第14話 廃都ルーマ②
「はぁ、やっと落ち着けるな」
「ずっと動いてたもんね」
「いくらできるっていっても、不眠不休は辛いわ」
「それはアンデットに言ってくれ。俺にはどうしようも無い」
「分かってるわよ」
666人目の遺体を燃やし、他にないことを確認して、ソラ達はようやく休息を取ることができた。
王宮に入ってから経ったのは1晩だけだが、町中も含めると5日になる。神に成ったとはいえ、疲労が溜まるのも当然だ。
「それにしても、666人……ワザとなのか、偶然なのか……」
「どうしたの?」
「666っていうのは、前の世界で悪魔の数字とも言われていた。縁起の悪い数字だ」
「それは……」
「まあ、ただの迷信だろう。具体的な話があるわけじゃない。もしあったとしても、この世界には無関係なはずだ」
「そっか、良かった」
「でも、油断はできないわよ?」
「ああ。だが……」
ソラが次の言葉を言おうとした、その瞬間……
「何だ!」
「きゃあ⁉︎」
「な、何⁉︎」
城が大きく揺れた。それは震度7の地震に劣らないほどだったが、何故か王宮そのものや家具に影響は無い。
ただ、それにはソラがすぐに気付いた。
「今のは……小さな揺れと同時に巨大な魔力の波があったみたいだな。魔法を使ったのか、何なのか……」
「ま、魔法⁉︎」
「それは分からない。だが、下の階で……謁見の間に魔力探知が効かない?」
「え?あ……つまり、そこが原因ってことね」
「恐らくは。ただ、さっきまで何も無かったんだが……」
「い、行くんだよね?」
「怖いなら来なくても良いぞ?」
「ううん、もう大丈夫。それに、ソラ君と離れちゃう方が怖いもん」
この状況で別れる方が危険だろう。3人は揃って、今いる5階から1階へ降りていく。最初と同じ正面玄関近くの階段を使うと、すぐさま異変が目に入った。
「ソラ、あそこ……」
「開いてるな。誘ってるのか……」
「どうするの?」
「行くしかない。結界も無くなったから、見逃すと何が起こるか分からないからな」
「あ、本当だ」
「それを考えなくても、行くべきだ。良いな?」
「ええ」
「うん」
扉を開けなくても相手は分かる。豪華絢爛な鎧を着たアンデットが2体、玉座の前に揃って立っていた。片方は男性型で大剣を持ち、もう片方は女性型で杖を持っている。
「あれって……」
「恐らくSSSランク、アンデットキングとノーライフキング、いかクイーンか。あの服装は……国王と王妃だな」
「そんな人まで……」
「アンデットにするのに、人の役職は変わらないんだろう。むしろ魔力が強い分良いのかもな」
だがその2体はソラ達を認識しているにも関わらず、動かない。それは3人が扉をくぐっても、謁見の間の半分近くまで進んでも変わらなかった。
と、ちょうど半分を過ぎた時だ。
「おおぉぉぉぉぁぁ!!」
「ああぁぁぅぅぁあ!」
突如2体は奇声を上げ、アンデットキングが飛び出してきた。
「っ⁉︎構えろ!」
「え、ええ!」
「行って!」
フリスは数十の魔弾を放つが、アンデットキングは全て避け、ソラへと切りかかる。
それをソラは薄刃陽炎で受け止めるものの……若干押され気味で、床が割れていた。
「ぐぅ!」
「ソラ君⁉︎」
「ミリア、避けろ!」
また、ノーライフクイーンは2人へ向けて無数の闇弾を放っており、それに込められた魔力もとてつもない。ソラに言われる前にミリアは回避に移っており、フリスは神気を込めて闇弾を迎撃した。
その後も2体の攻撃は苛烈で、ソラ達は反撃に移れない。だが3人が真ん中より後ろに行くと、再び静かになった。
「……こいつら、俺達と同じくらいの強さだ。神気は感じないが、魔力が異様に多い」
「確かにね……でもそれにしては、魔力の波長が何か変よ」
「なんか、アンデットを足し合わせたみたいだね」
「足し合わせる……まさか」
ソラの思いついたことは、この世界ではまずあり得ない。だが、日本のフィクションにあったことを考えると、これしか思い浮かばなかった。
「666人の遺体が浄化されて、それにかかっていた力全てがこの2体に集まったのか?」
「え?」
「そんなこと、ありえないわよ」
「確かにあり得ない。だが、これしか考えられないからな。それに、数万ものアンデットを生み出し続けるような力だ。俺達に匹敵してもおかしくない」
「……でもそれって、魔力だけで神様に勝てちゃうってことだよね?」
「ああ。とはいえ、こちらは理論上は不可能じゃない。問題はこのシステムの方だが……」
「やっぱり、石柱が関わってそうね」
「こんなの、魔人だってできないもん。わたしだって無理だよ」
「俺もだ。だが、現実には起こっている。対処するしか無い」
今まで見てきた、使ってきた魔法からすれば、この状況はおかしい。だが自分達以外に対処できる人がいない以上、やるべきだと考えていた。ミリアとフリスは当然だが、ソラもまたこの世界に愛着を持っているのだ。
「疲労も溜まった今の状態だと、勝てるかどうか分からないわ。一旦退いても良いはずよ」
「でも、ずっとこのままって保証は無いよ?わたし達以外には誰も止められないし……」
「ミリアの言うことは正しい。だが、フリスの言う通りだ……もう1度行くぞ」
「そう。なら、ソラの言う通りにするわ」
「頑張ろうね」
「すまないな」
覚悟を決め、3人は進む。そしてボーダーラインである中央を超えた。
「うぁぁぁぁぇぇぉお!!」
「いぃぇぇぁぁぉぉぁ!!」
その瞬間に再度奇声を上げ、アンデットキングが突っ込み、ノーライフクイーンが数十の闇弾を放つ。
だがそれは予想のできたこと、3人の対処は早い。
「アンデットキングは俺が相手をする。ミリアとフリスは2人でノーライフクイーンをやれ。神術も使えよ」
「ええ」
「任せて」
薄刃陽炎で受け止め、そのまま鍔迫り合いへ持ち込む。だがソラの身体強化よりもアンデットキングの身体能力の方が高く、押され気味だ。
またソラが光の付加を使うと、アンデットキングは闇の付加を使ってくる。さらに神術へ切り替えると、闇の濃さが増大した。
「こっちに合わせるなんて……インコかお前は」
この状態では、神気を一気に使うのはマズい。得意のスピード勝負、技の勝負へ持ち込み、一撃で倒すのが良いだろう。力は劣っているが、速度は勝っている。ソラはそう考えていた。
「……貴方も守りたいものがあったからこそ、ここに残ったのでしょう。だが、それは俺にもある。死者は死者らしく、引いてくれ!」
鍔迫り合いの状態で回し蹴りを放ち、アンデットキングを吹き飛ばす。そこへソラは地を這うように駆ける。
そして反撃の大剣を紙一重で避け、薄刃陽炎を振るった。だがその一閃は狙った所へは当たらず、肩の鎧に僅かな傷をつけるだけだった。
「ちっ、硬いな。だとしても……やりようはある」
避けただけでなく、当たる瞬間に魔力で強化したのもあるだろう。だが、このままでは致命傷すら与えられない。
やはり両断できるタイミングに全神気と全魔力を込めるしかない、そうソラは覚悟を決め、アンデットキングとの剣舞に身を投じる。
「フリス、迎撃は頼むわよ」
「うん。ミリちゃんも気をつけてね」
一方、ミリア・フリスとノーライフクイーンとの戦いは、壮絶な弾幕戦となっていた。
フリスの放つ魔弾と同系統の神術だけでなく、ミリアの飛刃の神術まで使われている。またノーライフクイーンの方は闇弾だけでなく、氷弾と土弾にも神術に匹敵できるレベルの魔力が込められていた。
「フリス、右よ」
「うん。あ、上だよ」
だが数百、いや1000に届く魔弾が飛び交っても、謁見の間が壊れることは無い。全てが対消滅し続けるというレベルで、完璧に制御されていた。
それ故……吹き散らされる魔力と神気の濃度も濃い。
「私達には、貴女がどんな人だったのかは分からないわ」
「ここに残ったってことは、王様と一緒に守りたかったのかな?」
「その想い、ソラみたいになるけど、綺麗よね」
「その覚悟、わたし達には無いものだもん」
「でも……」
「だけど……」
そして濃度が増える度に、均衡が崩れていく。生者と死者、そこにある想いの強さは、文字通り桁が違う。
「「私達にも、譲れないものはあるんだよ!」」
フリスの大規模神術に、ミリアの斬撃が重ねられる。それは迎撃をものともせず、ノーライフクイーンを飲み込んだ。
「どう?」
「まだみたいね」
だが、ノーライフクイーンは闇の障壁によって防せいでいた。それでも無傷とはいかず、鎧の各所には焦げがあり、杖も一部欠けている。
「これでも倒せないんだね」
「でも、こっちの有利は作れたわ。同じことをするだけよ」
「うん。ミリちゃんこそ、使い始めたばっかりなんだから、気をつけてね」
「勿論よ。負けるわけにはいかないもの」
そして再び弾幕が舞った。神術として自由に扱える2人と、無理矢理魔力を込めて強化するしかないノーライフクイーン、制御能力に差が出るのは当然だ。
「ミリアもフリスも、上手くやってるみたいだな」
少し時間を遡る。2人の様子を横目に見つつ、ソラは目の前の相手に集中していた。こちらは剣技の勝負であちらほど差は出ていないが、技の習熟度はソラが圧倒している。高い身体能力で強引な動きをするアンデットキングだが、ソラに危機感を抱かせることすらできていない。
そしてノーライフクイーンが2人の神術に飲み込まれた時、アンデットキングの動きが一瞬だけ鈍った。
「そこだ!」
それをソラは見逃さない。刹那の隙を逃さず接近し、逆袈裟に振るった。
この一撃のため、薄刃陽炎には今残っている魔力と神気の3分の1近くが込められている。これが当たれば確実に消滅するだろう。だが……
「なっ、くそ!」
横から闇弾が飛んできたため、攻撃は中断するしか無かった。どこから来たか考えるまでも無い。ノーライフクイーンの援護だ。
ソラも2人と合流し、改めて対峙する。
「分断仕切れなかったわね」
「これだけ狭い場所だ。仕方ないだろう」
「でも、負けるなんて思わないね」
「ああ。むしろ、こっちの方が連携を活かせるから楽じゃないか?」
「相手も使ってくるわよ?」
「連携なら、俺達の方が上だ。間違いない」
神となってから、いやそれ以前も蹂躙の方が多かったが、連携は鍛えている。というよりも、稽古での経験は連携するのに生きる。この自身も当然だ。
そして、戦闘はすぐに再開された。
「ガァァァァァァアア!!」
「ギェェェェェェエエ!!」
「やるぞ!」
「ええ!」
「うん!」
ソラとミリア、そしてアンデットキング。互いの前衛が飛び出し、後衛は魔法の準備をする。だが3対2となった今は、そう単純ではない。
「行け」
アンデットキングとノーライフクイーンが重なる位置に移動したソラは、細いが強力な光線を放つ。
どちらかが防がなければならないこの状況。ノーライフクイーンを守るためか、アンデットキングは大剣で光線を防いだ。
「そこよ!」
だが、その隙は致命的だ。ミリアの斬撃は鎧の隙間を穿ち、右の肋骨を1本砕く。味方の不利を悟り、ノーライフクイーンはアンデットキングを援護しようとするが……
「させないよ」
フリスがそれを阻む。光弾がノーライフクイーンを掠め、炸裂の衝撃で狙いをそらす。また大規模な神術も放ち、防御へ力を偏らせた。
「ミリア、アンデットキングを攻撃しつつ、ノーライフクイーンも牽制だ。ただ、俺もノーライフクイーンに攻撃することがあるから、注意しろよ」
『分かったわ』
「フリスはそのまま牽制していろ。余裕があるなら、こっちに手を出しても良い」
『はーい』
状況はソラ達有利に進んでいた。人数が1人多いのもあるが、3人の方が自身と互いの能力を良く知っている。さらに連携も上となれば、身体能力だけでゴリ押そうとするアンデットに遅れを取るわけが無い。
「しっ!ミリア!」
ソラの回し蹴りが大剣の側面を蹴り、アンデットキングの姿勢を大きく崩す。
「ええ、フリス!」
そこへミリアが飛び込み、鎧は切れないことを承知で双剣を振るう。アンデットキングに傷は無いが、大きく弾き飛ばされた。
「うん、行って!」
そして、フリスは飛んできたアンデットキングを射線上に捉えつつ、ノーライフクイーンへ数十の神術を叩き込む。
「はぁ!」
さらにソラがノーライフクイーンに突貫する。フリスの神術は防ぎきったノーライフクイーンだがこちらには反応できず、杖を叩き斬られた。
ソラは反撃の闇弾を避けるために一旦下がったが、そこに若干の疑念を感じ取る。
「……杖は形だけか」
「そうかも。ぜんぜん威力が落ちてないもん」
「でも、無い方が良いわ。フリスみたいに棒術を使えるかもしれないもの」
「確かにそうだな。この調子でやるぞ」
「うん、大丈夫だよ」
「ええ、任せなさい」
アンデットキングとノーライフクイーン、昔この国を治める、アンデットとなってもなお王にさせられた彼ら。だがそれも、もう終わりが近いようだ。
「……何かやってくるな。注意しろ」
「魔力の流れが変わってるね」
「この状況でこれって……」
以前ダンジョンのボスが使っていたため、3人の印象に残っている現象。これをここで使われるとは予想外だった。
「グルルル……グガァァァァ!!!」
アンデットキングは全身を覆う闇が大きく増やし、もはや闇の塊となっている。
「ぁぁぁ……ァァァァアアアア!!!」
またノーライフクイーンも魔力を纏い、それはまるで黒い炎のようだ。
「最後の最後に全魔力を消費し切るつもりか。マズイな」
「問題は、どれだけ強くなるかね」
「わたし達の全力くらいになるかな?」
「それは分からない。だがアンデットがこれをするということは、時間をかければ自然消滅する。耐えられるならその方が楽だ」
「それができたら、よ」
ミリアがそう言った瞬間、アンデットキングが飛び出した。だがその速度は……先ほどの3倍を超えている。
「ちっ、早い!」
瞬時に身体強化の出力を上げ、ソラはそれに対応する。相当量の神気を使っているが、それでようやく互角といったところ、スピードのアドバンテージは完全に無くなった。
そしてパワーは途轍も無い。振るわれる大剣は床に当たっていないにも関わらず、カーペットを裂き大理石を砕いている。
「激しい、わね」
「ミリちゃん、下がって!」
「ええ」
ノーライフクイーンの弾幕もまた、数倍苛烈なものとなっていた。数も質も増大し、掠めただけで腕を持っていくであろう闇弾が機関砲の如く撃ち込まれているのだ。今は防げているが、いつまでもそれが続くとは限らない。
「一気に決めるぞ。持久戦と言っていられる状況じゃない」
『そうね。でも、突破口を開くのも簡単じゃ無いわよ?』
『わたしが開く?』
「いや、俺がやる。フリスはその次だ」
『はーい』
「ミリアはその後だな。任せるぞ」
『ええ。ソラ、頼むわよ』
「ああ」
攻撃は苛烈だが、隙が無いわけではない。その一点を狙い、ソラは唱えた。
「逆巻け、蹴散らせ、神天風雷」
風と雷の形をもった、ソラの大規模高威力神術。それは魔弾を全て散らし、2体の体勢を崩した。
それが、仕掛ける合図である。
「フリス!」
「ミリちゃん!」
ミリアの全身を金色の光が包み、フリスの周囲に白い煌めきが舞う。そして力を自身の神器へ込めた。
後を考えない2人の全力、アンデットキングとノーライフクイーンも、これには一瞬動きを止める
「行くわよ、ルーメリアス!」
「飛ばして、オルボッサム!」
そして2人はそこを突く。ミリアは神々しい金の刃を振るい、フリスは威圧感すら感じる白色の光弾を放つ。
アンデットキングとノーライフクイーンは全力で防御するものの、金の刃で大剣は砕け散り、白色の光弾により魔力の壁は消し飛ぶ。さらに魔力の大半を消費しつつ、共に玉座に叩きつけられた。
「死者よ、この一光をもって天へ戻れ……」
トドメはやはり、この男だ。ソラは薄刃陽炎を体の横に構え、魔力と神気を流し込む。残る神気のほぼ全てを込めたそれは、まるで白金に輝く光剣のようだ。
そして、それは全力で振るわれる。
「斬り裂け、薄刃陽炎!」
ソラが飛ばした斬撃は2体を飲み込み、アンデット特有の魔力が全て消え去った。




