第5話 戦都コロッセオ③
「あれ?なんかピリピリしてる?」
「そんな感じね。ただそれよりも、普段とは違うって感じもあるわ」
「いつもより警戒してるってところか?それにしては興奮が多いもするな……詳しいことは分からないが」
コロッセオに着いたソラ達を迎えたのは、若干違和感を感じる雰囲気だった。それは敵襲に備えるというよりは中を見張るといった感じで、時折祭りのようなものも混ざっている。
この町に詳しく無い者達には、よく分からないことだった。
「何かあったんでしょうか?」
「何かあったというか、これから何かがあるんだろう」
「それって……誰か来てるから?」
「かもしれない。もしくは……」
「闘技大会が開催されるからだ」
「ああ、なるほど……って、え⁉︎」
「誰だ!」
突然の乱入者に驚くジュン達。だがソラ達の方は、理解しているため慣れたものだ。
「……オリクエア、お前は人を驚かさないと登場できないのか?」
「そんなわけないぞ?今のも偶然だからな」
「白々しい。どうせ待ち構えてたんだろ」
「バレてたか」
「俺達程度にお前のことを知っていれば分かることだ」
「賢いのも考えものだぞ」
「あいにく、賢くて困ったことは無いな」
久しぶりに会った旧友と軽口を叩き合うように、身分の差が無いように話している。いや、ソラ達はSSSランクとなっているのだから、外面的にも気にしなくても問題無い。
ただ、ジュン達は気になるようだ。どうやら、会ったことはあるらしい。
「え、な、何で……」
「ゼ、ゼーリエル侯爵……」
「これはこれはリーナ王女殿下、ご機嫌麗しゅう。勇者様方も、挨拶が遅れてしまい申し訳ございません」
「何だその形式張ったかたっ苦しい挨拶は。いらないだろ」
「な、何でそんな態度で……」
「偉い人、だろ?」
「俺達からしたら、ただの面倒なおっさんだ」
「酷いなおい」
「初対面があれだとこうなる。当然だな」
「こっちとしても今さらだ。むしろこの方が楽だから……まあ良いか」
事実なのだから仕方が無い。最初があれでは、尊敬しろという方が無理だ。
また、ソラ達も美味しい思いはしているが、大きな問題を持ち込まれた側でもある。この行動を疑わずにはいられない。
「で、何の用だ。こいつらってわけじゃないだろ?急用か?」
「いや、そうでもない。ただ、ヘルグレス殿がこの町にいる」
「ヘルグレスって……ああ、領主の三男の」
「今は領主の弟だ。代替わりしたぞ」
「まあ、当たり前か」
「行くの?」
「来てくれると嬉しい。あれから時間が経って、だいぶ落ち着いたからな」
「それくらいなら問題無いわ」
が、そんな面倒ごとでは無さそうだ。3人がそのままついて行こうとすると……残りの6人から待ったがかかる。事前情報に差がありすぎるから、仕方無いだろうが。
「ソラさん、ちょっと待ってください。それだけだと何も理解できません」
「何だ?領主と知り合いってことか?」
「前に何かあったということですか?」
「まあな。ちょっとした縁だ」
「侯爵との個人的な繋がりをちょっとしたって……普通言わないわよ」
「そうかな?」
「これでも1番マシよ。というか、1番おかしいのはここにいるもの」
「私達ってこと?」
「ええ。経緯はあまり変わらないんだから、位で比べるのが当然でしょう?」
「……そうかも」
「おいおい、珍しくリーナが言い負かされてんぞ」
「いや、珍しく無いでしょ。だってソラさん達だよ?」
「お前ら、俺を何だと思ってる?」
そんな風に会話をしつつ、足はオリクエアを追うように動かす。そして合計10人となった集団は町の中心にある屋敷の門をくぐり、とある部屋までやって来た。
そしてオリクエアはノックも無しに扉を開ける。
「またいらっしゃいましたか、ゼーリエル侯爵。それで、そちらの方々は?」
「ヘルグレス殿、こちらの3人が例の彼らです」
「例の……ああ、あの時の!当家を助けていただき、本当にありがとうございました」
「いや、そこまで感謝されるほどでは……」
「何をおっしゃいますか。あの件を放置していては、我が家が陛下に対し反旗を翻したも同然です。それを早いうちに静めていただいたのですから、無下になどできません」
「そ、そうですか」
この場に部外者がいることを理解してか、具体的なことは一切口にしない。だがその話すスピードに、ソラは圧倒されていた。というか、若干引き気味であった。
「珍しいですね、ソラさんが言い負かされるなんて」
「いつも手玉に取ってばかりですけど」
「だからお前らは俺を何だと思ってる」
「おっと、申し訳ございません。そちらの方々はどなたでしょうか?」
「ん?ご覧になったことが無いんですか?」
「?ええ」
「勇者ですよ、ヘルグレス殿」
「え……はいぃ⁉︎」
ジュン達の顔を知らなかったようで、大層驚くヘルグレス。だが、立ち直るのは早い。
「こ、これは失礼いたしました。勇者様とはつゆ知らず……」
「い、いえ、そんな頭を下げなくても」
「そちらはリーナ・オルセクト王女殿下でいらっしゃいますね。大変失礼いたしました」
「えっと……私なんて、政務も何もしてないし……」
「ではソラ殿、もしや貴方が噂の勇者の師なのですか?」
「そうですけど……人の話を聞く気は無いんですか?」
「お恥ずかしながら話術は得意では無く」
「自分のペースにするには話し続けるしかない、と?」
「はい、その通りです」
「貴方も大概ですね」
多少共感する部分もあったらしく、ソラはヘルグレスに好印象を抱いたようだ。苦笑いに近いが、笑みが溢れている。
「どうでしょう、当家で食事を摂られませんか?」
「よろしいですか?では」
「実は、もう用意させています。案内しましょう」
「訂正します。貴方は大概ですね」
「褒め言葉として受け取っておきます」
そのままヘルグレスの案内で、一団は廊下を歩いていく。ヘルグレスは家を助けてもらったお礼なのか何なのか、ソラ達との会話が多かった。オリクエアの方はこれを好機と思ったようで、ジュン達によく話しかけている。ジュン達は印象とかなり違うその話し方に困惑していたが。
そうこうしているうちに、食堂へとたどり着く。そこには大きなテーブルがいくつか並べられているが、椅子は無い。代わりに、テーブルの上に多種多様な大皿料理や小皿料理などが置かれていた。
「急なもので準備が足りず……立食形式ですが、よろしいですか?」
「ええ。ジュン達もそれで良いな?」
「はい」
「勿論よ」
「ゼーリエル侯爵、よろしいでしょうか?」
「構いません」
「では、持ってきなさい!」
何を持ってくるのかと訝しんだソラだったが、すぐに飲み物がこの場に無いことを思い出した。
使用人がグラスを持ち、飲み物を注がれたタイミングでヘルグレスが声をかける。
「では、かたっ苦しいことは嫌いなので……どうぞご自由に、当家自慢の料理をご堪能ください」
「では、いただきます」
「美味しい!」
「凄いわね、これどうやって……」
「凄く美味しい……」
「この肉美味いぜ!」
「当家は武の家ということで、肉料理には自信を持っています。帝都の宮廷料理人に勝るとも劣らない味だというのが自慢です」
この言葉の通り、肉料理の味はとても良いものだった。他の料理も美味しく、ソラ達はどんどん食べ進めていく。
ただし、その途中途中に会話を挟みながら、だ。
「それで1つ聞きたいのですが、町の雰囲気が普段と違うのは何故ですか?」
「気づかれましたか、実は……」
「ヘルグレス殿、彼らを推薦枠としては?」
「そうですね、良いアイデアです。それで誰を?」
「ソラとジュン殿で良いでしょう。聖剣を騎士の剣に変えれば、この町では気づかれることは無いはずです」
今度はヘルグレスとオリクエアで勝手に話が進められている。それを見逃すことは、ソラにはできなかった。
「ちょっと待ってください。いったい何なんですか?」
「実は今日と明日、ペアマッチの大会が開催される。冒険者も大勢参加するからちょうど良い」
「……まさかそれに出ろと?」
「明日の本戦に領主推薦枠で、と考えていましたが、受けていただけないでしょうか?」
「俺は良いですけど……ジュンはどうする?」
あまり大きく知られていないソラと違い、顔が売れていなくともジュン達は有名人だ。バレれば大騒ぎになることは間違い無い。当人達に配慮するのも同然だった。
「えっと……俺は……」
「出ちまえよ。こんな機会もう無ぇだろ」
「いえ、出ない方がです。弱い者虐めはするべきではないので」
「どうしましょう……?」
「なら、俺ができる限りフォローしよう。俺がメインで戦うなら、気づかれにくいはずだ」
「……ソラさん」
「何だ?」
「それって、自分が戦いたいだけなんじゃないですか?」
「ああ」
「否定しようともしないんですね……」
「まあ、それだとペアの意味が無いから、やらない方が良いだろうな。制限するとすれば……魔法を使わない、だ」
「それなら納得です」
意見を言ったのはトオイチとカズマのみ、他は何も言っていない。ミリアとフリスはこの過程も含めて面白がっているようだが、リーナ達はまだ悩んでいるようだ。
「それと、カズマの懸念も無くしておこう」
「何をするつもりですか?」
「俺達が町を出てから、あれは勇者だったと公表すれば良い。民衆は勇者の強さを理解し、期待する」
「なるほど」
「ただしそのつもりなら、負けることは許されない。それでも良いか?」
「はい!」
「ではソラ、頼むぞ」
「ああ、任せておけ」
ようやく決まり、ホッとした表情を見せるヘルグレス。彼とオリクエア以外の9人も、堰を切ったかのように言葉を発していた。
ただし、口にする言葉は主に2種類に分かれる。
「ソラ君、頑張って」
「ちゃんとジュンを守りなさいよ」
「そんな必要は無いだろうけどな」
「ジュン、頑張りなさい」
「負けんなよ」
「ソラさんに迷惑をかけないように」
「ちゃんとしてよ」
「しっかりやって」
「少しは信頼してよ……」
ソラ達とジュン達、両パーティーの信頼がよく分かる一面だった。
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「何だか……酷い弱い者虐めになる気がします」
翌日、コロシアムの中にある控え室にて、ジュンがそう呟く。その対面に座っているのは、今回ペアを組むソラだ。
他の面々は観客席におり、お祭り気分を楽しんでいるそうだ。トオイチが大金を賭けたという話も聞いている。
「そう言うな。周囲に強力な魔獣の少ないここだと、平均が低いのは仕方無いことだ。俺達みたいな高ランク冒険者が偶然いることなんて、滅多に無い」
「そうかもしれませんけど……」
「そしてこんな状況だからこそ、勇者の強さを見せつけられる」
「弱い者虐めが、ですか?」
「そういう意味じゃないんだが……Sランク以上の冒険者が昇格するのが難しいことは知ってるな?」
「はい。俺達がSSランクに昇格するのにも苦労しました」
「そのせいで、Sランク以上の冒険者では実力とランクが合わない事態が発生する。そして、SSSランク魔獣と戦える冒険者は、相性によってはお前達に勝てる。それだと、勇者の力を見せつけることにはならない」
「俺達もまだまだなんですね」
「あくまで相性次第だ。直接比べないと分からないが、総合力ではお前達の方が上だと思うぞ」
「そうですか……未だにソラさんには勝てませんけど」
「転生チートだとでも思っておけ。ミリアとフリスもそれに影響されたんだろう、ってな」
「で、実際のところはどうなんですか?」
「不明だ。この世界にステータスは無いからな」
勿論、これは嘘だ。ステータスは無いが、代わりに神気がある。とはいえ、それを言うことはできないから、このように誤魔化す他無い。
「それで、作戦は覚えてるな?」
「はい。俺が相手の前衛をすぐに降伏させ、その間にソラさんが後衛に回り込んで取り押さえる、ですね」
「もし前衛2人だった場合、1人ずつで相手をする。格下だ、さっさと仕留めろ」
「殺したら駄目ですよ?」
「仕留めろっていうのはそういう意味じゃない。というか、わざとだろ」
「はい。無力化だってことは分かってます」
「なら良い。話を聞いた限りだと強敵はいなさそうだが、油断はするな」
「勿論です」
「それじゃあ……っと、時間か」
「そうみたいですね」
係員が扉を叩く前に、2人は扉を開ける。そして係員について行き、コロシアムの中央へ出た。
「広いですね」
「ああ、広いぞ。そしてうるさい」
「え?」
『さあ!次は注目のペアだ!予選が終わった直後に推薦枠が決まったという異例の事態、それを引き出したソラとジュン!どのような活躍を見せてくれるのか⁉︎』
「っ⁉︎」
「だから言っただろ」
『その相手はペアマッチ決勝トーナメント常連組、リウスとレイアだ!』
そして、ソラとジュンに相対するのは男女のペア、共に長剣を持った冒険者らしき者達だ。
「最初から近接2人か。手早く倒せ」
「分かってます。剣は抜かなくても良いですか?」
「無傷で取り押さえる自身があるなら、良いぞ」
「勿論です」
『では……試合、開始!』
そう合図が出た瞬間にジュンの拳がリウスの胴を揺らし、ソラの掌底がレイアの鳩尾に突き刺さる。2人は1歩も動くことなく、その場に崩れ落ちた。
「こんなものか」
「当然ですよ」
『な、な、な、何と!い、一瞬です!』
ソラが昔このコロシアムで無双したことを覚えている人はいないらしい。納得顔なのはヘルグレスやオリクエア、ミリアにフリス、そしてトオイチ達の8人だけのようだ。
その後も2人は順当に勝ち進み、苦戦すること無く優勝を決めた。ただ、ジュンにとっては予想外のことがあり……
「インタビューって……」
「俺がやるから、気にするな」
「良いんですか?」
「前にもここにいたことがあるからな。慣れてるとは言わないが、そこまで緊張はしない」
「それじゃあ、お願いします」
コロシアムの中央に即席のお立ち台が作られ、そこに登らさせられた2人。ジュンの正体をバラすことはできないため、面倒ごとは全てソラが受け持つ。
「優勝おめでとうございます。飛び入りでの優勝は難しいものだったと思いますが……」
「いや、これは当然の結果だ」
「おお、飛び入りでは無く、研究した結果でしたか」
「そうじゃない。俺はSSSランク、こいつはSSランク、実力には大きな違いがある」
「な、何ですって⁉︎」
コロシアムの中が一気に沸く。人類の頂上者と呼ばれても良い存在がいきなり出てこれば、こうなるのもおかしなことでは無い。
そして、司会者が興奮するのも無理は無い。
「そ、それでは、この町に?」
「いや、ハウルへ行くついでに寄っただけだ。この大会に出たのも偶然だな」
「そうですか……」
「俺達がずっといると、大会が面白く無いだろう」
「それもそうですが、だからこそ面白くする方法があります。次の質問ですが……これからどうするんですか?」
「俺は中枢との連絡をしばらく取っていなかったから、どのレベルが機密なのかは知らない。だが、この後大きなことが起きるぞ。噂もいくつかは本当だからな」
「具体的には?」
「それは秘密だ」
その後もある程度面白くなるよう話をし、2人はコロシアムをあとにした。
そして後日、領主代行の発表によりコロッセオは大騒ぎになるのだが、それを彼らが知る由も無かった。




