第4話 城塞都市スルザン①
「うわ〜、大きいね!」
「最前線だからな。城壁は大きく頑丈にする必要があるだろう」
「バリスタや大砲も多いわね。魔法矢や魔道砲は隠してるのかしら?」
対魔王領共和国最前線の町、スルザン。その町は巨大な城壁で覆われ、最早要塞だ。
ここから北には砦しか無く、補給の要所としても町が大きくなる理由はある。だがそれ以前に、攻められることを前提に造られた場所だ。
「まあ、門番がそんなに驚かなかったのは珍しかったな」
「慣れてるってことよね」
「南側ならともかく、北側だからな。そういう意味では、回り道の甲斐もあった」
「狙ってたの?」
「いや、偶然だ」
「ソラ、そんなこと気にしないものね」
この町に定住する者の半数以上が兵士とその家族だと言われ、拠点とする冒険者の数は多く、質も相応に高い。
そしてそういった面々の多くが男だからこそ、そういった商売も盛んになる。
「っと、ミリア、フリス、こっちは駄目だ」
「どうしたの?」
「この先は夜の町だ」
「そういうことね……ソラ、偉いわよ」
「褒められて喜ぶ歳じゃない」
もちろん普通の酒場もあるが、そういった場所が多いのは確かだ。またこの町の特徴は、他の店の種類にも大きな影響が出ている。
「食べ歩き、難しいかな?」
「商人が少ない分、屋台の系統は少ないみたいね」
「料理もガッツリ系ばっかりだな。大丈夫か?」
「ええ。というか、知っているでしょう?」
「まあ、俺と一緒に良く食べてるな。確認しただけだ」
「何処か入る?」
「いや、夕食にはまだまだ早い。宿を取ってからでも良いだろう」
「まあ良いわよ」
「それに、1つ確認したいこともあるからな」
「どういうこと?」
「どうしたの?」
「そうだな……先に終わらせておくか」
そう言うとソラは無造作に向かいから来る商人らしき男に近寄り……その男と2人にのみ聞こえる音量で呟く。
「さて……オリクエアから伝言があるなら聞くぞ?」
男は一瞬驚いた顔をしつつも、すぐさま顔を引き締めた。その顔は商人のものではなく、武人に近いものだった。
「流石でございます」
「フォールで言われなかったら、魔力探知で精査しようともしなかっただろうな。害意が無い上にそこまで気配を消されると、魔法無しで見つけるなんて不可能だ」
「そう言っていただけると幸いです」
「半径100m以内に……他に3人、合ってるか?」
「は?」
「何か間違ってるか?」
「2人のはずですが……」
「……その2人は何処だ」
大体の場所を教えてもらえば、魔力探知で把握している場所と比較できる。そして、残りの1人を見つけることも簡単だ。
「良し、ミリア、フリス」
「確かめるのね?」
「良いよ」
「位置取りに関しては俺が指示を出す。やるぞ」
大通りの交差部分で3人は直進と左右それぞれに分かれ、そのまま進む。目標はそれをを不審に思ったのか一瞬止まったが、すぐにソラを追いかけた。それがソラの予定通りだとも知らずに。
「次の広場でミリアは左に、フリスは右に曲がれ。その後、俺のタイミングでこの通り側の屋根に上がれ」
『ええ』
ソラが囮となり、2人が追い込む。魔獣狩りの時にも使ったりする手だ。
「2人は屋根の上をそのまま進んでくれ。人混みの中で仕掛けるのは被害が大きくなる」
『うん、分かった』
ミリアとフリスは対象が分からず、また直接見れないような位置にいる。だからこそ、ソラが誘い出す必要があった。
その先は勿論、争っても迷惑になりづらい場所だ。
「この先、倉庫街に入った所で抑える。指示通りの場所へ先に移動しろ」
だが、目標の動きはそれより早かった。
「気付いたか」
『遅いわよね?』
「ああ」
目標はソラが曲がるより早く倉庫街へ向かい、そのまま走り出す。そのスピードは速いが、魔力のみを使用したフリスがギリギリ追いつけない程度でしか無かった。
それに、もう網の中だ。
「フリス、20棟進んだ後に右に曲がれ。そこから目標に向けて水球を放て。牽制だ」
『はーい』
「ミリアは25棟進んで左に曲がった後、8棟進んで左に曲がれ。さらに3棟進んだ後、双剣を打ち鳴らせ」
『分かったわ』
「さて、顔を拝ませて貰おうか」
水球で足を止められ、咄嗟に金属音と反対側へ進んだ目標人物は、倉庫の屋根から飛び降りたソラへ武器を向け……ることなく、それどころか緊張感すら無くしていた。
「……お前か」
「ははは、お久しぶり……怪しんだ時には遅かったってことかよ」
「まったく、何でこんな真似をする」
「そんな悪さをするつもりは無かったからなぁ……そんなに意味はねぇよ」
「なら少し付き合え。師匠命令だぞ、ドラ」
「へい、兄貴」
というわけで、師弟が久しぶりに再会した。
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「じゃあ兄貴、待っててくだせぇ」
「俺達もやることがある。そう時間はかからないだろ?」
「まあ、そうだな」
「なら、終わってから少し話すか」
ソラ達も、そしてドラも冒険者ギルドに用があったため、4人は真っ直ぐここへやってきた。そしてドラは1人奥の方へ向かい、ソラ達は1番壁に近い受付へ行く。
「これを送ってくれ」
「は、はい!」
そこで渡したのは、オルセクト王国王家の紋が入った封筒だ。中の手紙は後で入れたので封蝋に印は押されていないが、これを持っているだけでどれだけ評価されているかが分かる。
それに機密型の通信用魔法具で送るのだから、封蝋の印が無くても問題無い。
「王家へ直接渡すよう言ってくれ」
「しょ、少々お待ちください!」
機密型の通信用魔法具は、封筒内に書かれた文字等を相手側に送り、セットされた封筒の中に写すというものだ。先ほど渡した封筒もその規格に沿っており、ハウルのギルドが残りはやってくれることになっている。
「終わりました。こちらの封筒はどういたしましょうか?」
「渡してくれ。この場で燃やす」
「は、はい」
「フリス」
「はーい」
当人かギルドのどちらが処分するかは場合によるが、大抵はギルドが行う。まあ、それも人によるが。
「これで終わりだよね?」
「ああ。手続きの時間がかかっても、今日中に届くはずだ」
「後戻りもできなくなるけれど……それでソラ、待つのよね?」
「ドラももうそろそろ終わるみたいだし、待っていれば良いだろう」
この辺りの予想はそう外れはしない。ソラ達が座って間も無く、ドラも戻って来た。
「すいません、遅れちまって」
「気にするな。用事は終わったのか?」
「ギルドでの分は終わったぜ。まだ少し残ってるのは明日だ」
「ちなみに、どんな用事なんだ?。それと1人みたいだが、パーティーは組んで無いのか?」
「組んでるに決まってるじゃねぇか。まあ、今はオレだけだけどな」
「どうしたの?」
「今、ここから歩いて5日の村にいるんすよ。魔獣が多いみたいなんで、調べて欲しいって依頼で」
「それで、その用事は何だったのよ?」
「買い出しと、情報収集、それと中間報告のためだぜ。数が多いんで、時間がかかりそうなんすよ」
「ドラが抜けて大丈夫なのか?」
「守るだけならアイツらでも問題ねぇ。ただ、奥に入るのは厳しいもんで」
「そうか。頑張れよ」
「兄貴は来てくれねぇんですか?オレ達だけでもできますが、いてくれた方が早いぜ?」
「残念ながら、俺達にも予定がある。ここから北に行かないといけないからな」
「……砦を越えるんすか?」
「ええ」
「うん」
「そうだ」
「おう……いや、兄貴達ならいけますね。頑張ってくだせぇ」
「お前もな」
そう言ってドラはギルドを出ていく。それを3人は見送ると、ギルドの奥にある密室へ移動した。
「これで聞かれることは無いな」
「誰もついてきていないのは確認したわ」
「結界も張ったもんね」
「この話を聞かれると、連れてけとかうるさい可能性も高いからな」
そしてソラは机の上にガイロンから貰った地図を出す。それには元ソルムニア王国の頃の地図に加え、魔王城の推定範囲、及び砦の位置が追加されていた。
「ここスルザンから入るとなると……最初に目指すべきはデイルビアか?」
「共和国に近い町ならシェーアもあるわよ?」
「だが、デイルビアは帝国との国境にも近く、魔王領が突出した場所でもある。基点にするには丁度良い場所だ」
「何回も回るの?」
「ああ。毎回毎回新しい場所だと、精神的疲労はどうしても大きくなる。何処かに結界を張って、そこへ行けば休めるようにするべきだろう」
町の中が安全とは言えないのだから当然の措置だ。というか、結界の中以外で安全地帯は無い可能性の方が高い。
「それで、最初に取るルートは……デイルビアから西回りで元王都へ行って、そこから魔王城を探すっていうのはどうだ?」
「真ん中にも道はあるわよ?」
「中央を横切るルートは、どうやら山道らしい。山脈ほど厳しくは無いだろうが、敵地で進むには向かない。魔獣も多いだろうしな」
「じゃあ、反対のルートは?」
「それは単に遠いからだ。だが、帰りはそれでも良いかもな」
「そっか」
「2回目以降に中央の道を通る時も、山々は迂回した方が良いだろう。町は1つあるが……諦めるしかない」
「諦めても問題無いわ。もう滅んでいるもの」
「これだって、使える道の確認みたいなのだもんね」
「ああ。無理をする必要は無い」
ソラ達は何なら無理をしたことになるのかは不明だが、注意して損は無い。準備の再確認もだ。
「さてミリア、食料は?」
「豪華に食べても、半年分はあるわ。問題無いと思うわよ」
「そうだな……なら、この町では買い出しは無しにするか」
「じゃあ、遊びに行こ!」
「ああ」
これまでの道中にて、ソラ達は稼ぎまくった金を使って食料や薬、服に毛布などを大量に買っていた。その大半は使い切るだろうが、金は有り余っているのだから問題無い。というか、金を持ちすぎる方が問題だ。
また城塞都市とはいえ、普通の娯楽施設くらいはある。
「それで、最初は何処に行くのよ?」
「確か兵士への慰安目的で劇団が来ていたはずだ。日は少ないが、一般人も観れるらしい」
「じゃあ、そこに行こうよ」
「終わったら夕食時だろう。そのまま何処かに入って、宿へ行くとするか」
「ええ、良いわよ」
「はーい」
地図を畳み、結界を解き、そして通りへ出る。するとその時、ふとソラが呟いた。
「なあ、ミリア、フリス」
「ソラ?」
「どうしたの?」
「絶対に戻って来るぞ」
「急にどうしたのよ?」
「勘だ。厳しい戦いになる気がする。間違っていて欲しいが……何故かは分からないが、外れる気がしない。だから、絶対に生きて帰ってくるぞ」
「……勿論よ」
「ミリア?」
答えたミリアの雰囲気がおかしく、ソラは振り返る。声音はいつもとあまり変わらないが、その顔は悲しげだった。
「私だけ死にかけたあの時、口ではあんなこと言ってたけど、凄く寂しかったわ。私だけもうついて行けない、私だけ話せない、私だけいなくなる……」
「ミリア……」
「ミリちゃん……」
「だから、置いて逝くのも、置いて逝かれるのも、もう嫌よ」
「ああ。当然だ」
「わたしも!絶対に帰って来ようね!」
生きる、それが3人が絶対のものとして定めた初めての、そして恐らく最後の目的だ。




