第16話 魔王領⑥
「まだ吹雪いているか……」
「昨日の朝からだから、長いわね。それに季節外れよ」
「凄く寒いもんね」
「それは仕方ない。我慢してくれ」
「うん。分かってるけど……でも辛いもん」
雪都スノリア。ルーマの南西にある町だが標高の高い盆地の中にあり、なおかつ周囲の山々の影響で雪が多い。ただ、今のものはどうにもおかしく……
「長いのはこの町の特徴かもしれないが、季節外れなのはおかしいな。まだ残暑の季節だぞ」
「これが普通ってことは無いの?」
「少なくとも、事前に調べた限りでは無かっただろ?また何かの影響が出ているのかもな」
「そうね……ルーマと同じなら困るけど……」
「流石にそれは無い。もしそうなら、今頃俺達は戦い詰めだろうな」
「そうだよね。でも、早く止まないかな?」
「待つしかないっていうのは辛いな」
これくらい吹雪なら、3人は強行突破も可能だ。だがそれではこの町の調査もままならない内に出ていくことになるため、ソラ達は留まっていた。
魔獣の反応が一切無いため、ゆっくりできるというのもある。
「でも、本当に暇ね。レルガドールも何十回と続けると飽きてくるわ」
「こんな悪天候だと稽古をする気にもならないしな」
「お喋りしてるだけでも良いけど、暇なのは同じだもんね」
「それにしても、図書館らしき場所が潰れていたのは痛かったな。本があればそれで暇潰しはできたんだが」
「瓦礫を退ければ何かあるかもしれないわよ?」
「なら、今から出ていくか?流石に面倒だ」
「私も嫌ね。でも暇なのよ」
「まあ、その通りだが……」
とはいえ、この場にはミリアとフリスがいる。ソラは2人を抱き寄せた。
「こうやってゆっくりするのも、案外悪くなさそうだな」
「そっか、そうかもね」
「まったく、不健康よ?まあ、私も悪い気はしないわ」
警戒や戦闘や戦闘で忙しい日々を過ごしていた3人は、ゆっくりすることを忘れてしまっていたようだ。ここまで気を抜くのも久しぶりで、ソラ達にはそれが安らぎに感じられた。
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「あ、もうすぐ晴れそうだよ」
「やっとか」
「これで動けるわね」
「ああ……っ⁉︎」
「これって!」
「え⁉︎」
窓から見える吹雪が薄くなり、日の光が射してくる。久しぶりの晴れということで、3人には笑みが浮かんでいる。
だが突如として感知した存在には、驚きを隠せなかった。
「魔獣が、何でこんなに……」
「さっきまで何も無かったよね……?」
「それは間違いない。いや、知覚できていなかっただけか?」
「ソラとフリスが気付いていなかったのなら、そうかもしれないわね。でも、ありえること?」
「う〜んと……どうかな?」
「あの吹雪、アレが魔力探知を妨害していたのかもしれないな。変に含有魔力が多かった気がする」
「え、できるの?」
「魔法がキッカケで、なおかつ周囲の山々に魔力が溜まっていたのならできるかもしれない。いや……自然発生の可能性もあるか」
原因や理由は一切分からない。だが問題には対処する。それしかできないのが辛いところだが、ソラ達は気にしない。
「それで外にいるのは……人型?大きいけど……もしかしてゴーレムかしら?」
「ああ、氷のゴーレムばかりだ。魔人がいるかどうかは……分からないな。誘導されてきたと考える方が簡単だが、自然発生も捨てきれない」
「この場所なら何でもあり、ね。ゴーレムなんてダンジョン以外だとほとんど見ないのよ?」
「稀には出るんだろ?なら、これは規模が増えただけだ」
「多すぎるけどね」
Sランクのヨートゥンが3桁、AランクのグリシアルゴーレムとBランクのフリーズゴーレムは4桁もいる。数万人が暮らせる広い町だが、巨大なゴーレムこれだけいると少し狭く見えるほどだ。
指揮官がいるかどうかは分からないが、ソラ達にとっては雑魚だ。とらいえ、南へ向かうことは避けなければならない。
「だが、倒すことに変わりはない。幸い発見されていないし、今なら天候の不利はない。蹂躙できるな」
「良いわよ。むしろ、それ以外の選択肢が無いわね」
「うん。でも、できるだけ町は壊さないように、だよね?」
「できる限りで良い。効率優先だ」
「はーい」
「なら、競争しましょう。今まで待たされた分、楽しませてもらわないと」
「そうだな。フリス、良いか?」
「うん、頑張ろうね」
数日間閉じ込められていたのだ。鬱憤が溜まらないわけがない。そして、それを止められる者はいない。
「できる限り範囲が被らないようにするぞ。俺が北、ミリアが南西、フリスが南東だ」
「それで良いわ。フリス、負けないわよ?」
「勝つのはわたしだよ」
「おい、俺はどうした?」
「「ソラは抜きよ」」
「……そんなにか」
ソラが入れば勝ち目が無いのは、2人にとって当たり前のことだ。ソラも……苦笑いだが分かっていた。
「まあ、さっさとやるぞ」
「はいはい。他の場所は任せるわよ」
「はーい。ソラ君、やりすぎないでね」
「誰に言ってるんだ。早く行け」
笑いつつ、3人は部屋から飛び出す。近くのゴーレムがそれに反応したものの、次の瞬間には消え去っていた。
「退け」
刹那の間に10以上の剣線を刻み、数十のゴーレムがチリになる。今のソラなら、この程度朝飯前だ。
「行くわよ」
またミリアが駆け抜けると、そこには氷塊しか残らない。ゴーレムは一瞬で砕け散り、動かぬ固形物と化していた。
「溶けちゃって」
さらにフリスの射程に入ったものは、容赦無く溶けていく。その炎は建物は燃やさず、ゴーレムだけを溶かし、移動するフリスに合わせてゴーレムを消し去っている。
『フリス、数は?』
『267だよ。ミリちゃんは?』
『私は254ね。少し急ぐとするわ』
『じゃあ、わたしも急ぐね』
「俺は382だぞ?」
『ソラは無しよ』
『うん』
「……会話くらい入っても良いだろ」
若干不貞腐れているソラに、ミリアもフリスも笑っていた。まあソラも本気では無いのだが。
そんな風に話をしていると、ソラがあることに気づいた。
「ん?」
『どうしたの?』
「いや、変に集まっている場所があったからな。後で3人で仕掛けるぞ」
『ええ、良いわよ』
『はーい。こっちには無いから、後で行くね』
「ああ」
急ぐ意味も無いので、3人でやれば良い。それくらいの気持ちだ。
「それにしても、何をやってるんだろうな……」
それに疑問は出るが、ここでもまだ推測しか出せない。この町に重要な情報があるとは思えないので、心当たりも無い。その程度だった。
『何か守ってるっていうのが定石よ。あ、フリス、503、500を超えたわ』
『何かあるのかな?わたしは497、逆転するからね』
「最初からあったなら、初日に俺達が気付くはずだ。吹雪の間に運んだのか、それとももう何も無いのか……」
『何も無いのに集まってるってこと?』
「何かそこにあった名残りで集まっている可能性はある。詳しくは倒してからだな」
『魔力探知で分かったりしないの?』
「何も無い。だからだ」
そんなうちに他の場所でのゴーレム掃討は終わり、3人は元居た建物の上に集合する。
「ミリア、フリス、こっちだ」
「それでソラ、場所は?」
「あの塔だ。近づけば分かる」
「そっか。それでミリちゃん、どれだけ倒したの?」
「984体ね。フリスは?」
「わたしは1024体、勝ったね」
「また逆転されたのね。まあ良いわ」
「俺は1672体だが……」
「ソラには聞いてないわ」
「ソラ君に勝てるわけ無いもん」
スピード特化のミリアと魔法特化のフリスには若干劣るものの、総合力ではソラが圧倒している。この結果は当然なのだ。
そうこうしているうちに、目的地が魔力探知の範囲に入る。
「ああ、あそこね」
「本当に集まってるね」
「そして、怪しいものは何処にもない。詳しく調べたが、本当に何も無さそうだ」
「調べたの?」
「音も使ってな。完全とは言い難いから、最後に直接中を見て調べるが」
「手伝うわ。罠を見分けるのは、私の方が上だもの」
「助かる。フリスも良いか?」
「うん。大丈夫だよ」
そしてそのまま突っ込んだ。最大でもSランクのゴーレムなど、ソラ達の敵では無い。ましてや今は3人揃っているのだ。
「よし、入るぞ」
「入ってみたらダンジョンだった、なんてことは無いわよね?」
「ダンジョンなら魔力探知の感覚が違うから、大丈夫だよ」
この塔に地下は無いようで、3人は1階から順番に探していく。魔力探知には何も反応が無いが、何か出る可能性も考えて警戒しながらだ。
だが、何も見つけることなく最上階までやってきてしまった。
「景色が綺麗だね」
「ええ、雪景色も悪く無いわ」
「探し物は何も無かったけどな」
「最初から期待はして無かったじゃない。そう言うのはお門違い……あれ?これって……」
「ミリちゃん?」
「ミリア、どうした?」
「ソラ、ちょっと肩借りるわよ」
突然ミリアが跳び上がり、ソラの肩に足を乗せてそのまま跳躍する。そして天井に手を掛けた後に、真下に落ちてきた。
「っと、バランスを崩して落ちてくるな。危ないだろ」
「ソラなら受け止めてくれるって信じてるもの。それより、見なさいよ」
「ん?……ああ、そういうことか」
「こんなのがあったんだね」
3人が見上げる先では天井の一部が横にズレており、その奥には魔法具らしきものが吊り下げられていた。
「魔力が込められた痕跡はあるな。微小だが……ゴーレムを呼び寄せたか」
「吹雪は違うのね?」
「ああ。これにそんな大規模な効力は無い。異常気象の1種だろうな」
「そっか。じゃあ、もう大丈夫だね」
「一応壊しておくぞ。再利用できないとも限らない」
「ソラにお願いするわ。私だと塔まで切りそうね」
「私も。何か残っちゃいそうだもん」
「分かった、任せろ」
そうして魔法具らしきものを壊し、3人は予定通りの行動に移っていった。
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「やっと戻って来れたわね」
「長かったよね」
「入ったのが
だから……半年を超えたわけか」
「まあ、1国の半分は廻ったから、長くても仕方ないわ」
「ずっと連絡してないけど、大丈夫なのかな?」
「さあな。ただ、死んでると思われても仕方ないか」
ソラ達はようやく、デイルビアまであと1日足らずというところまで来ていた。魔王領における調査も終わり、あとは帰るだけ。3人も気楽なものだ。
「それで、魔獣って結構減ったよね」
「確かに、最初の方はほぼ常に襲われてたわね。今は1日に数回だから、かなり減ったと思うわ」
「数十万は倒しているからな。減らないと困る」
むしろ、それだけ狩ってもまだ残っているのが驚きなのだが、それに関しては3人の頭には無かった。
「ただ調査の結果としては、あまり良いとは言えないか」
「え、何で?」
「言えるのが魔王城の場所くらいだからな。あの石柱も、ルーマでのことも、誰かに言って良いことじゃない。ルーマに関しては、アンデットが蔓延っていたとは言えるだろうけどな」
「そうね……書類に何かあれば良いけど……」
「あの書類より、現地を見た方が分かりやすい。恐らくは、俺達の報告がメインになる」
「そっか」
百聞は一見にしかずと言うが、過去に行われた推測と直接見て来た者の意見では、後者の方が共感されやすい。それは仕方の無いことだし、今は事実なのだ。
「でも、それは帰ってからだもんね」
「当然よ。魔獣も減ったし、準備としては十分過ぎるわね」
「一応、十二闘将が5人と、四天王が残ってる。俺達にとっては雑魚でも、他の人には障害になるぞ」
「ええ、分かってるわ。ソラとしても、邪魔されたくは無いでしょう?」
「そうだな、できれば魔王までスムーズに行きたい。問題はその後だからな」
「アレだよね?」
「ああ、アレだ」
ソラの目的について、というか推測からの対処方法みたいなものだが、2人とも知っている。そしてそれが間違いなく起こるであろうことも、2人とも予感していた。
「それにしても……ん?」
「どうしたの?」
「何か変な反応があった。向こうだが、気付かないか?」
「え?……あ、本当だ。何かな?」
「えっと……この他とは違う魔力が溜まった所よね?」
「そうだ。その感じ……ダンジョンか?」
「でも、精霊王は全員見つけたよ?」
「精霊王のいないダンジョンだってあるだろ?それに精霊がいないから、間違ってないはずだ」
最近は精霊王のダンジョンにばかり潜っていたが、ここに普通のダンジョンがあってもおかしくない。
ただ、ソラとミリアには気になっていることがあった。
「とはいえ……」
「そうね……」
「ソラ君?ミリちゃん?」
「取り敢えず、近くまで行くぞ。まだ確定したわけじゃない」
「ええ。そうした方が良いわ」
「分かったけど……どうしたの?」
「確認した後、落ち着ける場所に着いたら言う。それで良いな?」
「うん」
「じゃあ、行きましょう」
獣道を逸れ、森の中へ入る。そこからしばらく歩いた先にそれはあった。
ぱっと見はただの洞窟だが、雰囲気が完全に異なっている。
「間違いなくダンジョンだな」
「ええ、奥が明らかにおかしいわ」
「扉は無いし、入れそうだけど……」
「どうするのよ?」
「……まずはデイルビアに行って、休む。その後にここを攻略だ」
「はーい。じゃあ、また帰るのが遅くなっちゃうね」
「まあ仕方ない。放置するよりはマシだ」
「料理も、少し豪勢に作るわ。それで良いでしょう?」
「うん、ありがと!」
上機嫌なフリスの後ろを、ソラとミリアは笑いながら追っていった。




