第4話 水都ウォーティア⑥
「ねえソラ君、あれ買って」
「あの魚のか?」
「うん」
「分かった。ミリアはどうする?」
「そうね、貰えるかしら?」
「ああ、良いぞ」
町が変わったとしても、ソラ達は変わらない。いつも通りの光景を見せつけていた。
その3人の前を歩く4人は、少し呆れたような顔をしている。
「何も言えないよね」
「だな。あれの中に入るなんて勘弁してほしいぜ」
「仲が良すぎ」
「例え方が違うけど、蟻1匹通さないって感じかな」
「確かにそうかも」
「前も後ろもカップルで……何だか仲間外れみたいな感じ」
「だったらよ、こっちも付き合っちまうか?役割同士なら、オレとアキが」
「あ、それは無いわー」
「……分かってたとはいえ、辛いぜ」
「アキもそれくらいにして。トオイチの冗談だから」
「うん?それくらい分かってるよ?」
「もっと酷ぇ」
「そうなった方が楽かもしれないけど、私達はもう無理だからね」
「恋愛感情なんて持てないから」
「それに、あっちはアレだしなぁ」
そしてトオイチ達の前を歩くのが、ジュンとリーナだ。こちらはソラ達とは違うが……ある意味で同じような状況であることに変わりは無い。
「あ、リーナ、あれ凄いよ」
「本当ね。綺麗」
「食べ物は……あっちのが良いかな。いる?」
「あ……ほ、欲しいわ」
「分かった……ほら」
「う、うん、ありが、と」
こんな感じで少し距離を詰めつつ、前と同じようにすることにしたようだ。まずは友達から、といった感じにしているのだろうか。
とはいえ、ジュンは自覚しているから割と早く慣れたようだが、リーナはまだ自身の感情が分かっていないようで、少し戸惑っていることもある。まあ、しばらくすれば慣れるだろう。
ただ……
「あっ……」
「ご、ごめん」
「いえ、その……嬉しいから」
少し手が当たったりするとこれだ。さっさと決断してほしいと思う4人であった。
また、ソラ達も2人の様子は気になっている。
「あれは……良い兆候なのか?」
「う〜ん……どうなんだろ?」
「悪くは無いと思うけど、良いとは言い切れないかもしれないわね……冒険者的には」
「当然か。戦う時には普通になるのは救いだが……死闘の時に割り切れるか?」
「どうかしら。ただ、2人とも心は強いわよ」
「確かに……大丈夫だろうが、早く折り合いをつけてもらいたいな」
「心配しすぎじゃないの?」
「幸せになってもらいたいだけだ。巻き込むことが確定してしまっている、ということもあるが」
ソラ達からすれば、勇者とはいえジュン達は格下だ。そして自身の運命に巻き込んでしまうことに、罪悪感を感じている部分はある。
ただそんな風に考えていても、邪魔というか、空気を読まない奴はいるらしい。
「ん?」
「あれ?」
「え?……ああ、ちょうど良いわね」
「あれくらいなら1人で十分だが、他にもいる可能性はある。警戒するぞ」
「はーい」
3人が注目した先は進路方向。つまりジュン達の前方より……
「おらおら、どけぇ!」
「死にたくねぇなら邪魔するな!」
「殺すぞ!」
3人組の荒くれ者が走ってきた。彼らの手にはナイフと、1人だけ何かを入れた袋を持っている。強盗だろうか。
「ジュン!」
「リーナ、下がって!」
ジュンはリーナを背後に庇い、3人組に立ち向かう。彼らは一切臆していないのだが、3人組は気づいていないようだ。
「ちっ、邪魔だぁ!」
「女は捕まえろ!人質だ!」
「死ねぇ!」
今のジュンとリーナは装備を仕舞ったままで、武器は何も無い。線が細いのも相まって、一般人の目に冒険者と映ることは無かった。というかリーナの見た目では、良いとこの世間知らずなお嬢様と思われても仕方がないだろう。
だが、事実は勿論違う。
「ぎゃっ!」
「ぐぁ⁉︎」
「げぇ!」
1人は腹を殴られ、1人は蹴り飛ばされ、1人は首に手を回された。徒手空拳は門外漢だったはずだが、かなり上達している。少なくとも、一般人の制圧には問題無く使えるだろう。
それにより、リーダーらしき1人は首を絞められたことで気絶し、もう1人もジュンの近くでうずくまっている。だが、最後の1人が飛んでいった場所が悪かった。それはリーナのすぐそばで、なおかつそいつは気絶するほどのダメージは負っていない。そのため……
「あ」
「え?」
「う、動くな!」
足が震えながらも、リーナの首にナイフを当てている。それが逆効果だとも知らずに。
「こ、この女の命が惜しければ……」
「甘いわね」
「は?ぎゃあ!」
指輪から槍を取り出してナイフを弾き、男の足を払う。そして胴体に柄の振り下ろしを直撃させ、地面に叩きつけた。
「この、アマァァ!」
「だから、動くな」
「ふげっ⁉︎」
うずくまっていた男が逆上してリーナへ向かおうとするが、ジュンが再度腹に拳を叩き込んで沈める。今度はちゃんと気絶したようだ。
「リーナ、大丈夫だった?」
「え、ええ。大丈夫よ」
「ごめん、そっちに行かせちゃって。人質になりそうだったし」
「い、いや、あれくらいは大丈夫だから!」
「そっか。でも、無事で良かった」
「うん……ありがとう」
さっき赤くなっていたのとは少し異なり、満面の笑みを浮かべるリーナ。その周りには野次馬が集まっているのだが……騒然となった現場は、別の人物が収める。
「SSSランク冒険者のソラだ。こっちの2人も冒険者で、俺の仲間だ。この3人は俺達が捕らえておく」
それで周囲は静かになり、野次馬は去っていく。もう事務手続きしか起こらないのだから、当然かもしれない。
後は衛兵か騎士かが来るまで待つだけだ。
「ありがとうございます」
「いや、良い。勇者だと公言する方が騒ぎになるからな」
「そうね、その通りかも」
「それにしても、徒手空拳が上手くなってるな。誰かに教わったのか?」
「はい。何人かの冒険者の方に教わりました。あまり時間は取れなかったですけど」
「なるほど。あれは対魔獣に向いた拳だったが、対人にも応用可能か……なら、徒手空拳の稽古もつけてやろう」
「ありがとうございます!」
そんなことを言いつつも、やることはやる。男達を縛り上げ、ナイフと袋は1ヶ所にまとめておいた。袋の中身は気になるが、勝手に開けては所有者に悪いだろう。
ただ、それを3人でやっていることに、2人は疑問を抱く。
「そういえば、トオイチ達は何処ですか?」
「ミリアとフリスもいないわね」
「トオイチ達にはこいつらが走ってきた方向へ向かわせた。被害者か衛兵に会ったら誘導するように言ってな。ミリアとフリスは尾行だ」
「尾行?」
「この3人組だが、こいつらの他にも同類らしき奴がいた。仲間って言うほどの親密さは感じなかったから気のせいかもしれないが、やっておいた方が良い」
『ソラ』
「ちょうど来たか。どうだった?」
『ソラの予想通りよ。アレは闇ギルドの構成員ね』
『本部みたいな場所に入ってったよ。100人くらいはいるかな?』
「どういう関係か分かるか?」
『難しいけど……やってみるわ』
「無理はするなよ」
『ええ、勿論よ』
『気をつけるから大丈夫だよ』
どうやら、ソラの勘は当たったようだ。この3人組との関係は分からないが、見逃せることでは無いかもしれない。というか、その可能性の方が高いだろう。
「ソラさん、どうしたんですか?」
「ん?……ああ、そういえば知らなかったか。俺とミリアとフリスは、魔法で無線みたいなやり取りができる。今のはそれだ」
「ちょ、ちょっと待ってください。それって……」
「ジュン?」
「教えてください。欲しいです」
「教えても良いが、使えるとは思えないぞ」
「え?」
「主に使っているのは風だが、魔力探知による知覚も必要だし、光や闇も少し入ってる。一般化するのは難しいな」
「う、それだと……」
「俺くらいしか使えない。諦めろ」
実はフリスが神術による再現に成功しているが、話せることでは無い。落ち込むジュンを気にするリーナだが、彼女は理由が分かっていないから何もできなかった。
そうこうしているうちに、トオイチ達が戻ってくる。どうやら、被害者と騎士の双方に会えたらしい。
「連れてきたぞ!」
「ご苦労。説明は必要か?」
「いえ、事前に聞きました。この者達ですね?」
「ああ。ただ、前情報は知らない。聞かせてくれるか?」
「分かりました。ですが、少しお待ちください」
トオイチか誰かが説明したらしく、騎士は現場を素早く掌握していく。遅れて来た衛兵を指揮して男達を取り押さえると同時に、まだ残っていた野次馬を追い払う。
そして説明を始めた。
「ここから1ブロック先になりますが、そこの路上にて彼があの袋をひったくられたそうです。怪我は無いそうですが、派手でしたので騒ぎになりました」
「犯行理由は?無差別か、それとも理由がありそうか?」
「無差別だと思われますが、推測にすぎません。これから尋問して吐かせます」
「なら、あの袋の中身は何だ?」
「詳しいことは聞いていません。何か薬の材料だとか……」
「ありがとうございました。では、自分はこれで……」
急に話の腰を折ってきた被害者は急いでいるのか、手早く盗まれた袋を手に取ったが……何か慌てているようで、そこにソラは違和感を感じた。
「待て。その袋の中身は何だ?」
「えっ?いや、その……」
「どうした、見せられないのか?」
「これは、何と言うか……」
「やましいことが無ければ、隠す必要は無いだろ?」
「それは……ちぃ!」
「逃すか」
そして逃げ出そうとした所で、腕をとって地面に叩きつける。カマをかけてみたところ、どうらや大正解だったらしい。
ジュンはその手際に感嘆していたが、騎士はそうでは無いようだ。袋から溢れた中身を見て、騎士はたいそう驚いている。
「なっ⁉︎」
「これは?」
「……麻薬の1種です。それがこんなに……」
「なるほど、あの監視はそういうことか」
「監視、ですか?」
「ああ、この男達についていた奴だ。今仲間が調べてる」
「分かりました」
「俺もそっちに向かう。こいつらは残しておくから、後は頼むぞ」
「は!」
冒険者であっても、SSSランクともなればその影響力は大きい。騎士等に対して、高位貴族並みの力を持つ場合もある。なので、この場を仕切るくらいは簡単だ。
が、ソラは権限を行使するつもりは無い。さっさと現場を任せ、合流を急ぐ。
「ミリア、フリス、今からそっちに行く。どこまで調べられた?」
『屋根裏部屋に忍び込めたわ。結構慌ててるわね』
『あの冒険者は麻薬には気付いてなさそう、とか言ってたけど、麻薬があったの?』
「ああ、袋の中身がそうだ。被害者……じゃなくて犯罪者だが、あいつは騎士に任せてきた」
『それが良いわね。それで……え?』
『あれって……?』
「どうした?」
『ソラ君、早く来て』
『私達だと確認は難しいわ』
「よく分からないが……分かった」
目標の建物に着くと、外に出てきたフリスに案内され、ソラも屋根裏部屋に潜り込む。そして、板材の隙間から下を覗き込んだ。
「それで、どうしたんだ?」
「あれよ。ボスを見て」
「何か気づく?」
「ん?……まさか、あれは……」
2人が指した先にいるのは、この場にいるにしてはやけに線が細い男だ。こいつは話の中心付近におり、恐らくこの闇ギルドの幹部なのだろう。
だが、何かがおかしい。それは……
「魔人か?」
「やっぱり?」
「魔力がそんな感じよね。Bランクってところかしら?」
「そう、だな……高くてもAだろう。他は全て人だ」
「どうしてこんなことしてるのかな?」
「裏工作の可能性もある。麻薬を売っていたのなら、余計にな」
「こんな話をしている場合じゃ無いみたいね。移動される前に片付けましょう」
「そうだな。行くぞ」
3人は同時に床材を突き破り、降下する。何人か下敷きになったようだが、ソラ達は気にしていない。どうせ全員刈るのだから。
「な、何が起きた⁉︎」
「誰だてめぇら!」
「どこから来やがった!」
「こいつっす!」
「ちぃ、ざけんな!」
「やれ!」
ただ、敵の反応も早い。ナイフやナタ、山刀などを持って、一斉に襲いかかってくる。だが……
「緩いな」
「遅いわね」
「弱いよ」
それらは一瞬で沈黙した。比喩では無く、文字通りの意味で、だ。闇ギルド構成員の大半が、既に物言わぬ物体と化している。
生き残りはソラ達に目をつけられた人物のみだった。
「な、何者、だ……?」
「お前がこの闇ギルドの幹部、いや首領か?」
「そ、そうだが……お前らは何者だ?」
「分かってることを何故聞く。魔人だろ?お前は」
「っ⁉︎」
「当たりだね」
「ええ、間違いないわ」
「まあ、9割9分確信してたけどな」
確認するまでも無いことだったが、一応聞いてみたという形だ。結果は予想通りで面白く無いが、魔人の反応は案外面白かった。
「な、何故それを⁉︎」
「そんなもの、魔力から分かるだろ」
「そんな、ちゃんと隠して……」
「その程度の偽装で、ソラ君を騙せるわけ無いよ」
「それで、何が目的なのよ?麻薬を広めるだけでは無いでしょ?」
「くっ……言うわけ無いだろう、人間」
「まあ、そうだな。だが、拷問しても同じことが言えるか?」
「この……人間風情が……!」
「力の差を分かってて言ってるのか?」
「舐めるなぁ!」
ククリに似た曲がり方の曲刀2振りを振るい、突っ込んでくる魔人。だがそれは一瞬で首を刎ね飛ばされ、血の海の中に倒れ伏す。
「拷問するんじゃ無かったの?」
「するわけない。無意味に痛めつけるなんてこと、俺は嫌いだ」
「そう、なら良いわ。でも、目的が分からなくなったわよ?」
「ここを漁れば、もしかしたら見つかるかもしれない。人を利用した以上、何か痕跡は残るだろう」
「わたし達だけでやるの?」
「勿論、騎士に任せる。3人だと、流石に面倒だからな」
「そうね、それが良いわ」
「それで、騎士か衛兵を呼んできてくれるか?」
「いえ、ソラが行くべきよ。さっきの騒動を納めたのはソラなんだもの」
「うん。説明も早いんじゃないかな?」
「それもそうだな……分かった。ここは任せるぞ」
「ええ。少しの間よ、心配しないで良いわ」
「誰か来たら捕まえておくね」
「頼む」
ソラが連れて来た騎士と衛兵達は、この惨状に驚いたものの、しっかり仕事を始めた。だが、魔人の詳しい目的については、何も分からなかった。




