第9話 王都ハウル⑥
「殿下、よく戻られましたの」
「私達が戻る場所を良く守ってくれました、ライルガント団長……いえ、今はライルガント指南役でしたね」
「殿下、そう固くならなくてもよろしいのですぞ」
「もう……爺やは気まま過ぎ」
王城に入る直前、門の所でリーナはアノイマスの歓迎を受けた。先の戦闘の時、彼は近衛騎士団の一部を使い、潜入してくる魔獣・魔人がいないか警戒していたらしい。
ライハートに前線は任せ、自身は後方に徹する。そういった裏方というのも大切なものだ。特に、こういった王制国家では。
「それにしても……ホッホ、良きかな良きかな」
「ちょっと爺や?」
「何ですかの、殿下?」
「いやはや、儂も馬には蹴られとうありませんので」
「……爺や?」
「ホッホッホ。では、陛下に報告して参りましょうかのう」
「ちょっと!待ちなさい!」
アノイマスは逃げるかのように王城の中へ入っていった。勿論、リーナの身体強化は強くなっており、走ればすぐに追いつける……のだが、ソラが首根っこを引っ掴んでいたせいで行けなかった。
「ソラ!離しなさい!」
「仮にも王女なんだから、他にもやることがあるだろ?」
「仮にもって何よ!」
「ジュンが見てるぞ?」
「っ……わ、分かったわ」
その分かりやすい反応に、ソラだけでなくミリアとフリスもニヤニヤしていた。ジュンは笑わなかったが、分かってはいるようだ。
「さて、俺達もガイロンと会わないとな」
「あれ?何かありましたっけ?」
「依頼の結果報告だ。北の中を調べてきたんだぞ?」
「ああ、そういえばそうでしたね」
「……忘れてたの?」
「……すみません」
「直接関わってないんだから、そう責めるつもりは無い。だが、その場には同席しろよ?」
「はい」
「ええ」
幾人かの近衛騎士の先導のもと、ソラ達は王城の中を歩いていく。そうして案内されたのは、ソラ達相手で良く使われる円卓の間だ。
そして、そこにはアノイマスとライハートもいた。
「ようソラ、無事だったか」
「何軽く言ってるんだ。俺達じゃなかったら3日で死んでるぞ」
「生きてるんだから良いだろ」
「へえ、なら今からでも最前線に連れていってやろうか?人生の最後に良い体験ができると思うぞ?」
「そんなものは断る。だいたいそんな……」
「良いわね、ソラ。侯爵位をあげるから手伝って」
「は?おいリーナ?」
「だからいらないって言ってるだろ。名誉貴族ならまだしも……」
「ああそういえば、子どもが娘しかいない公爵家があったわね」
「おい、格が上がってるじゃないか」
「ねえリーナ?それは私達に喧嘩を売ってるってことで良いのよね?」
「ご、ごめんなさい。でも、養子ってことなら……」
「あ、それなら大丈夫だね」
「おいフリス、乗り気になるな」
お遊びだと理解しているのは、この会話をしていた9人のみ。ただ、知らないがソラとリーナに合わせている者も多かったりする。
「ホッホッホ、では儂も殿下につくとしますかの」
「あー、ソラ達に勝てるとは思えないので……陛下、申し訳ございません」
「あなた、頑張ってくださいね」
「レイリア、お前もか……」
ガックリと項垂れるガイロン。まあ、味方が1人もいないのだから、こうなっても仕方ないだろう。
「少人数とはいえ、完敗とは憐れだな」
「いや、ソラ、ここだけじゃない。近衛の8割は殿下の側になると思うぞ。場合によっては全員だ」
「文官も同じようなものじゃろうな」
「他の騎士団にも、勿論他の町の領主にも、私の側についてくれる人はいるわ。4年間何もできなかったけど、その前の分だけでね」
「なら、いつ実権を握っても良いわけか」
「ジュ、ジュン!助けてくれ!」
「えっと……ごめんなさい、リーナの仲間なので」
「では父上、もう良いわね?」
「途中までは護衛してやる。無駄死ににはしないから安心しろ」
「ま、待て!何でこんなことをする⁉︎正気か!!」
「勿論冗談だぞ?」
「冗談ね」
「は……?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするガイロン。それを見てソラとリーナ、さらに他の皆も、ガイロン以外の全員が笑っていた。
「まさか本当にやるなんて思ってたのか?こんな時期に?」
「それだけソラとリーナの演技が上手だったってことよ。私達は笑いを堪えるのが大変だったけど」
「うん。面白かったよ」
「リーナ、凄いね」
「あ、ありがと」
「お前ら……」
このガイロンに、ドッキリ大成功の看板を見せたらどうなるのだろうか?そう、まるでテレビ番組のようにソラは考えていた。
「さて、遊ぶのはこれくらいにするぞ。仕事の報告だ」
「ええ」
「はーい」
「誰のせいだと……で、どうだった?」
「魔王城はルーマの北西、ほぼ推察通りの場所にあった。そこまでの道も確認済みだ」
「敵の数はどうだ?」
「魔獣はかなり多かったし、魔人に襲われたことも何回かあったな。森が多いから、魔力探知の範囲外だと後ろに回られたら分からない」
「そうか……」
「だが、どうにかできないことも無いだろう。対処しやすい道はほぼ見つけた。それに、かなり数を減らしてきたからな」
「減らした?戦い続けていたのか?」
「廃墟に入って隠れれば休められた。大丈夫だ」
実際は蹂躙しただけなのだが、そんなことは言えない。言ったとしても信じてもらえるか……いや、余計なものが付いても信じそうだ。
「だからまあ、ジュン達を送り届けることに関しては問題無い。他の連中が魔獣を引きつけてくれたらよりやりやすくなる、ってところだな」
「それなら……頼む。作戦はまだ決まっていないが、恐らくその通りになるだろう」
「なら良い。ミリア、フリス、問題無いな?」
「ええ。それくらいなら良いわ」
「うん。ジュン君達も上手だから、大丈夫だよ」
「よし、決まりだ」
その後もまだ少し話すことはあったが、互いに大まかに共通認識と同意を得ることができた。明確に作戦が決まっていない段階だから、これでも十分だろう。
「それで、この後に何かやることがあったりするか?」
「いや、特に無い……そうだ、ライハート」
「は!」
「前と同じように、近衛騎士団の訓練に付き合ってもらえ。ああそれと、派遣する騎士団も入れておけ」
「分かった。蹂躙すれば良いんだな?」
「……え?ソラさん?」
「は?蹂躙?」
「どうゆうこと?」
「そのままの意味だぞ?」
「見てれば分かるわ」
「派手だもんね」
蹂躙というほど酷い経験が少ないため、思いつかなかったのだろう。疑問符を浮かべているジュン達だが、その意味はすぐに分かることとなる。
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「ほら、早く来ないと恥晒しだぞ?」
「ちくしょう、行くぞ!」
「おう!」
「ああ!」
「甘い」
「「「ぐあぁぁー‼︎⁉︎」」」
人が空を飛ぶ。冗談のような光景が、ここで再び繰り返されていた。
飛んでいる側の騎士もちゃんと身体強化をしているし、受け身は取れているので怪我人はいないが、見た目はかなり酷く、ある意味ではコントのようだった。
「なに、これ……」
「とんでもねぇ……」
「凄いことに……」
「何で人が飛んでるのよ……」
「うわ……」
「凄まじいですね……」
実際は、ジュン達の方が多少なら痛めつけても治せるからこそ、ああいった普通に見える稽古を行なっている。だがこの見た目のせいで、騎士達の方が厳しい稽古を受けているように見えていた。
「ソラ君だからできるんだよ」
「上手く手加減をしないといけないし、周りの動きも常に見ていないといけないもの」
「だから、アレって結構大変なんだって」
「え?」
「ソラさんでも、ですか?」
「うん。魔法だと……攻撃を防いでから相手を捕まえて、怪我をしないようにここまで投げる、くらいかな?」
「うわ……」
ソラは騎士の攻撃を防いでから投げる、突き飛ばすという手段を取っており、効率は悪い。だがそれが問題にならないくらい、騎士とは技の差があった。
なお、騎士達は(自分達が怪我をしないように)模擬剣などを使っているが、ソラは素手だ。まあ、問題など一切存在しないのだが。
「ふう、まあこんなところか」
そして、出来上がったのが、この死屍累々の惨状だ。1人頭平均10回は投げ飛ばされたため騎士達の息は荒く、2,3人折り重なっている場所もある。
「おい、大丈夫か?」
「だ、団長……これ見て無事だと?」
「口が動くなら大丈夫みたいだな」
「無茶言わんでください……」
「あんなの酷い……」
「団長がやれば良いじゃないですか……」
「……勝てると思うか?」
「……無理っすね」
「無理ですね……」
「あんな化け物に勝てるか」
酷い言われようだが、まあ事実だから仕方が無い。それはソラも自覚しているし、笑いながら聞いているのだから。
「おいおい、俺はちゃんと人だぞ?」
「どの口が言ってる」
「すみません、否定できません」
「そう言われたってよう」
「無茶苦茶でしたから」
「……ソラ、味方はいないみたいね」
「……みたいだな」
「でも、仕方ないのかな?」
「多分そうよ」
「おいおい……まあ、それもそうか」
そんな風に雑談しつつ、彼らは騎士達が起き上がれるようになるまで待っていた。特にそう言ったのはソラであり、何か考えがあるようだが……
「さて、出発までは定期的に訓練をするってことて良いんだな?」
「ああ、頼む」
「それじゃあ、ジュン達もやるか?」
「……え?」
「そうね、その方が良いわ」
「ソラ君は見てたけど、わたし達は見てないもん」
「げぇ……」
「……やらないと駄目ですか?」
「うん」
「ええ」
「当然だな」
「うわぁ……」
「大丈夫、でしょうか?」
「大丈夫なんですか?」
「ん?ああ、怪我はさせないから安心しろ」
「そう言われても安心できねぇ……」
「だよね……」
「でも、それだと……」
「おい、さっさと準備しろ」
「……はぁ」
「……覚悟決めようぜ」
「そうだね……」
そうして行われたソラ達3人対ジュン達6人の模擬戦は、ソラ達の圧勝が10回続くという結果に終わった。




