を使う。魔獣を遭遇する可能性が高くなっても、街道近くを進んだ方が良いだろう。それに、どうやら町の中の方が魔獣は少ないらしい」
「でも、町の間で襲われたら同じなんじゃないかな?」
「迂回しながらとしても、結構多いわよ?」
「まあ、その辺りは許容範囲内に収められるようにするしかないな。完全な回避は不可能だ」
確かに、デイルビアではほぼ見なかった魔獣だが、この数日間では2ケタほどの戦闘に発展している。森が浅い場所だから大型の魔獣も動きやすい、そういった側面が含まれている可能性もゼロではなかった。
とはいえ魔王城へ一直線となると、中央の山岳地帯を抜けなければならない。迂回したとしても、地形がどうなっているか分からないため、たどり着けるかどうかすら分からなくなってしまう。
「そういうわけだから、当初の予定通りでいくぞ。まあ、それ以外の方法なんて無いようなものなんだが」
「はい」
「にしても、ソラも大変よね」
「これも仕事のうちだ。勇者みたいな非営利営業じゃない」
「非営利って、まあ、間違ってないですけど……」
「ああいや、ジュンの報酬はリーナだったな。失礼」
「ちょっと⁉︎」
「ソラ!あなたねぇ!」
「じゃあソラ君、わたし達が報酬になったのはいつ?」
「あ、それは気になるわね」
「2人が報酬?そうだな……俺がこの世界に馴染む時、か」
「ソラさん、あの、リーナが……」
「話を聞きなさいよ!ソラ!」
結界のおかげで音は漏れないが、リーナは少し気にした方が良いかもしれない。ただまあ、そのおかげでソラの発言に疑問は持たれなかった。




