第5話 魔王領①
「冒険者が言えたことじゃないだろうが、ここの防衛も頼むぞ」
「は!お気をつけて」
「俺達が森に入った後、一応しばらくは警戒を強めておいてくれ。大暴れする可能性もある」
「了解しました」
「じゃあミリア、フリス、行くぞ」
「ええ」
「うん」
砦での手続きを終え、ソラ達は北へ向かって歩いていく。その先は人のいない領域だが、3人に緊張は無かった。
「魔獣は……いないね」
「この辺りにいるなら、砦の方へ行くはずだ。もう少ししてからだろうな」
「そうね……なら、あの山まで一気に行くのはどうかしら?」
「あの山なら低いし、問題無いだろう。そうするか?」
「良いよ〜」
「じゃあ、決定ね」
魔王の領域とはいえ、ダンジョンのように区切られた場所ではない。森の様子は他の場所と変わりなく、それが3人に関係したとも言える。
「それにしても、意外と景色が良いな」
「どうして?」
「何となくだが……魔王の支配領域ってことで、おどろおどろしい見た目を予想してた」
「そんなの見たこと無いわよ」
「トレント系がいるから、真っ暗な森でも驚きはしないだろうが……普通だな」
「ええ、普通よ」
「うん、普通だね」
ゲームのような謎空間ではなく、いくつかのラノベのような別大陸でも無い。むしろ境界を超えたら瞬間に植生が変わることの方がおかしいのだ。
と、そこでソラはある方向を睨む。
「……っち、見られてたか」
「ソラ?」
「今、微量だが魔力反応があった。魔法で探っていたのかもしれない」
「え?そんなことできるの?」
「光魔法で望遠をすれば、魔力探知より広くなる。それに、魔人は魔力探知に特化した面々がいてもおかしくはない」
「そう……それで方向は分かるわよね?」
「ああ。ちょうど、山の方だ」
「待ち構えてたりするのかな?」
「可能性はある。というか、少し見えるな」
「え?」
「魔獣だ。木々の下にいる。最低でも1000はいるだろう」
「多いわね」
「まあ、必要ならあの山を消し飛ばしても良いから、まだ楽かもな」
「できちゃうから笑えないよね」
「まったくだ」
神術を使えばできてしまうのだ。殲滅するのだって問題無い。
ただ、楽に魔力をあまり使わない手段があればなお良い。
「さて、先に良い場所を取っておいて、奇襲するぞ。どうやらこっちに来るみたいだ」
「うん。後ろもいるし、間違いないよ」
「迎え撃たれる側も珍しいわね」
「ダンジョンとあまり変わらない気もするけどな」
「……それもそうね」
ダンジョンも、ソラ達の方が侵入者だ。いつも大群で来られているから迎え撃つようだが、実際は違うのだ。
「あの大きな木々のある所はどうかな?」
「そうだな……上から魔法を撃ちつつ、撹乱するぞ。幹に取りつかれる前に倒せ」
「私は幹に近い魔獣を倒すわ。その方が良いわよね?」
「ああ、必要になったら俺も行く。フリス、上手く撃てよ」
「任せてね」
一足早く到達したソラ達はその中の1本、特に大きな木へ登り、待ち構える。
「よし、来るぞ」
「向こうの方に撃てば良い?」
「できる限り方向は偽装しておけ。混乱させた方が良い」
「はーい」
「ミリア、使える足場は確認しておけ。落ちるなよ」
「ええ、分かってるわ」
そうして3人は迎撃の準備を進めていく。そしてしばらくすると、ようやく魔獣の群れがやってきた。
「……Sランクばっかりだね」
「ベヒーモスにヘルマンティス、アルビオンやミノタウルス……大きなのばっかりね。対処は楽そうよ」
「元々多いのか、温存していたのか……魔人が管理している可能性もあるから、なんとも言えないな」
「別にどうでも良いわ。私達は倒すだけよ」
「ああ。先頭が完全に入りきったら始めるぞ」
魔獣達はゆっくり、上はほとんど警戒しずに進んでいく。これなら完璧な奇襲になる。
「撃て」
「行って」
ソラは津波のように広がる黒い炎の塊、フリスは周囲へ金網のように広がる雷弾を放ち、100体以上の魔獣を葬り去る。また、どちらも着弾地点の真上から撃つことで、場所の撹乱を行なっていた。
そしてそれは功を奏し、魔獣達は見当違いの所ばかり睨みつけている。
「弱いね」
「まあ、遠距離攻撃がほぼできない近接系ばかりだ。無理もないだろう」
「魔人がいるかもしれないのに、杜撰ね」
「案外、この辺りにいたのを集めただけなのかもな。俺達が入って来ること自体の予想は難しいはずだ」
「分かった方がおかしいよ。だって3人だけなんだもん」
「大きな動きがあるわけでも無いし、当然だな」
物理系の魔獣ばかりなので、魔法にはほとんど手足が出ない。だが木の上にいると見当はつけたようで、いくつかの木の幹を登ろうとしている。
だがその注意が逸れた所で、もう1人が動く。
「ミリア、今だ」
「ええ」
幹を足場に駆け、ミリアが地上へと達した。そして血の雨が降る。
ここにいる魔獣は大柄なパワータイプばかり、しかも密集していたせいでほとんど動けず、ミリアに一方的に殺されていった。
「数は多い。油断はするなよ」
「分かってるよ」
『いつも通り、集中するわ』
「それで良い」
最初の戦いはまだ始まったばかりだ。
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『数だけは多いわね』
「そうだな……フリス、攻撃範囲は広げられるか?」
「できるけど、消耗も大きくなっちゃうよ?」
「構わない。ここまで多いとなると、早く倒しきった方が良いだろう」
戦い続けるソラ達。押し寄せる魔獣は1000どころではなく、死骸の山が築かれていた。ソラ達は木の上を移動しつつ、魔獣を倒し続ける。数はかなり減ったとはいえ、まだ無視できるほどでは無い。
また魔獣の編成には時折グリフォンやバジリスク、天狗なども混ざるため、かき集められていた可能性が高いとソラは判断していた。
「消え去れ、黒死の霧」
「燃え尽きて、フレイムヴォルケーノ」
ソラとフリスの魔法により、軍勢にポッカリと穴が空く。
『はぁぁ!』
さらにそこへミリアが飛び込み、混乱を加速させていった。
そんな感じで数を減らしていたのだが……突如攻撃的だったはずの魔獣達が引き返していく。
『……え?』
「魔獣が……逃げてく?」
「……そういうことか」
ミリアとフリスは呆然としているが、ソラは感づいていた。そしてソラがフリスを連れて地上に降りた直後、それが現れる。
「おやまあ、このような場所に入る者がおると聞いたんじゃが、このような子供とは思いもしとらんかったわ」
「誰?」
見た目だけなら、着物を着た狐獣人のようだ。だが3人は根本的に違う所に目を付けていた。
「狐獣人……なら、尾は1本よね。9本も無いわ」
「九尾か。惑わすことが得意とは聞くが、人化の術も使えるんだな」
SSランク魔獣の九尾。このクラスとなると、人の言葉を理解できる知能を持つ魔獣がほとんどだ。さらに九尾は人化の術が使えることで、かなり魔人に近い存在と言える。
「そうじゃえ。よく知っておるのう」
「人魚達も同じものを使うからな。魔獣も使うとは思ってなかったが」
「ふん。あの魚どもが使うのは妾達から盗んだものよ。完成度など比べるまでも無いわ」
「変わらないよね?」
「ええ。見た目はどっちも人型ね」
「変わっておるわ。まあ、人間には分からぬじゃろうがな」
人の目から見ればあまり変わらないのだが……本人のこだわりのようなものなのだろう。ただまあ、この程度の会話でソラの気が逸れる事は無い。
「そんなもの俺達には関係無い。生きるか死ぬか、それだけだ」
「その通りじゃ。じゃがその前にお主、妾のものにならぬか?」
「……は?」
「お主のような良き男、殺すには惜しいものよ。これは質問ではなく命令じゃな。妾のものとなれ」
「魔獣が人間を配下に入れて良いのかよ。他の連中がうるさいんじゃないか?」
「ふん、他の塵芥など無視して構わぬ。妾は十二闘将が1人ホノコ、強き者が優先されるのじゃ!」
「諦める気は無いか。なら……」
「……ねえ」
「……ソラ」
「……どうした?」
力づくで倒す。そう考えたのだが、後ろから放たれる殺気によってその思考中断された。
「そこを退きなさい。そいつ殺すから」
「ソラ君退いて、そいつ殺せない」
「お、おう……」
流石にこれにはソラも太刀打ちできず、おとなしく道を譲る。
「フリス、良いわね?」
「うん、ミリちゃん。簡単には殺さないよ」
「人間風情が……ぬかしおるわ!
ホノコがそう叫ぶのと同時に、その身は全高2.5mの巨大な狐へ、九尾へと変貌する。
『この姿になるとは思っとらんかったが……覚悟せよ』
「それはこっちの台詞よ。ソラを取ろうなんて、100年早いわ」
『ふん、小娘が調子に乗りおって』
「そんなこと、いつまでも言わせないよ!」
先手必勝とばかりに、フリスは雷を落とす……が、寸前に九尾の姿はかき消えた。
「……いない?」
「光魔法と魔力の操作で幻を作り出したか。これは幻術の部類を作っても問題無さそうだ」
「でも……音は消えないみたいね」
だがミリアが片方のルーメリアスを投げつけると、その先から血飛沫が舞う。そして数瞬後、九尾が姿を現した。
『ぐぬぬ、なかなかやるではないか』
九尾は9本の尾の先それぞれから青い炎を出し、人魂のように周囲を漂わせ始める。ソラのものほど高温では無いようだがどんどん増え、すぐに100を超えた。
『これらを……食らうが良いわ!』
「フリス、頼むわよ」
「任せて」
九尾が炎を放つのと同時に、ミリアも突っ込む。だが1つとして当たることは無く、むしろ軌道が変わった炎からフリスによって撃ち落とされていく。
「はぁぁ!」
そして一瞬の隙を突き、ミリアは九尾の左前足を大きく切り裂いた。
『ぐう、貴様ら……』
「舐めてかかると痛い目見るわよ?」
「舐めてなくても痛い目見るよね?」
『舐めるな、人間風情が!』
九尾は全身から青い炎を出し、これからが本番の様な雰囲気だ。
「ミリア、フリス……」
が、ソラはそこへ一言投じる。
「遊びはそれくらいにしろ」
するとその瞬間、九尾の2本の尾が半分切り落とされ、さらに3本が焼かれた。九尾の全身を覆っていた青炎もかき消える。
「少しずつ切り落としてあげようと思ってたけど、ソラが言うなら仕方ないわね」
「苦しませたかったけど、仕方ないもんね」
「まったく、やりすぎだ」
『な、何故これほど強く……』
「今のでも全力じゃない」
『なん、じゃと……』
「要するに」
四肢が切られ、尾も全て燃え尽きた。その顔には驚愕が浮かんでいるが、誰も気にしない。
「お前は俺達の敵じゃなかったってことだ」
そして首を切り裂かれ、頭は雷に飲まれて消え去った。
「はぁ……」
「終わったね」
「良くやったな。ん?ミリア?」
「あんなに怒るなんて……私らしく無いわね……」
「確かにそうだな」
「珍しいよね」
「だが、俺は嬉しかったぞ?」
「私が恥ずかしいのよ!」
「俺とフリスしか知らないんだから良いだろ?」
「それでもね……」
今生きている者では、という注釈が付くが。まあ、気にしなくて良いだろう。
それからもう少しかけてミリアを宥めたソラは、次の行動に移ろうと提案する。
「さて、この辺りを一掃できたことだし、先に進むか」
「魔獣の死体はどうするの?」
「そうだな、全部しまうとなると時間がかかるし……九尾の他に100体ほど収納したら、全て埋める。それで良いな?」
「ええ。それで良いわ」
「燃やすんじゃないの?わたしもやるけど?」
「いや、燃やすと匂いや煙が広がる。余計な魔獣まで集めたく無い」
「そっか、分かった」
「なら、早く始めるぞ」
大規模工事が土木重機も真っ青なハイスピードで行われたが、ソラ達が感慨に浸ることもなく、奥地へ向けて歩いていった。




