第13話 廃都ルーマ①
「取り敢えず結界を壊すわよ。閉じ込められたら……」
「駄目だ。このアンデットが南へ向かうぞ」
「どうしてよ」
「この結界はアンデットを閉じ込める檻の意味も持つらしい。それが壊れたらどうなる?」
「この大群……そうなると、大変なことになるわね」
背後は壁、逃げながら数を減らすことはできない。それ故、対処方法はもう一方に変わるのだが、それも難しいかった。
「じゃあ、一気に燃やしちゃって……」
「それもやめろ」
「何で?」
「何となくだが、この結界は町の状態を媒体としたものの可能性が高い。町が壊れれば、その分結界も弱くなるぞ」
「じゃあどうすれば良いの!」
「1体ずつ丁寧に殺していけ」
これが無茶なことはソラにも分かっている。向かってくるアンデットはAランク以上ばかりで、SSランクも相当数混ざっている。だがそれでも、やるしかないのだ。
「……そうね。これを南に向かわせることに比べれば、私達の苦労なんて大したことじゃないわ」
「うん。それに、全部倒しちゃえば良いだけだもんね」
「恐らく、ここで死んでいった者達だろう。解放してやるぞ」
「ええ」
「勿論」
幸い、3人の戦闘能力なら不可能では無い。SSランクだろうと、100や200で負けることなどありえない。
それに、アンデットは連携ができない。これはソラ達にとって、大きな利点だ。
「建物が壊れなければ、大規模魔法を使っても大丈夫だ。丁寧にやれよ」
「うん、任せて」
「ミリアは路地裏の対処を頼む。表通りは俺とフリスが抑えるから、派手にやって良いぞ」
「分かったわ。ここはお願いね」
フリスが吹き飛ばし、ソラが圧倒し、ミリアが蹴散らす。よく行う連携……と言えるか分からない力技だが、それを今回は市街地戦に応用していた。
「行くよ……エレキウェーブ!」
フリスは巨大な波を作り出し、目の前の通りを水でさらう。これには浄化の力を持つ雷も混ぜられており、中央付近のアンデットはたまらず消滅していった。
大通りの全てを覆うほどの魔法は破壊を恐れて使えなかったが、それで十分である。
「消し飛べ!」
そこの開いた隙間へ、ソラが飛び込んだのだから。薄刃陽炎と手甲足甲に光を付与し、当たるを幸いにアンデットを薙ぎ払っていく。込められた魔力と神気が膨大かつ狙いが正確ため、SSランクですら一撃で消しとばしていた。
「消えなさい!」
またミリアは、建物の影から奇襲しようとしていたアンデットを屋根の上から強襲し、切りとばす。こちらは神術の光付加を使っており、ソラよりも威力は高い。効率も良くなっており、継戦能力も問題は無さそうだ。
『ソラ、20体くらいをそっちに送るわ。できる?』
「その位置ならフリスの方が良いな。できるか?」
『うん。カウントお願い』
『ええ。3、2、1……今よ』
「ナイスだ。今度はこっちの集団を路地裏へ向かわせたい」
『良いわよ。でも、サポートはしてくれるのよね?』
「当然。というか、ミリアは追い込むだけでいい。倒すのは俺がやる」
『なら、任せなさい』
「助かる」
他にも路地裏から誘い出したところを魔法で撃ち抜いたり、逆に路地裏に誘い込んで背後から斬ったりと、好き勝手やっている。また、アンデット側が何故か町を破壊しようとしないので、ソラ達はかなり楽していた。
ただ、それでも……
「……多すぎるな」
『ええ。1000や2000じゃないわね』
『どうするの?』
「撒くぞ。近くの奴らが個々に向かってきている状態だから、1度抜ければ減るはずだ」
『分かったわ。タイミングは任せるわよ』
「ああ。フリス、俺の合図と同時に、雷魔法を指定した通りに放ってくれ」
『うん、任せて』
ミリアとフリスへ説明をしつつ、ソラはタイミングを探る。そしてアンデットに増援が来た瞬間、動いた。
「……今だ!」
「清め、降り注いで、メテオフレイム!」
フリスがそう叫ぶと、天から数百の火の玉が落ちてきた。それらはアンデットに触れると、他の物を燃やさない、浄化のみに特化した炎を撒き散らす。
光魔法が使えるフリスでも、神気を加えてしばらく集中すれば、これくらいの魔法は使える。攻撃範囲や魔力効率は普通の魔法に劣るが、今はとても有用だ。
「退くぞ。ミリア、殿は任せる」
「ええ。それより、しっかり先導しなさいよ?」
「分かってる……ん?」
「どうしたの?」
「この集団の外だが、何ヶ所かに数十体ずつアンデットが固まってる。何故だ?」
「本当ね。何か重要なものでもあるのかしら?」
「でも、そんなものってあるの?」
「さあな。だが、調べてみる価値はありそうだ」
先ほど戦った様子だと、アンデットはただ襲ってくるだけだった。このため使役者はいないと考えていたが、守っているなら話は変わり、調べる必要が出てくる。
だが、この話はそんなに簡単では無かった。
「あれ?増えた?」
「アンデットって、こんなに簡単に増えたりしないわよね?」
「そのはずだ。他の魔獣と違って、発生には死体が必要になる。確か人型で無くても良いとはあったが……」
「詳しいことは分かって無かったよね?ゾンビとかスケルトンとかは分かりやすいけど、Sランク以上だと全然分かんないんだもん」
「ゴーレムもそうだが、非生物型の魔獣は分かりにくいからな……っと、そろそろか」
「20体いるわね。Sランク以上は9体よ」
「みたいだね。やっちゃう?」
「すぐに片付けて、建物を調べるぞ。どうやら、増えたのは中らしい」
20体程度すぐに蹴散らし、2人が建物へ入る。ソラが外、ミリアとフリスが1階を調べたものの、特に何も無かった。
「1階には何も無いわね」
「こっちもだ」
「増えたのって2階だったよね?」
「ああ。さて、何があるか……」
老朽化した階段に注意しつつ、ソラ達は上の階へ登る。そこで3人が目にしたものは……
「嘘……」
「そんな……」
「……ふざけやがって」
ベットに寝転がった遺体から生えてくるデュラハン、アンデットだ。そしてこの光景から、どうやってアンデットがあれだけ増えたのか、ソラ達は察した。
魔力探知で確認した1体も含め、このスピードだと1年もすればこの町を埋めてしまいそうだが、恐らくソラ達が大暴れしたせいで早まったのだろう。そんなこと今は関係無いが。
3人はすぐさまデュラハンを倒し、遺体を燃やす。ちゃんとした葬儀をすることはできないが、利用され続けるのを見るのは3人とも耐えられなかった。
「遺体をアンデットにするわけじゃなく、遺体から増やすか……遺体を使うだけでも許せないんだが」
「遺体からアンデットを作るのは魔人とか、高位のアンデットしかできないから……そういうのがやったんだよね」
「ただ、そうだとしても……変だな」
「変?」
「ああ。こんな風に無限に増え続けるアンデットなんて、聞いたことあるか?」
「……1つだけあるわ」
「あるのか?」
「でも……神話の中よ。何でここに……」
「神話か……まさか」
「どうしたの?」
「あの神殿、石柱が関係しているかもしれない。神話と神気という違いがあるとはいえ、神と魔獣という意味ではピッタリだ」
「確かにそうね……でも、神気なんて感じないわよ?」
「それが問題だな……ただそれが正しいとすると、とんでもないものが待ち構えてる気がする」
「とんでもないものって?」
「分からない。それでも……」
無関係ではいられないだろう。だが今、考えに浸る時間は無い。
「ソラ、ゆっくりはしてられないわよ」
「来たみたいだな。恐らく、ここと同じ状況は他にもある。探すぞ」
「うん。残したりなんてできないもん」
人の遺体で兵器を作る。この行為はこれと全く同じだ。ソラ達3人とも、こんなことは許せなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「燃えて!」
「やぁぁ!」
「ミリア、下がれ」
「面倒ね、まったく!」
横の壁から出てきたスペクターとレイスを切り捨て、アンデットの群れへ突撃するミリア。それをフリスは援護し、ソラは後ろから来るアンデットに対処していた。
ゴースト系のアンデットは壁を通り抜けることができるため、障害物は意味を成さない。ただ3人にとって幸いなのは、ゴースト系はSランク以下にしかいないことか。
「それにしても、こんな迷路みたいになってるなんて思わなかったわ」
「迷わせるような作りでは無いから迷路では無いが、確かにそれに近いな。大方、侵入してきた敵をここで足止めするためだろう」
「この後ろは重要だもんね」
「町の中に砦みたいな建物が残ってるっていうのも珍しいけどな」
王宮の北側、大通りを塞ぐような位置にあった砦らしきもの。その中をソラ達は探索していた。
大通りそのものは砦の横を通るようにできているが、敵の勢いが削がれることは間違いない。古いものだとしても使えないことは無いだろう。
そして、どうしてこんなものが残っているかについて話が飛んだのだが……
「文化財的な扱いだったのか、実用性を求めたのか……ただまあ、ここで戦いが起こったことは間違いない」
「血がべったり付いてるもの。間違いないわよ」
「砦だもんね。でも、どうやったのかな?」
「派手に攻撃して魔獣を引き付けたのかもな。進み方がいくつもある以上、魔獣の目を集めることが重要だ」
「でもそれ、犠牲になるってことよね?」
「兵士は民を守るためにいるってことだろう。冒険者とは違う」
「そこは真似できないわ。私は知り合いと自分を優先しちゃうもの」
「私もだよ」
「俺もだ。人の感性はそれぞれ違うとはいえ、自分とその周囲以外のために命をかけるのは難しい。立派なことだ」
全員が全員聖人というわけでは無く、全員が英雄というわけでも無いだろう。だがその覚悟は賞賛されるべきであり、無駄死にでは無い。一気に奇襲を受けたデイルビアとは違って、相当量の住人が生き残っているのだから。
「でもそんなことよりも、今の問題はこれね」
「ああ。まさか20人が1つの部屋にいるなんてな。アンデットの発生が多すぎる」
「どうする?」
「……少しくらいなら、壊しても構わない。一掃してくれ」
「うん、良いよ。でも、壊さないから」
「頼む。ミリアはフリスの魔法の後に突撃だ」
「任せなさい」
炎がアンデットを飲み込み、道を切り開く。そこへミリアとソラが飛び込み、道を完成させた。
3人はすぐさま障害を排除し、遺体を火にくべる。するとその時、フリスが神妙な面持ちでソラへと近づいてきた。
「ねえソラ君」
「フリス、どうした?」
「……魂って、どうなるのかな?」
「魂?」
「急にどうしたのよ?」
「この人達、ここにずっと囚われてて、アンデットを作らされてたんだよね。死者の魂は天に昇り、再びこの世に生まれ落ちるって言われてるんだけど、この人達は……」
「それは分からない。俺は魂に触れることなんてできないし、魂を感じることもできない。魂そのものはあるだろうが、今どこにいるかなんては分からない」
「でも、ソラ君の世界はここより進んでたんだよね?なら……」
「前の世界は魔法無しで発展した。神秘といったものは無視されていて、魂はその最たるものだ。むしろ、存在の否定すら起こるほどにな」
「そっか……そうなんだ……」
「だが……」
俯いたフリスを、ソラは抱きかかえる。身長差で若干不恰好だが、それを気にする者はいない。
「だが気になるのなら、浄化に特化した魔法を作る。だから安心しろ」
「え?」
「俺もこの状況は気にくわない。少しでもこの人達が報われるのなら、やってやりたいと思うだけだ」
「そっか……ありがとう」
「自己満足でもある。気にするな」
「それでもだよ。ありがとう」
そういうとフリスは部屋の奥の方へ進んでいった。何か考え事があるのだろう、ソラは見送った後は視線をそらした。
その代わりに、ミリアが近づいてくる。
「やっぱり優しいわね、ソラは」
「ちゃんと俺は自己満足だって言ったぞ?」
「それでもよ。わざわざフリスを安心させるように言ってたじゃない」
「それが俺だ。むしろ、慣れて言わなくなって欲しいな」
「慣れてるわよ。ただ……」
「ただ?」
「心配な時は……いえ、心配事が無くても、好きな人に甘えたい時はあるわ」
ミリアはソラの肩に頭を乗せる。それをされたソラも、笑いながら声を返した。
「まったく、ミリアは変わったな」
「ソラが変えたのよ。責任は取ってもらってるけど」
「俺の方が得るものが少ないのは変わらないが」
「ちょっと、どういう意味よ?」
「冗談だ」
その雰囲気に当てられたのか、戻ってきたフリスの顔は明るかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「しっ!」
「滅んで」
「消えて!」
アンデットを斬り飛ばし、切り刻み、撃ち倒す。屋内での戦闘だが、ソラ達の動きは衰えない。むしろアンデットの方が動きづらそうで、屋外より楽だった。
「俺がやる。良いな?」
「うん」
「ええ」
「炎よ、光とともにこの者を解放せよ。聖炎歌」
そして白い炎で火葬を行う。これは神気も含み、浄化の力のみを極限まで高めた炎で、アンデットであれば触れただけでチリとなるほどだ。
魂というものに介入できるのか、できたとして意味があるのか、それは分からない。だが少しでもこの人物が報われるよう、そしてフリスの気が晴れるよう、ソラは手を尽くすつもりだ。
「何人目だっけ?」
「ちょうど600人目だ。まさか4日もかかるとは思わなかったが……アンデットもかなり減っているし、9割は終わったとみて良いな」
「町の中はこれで終わりみたいだから……後は王宮ね」
「どれくらいいるのかな?」
「多くとも100人程だろう。それ以上だと、町の中に溢れている数と合わなくなりそうだ」
「それなら、かなり楽になるわ」
「だが、王宮はあの大きさだ。それに、敵が攻めて来た時の逃げ道も考えられる。時間がかかる可能性もあるぞ」
「確かにそうかもね。気をつけるわ」
「気は張らなくて良いぞ」
この世界でそれが通用するのかは分からないが、入り組んでいる可能性は十分ある。それも考慮し、ソラ達は正面玄関から王宮へ入った。
「中はあまり荒れてないわね」
「うん。掃除すれば使えそうだね」
「町は多少壊れてたが、ここは戦いが無かったのか……ん?」
玄関の向かい側、恐らく謁見の間であった場所だろうが、そこへ続く扉が動かなかった。
「開かないの?」
「ああ。鍵が壊れてるのとは違うな。これは……結界に近い。無理矢理破るか?」
「その中にアンデットはいないし、問題無いわよ」
「だと良いんだが……いや、まずはアレをどうにかするべきだな」
視線を向けた先は、玄関を見下ろすバルコニーのような場所。そこでは遺体からアンデットが次々と生み出されていた。
「さっそくだね」
「それにしても、ペースが早いわ」
「恐らく、残りの数と反比例しているんだろう。戦力を一定に保てるようにな」
「そっか。でも、問題無いよ」
「ああ、行くぞ」
「勿論よ」
アンデットを蹴散らし、遺体を浄化する。やることは単純なのだ。3人が迷うことは無い。




