第12話 魔王領⑤
「やっとここまで来れたか」
「予想はしてたけど、疲れたね」
「そうだな。今回は純粋に休憩だ。魔獣が来なければやることは無い」
「分かったわ。それで、その後はどうするのよ?やっぱり、最初の予定通りに?」
「ああ」
1度デイルビアへと戻ってきたソラ達。戦い詰めだったため疲労の色が見えるが、まだ問題にする程では無い。次の目的地、本来の目的に移るつもりだ。
「次はまず元王都、そして魔王城を確認する。気付かれないよう、最新の注意を払えよ」
「うん。気をつけるね」
「ええ。流石に1万以上のSSランクが来たら大変だもの」
「そんなに集められるとも思えないけどな」
勝てないとは言わないのだが。というか、あのレベルの神術をただの魔獣がどうにかできるとは思えない。
「まあ、今は気にしなくて良い。休むぞ」
「はーい。それで、何する?」
「こんな廃墟ですることなんて無いわよ」
「稽古も派手なことはできないし……3人でゆっくりするくらいか?」
と言いつつ、ソラは2人を抱き寄せる。
「ちょ、ちょっと」
「良いだろ?ここには俺達以外誰もいないんだからな」
「うん。ミリちゃんもほら」
「……仕方ないわね。相手をしてあげるわよ」
「笑顔で言われてもな」
「嬉しそうだね」
「ちょっと!」
3人の仲は簡単に変わるものでは無い。それはいつまでも同じだろう。
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「これって……」
「昔は凄かったんでしょうけど……」
「面影が一切無いな」
樹都ツリア。エシアスと同様にエルフが多く住む町だったのだが、美しい町並みは見る影もない。至る所に木や草が生え、町の多くが森に飲み込まれていた。
「一応、建物は残ってるみたいだ。近い所から探していくぞ」
「ええ。でも、残ってるかしら?」
「家も木製だし、壊れやすそうだよね」
「それでも、やらないよりはマシだ。それに、森に飲み込まれてない区画もある。行くぞ」
「分かったわ」
「はーい」
家屋らしきものは地上だけでなく、木の上にも存在する。昔は間を繋ぐ吊り橋があったのだろうが、今は無い。
また木造、特に巨木のウロに作られた場所は、使用目的の判別が難しかった。
「ここって……何?」
「何かしら。分からないわ」
「もしかして、あれは祭壇か?」
「祭壇?」
「ああ。燭台らしき物と、何かを供える台も見える。可能性は高いかもな」
「ということは、ここは教会ね」
「だろうな。ただ、この様子だと戦場にはならなかったか」
「木の上だよ。ここまで入ってくる魔獣はいないんじゃないかな?」
「それに、ここに篭ったら逃げられないわ。いなくなるのも当たり前ね」
翼人を除くと、人を乗せて飛行できる魔獣を従えていなければ逃げられないだろう。全員がそれを満たすわけが無い以上、ここに立て籠もるのは下策だ。
「そうなると、怪しいのはあそこか」
「朽ちてはいるけど、砦に似ているわね」
「砦というより、屋敷?」
「防衛施設としての面も持つ領主の屋敷ってところだろう。何か残ってれば良いんだが……あの様子だとな」
枝の上を駆け、目的地へと飛び降りる。荒れ果てて崩れてはいるが、入る場所は残っていた。
「玄関じゃなくて壁からなのね」
「仕方ないだろ。こんな状態なんだぞ」
「完全に崩れちゃってるもんね」
砦の様な見た目であったであろう屋敷は崩れ、入り口すら正規の場所では無い。さらにその奥は……
「さてと、中は……」
「うわぁ〜……」
完全な廃墟だった。泥や血だけでなく焦げた跡もあり、さらに一部は炭化もしている。マトモな資料が残っているとは思えなかった。
「これだと、残ってるものはほとんど無さそうね」
「そうだろうな。ここまでボロボロだと、探すだけで大変だ」
「無理だよね?」
「無理ね」
「無理だな」
「じゃあ、他を探すの?もう無いと思うけど」
「実際、もう手がかりがありそうな場所は残って無いだろうが……外縁部をもう少し探すか」
「ええ、良いわよ」
四方の門の近くで、なおかつ大通りから離れた場所は比較的綺麗だ。中央部になるほど荒れているため、洪水と同じように魔獣は進んだのだとソラは推測していた。
「それじゃあ俺は向こうへ行くから、他はやってくれるか?」
「ええ、任せてくれて良いわ」
「大丈夫だよ」
「頼む」
ミリアとフリスと分かれ、ソラが向かった先は西門だ。そこには3人以外の人影が2つあった。
「あ。お姉ちゃん、人だよ」
「ホントね。あのー」
「聞こえてる」
「あ、ごめんなさい。それで、貴方は?」
「ソラだ」
1人は振袖のような服を着て、薙刀を持った少女。そしてもう1人は江戸時代の武士がよく着ていた裃を簡素にしたような服を着て、長巻と呼ばれる薙刀によく似た武器を持った少年。
また、2人はとても良く似ている。兄妹か何かなのかもしれない。
「で、お前達は?」
「あ、ごめんなさい。私がライカで、この子は双子の弟のライル。若いって言われますけど、SSランクの冒険者です」
「はい、お願いします」
「そうか。それで……」
自己紹介をして、人の良い笑顔を見せるライカとライル。だが、ソラは警戒を解かない。そして……
「魔人が俺に何の用だ?」
2人は一瞬驚くような顔をした後、後ろに隠すようにしていた腕を前に出す。そこには……黒い竜鱗がついていた。
「なーんだ、バレてたんですか」
「バレないとでも思ったのか?」
「そうですよ。せっかく大人しくしてたのに」
「残念ながら、気配には聡い。隠し切れていない殺気を感じ取る程度、朝飯前だな。それで、何の目的があってここに来た」
「分かっているでしょう?」
「……やっぱり、最初に見られていたか」
実際は確信しているのだが、ソラは隠す。この話し方だと、十二闘将すら敗れた相手ということを知らないようだ。
「その通り、あなた達がここに入ってきたことは最初から知っていました。最初は勇者が来たかなと思ったんですけど、武器が違うんですよね」
「聖剣を知っているのか」
「僕たち、そんな年寄りじゃないよ」
「私たちじゃなくて、もっと上の人達ですよ」
「なるほど。で、たった2人でやってきたわけか」
「十分ですから」
「十二闘将、聞いたことありませんか?」
「あるな」
もう既に何体も殺してきているのだが。まあ、わざわざ伝えることではない。ただ、変に説明口調なのは気になっていた。
「十二闘将って言うのは、魔王様に直接実力を認められて、独自行動を許可された者のことなんですよ。四天王の方々と違って固定の配下はいませんけど、説得して一時的に配下にするとことはありますね」
「四天王か……流石にそれは知らなかったな」
「だってあんまり出ないから」
「へえ?」
「四天王の方々は配下の統率と指揮が第一ですから。私たちほど自由には動けないんですよ」
「なるほど。それで、俺達にとっては有用な情報だが……そんなに話して良いのか?」
「ええ、そりゃあ……あなたはここで死ぬんですからね!」
ライカは薙刀、ライルは長巻を振るい、ソラを両断しにかかる。だが……
「甘いな」
「え⁉︎」
「お姉ちゃん、続けて!」
「も、勿論!」
ソラには当たらない。薙刀も長巻も避け、時には柄を蹴って逸らし、薄刃陽炎で受け流していく。実力の差は見るからに明らかだ。
「力と速さは申し分無いが、最も重要な技が無い。この程度か」
「このっ……!」
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「当たり前よ!」
申し分無いと言っても、魔力しか使っていない時のソラにすら劣っている。勝ち目は一切無いのだ。
「人間なんかに……私たちが、負けるもんですか!」
だが、そんな状態でも下に見てしまう。彼女の場合は他の魔人とは違うようだが……それがいけない。
「そう侮るから……死ぬことになる」
相手の実力を見誤れば、死ぬだけだ。ソラは大振りになったライカを、薄刃陽炎で逆袈裟斬りにしようとして……
「お姉ちゃん!」
「え……ライル……?」
「まさかとは思ったが、そう来るか」
姉を押しのけ、割り込んだライルが斬り裂かれた。
まあ、長巻程度ならソラはそのまま斬ってしまうので、守るためとしては間違った選択とは言えない。だが客観的に見れば、簡単に命を奪うことができるソラを相手にして、それは無意味に近いものだ。
「そ、そんな、どうして……」
「お、ねえ、ちゃん……にげ……」
「逃げられると思っているのか?」
「そんなの、は……」
「ちょっと、ライル……ライル!」
「もう少し踏み込めば、苦しまずに逝かせられたか。そこはすまない」
「……私も殺して。ライルと離れ離れなんて……」
「俺も最初はそのつもりだったが……」
ソラは薄刃陽炎をライカの首元へ突きつける。そしてそのまま……
「気が変わった」
鞘に収めた。
「……え?」
「戦意を失って、もう敵になりそうにない相手を斬るほど、俺は落ちぶれていない。何処へでも行け」
「どうして……」
「最初から思っていたが、お前は戦いに向いていない。ここにいなければ、弟も死ななかったかもしれないな」
「そ、そんなこと……」
「ならお前は、生きるために非情になれるか?勝ち残るために、歯向かう敵を殺し尽くすことができるか?」
「……」
「殺すことへの忌避が強すぎる。勿論、殺しを忌避するのを悪いとは言わない。だが戦いの場で、敵を目の前にして悩むな。それを理解できていないのなら、戦士には向いていないぞ」
非戦闘員への虐殺は忌避するソラだが、敵を殺すことへの忌避は無い。とはいえ、己の矜持に反したことはしたくないのが実情だ。
刀を収めたのは気まぐれに近いものだが、1度決めたことを取りやめるつもりはソラには無い。どうせ、ライカにはもう戦意が無いのだ。
「それでも……それでも私は!」
「やめておけ」
「何で⁉︎」
「弟が救ったその命、無駄に散らすつもりか?」
「っ!……」
「戦いは、覚悟を決めた戦士同士でのみ行われるべきだ。そしてその間での出来事に他者が口を挟むのはお門違いだ。非戦闘員が虐殺されたのならまだしも、戦士が殺されたからといって相手を恨んでは、死んでいった者への侮辱になる。そう考えているからこそ、俺は覚悟の無い相手を殺したくは無い。まあ存在を許せなかったり、一方的な敵意を向けられているなら別だが」
相手が覚悟を持っていなかったとしても、自身や2人を守るためならば、ソラは手を抜かない。もしライカが激情に飲まれていれば、そうでなくともソラを恨んでいれば、ライルと同じく斬り捨てられていただろう。今彼女が生きているのは、そういった必然を躱した偶然の結果だ。
「もう1度言う。そいつを連れて、何処へでも行け」
もう何も敵わないと思ったのだろう。ライカはライルの遺体を背負い、無言で町の外へと逃げていった。彼女が今後どうなるのかは分からない。分からないが……ソラは少し手を打つつもりだった。
「さて……こんな連中に俺を襲わせて何のつもりだ?ゴアク」
「いやはや、やはり気付いておいででしたか」
視線を向けた先にいたのは例のごとく、ゴアクだ。彼は観戦していた木の上から降りてくると、構えもせずにソラと相対する。とはいえ、警戒していないというわけでは無い。
「隠す気も無かったくせによく言う。殺気が出たままだったぞ」
「おっと、これは失礼。あまりに面白そうだったものでしてね」
「白々しい。それで、何のつもりだ?」
「私に他意はありませんよ。彼女達が独断で行なったことです」
「どうだか」
「事実ですよ」
「どうせ追求したって答えるわけないだろ?それより、拷問して吐かせる方が簡単そうだ」
「物騒ですね。私に勝てるとでも?」
「今ならな」
ゴアクと戦ったことは無いが、今であれば負けることは無いだろう。相手がどんな存在か分からないとはいえ、ソラだって相当な実力者だ。
「やめておきましょう。今は時期が悪い」
「時期だと?」
「勇者が北へ近づいているのです。無駄な戦いはするべきではない」
「へえ、あいつらがこっち側に来ているのか」
「知っているのですか?」
「一応手合わせもしたことがある。まだ弱かったが、見所はあったぞ?」
勇者の師匠だなんていう余計な情報は与えない。詐欺師ではないが、情報戦もまたできるようになっていた。
「まあ、勇者をお前らが警戒するのは当然か。ただ、それだけだと弱いだろ?」
「勿論そうです。ですが、理由はもう1つありますから」
「もう1つ?」
「私達が決着をつけるのであれば、ふさわしい舞台があった方が良いでしょう?」
「……分かってるな」
その言いように、ソラも思わず笑みをこぼす。
「まったく、陣営が同じなら良い友人になれたかもな」
「まったくです。他の者といるより気楽ですよ。殺気は飛んできていますが」
「敵同士だ。当たり前だろ」
警戒は解かないが、戦うような雰囲気では無い。冗談めいたことも言えるくらいだ。
「おお怖い。他にも怖いお嬢様方に狙われておりますし、ここは退散いたしましょう」
「どこにでも行け。ただし……分かってるな?」
「ええ。彼女は立場が悪くならないよう、私が間に入らせていただきます」
「もう1つもだ」
「もちろん……舞台が整ったら、決着をつけさせていただきますよ」
「それまでの命だ。大切にしておけ」
「それはこちらの台詞です」
ゴアクが去ると、見張っていた2人が入れ替わりでやってきた。
「ソラ」
「ソラ君」
「ミリア、フリス、ありがとな。おかげで多少は話を聞けた」
「それ、無理してるみたいに聞こえるわよ。この間、話を聞いたりしないって言ったばかりなのにね」
「うん。でも、急に言われたからびっくりしちゃった」
「仕方ないだろ。向こうが急に来たんだからな」
魔王の領域に入ってからは常時警戒体制だが、いつ敵が来るかまでは分からない。先手を打てないのは仕方のないことだ。
だからこそ、基本的にソラは敵に容赦しない。
「ねえソラ君、逃しちゃって良かったの?」
「ゴアクのことか?」
「そっちもだけど、あの女の子もだよ。十二闘将って言ってたんでしょ?」
「ああ……あれば俺のわがままだ。どうしてあんな立場にいれたのかは分からないが、あいつには戦う覚悟が無かった。弟が死んで心が折れたところを殺すなんて、俺はやりたくない」
「そう。カッコいいのね」
「そんなわけない。ただのエゴだ」
「そういうのがあるだけで凄いのよ。私達は……戦うだけだったもの」
「人同士での争いが少ないからだ。前の世界には、魔獣がいなかったからな」
「世界の違いってことかな?」
「恐らくは。だから、気にしなくて良いぞ」
「無理よ、覚えたわ」
「また聞いて良い?」
「まったく……良いぞ」
ただ、ミリアとフリスには甘いソラであった。
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「やっと見えたね」
「長かったわ」
「ここからが本番だ。気を抜くなよ」
ようやく旧王都、ルーマを視界に入れた3人。旧王都ということで、やはり規模は大きい。
だがその町は、他と違う異様な雰囲気が支配していた。
「それにしても、静かね」
「ああ。魔獣が1体もいないな」
「町の近くでいなかったことってあったっけ?」
「無い。だからこそ怪しい」
「でも、行かないなんて選択肢は無いわ。ここには必ず何かがある。そうでしょう?」
「そうだ。だからこそ……」
「気をつけて、でしょ?」
「分かってるわよ」
「何度も言ってるからな」
「でも、必要なことよね」
「いくら神に成ったとはいえ、死なないわけじゃない。油断は禁物だ」
「うん。大丈夫、わたし達は死なないよ」
「ああ。さて、準備は良いな?」
「ええ」
「行こ」
警戒しつつも歩き、町へ近づいていく。そして城門を潜り、町の中へ入った。だが……
「え!結界⁉︎」
「閉じ込められたわよ!」
「今は考えてる暇も無いか……来るぞ!」
城門や城壁に結界が張られる。さらに目の前からは、不死の軍団が迫っていた。




