第3話 火都バードン⑦
「おーし、着いたな!」
「うるさいぞ、トオイチ。大声で叫ばなくても分かってる」
「諦めてください。トオイチは、結構な温泉好きですから」
「そうなの?」
「そうね。前に来た時も、こんな感じだったわ」
「そう、まあ最初はソラも同じような感じだったわね」
「そうか?」
「うん。だって駆け足になってたもん」
「へえ、そうなんですか」
「珍しいですね」
「お前達だって同じだろ」
ロスティアを出て、温泉街に着いた9人。6人の元日本人組だけでなく、リーナも温泉は好きなようで、全員が興奮を隠していなかった。
ただ、羽目を外し過ぎてしまった者はいるもので……
「それで……買い食いし過ぎだ」
「いや、良いだろ?」
「腹が減っては戦はできぬって言うじゃん」
「だって美味しいんだもん」
「それでも時と場合が……って、フリスもか!」
「うん」
「何か駄目なことがあったか?」
「買うこと自体は悪くない。だが、全員バラバラにフラフラ動くな。子どもの遠足じゃ無いんだぞ」
「まあ、確かにそうですね」
「えんそくって何?」
「前の世界でのことなんだが……子ども達を普段とは別の場所に連れていって、遊ばせたり学ばせたりすることだ」
「少し違う気もしますけど、だいたいその通りですね」
「それ、危なくない?」
「向こうには魔獣がいないからな。ジュン、リーナに話はしてなかったのか?」
「えっと……取り敢えず私達がこちらに慣れるということになりまして」
「それでしばらくしていたら、話す機会が無くなっていました」
「観光を楽しんだりもしてたんでな」
「それで、今まで話して無かったのね?」
「はい」
「そうです」
「なら、後でちゃんと説明しておけ。今のリーナは興味津々みたいだぞ」
「ちゃんと聞かせてよ、ジュン?」
「分かった、だからちょっと離れて」
好奇心は猫をも殺す、ということわざもあるが、この場合は問題無い……はずだったのだが、この2人の状態ではターゲットにされてしまう。
「仲が良いな」
「可愛らしいわね」
「初々しいよね」
「ちょっと、そんな風じゃ……!」
「ん?どうした?」
「別にジュンやリーナが関わってるなんて言ってないわよ?」
「ね〜」
「屁理屈よ!それは!」
屁理屈も理屈のうち、とソラが思ったかは定かでは無い。ただ、止めるつもりは一切無いようだ。
「さて、早く宿に行くぞ。遅れたら勿体無いからな」
「誰のせいよ!」
「リ、リーナ、落ち着いて」
「そうだな、行こうぜ」
「急ぎませんか?早くしないと良いところが取れません」
「じゃあ、行こっか」
「はい、行きます」
「え、ちょっと待っ」
「ええ、そうね。行きましょう」
「はーい。早く行こ」
「いきなりすぎ!」
「ほらほら、遅れるぞ」
少々周囲の注目を集めたものの、騒がれることなく宿を決めることができた。
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「ハァァ……」
「リーナ、そんな暗い顔をしないの」
「元気出して」
「そんな落ち込まないでって」
「大丈夫ですか?」
宿にある女子風呂にて、落ち込むリーナと笑う4人。
この町でも最高クラスな宿なだけあり、20人以上入れる露天風呂が貸切となっている。ただ、その中でのやり取りはふさわしくないと言われるかもしれない。
「何でああなったと思ってるの……」
「何でって、リーナが面白かったからよね」
「うん。楽しかったよ」
「分かってて……」
「あはは、リーナも勝てないんだ」
「2人にも話したでしょ?最初に会った時、少し苦手意識も持ったのよ」
「え、楽しんでたでしょ?」
「無理矢理洗ったでしょ!」
「血塗れでいるのは可哀想だったもの。仕方ないわ」
「仕方ない?」
「仕方ないを思う人〜」
「その通りね」
「あたいも」
「はい」
「味方がいない……」
王女であるリーナが揶揄われており、宿の従業員が事実を知ったらひっくり返るかもしれない。まあ当人を含めて身分差を気にしない面々なので、問題は無い。
ただ、揶揄うだけでなく、ミリアとフリスは本気だったらしい。
「まあそんなことより、どうなのよ?」
「ど、どうって?」
「ジュン君のことだよ」
「え、ええ⁉︎」
「あ、気になる」
「どうなんですか?」
「いや、ちょっと……」
「隠さなくて良いわ。というか、誰が見てもバレバレよ」
「うぅ……」
顔を真っ赤にして、唸るリーナ。恥ずかしいのか、難しいのか、なかなか重要なところを言おうとしない。
「そ、その……」
「その?」
「ジュンのことは……」
「こ、と、は?」
「ことは?」
「煽らないでよ!」
煽る、というか茶化す4人に対し、割と本気で怒っている。ただ、大声を出して少し楽になったのか、再度口を開いた。
「……分からない」
「え?」
「分からないのよ!どうなのか、何というのか……」
「自分の気持ちが分からないんだね。でも、仕方ないよ」
「そ、そう?」
「ミリちゃんだってそうだったから」
「まあ……そうね。また少し違うとも思うけど」
「違うなら意味無いでしょ……」
「でも、その気持ちを知るのは大切だよ」
「そうなの?」
「ジュン達はソラとは違うもの。役目を終えたら、帰っちゃうのよ?」
「あ……」
そこまで思い至らなかったのか、呆然とするリーナ。ハルカとアキも同様なのか、口は閉じたままだ。
「最後にどういう決断をするかはリーナ次第ね。でも、後悔しないようにしなさい」
「知って後悔する、なんて考えちゃ駄目だよ。知らないと絶対後悔するからね?」
「うん……」
「でも、迷いすぎるのもよくないわ。これは理性の問題じゃないもの」
「えっと……」
「自分に素直になるってことだよ」
普段は強気な発言も多いリーナだが、今は弱い、普通の女の子にしか見えない。考え、悩み、答えを出す。それだけなんだと、2人は言っていた。
ただ……
「まあ、失恋するのも、ある意味経験よね」
「悪いことじゃないよね」
「失恋したこと無い人が言わないでよ!」
事実なのだから、リーナの方が正論だ。感心して聞いていて損した、と思っているのかもしれない。
だが、これもリーナのためだった。
「軽くなったわね」
「え?」
「考えすぎるのも駄目だよ。今は大変な時なんだから」
「それは、そうだけど……」
「戦う時に迷っちゃ駄目ってだけよ。勝たないと、未来なんてないんだから」
「そうね……まだどうなのか分からないけど、私、頑張るわ」
「ええ、その意気よ」
「頑張ってね」
「あたい達も応援するよ」
「ジュンの初めての人になるかもしれませんね」
「は、初めてって……その……」
気持ちの整理がつくのは、まだまだ先のようだ。
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「はぁ……」
「おい、何だその陰気臭い顔は」
「何やってんだよ」
「元気がないですね」
一方の男子風呂。こちらもまた広い露天風呂で、1人だけ落ち込んでいるのも同じだ。違うのは人数くらいかもしれない。
「散々人を揶揄っておいて何を言うんですか……」
「そんなに間違ってないだろ?」
「え、えっと……」
「バレバレだ。だろ?」
「おう」
「はい、そうです」
「えぇ……」
ここまでほぼ同じだ。まあ、こっちは困り果てているのだが。
「率直に聞く。リーナのこと、好きなんだろ?」
「それは、その……」
「まさか嫌いなのか?」
「そんなわけ無いです!」
「じゃあどうした」
「ただ、俺は……」
「この世界の住人じゃない、だな?」
「はい。俺は召喚されたんだから、役目を終えたら帰らないと……」
「それは本当に義務なのか?」
「え?」
「絶対に帰らないといけないのか?この世界に残るって手があっても良いだろ?」
「あ……」
「あー、なるほど」
「確かにそれもあり得ます」
「日本にも家族や友達がいるだろう。お前の人生だ、好きに生きろ」
「……はい」
「ただ、帰るって選択肢があるだけ、幸せなんだからな?」
ソラはもう帰れない。ベフィアで先を見つけたとはいえ、選択肢が最初から無かったのだ。3人もそれを気にしてしまう。
当人は全く違ったが。
「とまあ、俺が言いたいことはこれだけだ。呑むか?」
「ちょっと……今までの雰囲気がぶち壊しですよ!」
「楽しい方が好きだからな。それに、俺も人にアドバイスできるほど経験は無い」
「何で偉そうに言うんですか……」
「まあ、一応師匠だからだな」
「今だけ師匠面かよ」
「権利は使える時に使うものだ」
真摯に聞いていたが、これを聞いてジュンは一気に呆れていた。
だがそんなことは気にせず、ソラは日本酒を入れ物ごと出している。一升瓶よりは小さいが、十分多い
「それで……それを全て呑むつもりですか?」
「ん?半升くらいは余裕だぞ」
「大丈夫なのか?これ」
「結構マズかった気が……」
「弱い奴だと倒れたりもするらしいが、俺達だと呑んでるうちに入らない」
「色々と規格外なんですね……」
「そんなの今さらだろ、今さら」
正体は明かしていないが、それだって今さらでもある。ソラはそんな風に思いつつ、酒を煽っていった。
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「う……」
「あう……」
風呂上がり、食事が並べられた机の前で、ジュンとリーナは固まっていた。
3人ずつで部屋を取っているが、食事の時は1つの部屋に集まることにしている。2人が固まっているのはそんな中だ。
「その、リ、リーナ……?」
「ジュン、な、何……?」
ただ、このままではいけないと思ったのだろうか。時折どちらかが声をかけ、話をしようとする。
だが、目を合わせると……
「う⁉︎」
「ひゃう!」
一気に真っ赤になって顔をそらす。このやり取り、既に2ケタになるほど繰り返されたことだ。
「……何やってんだ、お前ら」
「い、いや、その……」
「な、何でも、無い、わ……」
「変わりすぎよ」
「大方、ミリアとフリスが焚きつけたみたいだな」
「ソラ君もでしょ。ジュン君もじゃん」
「まあそうだが」
「でも、予想以上よね。これ、大丈夫かしら?」
「まあ、ハウルに着く前には戻るだろ。この町でだいぶ慣れるだろうしな」
「そんな、他人事みたいに……」
「何なら、2人部屋に変えてやるぞ?俺達が分かれれば良い」
「はい⁉︎」
「えぇ⁉︎」
「流石にそれは急すぎるわよ」
「いきなり過ぎだもん」
「まあ確かに。だがまた後で、2人で話す時間は取ってやる」
このままガチガチというのは、色々な意味でマズい。自然に直るとしても、少し手を加えることくらいはした方が良いだろう。
「ジュンもだし、リーナもそうだろうが、考える時間は必要だ。違うか?」
「はい……その通りです」
「わ、私も……」
「幸い、時間はまだある。急ぐ必要は無い」
「うん……」
「ただし、本当にやるべきことは間違えるなよ。未来が欲しいのなら、負けるな、勝ち取れ」
「う……わ、分かったわ」
「はい……分かりました」
散々煽っておいて何を言うか、と思うかもしれないが、こっちの方がソラの本心だ。割と世話焼きだったりする。
「あれで良いのか?」
「どうでしょう」
「どうなるのかな?」
「楽しみですね」
純粋に面白がっているのは、この4人の方なのかもしれない。




