第11話 魔王領④
「静かだね」
「ええ、少し不気味よ」
「まあ、ガルムスもホートも、特に何も無かったしな。静かなのは楽で良い」
「でも……」
「どうせまた魔獣は来る。そんなに固くなるな」
森の中を3人は歩いていく。元街道は雑草だらけで歩きにくいため、獣道のある森の中の方が良い。だがこの獣道を作るのが……まあそういうことで、襲撃は多かった。
なおソラが話した町は、3人が既に訪れた場所のことだ。獣都ガルムスとは、元々は獣人達が好んで住んでいた地域にできた町で、魔王に対して頑強に抵抗していたらしい。
また、坂都ホートは旧王都を含め主要4都市、他にもいくつかの町と街道が繋がった交易都市だった。
どちらももう廃墟と化していたが。
「……私を初心者みたいに言わないでくれる?警戒してるだけよ」
「魔力探知は俺とフリスも共有してる。口で伝える必要は無い」
「来たら分かるから、大丈夫だよ」
「……悪かったわね」
常にレーダーが頭の中にあるようなものだ。それに自身の感覚の一部となっていたのだから、注意を払わなくても気付く。今のように。
「まあ、最初はそうなっても……お?」
「あ、来ちゃったね」
「……私のせいじゃないわよ?」
「分かってる。数は27、それでこのサイズ……雷竜か」
「雷のドラゴン?」
「違うわよ?」
「ああ、そういう意味じゃない。前の世界では恐竜系の中で、特に大きなものを雷竜と呼んでたからな。ついそう言っただけだ」
「そう。それで、種類は分かる?」
「この魔力量ならCランクかな?でも……あ、後ろにまた出たよ」
「前はバウルザウルスだろうな。確か、背中の棘を飛ばしてくるぞ。後ろの6体は……このサイズ、Aランクの二ブルザウルスだ」
「もう1体来たわね。この大きさだと……」
「Sランク、ヘルザウルスだよ」
全長30mの巨体を持つバウルザウルス、それを超える全長70mの二ブルザウルス。さらにそれすら圧倒する全長120mのヘルザウルス。これらの魔獣が現れたら、町などひとたまりも無いだろう。
だが……
「でも、大きいなら遅いわ」
「その通りだ」
「援護は任せてね」
この3人には関係無い。簡単に狩れる獲物でしかなかった。
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「あったわね」
「ああ。案外近かったな」
「山を挟んで反対側だから、結構遠いよ」
「国内を考えればそうだな。つい3国も加えて考えてた」
「広すぎよ」
丘都バーティク。坂都ホートから東へ進んだ場所にあるこの町は、小高い丘の上にある館を中心に作られた町だった。領主は武人の家系だったらしく、館や城壁は特に実戦的で今なお崩れてはいない。
そしてここの近くで、シェーアと同じ種類の神殿を見つけた。
「こっちにもデーモンと結界はあるか……ただ、神気の雰囲気が少し違うか」
「そう?ここからだと分からないわ」
「わたしも。ソラ君は分かるの?」
「薄刃陽炎があるからかもしれないが、何となくでは分かる。結界そのものはシェーアのものと同じみたいだからな」
「でも、入れば分かるわよね?」
「恐らくは」
「じゃあ……あれ?」
「フリス?」
「今何か……何だったのかな?」
「どうかしたのか?」
「ううん。ただ……」
「……漠然としていて言葉にできないのか?」
「そんな感じ。何だか、音が一気に大きくなったっていうか……」
「音が……波……三角波か?」
「さんかくなみ?」
「聞いたこと無いわね」
「海が身近じゃないからな。波が複数の方向から来た時、特定の条件を満たすと波の高さが大きくなる現象のことだ。それに近いんじゃないか?」
「う〜んと……そうかも」
現象の理由を考えることはできる。だが発生原因は分からない。そして問題は、それをフリスだけが感じたということだ。
結界を抜けつつ、話を進める。
「だが、その原因が分からないな。音と魔力では波は感じなかったから、考えられるのは神気だが……どこから来たのか……」
「あの神殿からじゃないの?」
「その方が考えやすそうね」
「だが……いや、証拠も無い今、考えても仕方ないか」
「何が?」
「進むぞ。結界を通り抜ける」
「ソラ?」
「……嫌な予感がする。2つの神殿と魔王城……何かありそうだ」
「え?」
「何か?」
「それが分からない。だが……」
推論すらできないことを考え込んでも仕方が無い。ソラはそう結論付けていた。
「さてと、手早く破壊するとするか」
「ねえソラ、私達にやらせてくれる?」
「まあ良いが……どうした?」
「試してみたいもん。どこまで効くか気になるから」
「なら任せる。やってみろ」
「ありがと」
「頑張るね」
2人は全力で神術を放ち、石柱を削っていく。途中から親の仇を討つかのような目になっていたが……神気を振り絞り、最後の最後に石柱を破壊した。
「はぁ、はぁ……ソラ、凄い、わね……」
「う、ん……疲れた……」
「まったく。そんな風になるなら早く俺と変われ」
打撃じゃないと簡単には壊せないぞ、という言葉は口には出さない。だがソラは疲労困憊のミリアとフリスに微笑しつつ、神殿から少し離れた所まで運ぶ。そして時間も経っていたので、その場所で夜営することとなった。
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「はあ、まさかここにも来るなんてな」
「結構削ったはずよね?」
「500は超えてるよね?」
「1000に届く可能性もあるが……まさか無尽蔵なんて言わないよな?」
「流石にそれはありえないわ」
砂都ルイーダ。砂漠と言うほどでは無いが周囲を砂に囲まれたこの町は、中央のオアシスを利用することで発展していた。位置的にも魔王城の予想地点よりは遠いため、元王国の中でもかなり遅い時期に陥落した場所だ。
だがここに、再び魔獣の大群が来る事態となっていた。
「それで、ダウリザードが約340、リザードが約210か」
「ドラゴンもいるよ。25頭と……あとエルダードラゴンも8頭だね」
「ドラゴンは土属性だけとはいえ、厄介ね」
「ああ。いくら滅んだ町とはいえ、完全に消し去るのはマズい」
「少しずつ倒すしかないよね?」
「俺達は建物に潜み、近くを通りかかった集団に奇襲をする。時間はかかるがこれしかないだろう。それに、これだけの規模と統率なら、指揮官として魔人がいてもおかしくない」
理由は分からないが、大規模な魔獣の群れにはほぼ必ず魔人がいる。そして魔人を討てばほぼ確実に勝てるのだ。
「それで、何処に行けば良いのよ?」
「そうだな……ミリアはここから前に2ブロック先の3階建の建物の3階に、フリスは右3ブロック先の劇場の屋根裏だ。俺の合図に合わせろよ」
「うん、任せて」
「ソラ、指揮も上手になってるもの」
「御託は要らない。やるぞ」
やはり指示を受けているのか、リザード達は半分を門の所にに残し、もう半数を2〜4匹のグループに分けて町の中に入ってきた。
数を生かすつもりのようだが……ソラ達にとっては逆に対処しやすい。
「ミリア、目の前のグループを殲滅したら2軒後ろに移動しろ。3匹のグループが2つ来る」
『分かったわ』
「フリス、2ブロック先のグループを魔法で殲滅、その後1ブロック左だ」
『はーい』
自身も狩りつつ、適切な指示を出す。それに淀みは無く、無駄も無い。門に残った集団が動く前に、別れた集団の半数以上が殲滅された。
『それにしてもソラ君、上手になったよね』
「何がだ?」
『指揮よ。最初はその場その場だったじゃない』
「確かに……ただ、俺が慣れたからとは思えないな」
『どういうこと?』
「確定では無いが……神気が関わっている気がする」
『え?』
「まだ漠然としてるけどな。ただ、何となく分かる」
そんな風に話していても、効率は落ちない。すぐに町中の残りも殲滅し終えた。
「次は積極的に仕掛けるぞ。フリス、領主の館から魔法を撃て。ミリア、隣の建物の大通りに面する部屋で待機、通った瞬間に通り魔的に殺していけ」
『分かったわ』
『うん。それで、ソラ君は?』
「俺はエルダードラゴンをやる。奇襲で殲滅するつもりだ」
『なら良いわね。頼むわよ』
「任せろ」
ソラの指示通り、2人は配置につく。そして合図と同時に始めた。
「狙って……撃ち抜いて!」
フリスは水魔法で1頭ずつ貫く。その精度は高く、反撃も受けない距離だが、撃っている場所は分かりやすい。罠なので良いのだが。
そんなフリスに引きつけられたドラゴン5頭、エルダードラゴン1頭を含む100近い群れは、ミリアの歓迎を受けていた。
「やぁ!」
横合いから飛び出した影によってエルダードラゴンが撃ち落とされ、リザードがぶつ切りになる。またダウリザードやドラゴンも同様だ。
門近くに残った魔獣も、別の場所を心配していられる状況では無い。
「数だけは多いな。だが……数だけだ」
ソラは右手に炎、左手に光を宿し、その密度を増やしていく。そして……
「消し飛べ!」
両手を合わせた。そうやって放たれた神術、解放された超圧縮プラズマ奔流は、門の外にいた群れの半分をかき消した。
「残りは約100、問題無いな」
そして残り半分へ向けて突入する。ドラゴンは8頭、エルダードラゴンが2頭残っているが、問題無い。
「はっ!」
大きく飛び上がり、頭上からエルダードラゴンを強襲する。1頭の首を斬り裂くとさらに跳び、ドラゴンの翼を割いた。
また魔弾を大量に降らせ、リザードやダウリザードを撃ち抜いていく。戦闘時間は短かったが……その跡地は死屍累々だ。
「流石ね」
「褒められるほどのことじゃない。それより、気付いてるな?」
「うん。隠れてるみたいだけど、外にいるよね」
「これね。斥候みたいだけど……」
「恐らく、本隊が後ろにいるんだろう。もう少しで報告に行くはずだ。それを追う」
「分かったわ」
「はーい」
ちょうどソラの神術に巻き込まれない位置にいたようで、魔人らしき反応が1人分ある。もしかしたら、ドラゴン達を引き連れてきたのはこいつなのかもしれない。
そしてその当人は監視されているとも知らず、動き出した。
「動いた。追うぞ」
「ええ。それにしても、何処に本隊はいるのかしら?」
「さあな。ただ、相当離れているのは事実だ」
「魔力探知に入ってないもんね」
「これだけ見晴らしが良いと、魔力探知より先に見つけられるかもしれないわね」
「それは無い、と言いたいが、巨大な魔獣がいるなら否定できないな」
「でも、先に見つけたよ」
「小さい奴らばかりだな。これなら簡単だ」
魔力探知に反応が出て、その後視界にもそれが入る。それは無数の鬼とそれを引き連れた何人かの魔人、そしてそれすら率いる2体の魔獣だ。このまま放置するわけにもいかない。
そう考えつつ3人が近づいていくと、片方が大きな声で叫んできた。
「はっはっは!オレは十二闘将のムサシ様だぁ!テメェが入り込んだ人間か!」
「ムサシ、ここに人間がいる時点で確定だろう。某は十二闘将が1人、コジロウ。恨みはないが貴殿らの命、貰い受ける」
「アシュラと鬼将軍か。厄介なのが出てきたな」
アシュラと鬼将軍、ともにSSランクの魔獣だ。SSSランク魔獣よりは弱いはずだが、十二闘将の名は伊達では無かった。実力はそれ相応のものがあるはず。
「どうだコジロウ!どっちが何人殺せるか競争しようぜ!」
「まあ、良いでしょう。人間狩りも悪くない」
「はぁ……その言葉、そっくりそのまま返してやる。ミリア、フリス、本気でやるぞ」
「ええ」
「うん」
「なーに、がぁ⁉︎」
だが、相手が悪い。アシュラはミリアによって6本の腕全てを切り落とされ、3つの顔もスイカかトマトのように切り裂かれる。また、鬼将軍もソラによって真っ二つにされた。
「消え去って!」
さらに鬼と魔人の群れへ向け、フリスの神術が狙う。風と雷を混合させた嵐によって、その集団は綺麗さっぱり消し飛んだ。
「フリスの神術、かなりの威力だな」
「時間を貰ったんだもん。これくらいはできるよ」
「頼もしいわね。でも、私はそういう派手なことができないから、羨ましいわ」
「そんなことは無い。ミリアだって……」
「他人の芝は青く見えるものよ。私も分かってるわ」
「そうか。なら良い」
羨む気持ちは誰にでもある。それを本人が自覚しているのなら、気にすることでは無い。それに、ソラはミリアのことを信じているのだ。
「それでソラ君、もう行く?」
「ああ。このままここに残っていたら、また来る可能性が高い。ここは待ち伏せには適さない地形だしな」
「そう。なら、早く行きましょう」
「そうだな」
なおこの戦いの余波で周囲の地形が滅茶苦茶になっているのだが、誰も気にしなかった。




