第10話 王都ハウル⑦
「うわ、綺麗だね」
「でしょ?こういう所もちゃんとあるのよ。前は見せてなかったけど」
王城にある空中庭園と呼ばれる場所。リーナはそこへジュンを連れてきた。様々な季節の花が咲き乱れ、楽園といった要諦を醸し出している。ここは塔の上にある場所で、木はそんなに多くないため、簡単に町を見下ろすことが可能だ。
そしてそんな所の真ん中近く、大きな噴水のそばで、リーナはジュンへ向き直った。
「ねえ、ジュン」
「ん?」
「私達、色んな所に行ったわよね」
「そうだね」
「でも……私はこの町が1番好きよ。王女として生まれて、育って、時々抜け出して……怒られちゃったこともあったっけ」
楽しい思い出だったようで、リーナは口元に手をやってクスクスと笑う。ジュンもつられるように笑顔を見せた。
そして、リーナは町の方に目をやる。
「17年暮らしてて、それを外から見て、やっと分かったわ。そりゃあ悪い人もいるわよ?でも、良い人だってたくさんいる……私が王女だってバレちゃっても、変わらず楽しませてくれた人もいるのよ」
「俺も感じたよ。この世界は優しい人ばっかりだって」
「その中でも、優しくて、面白くて、思いやりがあって……私なんて世間知らずのただの女の子だったのに、守ってくれて、教えてくれて……だから私、この町が好きよ」
嬉しそうに頬を緩めるリーナ。この町への愛着はとても高いらしく、ジその表情には愛情と、母性らしきものが見える。
そして再度ジュンに向き直った時……その表情は少し変わっていた。
「でも、1番楽しいのはジュンと一緒にいる時……4年間だけで、1番危険な時だったけど、凄く楽しかった……」
「リーナ……」
「他にもハルカや、アキや、トオイチや、カズマもいたけど……でもジュンと2人っきりの時は6人でいるよりも楽しかったわ」
「そう言ってくれると……嬉しいね。少し恥ずかしいけど」
「それに、ね。2人っきりだと、楽しいだけじゃくて……」
そこでリーナは言葉を止め、言葉にしづらいのか俯いた。だが、頬は赤いながらも意を決して顔を上げ……
「だから、そにょ!」
盛大に噛んだ。それを目の当たりにし、ジュンもつい笑ってしまった。
「うう……その、ジュン?」
「……リーナ」
「わ、わた、私、あの……」
「ストップ」
そしてリーナが言おうとした瞬間に、ジュンはリーナの口元に手を出して台詞を止める。
「そこから先は、俺に言わせてくれる?」
「え?」
そんなジュンから言われた予想もしていなかった言葉に、リーナは口を動かすことができないでいた。
「リーナ」
「は、はい!」
「俺、決めたよ」
「な、何を……」
「俺は魔王を倒した後、ここに残る。帰りたいって気持ちが無いわけじゃ無いけど……リーナと一緒にいたいから」
「え……?」
「好きだよ、リーナ。ずっと一緒にいて欲しい」
「っ……私も、私もよ、ジュン……」
ジュンは少しかがみ、、涙を流すリーナをそっと抱きしめる。そして顔と顔を近づけ、唇を触れ合わせた……
「リーナ」
「はい……」
「結婚を前提に、お付き合いしてください」
「……私の初めてを奪ったのよ?絶対に逃さないんだから」
「じゃあ、こうやって抱きしめないと」
「ええ……大好きよ、ジュン」
そこでようやく、隠れていた面々もようやく口を出せるようになった。
「おめでとう、ようやくだな」
「長かったわね」
「わたし達が早かっただけかもしれないけどね」
「遅かったよなぁ」
「まあ、終わりが良いんだから大丈夫でしょう」
「もっと早くできたよね」
「それは他人が言うことでは無いとも思いますけど」
「え?」
「……え?」
「「えぇぇーー⁉︎⁉︎」」
ジュンとリーナからすれば、台無しだ。ソラ達からすれば、ここまで引き伸ばしにした2人が悪いのだろうが。
「な、な、何で、えぇ⁉︎」
「何でって、こんな面白いこと見逃せるわけ無いだろ?」
「ええ。ずっと見ていたけど、本当に長かったわね」
「うん。ここに着いてからも、ずっと言えてなかったもんね」
「ど、どこまで見てたの⁉︎」
「僕達はそんなに多くないですけど……」
「ソラさん達って、気づいたらいたね」
「つーか、気づいて無くてもいるんじゃねぇか?」
「ん?ああ、いるかもな。天井にいる時にお前らが下を通っていったこともあったか」
「忍者ですか⁉︎」
「まあ、これは冗談だが」
実際は、完全に気配を消して5m圏内に立っているだけ……普通にこっちの方が凄い。
「ああそうだ。ジュン、今日はリーナの部屋に泊まってこい」
「はい⁉︎」
「え⁉︎」
「トオイチ、カズマ、それで良いな?」
「おう、良いぜ」
「部屋に入ろうとしても、追い出します」
「ちょ、ちょっと……」
「リーナちゃんも、ちゃんと部屋にいないと駄目だよ」
「他の場所に行かないよう、私達も見張りましょうか?」
「あ、賛成ー!」
「では、廊下の封鎖は私が」
「やめて!」
そして翌日、城中から微笑ましい目で見られるのだが、これはまた別のお話。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ワン、トゥー、スリー、ワン、トゥー、スリー……」
「ぐ、ちょっと待っ、うお⁉︎」
「きゃぁ!」
タキシードを着たソラは青いドレスを着たミリアとペアになって踊っていた。だが足が絡まってしまい、2人は倒れこむ。なお、ソラはミリアに怪我をさせないよう、ちゃんと下になっている。
そこへ、紅色のドレスを着たフリスが駆け寄ってきた。ハイヒールを履いているというのに、結構器用だ。
「ソラ君、ミリちゃん、大丈夫?」
「ああ、足がもつれただけだ……それにしても、結構大変なんだな」
「やっぱり、こういうのは勝手が違うかしら?」
「ああ、バランスの取り方が少し違う。頭では分かっているんだが……何度も転んでいるし、俺もまだまだだな」
「今のは応用部分ね。少し試してみたのよ」
「そうなのか?」
「ええ。それにいきなりやって、半分ついてこられるのは凄いのよ?それに、優雅さとかを考えなければ、ソラのステップは正確ね。初日にこれだけできるのは凄いわ」
「1番重要な所が抜けてるんだろ……」
優雅さが無く正確なステップなど、ロボットのようなものだ。それはどうにかしないといけないと、ソラは思っていた。
「でも、意外ね」
「何がだ?」
「ダンスができないことだよ。ソラ君、何でも知ってるじゃん」
「生活関係や戦闘関係、科学関係は、だな。文化系なんてそんなに知らないぞ」
「そう?」
「礼儀作法は最低限しかできないな」
というか、大抵の日本人はこんなものだろう。今までに会った人がそういう所を気にしない人ばかりだったので、ソラは助かっていた。
「それにしても、何でパーティなんかに参加しないといけないんだか……」
「他のことは全部参加しない代わりに、だもん。仕方無いよ」
「それはそうだが……」
「それに今練習しておかないと、多分時間が無いわよ?」
「それは何となく予想してる。だが、踊らないって選択肢は無かったのか?」
「無いわね。エリザベートでのパーティとは違うわ。同じ戦勝パーティではあるけど、主賓が違うもの。あの時は私達が中心だったから免除されたみたいだけど、普通ならダンスは必須よ」
「多分それだと、わたし達が色んな人に誘われちゃうよ。ソラ君はそれでも良いの?」
「駄目だ」
「なら、頑張りなさい」
「ああ、分かった」
気は早いが、ジュン達が帰還した時に他の国の重鎮も集めた大きなパーティが開かれることが決まっていた。そして、そこへソラ達は参加することになったため、こうしてダンスの練習をしているのだ。
他の面倒ごとを全て無くしてもらう代わりになので、断ることはできなかった。それに師としては、ジュン達が負けると言うことなんて、冗談でも言えない。
「俺としては、2人がこんなに上手いことに驚いているんだが」
「だって、参加してたんだもん」
「領主のパーティに参加したことは年に10回くらいあったし、ここのパーティに招待されたのも5回はあったわね。冒険者になってから参加したことは無いけど、子どもでも踊ったりはするのよ」
「練習してたのか?」
「ええ、結構厳しかったわね。もしかしたら、商家の娘だからなのかもしれないけど」
「なるほど」
2人のいう通り、ミリアとフリスは大商家の娘というだけあり、社交ダンスは普通に踊れていた。というか、かなり上手かったりする。
そして今は、主にミリアが教えている状態だ。
「ねえソラ君、今度はわたしと踊ろうよ」
「え?」
「ああ、良いぞ」
「あまりお勧めできないけど……ソラ、頑張りなさい」
「ミリア?」
何故フリスが教えなかったのか。その言葉の意味を、ソラはすぐに知ることとなる。
「タン、タン、タタンッタン、タタタン、タン」
「待て待て!リズムが!おい!」
フリスはミリアと違って感覚派なようで、リズムが一定では無かった。初心者がそんなのに合わせるなんてことはできず、また転んでしまう。
「やっぱりこうなったわね」
「何だ、今の……」
「フリスって、ダンスのリズムが独特なのよ。ちゃんと音楽には合わせるんだけど、合わせて踊るのは大変ね」
「ん?ミリアとフリスで踊ったのか?」
「ちゃんとどっちもできるわよ?そうじゃないと、教えられないじゃない」
「いや、そういう意味じゃないんだが……」
「練習の時は、男役を交互にしてたわね。両方のダンスを知らないと、合わせたりしづらいもの」
「そういうものなのか?」
「そういうものよ。私達ほど練習した人はいないでしょうけど」
まあ、ミリアなら服と化粧を整えれば、ある程度それっぽい感じにはできるだろう。男装の麗人、と言うには女顔すぎるだろうが。
ただ……フリスが男役というのは、あまりにも似合わない気がする。
「そんなことは無いわよ」
「そうか?」
ソラもそう考えていたらしく、ミリアはその思考を読んだらしい。
「ええ。フリスも、やる時はしっかりやるもの」
「……いや、そういう意味じゃ無いんだが」
「まあ、そっちだと……ソラの思った通りね」
「え?」
「フリスは可愛いから、男装は似合わないって意味だ。まあ、ミリアもだが」
「えへへ。ソラ君、ありがとう」
「フリス、そんな顔だと台無しよ。でもソラ、ありがと」
ドレスを着て、薄く化粧をした2人は、まるで何処かの令嬢のようだ。そんな2人から感謝のこもった笑顔を向けられ、慣れているはずなのソラだが少し顔を逸らしてしまった。
「あれ?ソラ君、顔が赤いよ?」
「気のせいだ」
「何で目を合わせないのよ?」
「気のせいだ」
「そんなに可愛かった?」
「気のせいだ」
「そう、惚れ直したのね」
「っ……気のせいだ!」
「図星だね」
「図星ね」
「うるさい!」
ミリアとフリスにはバレバレだったのだが。ソラも直接口にはしないものの、負けを認めていた。
「それにしても……そのドレス、借り物なのに似合ってるな。綺麗だぞ」
「ありがと。実は、オーダーメイドの注文をしたのよ」
「ミリちゃんと一緒にいって頼んできたんだよ。多分帰ってくるまで見れないけど」
「ああ、2人で出かけたのはそういうことか。だが、オーダーメイドまでするのか?」
「当然ね。ドレスに遠慮する人はいないのよ?」
「お金はたくさんあるから、すっごく良いのを頼んだよ。楽しみにしててね!」
「そうか……男物は余程サイズが合わない以外は既製品だからな」
「高位貴族なら違うんでしょうけど、平民はそうね」
特注もできなくは無いだろうが、そんな面倒なことをするつもりは一切無いようだ。後日2人とともに、ソラの礼服を買いに行くことが決まった。
「さあ、練習を再開するわよ」
「分かった。ミリア、頼むぞ」
「教えるのも結構疲れるけど……頑張るわ」
「じゃあ、わたしがやろっか?」
「「フリスは駄目だ」」
「えぇ〜?」
そうして、ソラとミリアの練習は続く。意外では無かったようだが、ソラがマスターしきるのは結構早かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「す、凄く恥ずかしいんですけど……」
「勇者だからな。仕方無い」
「ソラさんは何で参加しないんですか……」
「ただの冒険者が参加したらおかしいだろ?」
「師匠じゃないですか!」
「パーティには参加する代わりに、これは参加しなくて良いことを確約させた。見世物だけは勘弁だからな」
ジュン達6人は勇者一行ということで、屋根の無い、というかオープンカー状態の馬車に乗ってパレードを行うことが決まっていた。そして同行するのは、近衛騎士団の8割と宮廷魔法師の7割、選抜されたいくつかの騎士団だ。また、彼らの同行は最前線まで続く。
なお、ソラ達は別ルートで先に門を出ることになっている。その理由は、ソラが言った通りだ。
「まあ、これも勇者のお役目の1つだ。頑張れよ」
「ですけど……」
「それに、リーナと結婚したら王配よ?慣れないと駄目ね」
「あ、う、そうだった……リーナ、もしかしてこういうこと多い?」
「まあ、結構あるわね。それに、ジュンは勇者だし」
「うわ……」
「人も集まってる。これなら大人気だな」
あの王都防衛戦から数十日経ち、町の暮らしは完全に元通りとなっている。そんな中でのこのイベント、人が集まらないわけが無い。
「それが嫌なんですけど……」
「そろそろ時間だ。覚悟を決めろ」
「はい……」
そんな風に若干テンションが下がっているが、容赦無く時間は進み、パレードが始まった。
「うわ、凄い歓声だね」
「予想通りとはいえ、凄いな」
「何か悪い気もするけど」
「そうか?」
「でも、代わろうとは思わないわね」
「うん。あそこまで目立つのは嫌だもん」
と話しつつ、屋根の上を走って進む3人。歓声が大きいのと注目がパレードに集まっているのもあり、かなりのスピードで走っているにも関わらず、誰1人としてソラ達に気付く様子も無い。
「それにしても、普通に歩いていったら門から出られないな」
「飛び越えるんだよね?」
「適当な所の城壁だ。警備の薄い所が良い。中の階段を登るって手もあるが、いちいち許可を貰うのは面倒だからな」
「私達ならそんなに気にする必要は無いでしょうけど」
「それでもだ」
いくら警備が薄くても簡単にはできないことなのだが……まあ、ソラ達ならできるだろう。そう気負う必要は無い。
と、その時、3人はあることに気がついた。
「っと、仕方ないな」
「これは対処しないといけないわね」
「わたしがやろっか?」
「いや、俺がやる。周りを見ておいてくれ」
そして、とある路地裏へ向けて飛び込む。
「ふっふっふ、これだけ油断しているのなら勇者程度……」
「残念だがそれは無理だ」
「何や、がっ⁉︎」
ソラはそのまま、魔人を背後から貫いた。同時に闇魔法を浸透させ、魔法を使えなくさせている。
「き、きさっ!」
「油断している方が悪い。それで、何が狙いだ?」
「ふん、貴様らなんぞに……」
「……なら、消えろ」
そして、骨すら残さず燃やし尽くす。大通りからは見えず、気付かれていないことを確認し、ソラは上へ戻った。
「ソラ」
「ミリア、向こうにもいたんだな」
「ええ。フリスはもう少し精度を高めて調べてみたいそうよ」
「確かに……俺もやろう。フリス」
「大丈夫だよ。もういないから」
「そうか。だが、新しく来る可能性もあるから、警戒は絶やさないでいくぞ」
「ええ」
「うん」
この後は同じことが起こったりはせず、パレード隊は無事門を出た。そしてしばらく経った頃に、3人のもとへやってくる。
「来たか」
「お疲れ様」
「大人気だったね」
「誰のせいだと……」
「有名なお前自身だな。強いて言うなら、召喚した王国か?」
「う……ごめんなさい」
「いや、リーナが悪いわけじゃ……ソラさん」
「言い過ぎた、すまない」
ジュン達はパレード用の馬車から降り、事前に準備された普通の馬車に乗る。そして、同じ馬車にソラ達も乗り込んだ。
「良いな。じゃあ、行ってくれ」
全員の搭乗を確認したソラが声をかけると、馬車が進み始める。また後ろには、他の面々を乗せた馬車が続いていた。
「さて、これからお前達が向かう場所は、地獄と化すだろう。その覚悟はできているか?」
「んなこと無ぇよ」
「地獄にはさせません」
「勝っちゃえば良いんでしょ?」
「その前に倒します」
「絶対に……平和を勝ち取ります」
「勿論、全員生きてよ」
「……良い心構えだ」
「心強いわね」
「頼もしいね」
その道のりがどこへ続いているのか、それを完全に知る者はまだいない。
第9章END
少し短いですが、本章はここで終わります。
次章が本番です(長かった……
なお、次の章は毎日更新にしたいので、間が長くなりますが、必ず書き上げますのでお待ちください
遅くとも3月には投稿する予定です




