第17話 新たな証
「魔水晶は……幾つかは持っておくか。魔力切れの対策は必要だよな」
「そうね。ソラは問題なさそうだけど、フリスは心配ね」
「む〜、わたしだってなったのはアレが初めてなんだから!」
「それは気にするなって」
ダンジョン踏破の翌日、ソラ達は少し遅めに冒険者ギルドへと来ていた。
そしてカウンターの前に魔水晶を出し、売るものを決めている。
「よし、ではこれだけお願いします」
「はーい……シ、Cランクの魔水晶が20個とDランクの魔水晶が30個ですか……計13万5000Gとなります」
「ありがとうございます。ところで……大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。お気になさらず……」
「多過ぎたのかな?」
「そうかもしれないわね」
冒険者は大抵の場合、途中で魔力を回復させる必要に駆られるため、持って帰れる魔水晶の数は少ないことが圧倒的に多い。
そのため、魔水晶はランクが低い物も比較的高価なのだが、依頼で荒稼ぎしているソラは分かっていない。ミリアとフリスの感覚も、大分麻痺してきているようだ。
「えー、ソラ様、ミリア様、フリス様はいらっしゃいますか?」
「はい、俺達ですけど」
「ああ、良かった。緊急依頼の指名がありました。今すぐ受けられますか?」
「今からでも良いですが、内容は?」
「近くの森に出たトロールの討伐依頼です」
「トロールって……Bランクじゃ無いの⁉︎」
「何でわたし達に?」
依頼を選ぼうと移動した3人へ、奥からやってきたギルドの職員が声をかけた。ソラにとっては初めての指名依頼なのだが、いきなりのBランクに少し戸惑っている。
尤も、ミリアとフリスの方が驚いているのだが。イーリアなら兎も角、来て間も無いハウルで指名されるなんて事は、普通あり得ないからだ。
「理由は……分かりません。ですが、ギルドマスターに依頼書が届いた時には既に指名されていたとか」
「最初からって事は……アレか?」
「アレじゃない?」
「アレでしょ」
「何のことですか?」
「いえ、こちらの話です」
1つだけ思い当たる事がある3人。確かに、アレの結果ならば指名されても不思議では無い。
「では、これから向かうということでよろしいですか?」
「ええ、それで良いです」
「ありがとうございます。ですが、少しお待ち下さい。こちらも報告等がありますので」
「分かりました」
この依頼に成功すればBランクになれるため、いつもより気合の入っている3人であった。
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「それで……何で付き添いがいるんだよ」
「良いじゃない、別に」
「正直すまん……」
「まあ、良いんじゃない?邪魔にはならないだろうし」
「耐えるだけならできてたんだしね」
「それは彼奴らじゃがの。儂は守りには向かん」
「団長は俺より強いじゃないですか……」
「1対1のみであろう。多くを相手にすることは、お主の方が向いておる」
「……付き添いは諦めるとするけど……他にも言いたいことはあるんだが……」
森へと向かっていく3人、その側にはリーナとライハート、さらに紫髪金眼で見た目が50代位の男性がいた。
その男性の名前はアノイマス・ライルガント、オルセクト王国の現近衛騎士団団長である。
近衛騎士団の鎧で身を包んだ彼の武器は腰に下げた1本の長剣だけだ。
因みに、リーナは以前と同じ様な鎧を着て、長さ1.7m程の槍を持っている。ライハートは完全に同じだ。
「大体、何で護衛が減ってるんだよ。外に出るんだから危険じゃないか……」
「陛下がな、彼奴等が一緒なら心配無いだろう、と仰られたのだ……」
「それはまた……お前も苦労してるんだな」
「副団長になった理由がイジられるためだなんて思いたくもない……」
「それは無いだろ……多分」
落ち込むライハートと慰めようとしたが今ひとつ確信を持てないソラ。苦労人気質の友人がいなかったためだ。
そんな中でも、ソラの魔力探知はしっかりと魔獣の接近を告げていた。
「ん?魔獣……シャドウウルフか……1頭だけ?」
「ねえ、私にやらせて?」
「リーナ?良いが……気をつけろよ?」
「分かってるわよ。雷よ、今集いて敵を撃て、サンダーバレット!」
森から少し離れた平原、そこに1頭だけシャドウウルフがいた。そこへリーナは槍を向けて詠唱すると、槍の穂先に雷球が発生し、飛んでいった。それは正確にシャドウウルフへと命中し、一撃で倒す。
「ほら、すぐ終わったでしょ?」
「今のが詠唱か……あー、終わってはないな」
「どうしてよ?」
「……確かに、来たわよ」
「リーナちゃん、下がっててね」
初めて見た詠唱付きの魔法。それに関して何も言わず、ソラは森の奥を見つめた。
その先から駆けてきたのは、20頭程のブラウンウルフの群れだ。ミリアとフリスも、群れが移動している時に発した音と雰囲気で接近に気付いた。
「慌ててるな」
「トロールに追われたとかじゃないの?」
「さっきのシャドウウルフはこいつらに狩られたのかもね」
「何落ち着いてるのよ!ブラウンウルフはCランクなのよ⁉︎」
「殿下、落ち着いて……」
「焦る必要なんて無いだろ。なんせ……」
ソラがブラウンウルフの群れに手を翳す。するとーー
ーーブラウンウルフの胴体が全て潰れた。毛皮に傷は無いが、体内の骨は粉々になっている。
「この通りだからな」
「……何やってるのよ!」
「ちょっと待て!何で怒ってるんだ⁈」
「私達を無視して1人で終わらせたからでしょ!」
「……すまん」
1人で片付けた為にミリアに怒られたソラ。フリスは大人しいが、不満そうにしている。
リーナ他2人は唖然としていたが。
「ちなみに、何をやったの?」
「彼奴らの胴体にかかる重力を上げたんだ。だいたい……20倍かな?」
「重力魔法って難易度高いんだよ?分かっててやったの?」
「いいや」
「……団長……」
「うむ……下手をすればこの3人だけで近衛騎士10人分じゃな……」
「それ以上かもしれませんよ……」
「どうなってるのよ……」
項垂れるリーナを何とかして元に戻し、ソラ達はトロールが目撃された場所へと向かっていった。
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「この辺りらしいが……もう少し向こうだな。破壊音が聞こえる」
「そうだね」
「フリスも聞こえるの?」
「ソラ君の魔法の真似をしたの。これ便利だね」
「あれだけで真似出来るのか……」
森を少し奥へと歩いて行った先、岩が多くなり、木が少しだけ疎らとなったエリアでトロールは発見された。その現在位置はソラだけでなく、同じ音の探知魔法を使ったフリスにも知られている。
ちなみに、ソラは少し前にフリスへ自分の魔法の使い方を言ったことが有ったのだが、探知魔法に関してはほとんど言っていなかった。それにも関わらず、フリスはソラ自作の探知魔法を使いこなしているのだ。
「えーと……あれか」
「そうね。棍棒が大きいわよ……」
「あれって棍棒じゃ無くて木の幹じゃないの?」
「そんな感じだな。自分の身長と同じとか無茶苦茶だろ。倒すには……3人で魔法と近接を使った撹乱をすればイケるか?」
「如何だろう……トロールは馬鹿だって話だけど……」
「私は賛成よ。あのサイズを振るのも大変みたいだしね」
「ん?ビックベアーが出てきたか……長引きそうだな」
「纏めて倒さない?」
「良いわね、それ」
「そうだな……そうするか」
ソラ達が確認したのは全高3.5mといった所の緑色の肌を持つ巨人。胴体は大きく腕は長いが、頭は小さい。このトロールは自分の身長と同じ位の長さの棍棒を引きづり、邪魔な木を薙ぎ倒していた。
トロールは本来この様な森の中にはおらず、どこから紛れてきたのかは不明だが、他の魔獣にとっても迷惑なのだ。それゆえ、大きめのビックベアーが現れて戦い始めたのも当然といえる。
Bランクで力は強いが馬鹿なトロールと、Cランクだがトロールに次ぐほどの力を持ち、知能の高いビックベアーの戦いは、長引いていた。単純に棍棒を振るうトロールに対し、ビックベアーは近づいて致命傷を受けない様にしている。しかし、ビックベアーの振るう爪はトロールに対して有効な攻撃手段ではなく、致命傷と言えるほどの傷は与えられていない。
「俺がビックベアーを魔法で殺す。その後、3人でトロールに挑めば良いか?」
「わたしは雷で牽制しておくね」
「私は撹乱、問題無いわね」
「トドメは俺に差せと?まあ良いけど」
「……ねえ」
「何だ?」
「何でそんなに落ち着いていられるの?」
「慌てる意味があるか?」
「当然じゃないの⁉︎相手はBランクとCランクよ⁈ビックベアーはこの前の奴より大きいし……」
「いや、確実に俺達の方が強いさ。あんなのただのウスノロなデカブツだよ」
「……何なのよ、もう……」
「殿下……」
「ホッホッホ、将来有望じゃな」
「そういうレベルは超えてますよ……」
リーナを励まし、吹っ切れたかのようなアノイマスに項垂れるライハート。そんな3人を放置しながら、ソラ達は大きな岩の陰へと隠れ、再度状況を確認する。
状況は先程と変わらず、どちらも気づいていない。
「準備は良いか?」
「ええ」
「勿論」
「じゃ、行くぞ!」
その瞬間、事態は動き出す。いきなり出現した3本の岩槍に貫かれたビックベアーは即死し、それをみたトロールも動きが止まる。
そこへ狙いをつける3人。
「いっけー!」
フリスは雷をトロールの頭部へ向けて放ち、目と鼻と耳を麻痺させる。
感覚器官を潰されたために無茶苦茶に暴れ回るトロールだったが、素早い者を防ぐことは出来ない。
「はぁぁ!」
ミリアはトロールの足元を駆け、健を切断していく。
足に力を入れられなくなったトロールは、膝を地につける。ギリギリ倒れてはいないが、それも時間の問題だった。
「終わりだ!」
そしてソラは三角跳びの要領でトロールの後方から首の横を通り抜け、その瞬間に頸動脈を斬り裂く。
その傷口から飛び出した大量の血は……リーナ達まで後1mという所にまで降った。
「あ、危ないじゃないの⁉︎」
「吹き出た血にまで責任は持て無いな。第一、岩陰から出てきたんだから、かかっても自業自得だ」
「まあまあ。無事だったんだから、良いでしょ?」
「そうですよ殿下。無理を聞いてくれたのはソラ達なのですし」
「……そ、そうね……悪かったわ」
「気にしてないよ。指名が来たおかげで、俺達はBランクになれた訳だし」
「そういえば、そうだったね。手応えが無かったから、全然気付かなかったよ」
「Bランクを手応えが無いって……」
項垂れるリーナを横目に、トロールの死体を処理していくソラ。普段よりもかなり巨大な為、土魔法で穴を掘り、風魔法で幾らか寸断した後、燃やしていった。全てが終わった時でさえ、太陽はまだ天頂にあったのだが。
かなり早いが、ハウルへ帰ろうとソラの提案した案はすぐさま可決され、森の中を町へ向けて歩いていく。
「それで、この後はどうするつもりなの?」
「そうだな……明日、フリージアに向かうか。午後はその準備で」
「もう行くの?」
「長居をする理由が無いしな。2人はそれで良いか?」
「そうね……私は良いわよ。フリージアにも早く行ってみたいしね」
「わたしも!」
「……冒険者なんだし、仕方がないわよね……その代わり、次に王都に来た時、ちゃんと挨拶に来てよ!」
「挨拶って、王城にか?簡単にできることじゃないだろ……」
「ま、俺が団長に伝言するよう騎士の誰かに言えば良いさ。それくらいは普通にやってるからな」
「できるんだ〜」
「良いのか?それで」
そんな感じで話をしながら、6人はハウルへと戻って行った。




