第8話 魔都デイルビア②
「ここかな?」
「間違いない。ここに書いてあるぞ」
「あ、本当だ」
「ふざけて無いで入りましょう」
翌日、衛兵の詰所の1つを見つけたソラ達は、破壊された扉から中へ入る。中は真っ暗だったが、今はソラの魔法のおかげで明るい。
「以外と荒れて無いのね」
「立て籠もるには不便な場所だからかもしれないな。こう狭いと、槍どころか剣を使うのも難しいだろう」
「魔法は?」
「魔法使いがいたとしたら、上の階だと思うぞ。見晴らしが良いからな」
この建物は3階建て、周囲の家々より1階分高い。魔法や弓矢を使うには都合が良いだろう。
「ただこの様子だと、何か残ってる可能性は低いな」
「そうかな?」
「ああ。あるとしても普段の書類くらいだろう。襲撃前の情報があるのは……誰かの日記くらいか」
「いえ、衛兵なら日誌をつけている可能性もあるわ」
「そう言えばそうだな。それなら、まずは日誌を探すぞ」
「はーい」
ソラ達は比較的損傷の少ない奥の方へと進み、目当ての物がないか探し始めた。だが……
「ミリちゃん、ある?」
「いえ、無いわね。ソラ?」
「こっちもだ。」
資料棚にて3人は探すが、目当ての日誌は見当たらない。古いものなら残っていたりもするが、町が滅ぶ半年前以降のものが無かった。
「おかしいわね。日誌をつけてないなんてありえないはずよ」
「新しいものだけ無いね。どうしてかな?」
「そうだな……案外、表の分かりやすい所にあったり……」
「……ソラ」
「……ソラ君」
「……これが1番正しそうだな」
そして元来た道を戻っていく。そして言葉にした通り、それはあっさり見つかった。
「これね。あったわよ」
「良くやった、ミリア。それで、読めるか?」
「多少古くなってるけど、問題無いわ」
「じゃあ、お願い」
「ええ」
半年分が1冊に纏められているわけでは無い。ミリアは1ヶ月ごとに分けられたそれらを手に取り、最も新しい物だけを机まで運んだ。
なおソラの魔法があるため、文字を読むのに支障は無い。
「異変は襲撃の7日前からあったみたいね。ええと……『今日は出が馬車150台に1024人、入りは馬車141台に543人。いつも通り、大半が補給物資だ。北は大変らしい。この辺りは平和なのにな。ただ、森が少し騒がしいのが気になる。北の町や砦があるから大丈夫だと思うが、冒険者に調べてもらうべきだろうか?』」
「日記みたいだね」
「ええ。衛兵の詰所でつける日誌とは思えないわ」
「そういう場所だったんだろう。それで、次の日はどうだ?」
「『今日は出が馬車162台に1178人、入りは馬車132台に480人。そういえば今日の午後、砦からの定期連絡が届いた。どうやら砦の周りも騒がしいらしい。今日もゴブリンやオークを倒したそうだが、一向に数が減らないそうだ。大丈夫だろうか?』」
「たくさん集まってたんだ」
「最前線では無いとはいえ、厳戒体制を敷いていただろうからな。攻め落とすには相当な数がいるはずだ」
「そうでしょうね。次の日を読むわよ」
「頼む」
滅亡へのカウントダウンは既に始まっていた。それを読み解き、人々に伝えることもまた人の仕事である。こういった過去の資料は、どんな些細な物でも求める人が多く、重要だ。
「『今日は出が馬車143台に964人、入りは馬車146台に587人。森がうるさいのは変わらない。ただ砦と違って、こっちに魔獣が出てくることは無い。何故だろうか?それと、冒険者が今日出発した。早く民を安心させたいものだ』」
「やっと行ったの?」
「遅いとは思うが……依頼を受ける側がいないとどうにもならないし、不安程度で大ごとにはできなかったんだろうな」
魔王との戦いが始まっている時点で、住民へのストレスは相当なものだっただろう。特に、自分達の国は滅んでいるのだから。心配させたくないという気持ちも分かる。
「『今日は出が馬車172台に1375人、入りは馬車168台に943人。今日は少し多い。冒険者達はまだ戻ってこない。数日かかるとは聞いていたが、早く戻ってきて欲しいものだ』」
「特に何も無ければそうだろうな」
「ねえ、続きは?」
「勿論よ。『今日は出が馬車152台に1037人、入りは馬車139台に521人。平均的な数だ。そう言えば、昨日まであんなにうるさかった魔獣が、今日は何の音もしない。ただまあ、大丈夫だろう。平和なのは良いことだ』」
「何も聞こえない、か……」
「えっと……何で?」
「何処かに集まってるってことよ。この場合だと、砦かしら?」
「もしくは、魔人が町に警戒させないために離れさせたかだな。集まってるのは同じだろうが」
どのような手を使ったのかは、これだけでは分からない。とはいえこの先の危険地帯、何があるのか不明な場所では、少しでも情報が欲しかった。
「前日よ。『今日は出が馬車124台に914人、入りは馬車104台に472人。今日は少ないな。今日、冒険者がようやく帰ってきた。どうやら、昨日から魔獣の姿がほとんど見えないらしい。冒険者は不安がっていたが、何故なのだろうか』……冒険者の不安の意味を分かってなかったみたいね」
「基本は町の中にいる衛兵だ。命のやり取りが物種の冒険者とは考え方や感じ方が違う可能性も十分ある」
「今は大丈夫なのかな?」
「少なくとも、最前線の砦は兵士ばかりだ。問題が無いとは言い切れないが、少ないと思うぞ」
前線が気にすることでも、後方は気にしないなんてことは良くある。そしてどうやら、それが起こったらしい。
「それで、襲撃の日は……『悪い知らせだ。北方にあるガルムスとツリアが5日前に落とされたらしい。避難民でてんやわんやだ』これで終わりよ」
「それ以降は書く暇も無かったってことだろう。仕方無い」
「ねえ、何で避難民が急に来るの?先に知らせたりするよね?」
「早馬を出せないくらい戦力に余裕が無かったのか、早馬を出しても全員殺されたとかだろうな。可能性としては、後者の方が高いか……」
「混乱を狙って攻め落とした可能性もあるわね。やっぱり魔人が……」
「ああ。狙ってやったと見て間違いない。もっと上かもしれないけどな」
「もっと上?」
「魔王か、それに準ずる幹部が命じた可能性もある。どちらにせよ、厄介な相手だ」
どう動くか分からない避難民の動きを予想し、適切な手を打つ。そんなことをやってのけた相手がいるだけでも、警戒するには十分だ。
「これでここは終わりね。次の場所へ行くかしら?」
「そうだな……一応、奥にある日誌も回収するぞ。何らかの参考になるかもしれない」
「はーい。じゃあ、持ってくるね」
「頼む」
「……ソラ」
「ミリア?」
「何で今、魔王側が本格的な攻勢に出ないと思う?」
「……ここを素早く落としておいて、って意味か?」
「ええ」
「逆だからだろうな」
「逆?」
「混乱を突いたから素早く落とせたんじゃなくて、混乱させないと落とせなかったからだろう。魔獣が足りないからとは思えないが、魔人が足りないならそれもありえる」
「そう……そっちの方が気分的には良いわね」
「そういう話じゃないぞ」
詰所を出て、3人は他の場所へ向かう。そのために通りを歩いていくと、研究所らしき建物が見えてきた。
「そういえば、魔法の研究も盛んだったか」
「そうね。魔法具の原型が生み出されたとも言われてるわ」
「気になるの?」
「何となくだがな。良いか?」
「ええ。どっちにしろ、何処が良いかなんて分からないもの」
「なら、行くぞ」
「うん」
崩れた鉄柵の隙間から入り、正面玄関だったであろう場所からソラ達は入り込む。暗いことに変わりはないが、ここはあまり破壊されていなかった。
「窓とか無いんだね」
「電光石の類いもの。燭台はあるけど……」
「研究所だからな。魔法の研究がどんな風かは分からないが、外部からの要素はできるだけ少ない方が良い」
「そうなの?」
「少なくとも、前の世界ではそうだった。ここに入るぞ」
「ええ」
そこでソラは扉を開ける……蹴破ると、何かが割れる音が耳に届く。
「……汚いわね」
「整理整頓くらいはしっかりしてほしいな」
「慌ててたのかな?」
「いや、普段からサボってただけだろう」
ゴミ屋敷となっていないだけまだマシなのだろうが、流石に足の踏み場がほとんどないこれは嫌だった。
また割れた物はどうやら、ガラスの何からしい。丸みは無いのでフラスコなどとは違うだろうが、何に使っていたのかはまったく分からない。
「別の部屋に行くぞ」
「え、良いの?」
「ここ以外でも資料なら見つかるだろう。パッと見で区別が分からないなら、探すにしても大変になる」
「そう……確かに、整理整頓された所の方が良いわね」
「それに、重要な資料は専用の保管室にある可能性が高い。個人の部屋にあるのは制作途中のものか、失敗作くらいだろう」
「そっか、商家でも商品は倉庫にあるもんね」
「まあ、それと似た感じだな」
そのまま3人は通路を歩き、資料室まで来る。そして中身を調べ始めた。
この町では魔法具の研究が盛んだったらしいが、他にも魔法体系や、ごく稀に物理化学のものもいくつかある。そういったものはソラが目を通していった。
まあ、魔法具関連に関しての知識はソラにはほとんど無いので、2人がチェックをする。
「これとこれは……見たことないな。ミリア、フリス、分かるか?」
「それは……家で扱ってるのを見たことがあるわね。ただ、これとは仕組みが違うわ」
「そんな風なの見たことないよ。あるのは全然違うもん」
「死蔵された発明品か……世に出さないと、作った人が可哀想だ」
理系大学生になり損ねたソラだが、そういった感覚は知っている。この世界の役に立つというのもあり、とても古い物や筋違いと言える物以外、ほぼ全てを回収していった。
「こんなところか。ミリア、フリス、次は何処に行く?」
「そうね……フリス、何か見つけた?」
「うーんと……あ、こっちに地図があったよ」
「何かあったか?」
「うん。何かありそうなのは、試験場と総合管理室かな?」
「確かにありそうだ。行くか」
「ええ、それで良いわ」
資料室を後にし、通りを歩いていた時……
『あ、来たよ!』
『ホントだ!』
『凄い凄い!』
「……ソラ、これってそういうことよね?」
「そうだろうな。まさか町の中にあるとは思ってもいなかった」
「でも、どこなのかな?」
『地下だよー』
『暗いよー』
「何処かの棟の地下室か。探すぞ」
「ええ」
「はーい」
『早く早くー』
目的を変更し、ソラ達は声のする方へ向かっていった。そして、すぐにそれを見つけることになる。
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「……ソラ、ソラ」
夜半、満月が天頂へ来る少し前頃。ミリアに揺すられたソラは直ぐに起きた。
「ん?ミリア、どうした?」
「魔獣が来たわ。戦えるわね?」
「ああ、先行して様子を見る。フリスを起こしておいてくれ」
「分かったわ」
窓の外に目を向けると、城壁の門の辺りに魔獣の群れが見えた。恐らく北から来るだろうという予想が当たり、屋根の上を走りつつもソラはホッとしている。
「鬼か……カラフルだな」
鬼は角の数によってランクが異なる。3本はBランク、2本はAランク、1本はSランク。そして肌の色は、3本が緑・黄・茶、2本が青・紫・灰色、1本は赤・黒・白。特に1本角は手に持つ金棒に、その肌の色と同じ付加もできる。カラフルだが、厄介な相手だ。
「ミリア、フリスは起きたか?」
『ええ。まだ寝ぼけてるけど、大丈夫よ』
『うん〜……ソラ君、どこ〜?』
「早く起きろ。ミリア、フリスを連れて北門の東側、城壁の上に行ってくれ」
『ソラはどうするのよ?』
「正面で対峙する。少し気になることがあるからな」
まだ少し距離があるが、ソラの目は鬼では無い存在も捉えていた。
『大丈夫?』
「ああ、問題無い。だいたいSSランクってところだ」
『油断は駄目よ?』
「分かってる。もう心配させたりはしない」
バベルの件は3人それぞれに思う所があった。ソラはそれをもう繰り返させようとはしない。
そうしている内に門が近くなったので、ソラは一気に跳び、門前広場へ飛び込んだ。
そこで周囲を見渡すと、やはり1人だけ姿が違う。周りの鬼よりかなり小さいが、鬼と同じような角が5本生えた、筋骨隆々な人型。やはり魔人だ。
「ん?おお、ここにいたのか。探す手間が省けたな」
「それはこっちのセリフだ。わざわざ倒されに来てくれてありがとな」
魔人へ声をかけ、戦闘態勢に入るソラ。それを見た鬼達がソラを包囲するように集まってくるが……
「やっ……なぁ⁉︎」
「どうした?」
ソラを中心とした半径20m以内にいる鬼は全て崩れ落ちていた。
「ちっ、総員かかれ!」
「ミリア、フリス」
『ええ』
『はーい』
そしてミリアが門の外にいる鬼へ切り込み、フリスが上から魔法を降らせる。
「くっ、このぉ!」
「遅い」
そして魔人は、ソラによって首を刎ねられた。
「大したこと無かったね」
「何か話してくれるかと思ったんだけどな。期待外れだ」
「相手は一応魔人よ?重要なことを簡単に話すとは思えないわ」
「それはそうだが、脳筋っぽかったからな。むしろそのせいか?」
「すぐに襲ってきてたし、そうかも」
「脳筋じゃなければ話すとも思えないけど」
「確かにな。次からは期待しないでおこう」
そう話しつつも魔法を使い、後始末を終える。
「さて、戻るぞ」
「番はまだ私ね」
「いや、俺が代わる。どうせもうすぐだからな」
「大丈夫なの?」
「ああ。フリスは予定通りで良いぞ」
「じゃあお願い。もう眠いわ」
「うん、お願い」
「ちゃんと休めよ」
仮宿にしていた家に戻り2人が休む中、ソラは夜を過ごしていった。




