第2話 出撃
『諸君!我々は、長き間耐えてきた!』
「魔王が現れてソルムニア王国を滅ぼされ、この世界の4分の1を奪われてしまいました」
『だがそれも今日で終わる!本日、我々は総反撃に出るのだ!』
「ご存知の通り、最前線の全ての砦に私達人類の戦力が集まっています。そして、全方面で一斉に反攻作戦を開始します」
『さあ行くぞ戦士達!今までの借りを返す時だ!』
「ではどうぞ、勇者様」
砦に到着してからしばらく後。そこでは冒険者ギルドでも使われている通信用魔法具を使い、演説が行われていた。共和国帝国双方の砦に集まった兵士、騎士、冒険者との通信を繋ぎ、無数の人々を鼓舞している。
そしてその最後に、いきなりジュンに声がかけられた。
「えっと、ソラさん?こんな話ありました?」
「いきなりだな……まあ、適当に言えば良い」
「ですけど……」
「ほら、さっさと行け。それで、アニメのセリフでも何でもいいから演説してこい」
事前に何も言われておらず、戸惑っていたものの、どうやら慣れているらしい。そこまで緊張を見せることなく、ジュンは段の上に立った。
「……皆さん、勇者のジュン・ホグリです」
そして話し始める。
「俺達5人は元の世界から招ばれて、このベフィアへやってきました。だからこの世界については夢の中か何かのように、最初は思っていました」
これもまあ、当然だろう。そういった話がありふれていた日本から来たのでは、ゲームや何かの中のように思えても仕方が無い。ソラのように何故か適応できる方が異常なのだ。
「現実感が無かった、とも言います。いきなり招ばれたんだから、仕方無いのかもしれません……でも」
とはいえ、それがいつまでも続くわけでは無い。
「そんな俺に対して、みんな、本当に優しくて、温かくて……そして、強かった。家族と離れ離れになることも、殺されてしまうこともあるのに、みんなが生きることを諦めないでいた。それを……凄いって思いました」
現代日本と違い、死が身近に存在する異世界。そこで暮らす人達が日本人と違うのも、また当然だ。
そしてジュンは、その違いに感動した。
「そして、守りたいと思いました。この綺麗な世界がいつまでも続いて欲しい、そう願いました」
そこでようやく、ジュンは勇者になれたのかもしれない。守りたいという意思を持ち、それを実行する。ただ勇者と呼ばれるだけで無く、他者を護るという勇気を持つ者へと。
自分の周りしか守るという意思を持てない、そういう自覚のあるソラは、ジュンが自分の手から巣立っていたことを、今さらながらに感じ取った。
「俺達は元々、他の世界の人です。帰ることもできます。ですが俺は、この世界に残ることに決めました。その、今は……リーナ王女の、婚約者です」
それはこの世界へ残ると、ジュンが初めて公の場で宣言した時だった。もう引き返すことはできない、そんな選択をジュンは自身の手で行った。
なおこの発言を聞いたリーナは顔を真っ赤にしていたのだが、ジュンは気づいていない。
「俺は、この世界を守りたい……いえ、守ります。だから皆さん、力を貸してください」
こう言い切ると、万雷の拍手によって応えられた。こっぱずかしくなったようで、ジュンはそそくさと戻ってくる。
「なかなか良かったわね」
「ジュン君、凄かったよ」
「そ、そうですか?……リーナ、あれで良かったかな?」
「うぅ……」
「リーナ?」
「こんな所で言わないでよ……恥ずかしいのに……」
「あ、ごめん……」
「でも……ありがと。嬉しかったわ」
「リーナ……俺の方こそ、ありがとう。ベフィアに来れて本当に良かった」
「おい、もう始まってるぞ。2人きりの世界に入るな。それにしても……」
集まっていた兵士、騎士、冒険者達は既に北門から出始めている。その様子を見つつ、ソラはジュンに話しかけた。
「立派になったな、ジュン」
「ソラさん?」
「俺はお前みたいに、殊勝な人にはなれない。見知らぬ他者を護るために戦うなんて、そんなことは出来ないな」
「ソラさんだって沢山守ってきたんですよね?それにリーナも……」
「リーナを助けたのは、すぐ近くにいたからだ。フリージアで戦ったのは、俺達の力が通じるのか知りたかったから。オリクエアに協力したのは、何だかんだ言ってあいつのことは信用できたから。ヒカリを助けたのは、ただ依頼があったから。エリザベートで戦ったのは、アーノルド家の人達のことを気に入ったから。お前達を鍛えたのは、それが俺達の益になるから。弟子を取ったのは、ただ昔が懐かしかったから。バルクの願いを聞いたのは、あいつが親友だから。そしてお前達に同行するのは、ただ俺達の目的のため……それだけだ」
「……」
「だから今のうちに言っておく。俺達のために、お前達を利用させてもらうからな」
「ソラさん……それって、世界を守ることになるんですよね?」
「ああ」
「なら、拒否する理由はありません。ソラさん達にも何かやるべきこと、やらなきゃならないことがあるんじゃないかってことは、薄々気付いてましたから」
「はは……俺は良い弟子を持ったな」
そう言って笑いつつも、ソラの目は完全には笑っていない。値踏みするような目線を向け、そして視線を外した。
その先では、砦から出終えた兵士達が布陣を始めている。
「あれだけの味方がいる。だが、先に進むのは俺達9人だけだ」
「はい」
「おう」
「分かっています」
「だからこそ、俺達に全てがかかっている。無様な敗北は許されない」
「任せて!」
「はい、勿論です」
「当然ね」
「だが、敢えて言わせてもらう。死ぬな、どんな手を使ってでも生き延びろ」
生きてさえいれば、もし負けたとしてもまた挽回できる。勝ったとしても、死んでしまえばそれまでだ。だからこそ、ソラは自身や周囲が死ぬのを嫌っている。
この世界でも、死んででも守った者の話はよくある。だが、あんなもの残された人達からしたら悲劇でしかない。そんなことを、ソラはしてほしく無かった。
「献身?特攻?そんなの自殺と変わらない。どんなに綺麗事を並べたところで、死ねばそこまでだ。もう未来は無くい」
「生きていないと、何も意味は無いわ。好きな人とも一緒にいられなくなる……」
「ジュン君は特に、だよ。リーナちゃんを1人にしたりしちゃ駄目だからね」
「だからこそ、生きて勝利を掴み取れ。死ぬんじゃ無いぞ」
「「「「「「はい!」」」」」」
この会話が終わる時には、布陣は完了していた。
そしてソラ達が砦の上から見守る中、その布陣の中で最初に動いた魔法使い達は……森に火をつけた。
「お、よく燃えてるな」
「聞いてたってこりゃぁ……」
「大丈夫なんですか?こんなことして……」
「どうせ北に人はいない。それに、こうした方が魔獣はこっちに向かってくるからな。平地で戦う方が、騎士団には有利だ」
「火に向かって来る?」
「魔獣は獣とは違う。派手なことをすれば、簡単に集まってくるぞ」
「確かに、戦闘音を聞かれて襲われたこともあります……」
「だからこそ、提案した作戦だ」
目の前では、火魔法を使える魔法使い達がどんどん森を燃やしている。
さらにその前には兵士や騎士達が布陣し、森から出てきた魔獣を正面から抑え込むようになっている。
そして冒険者達はパーティー単位で動き、側方にて奇襲の警戒とともに、森への潜入の準備をしていた。
「まだ動きは……来たな」
「え、早っ⁉︎」
「向こうも気付いてる。冒険者側ではエルザとマイリアが注意を促してるみたいだ。騎士の中にも、気付いた奴はいるらしい」
「うん、最初に5人くらいかな。早かったよ」
「そんなことも分かるんだ……」
「注意して見ていれば分かるわ。まあ、ソラに散々鍛えられたっていうのもあるけどね」
「俺にはそんなつもりは無かったんだが」
「何言ってるのよ。ソラとの稽古って、そういうことまで分からないと相手になれないじゃない」
「そうか?」
「うん。というかソラ君に勝とうとすると、他の人も分かっちゃうよね」
「ええ。もっとも、ソラの動きを完璧に読めたことなんて無いんだけど」
「まあ、簡単には分からないように修練してきたからな」
その時、最前線では戦端が開かれていた。
普通、人にとって、SランクやSSランクの魔獣などは非常に強敵だ。だが兵士達の質は高く、長槍や盾などで上手く抑え込んでいる。そして騎士や魔法使いも負けておらず、連携して魔獣を討ち取っていった。流石、最前線に呼ばれるだけある。
そしてソラ達にとって、ここが狙い目だ。
「よし、行くぞ」
「おっしゃ、待ってたぜ」
「予定通り、大きく迂回して進む。見つからないように気をつけろよ」
「はい」
「勿論よね」
「ミリア、フリス、周囲の警戒は絶やすな」
「ええ、分かってるわ」
「ちゃんとやるから、大丈夫だよ」
「頼むぞ」
戦場からは離れた場所から森へ入り、そのままできる限り音を立てないように進んでいく。といっても戦闘音が大きいので、会話くらいなら普通にできるのだが。
「にしても、普通の森ってのは以外じゃねぇか?」
「確かに、何かおどろおどろしいイメージが……」
「何でそうなるのよ」
「それ、ソラも言ってたわね」
「何でかな?」
「元の世界のせい、って感じだな……」
「ゲームだと決まってるよね」
「相場は決まってますからね」
「げーむ?」
「娯楽の1つだ。気にしなくて良い」
というか、求められても説明できない。というわけで、6人は流すことにした。
戦場から離れているとはいえ、魔獣はそこかしこから集まってくる。そのままでは遭遇を避けることはできない。
「さてと……こっちと向こう、2方向から魔獣が来てる。避けるぞ」
「それで、どっちに……」
「もう少し迂回するべきね。ソラ、右側に避けられる地形があったりしないかしら?」
「あるよ、ミリちゃん。少し窪地になってる」
「ああ。そこに行くぞ、良いな?」
「は、はい」
そう言ってソラ達は、人1人分以上の段差のある窪地へ隠れ、やり過ごす。魔獣も目的地が決まっているのだから、余計なよそ見はしなかった。
「ソラさん、慣れてますね」
「2回目だからな。フリス、向きを戻すぞ。ミリア、その段差の上だ。先に行ってくれ」
「ええ。フリス、少しお願いね」
「はーい。じゃあ、ジュン君達が次に行ってね」
「は、はい」
「分かったわ」
「そう身構えるな。魔王城までは俺達が連れていく。お前達は魔王を倒すことだけを考えろ」
「そう言われても……」
「気にするな。師匠命令だ」
「……はい。では、お願いします」
「ああ」
そうして、9人は森の奥へと進んでいく。




