第8話 帰還
「ようやく戻ってきた……」
「そうだね。久しぶりすぎて、何されるか分からないけど」
ハウルまであと半日を切った辺り。そこにソラ達とジュン達の姿があった。
なお、既にフリージアを出て4日目、ゲリアルで召喚状を受けてから80日以上経っている。急がなくて良いと言われたから割とゆっくり来ていたが、ソラ達だけでなくジュン達も誰も気にしていなかった。
「俺達は1年くらいしか経ってないがな」
「というか、1年も経ってないわよ」
「北にいたのが半年で、移動にはそんなにかかって無いもんね」
「あたい達は
年だから、全然違うよね」
「そんなものか。そういえば、ガイロンが何か企んでそうだったな」
「……大丈夫でしょうか?」
「帰ったら勇者として何かあるんでしょうけど、私達には関係無いわね」
「まあ、そこまで大したことは無いはずだ。パーティーか、せいぜいパレードだろう」
「それも嫌ですけど……」
「諦めろ」
「仕方ねぇかぁ……」
まあ、勇者という旗頭であるのだから、そういった扱いとなるのも当然だ。それはある種のプロパガンダでもある。勇気を届ける者という意味での勇者でもあるのだから。
ただ、会話をしてても違和感は隠されなかった。
「それにしても、静かね」
「そうですね。ゴブリンさえ1匹も出ないなんて」
「誰か狩っちまったんじゃねぇか?」
「えー、それでも、全然出ないなんておかしくない?ソラさん達じゃあるまいし」
「おいこら、それってどういう意味だ」
「そのまんまですよー」
「ソラ君、怒っちゃ駄目だよ。できるんだもん」
「できるんだ……」
「1日で終わるかは分からないけどね。それにしても、ソラは何でだと思ってるのかしら?」
「まだ分からないが、そうだな、……ん?」
そんな風に、周囲に気配を張っていたからだろう。ソラは誰も気付いていないあることに気付いた。
そこは魔力探知の範囲にはまだ入っていない。だが知覚した気配から、何が起きているかを理解した。
「戦い?いや……襲撃だ。ハウルが襲われているぞ!」
「「え⁉︎」」
「それって……」
「ソラ!」
「ソラ君!」
「ああ!俺はジュンとリーナと共に城壁の方へ行く。ミリアとフリスは他の4人を連れて後方へ回ってくれ」
「ええ!」
「うん!」
「じゃあお前ら、動け!」
「「「「「「は、はい!」」」」」」
そして9人は急いで街道を駆けていく。
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「絶対に持ちこたえろ!1匹たりとも突破させるな!」
指揮官が声を荒げ、兵達が力で応える。矢を放ち、槍を構え、剣を振るう。そうでなければ、自身が骸を晒すだけなのだから。
「厳しいな……」
「はい。これでもう3日目です。疲労がかなり溜まっているため……」
「そうでなくとも、数の差がありすぎます。守りきるのは困難です」
「それでも、負けるわけにはいかない。この町に何人の民がいると思ってる?」
「数ではありません。守るべき民です。それに、家族もいます」
「なら、絶対に守りきれ。全軍にも伝えて、士気を維持しろ」
「はい、団長」
「ライハート殿、宮廷魔法師の内28名、魔力が回復し復帰しました」
「そっちは任せる。できる限り均等にだ。戦線の維持を第一にしてくれ」
「承知」
「さて、これでいつまで耐えられるか……」
ライハートの言う通り、戦況は悪かった。
群れの主力はゴブリンやコボルト、オークにオーガなどのC,Dランク魔獣。時々BランクやAランクも出てくるが、強さだけならそれほどでは無い。
だが、数だけならばエリザベートを上回っているのでは無いか、そう思っても仕方が無いほどの大群だ。そして、実際に上回っていた。
「右翼が弱い。増強しろ」
「ですが、投入できる戦力は……」
「中央のうち、後方に下がった部隊を送れ。少しはマシになるはずだ」
「それでは長時間保ちません。このままでは……」
「泣き言は聞かないぞ。今すぐ崩壊するよりはマシなんだ」
「では、元冒険者の部隊を送ります。彼らなら、より上手くやってくれるでしょう」
「実力は上がってるんだ。保たせろ」
「はっ!」
勇者であるジュン達や、その師であるソラ達の刺激、そして新たに騎士団に入団した元冒険者達のおかげで全体の戦力は上がっているものの、元々が弱かった王国ではそこまで大きな変化では無い。それ故、戦線は防衛不利寄りの拮抗状態となっている。
それに、戦力も多いとは言えない。王都常駐の騎士団でも。ここまでの大群を相手できる数はいない。王族を守る近衛騎士団すら、最前線にいるほどだ。
さらに、特に高ランク冒険者がほとんどいないというのがかなりキツかった。この状況で遊撃まで騎士団が行うのは難しいのだ。低ランク冒険者では、効果的な遊撃を行うことはできない。
「左翼、半数の部隊が壊滅!」
「右翼の被害拡大!」
「中央も余裕はありません!」
「団長!このままでは!」
「もう少しで良い。保たせろ」
「え、援軍が来るんですか⁉︎」
「余裕のあるネイブとニーベルングから来てるそうだ。だがな、それ以上の奴らが来てくれてる」
「それ以上、とは?」
「勇者だよ。数日前にフリージアを発ったらしい」
「本当ですか⁉︎」
「ああ」
この情報は普段以上の速度で全軍に伝わり、そのおかげで士気も上がり何とか持ちこたえていた。
ただ、ここまで隠していたのにも理由がある。始めから言っていては期待して、士気の低下が早くなる可能性があったのだ。だがこの劣勢では、一時的なものだとしても士気を上げるために使わざるをえない。
「問題は、それまで戦線が崩れないでいられるか、だな……早く来てくれ」
ライハートがそう呟いた瞬間、光と雷の奔流が魔獣を薙ぎ払った。そして、そこへ2つの人影が飛び込んでくる。
「な、何が……」
「大丈夫ですか⁉︎」
「助けに来たわよ!」
「勇者様……勇者様だ!」
「勇者様が来てくれた!」
「王女様もいるぞ!」
「た、助かった……」
「おーおー、人気者だな」
さらに炎の波が魔獣を包み込み、片っ端から灰にしていく。言うまでもなく、ソラの放った魔法だ。
派手さは若干ジュンとリーナに劣るが、威力と範囲は優っており、主に宮廷魔法師達が驚いていた。
「ソラさん、そんな風に言わないでください」
「事実だろ?」
「そうだけど……」
「向こうも着いたみたいだな。派手にやってるぞ」
ソラの言う通り地平線近くでは、火・風・雷・氷などが花を咲かせている。向こうに行った6人が攻撃を始めたのだ。
「うわ、派手ね」
「ミリアとフリスかいるからな。あいつらだって俺とやり合えるくらい強いぞ」
「知ってます。というか、ミリアさんとフリスさんにしか注目しないんですか」
「仲間だからな」
「恋人だからでしょ」
「それを言うなら妻……って、式は挙げて無いな。事実婚か?」
「いや、えっと……」
「まあ、そんなことを気にする必要も無いか。それより、さっさと片付けるぞ。これ以上戦線を保たせるのは無理だ」
「はい」
「ええ」
突然の魔法に驚いていた魔獣達も、体勢を立て直したところだ。数を頼りに一斉に突撃されては面倒なので、今のうちに混沌に叩き込んだ方が良い。
兵達の声援を受け、3人は群れの中へ突っ込んでいく。
「ジュン、リーナ、お前達は一気に魔人の所まで行け。俺は周囲で暴れておく」
「え、良いんですか?」
「トドメは勇者が刺した方が、より絵になるだろ?」
「でも……」
「おいしい役をくれてやるんだ。黙って引き受けろ」
「分かりました。ソラさん、お願いします」
「流れ弾とかで取らないでよね」
「ああ」
ゴブリンを、シャドウウルフを、オークを、ブラウンウルフを、オーガを薙ぎ払いながら、3人は二手に分かれる。
どちらも互いを心配なんかしていない。互いに実力はよく知っているのだから、心配する必要が無いことを知っている。
なお、3人を追っていた視線は現在、片方ばかりに注がれていたりする。
「さてと……ミリア、フリス」
『ソラ?』
『どうしたの?』
「たいしたことじゃない。ジュンとリーナにトドメを刺させるから、そっちはそのまま暴れて欲しいってだけだ」
『ソラも違うのね?』
「ああ。今は周りで暴れてる」
『ストレス発散にもなってないよね?』
「多少はなってるぞ。下草を刈るくらいだ」
『それ鬱陶しい方じゃない』
『魔法って使わないの?』
「そうだな……新作魔法の実験台にするのが良いか。数だけはいるしな」
『それが良いわ』
その提案を受け、すぐにソラは魔法を放つ。
「……爆ぜろ」
そしてその言葉をキーワードに、ソラの周囲にいる数百体のゴブリンやオークが、一斉に血の花を咲かせた。
「……予想以上に凄惨な見た目だな」
血の雨を風で弾きながら、ソラはそう呟く。魔獣の体内にある水分を強制的に気化させたのだが、細胞単位で爆発したせいか、その場には骨しか残っていない。周囲は色々な液体で汚れまくっていた。
それに魔獣の体に直接魔法をかけるのは予想以上に難しく、ゴブリンであっても集中が必要だった。
効率なども考えると、まあお蔵入りだろう。
「耕せ、整えよ。さて、次は……」
神気に言霊まで使って周囲を綺麗にすると、ソラは次の魔法の選択を始める。まだまだ的は大量にいるのだから、範囲さえ間違えなければ問題無い。
「……飲み込め」
次の魔法では地面が動き、数百の魔獣を竜の顎を模した口が噛み砕いて飲み込んだ。その後に地面は元に戻ったため、さらに相当圧縮されたのだろう。……若干地表に血が滲み出ている。
「これなら余波は少ないか。使えるな」
使えるシチュレーションは限られるだろうが、これなら周囲への被害は少ないし派手さも抑えられる。
そして次だが……魔法では無いらしい。
「神気も使ってみよう。狂え、惑え、相争え」
そう言った瞬間、ソラの周囲は阿鼻叫喚の地獄と化した。
とあるゴブリンが隣のゴブリンの首を噛みちぎると、オークにまとめて踏みつぶされる。そのオークも大量のシャドウウルフに噛み付かれて失血死し、オーガは互いに頭を潰し合う。
他の者の目が勇者ばかりにいっていて良かったと、ソラは心底そう思った。
「……これは使用禁止だな。絶対に駄目だ」
再現するのはほぼ不可能だろうが、万が一ということもある。
この神術では、ただ恐怖心と闘争心を敵味方が分からなくなるまで増大化させただけだ。だがそれでもこのレベル、本格的に精神を弄ったとすれば、こんな程度では済まないだろう。そして、それを人が使えないとも限らない。
「さてと……斬れ」
抜刀された薄刃陽炎によって巨大な刃が放たれ、1000を超える魔獣が両断される。光も熱も風も音も無く派手さには欠ける、だが圧倒的な力がそこにはあった。
「それでこの後は……」
『ソラ、神気まで使うなんてやり過ぎよ?』
「少しだけだ。怪しまれるような濃度では使って無い」
『それでもだよ。ちょっと前に何か変な神術を使ったでしょ?』
「バレたか。ただの実験だったんだが……」
『分かるわよ。ここで神気を使えるのは、3人だけなんだもの』
『あんなのもう使っちゃ駄目だよ。ソラ君は大丈夫だけど、それを見て悪用しない人がいないなんて言い切れないんだから』
「分かってる。2度とあの類いを使う気は無い」
こう話している間も、ソラは魔獣を斬り裂き、蹴り飛ばし、魔法で穿っていく。恐らくミリアとフリスも同じだ。
と、そんな時に、急激な魔力の放出が感じられた。そして、そんなことをする相手は予想できる、というか観ている。
「やっと着いたか」
『みたいだね。すっごく派手だよ』
「少し見てくる。2人も来るか?」
『そうね……突っ切るのも悪く無いかもしれないわ』
『うん、行く!』
「なら早く来い。急がないと見られないぞ」
『ええ、走っていくわ』
『邪魔しちゃ駄目だよ?』
「ああ。あいつらにトドメを刺させないと、こうした意味が無いからな」
軽く跳べば見える場所では、ジュンとリーナが首魁と思わしき魔人と切り結んでいた。あの強さ、恐らくSSSランクだろう。
魔人は6本の腕それぞれに武器を持ち、素早い剣戟を繰り出している。その剣線は鋭く、数だけ集めたお山の大将というわけでは無さそうだ。
だが、2人に勝てるほどでは無い。ソラは安心して任せていた。
「ソラ」
「ソラ君」
「来たか。向こうはどうだった?」
「大丈夫よ。この程度なら負けることは無いわ」
「数はそんなに減らせないかもしれないけどね」
「その辺りは気にしなくて良い。魔人を倒せば追撃戦だ。恐らく、騎士団も準備してるだろうな」
「そっか。じゃあ、わたし達はどうするの?参加する?」
「いや、追撃は任せるぞ。ジュン達を凱旋させないといけないからな」
「そんなこと言ってる間に、終わりそうよ」
「というか、もう終わるぞ」
そう言った瞬間に、ジュンが魔人を袈裟懸けに斬り裂いた。光を付与された聖剣は魔人後方の魔獣までも薙ぎ払い、魔人は胴体と手足のいくつかが消し飛んでいる。
完全にオーバーキルだ。
「ふぅ、これで終わりだね」
「ええ、魔獣も逃げ始めているわ」
「じゃあ少しでも数を……」
「いや、必要無い。向こうに任せろ」
近づいたソラはそう言うと、逃げる魔獣とは反対方向を見た。2人もつられて見ると、そこでは……
「突撃ー!」
「「「「おおぉぉぉ!!!!」」」」
騎士の掛け声を皮切りに、全ての兵士が雄叫びを上げて逃走する魔獣を追撃していく。潰走中なのもあいまって、防衛戦時とは比べ物にならないほどの魔獣達が倒されていった。
「うわ……」
「疲れてるはずなのに……」
「疲れてても、ここは行くのよ」
「少しでも減らした方が良いもんね」
「それに、どうやらハウルは何日も包囲され続けていたらしい。住民を安心させる方を優先するべきだ」
「でも、俺はそんなこと……」
「勇者だろ?」
「え?」
「勇気を持つ者じゃなくて、勇気を与える者になってこい」
ジュンにそう言って、リーナと共に城壁の方へ向かわせる。そこでは追撃戦に加わらなかった者達から、大歓迎を受けた。
「「「「勇者様、バンザーイ!!」」」」
「「「「王女様、バンザーイ!!」」」」
「やったぞー!!」
「見たか魔人ども!」
「ありがとうございました!ありがとうございました!」
皆一堂に感謝を告げ、歓声を上げている。
「あ……」
「人の持つ看板は、そんなに軽いものじゃない。その存在だけで人を鼓舞し、明日を見せることもできる。だから、胸を張って歩け」
「……はい!」
「さあジュン、行きましょう」
そして、ジュンとリーナは熱狂する人々の中へと入っていった。なお、城門に入ってからの、騎士でも兵士でも無い普通の住民達からの歓迎の方が激しかったりする。
そしてそれを見ていた3人へ、何人かの人影が近づく。
「ソラ、ナイスタイミングだ」
「ライハート?お前、ここにいて大丈夫なのか?」
「おう。追撃の方は普通の騎士団に任せてるし、あいつらの歓迎は仕事じゃ無いからな。近衛の仕事は王族の護衛だから、こういう時は気楽なもんさ」
「王女様がいるだろう」
「リーナ殿下を守る必要なんて無いじゃねえか」
「確かに。ほら、それを言ってこい」
「言えるわけ無いだろ」
そうして、2人は笑う。久しぶりの再会、それも死地にいた者とそれを解放した者ということで、口は軽かった。
ただ片方は宮仕えであり、自由な時間はそう長く無い。
「団長!死体の処理は……」
「魔獣のものは油を撒いて燃やす。例外は無いぞ。オークも2日前のが混ざってるんだからな」
「は!」
「団長?」
「ああ。アノイマス様が引退したから、俺に席が回ってきた」
「あの人がか?生涯現役とか言ってそうなんだが」
「いや、今も指南役として残ってるぞ。てか、実際言ってる」
「やっぱりか……」
「団長!」
「すまんソラ、後でな」
「ああ、残りの仕事も頑張れよ」
そう言って、ソラはライハートを見送った。そしてそのタイミングで、ミリアとフリスが口を開く。
「ソラ君、追撃は終わったみたいだよ」
「みたいだな。さて、そろそろ俺達も行くぞ」
「私達に注目が集まらないと良いけど」
「ほとんどジュン達に向かってるから、大丈夫だろう」
「カズマ君達も来たもんね」
「俺達を知ってる連中は来るかもしれないが……それは近衛騎士が大半か。節度は守ってくれるだろ」
「だと良いけど」
若干心配そうにしていたがミリアの懸念は実現せず、3人は群衆の跡を王城へ向けてゆっくり歩いていった。




