第19話 海都シーア⑥
「ほ、ホントに大丈夫なんですか?」
「ああ、問題無い」
「溺れたりは……」
「しないわね」
「ソラさんから離れちゃって……」
「ソラ君の魔法だから、離れたって大丈夫だと思うよ」
「ヒカリ、諦めて入りなさい」
「無理だよー!」
水着姿で小舟の上にいるソラ達とヒカリ、そして人魚の姿に戻って海に入っているエルザ。この中で海で暮らせるのはエルザだけなのだから、ヒカリの覚悟が決まらないのも仕方ない。
「入らないなら突き落とすぞ」
「嫌です!あーもう!」
そしてヤケになったかのように、ヒカリは海に飛び込む。それと同時にソラ達も飛び込んだ。
「……ホントだ」
「でしょ?私も始めは驚いたんだから」
ソラの魔法は異常、そう言っても間違い無い。これはその最たるものだった。
「さて、もう行くぞ」
「エルザちゃん、案内お願いね」
「はい」
そうして5人で人魚の村へ向かう……はずが、ヒカリがつまずいた。
「泳げない……何で……」
「水を蹴ってみろ。足の裏に板があるような感じでな」
「え?」
「そうやって動くのよ。水の中で立てるのも、そのおかげらしいわ」
「よく分かんないんだけどね」
「フリス、自分で使えるのに言っても説得力無いぞ」
「えへへ」
進めるようになったヒカリのそばをエルザが泳ぎ、ソラ達は後ろからついていく。当たり前だが、初めて人魚の村に行くヒカリは興味津々だった。
「エルザちゃん、人魚の村ってどんなところなの?」
「地上の物語とは違うからね?」
「そうなの?」
「私達の村は崖に開けた洞窟だから。華やかな水中の楽園なんてものじゃないのよ」
「そうなんだ」
そんな風に話しているうちに、海底は海面から離れて行く。そして洞窟がある崖が見えてきたあたりで、見張りが顔を出した。
「エルザ?帰ってきたのか」
「はい。ソラさん達がいらっしゃいましたから」
「見えてた。で、そっちのは?」
「私はエルザちゃんとパーティーを組んでいる、ヒカリって言います」
「俺達は前にヒカリとも関わりがあったから、連れてきた」
「分かった。村長に伝えてくるから、待っててくれ」
「はい」
そうしてしばらく待つ5人。ヒカリは話を聞いたとはいえ、どうなっているか気になるらしい。待ち遠しそうにしている。
そして見張りから聞いたのか、崖のあたりには多数の人魚が集まっていた。
「えっと、ソラさん?」
「エルザから、この村が魔獣の群れに襲われたことは聞いてるな?」
「人魚の魔人が率いてたって……ソラさん達が解決したんでしたっけ?」
「魔獣を蹴散らして、だよ」
「……え?」
「ヒカリ、貴女の時も盗賊はほぼ私達が殺したわ。他の人達は後詰めですら無かったわね」
「言い過ぎだ。だが、それも正しい」
「……エルザちゃん、もっと詳しく言ってくれても良かったのに」
「ごめんなさい。でも、信じてもらえないから」
「そうだけど……」
知りたいヒカリの気持ちも分かるが、詳しいことを言わなかったエルザの気持ちも分かる。直接見たことがある人でない限り、アレを信じるのは難しいだろう。もっとも、エリザベートの件で共和国には知れ渡っている可能性もあるが。
そんなことをしているうちに、見張りが戻ってきた。
「今、歓迎の準備をしているところだ。まずは村長の所まで来てくれるか?」
「そんなことしなくても良いんだが」
「村を救ってくれた英雄様を歓迎しないでどうする」
「まったく」
「仕方ないわ。それだけのことをやったもの」
「うん。それに、慣れてるもんね」
そして見張りに案内され、洞窟の中へ入っていく。ここは前と同じように明るかった。
「凄い凄い!明るいよ!」
「ヒカリ、落ち着いて」
「これくらい町でも普通だろ。電光石は水の中でも使えるんだからな」
「う、はい……」
「まったく」
進んでいる間も人魚達は声をかけてきて、3人は話しながらでも遅くはならない。ヒカリだけはそれができなかったが、話しかけてくる人魚がそういなかったため、問題とはならなかった。
そして、1番奥にある村長の部屋へやってくる。
「お父様、ただいま帰りました」
「エルザ、よく戻ったな。ソラ殿、この度の訪問、歓迎いたします」
「そういうのは良い。それより、変わりは無かったか?」
「良い変化ならあった。村を守りたいと、訓練に励む若者が増えた」
「へえ、良いわね」
「冒険者志望の者達も増え、地上との交易が増えた。もっとも、これはエルザがきっかけのようなものだ」
「お、お父様」
「そうなの?」
「そうだとも。エルザが貴方方に憧れて冒険者となり、エルザから地上の話を聞いて憧れた者が大勢いる。良い変化なのだから誇れば良いのだぞ」
「シーアの周りしか見ていないに自慢気に言ってしまったので、恥ずかしいですから……」
「だったら、もっと世界を見て回れば良い。それなら恥ずかしく無いだろ?」
「それは……そうですけど……」
「じゃあ、見て回れるだけ強くなるのが目標だな」
「はい」
「私も!」
そうソラに言われ、2人は目標を新たにする。ただ村長、エルザの父はその言い方が気になったようで聞いてきた。そのため、ソラはエルザに戦い方について教えていることを話す。
「なるほど、エルザが迷惑をかけたようで」
「いや、俺も割と楽しんでるからな。お互い様だ」
「いえ、エルザがここまで楽しそうなのは、前にソラ殿達が来た時以来だ。それと、そちらのヒカリさんもか。エルザが感情を露わにするのは珍しい。良い友を得たようだ」
「そんな、私の方がエルザちゃんにお世話になってます」
「人柄も良い。エルザには勿体無いかもしれない」
「いや、そんなこと……」
「謙遜合戦になると終わらないぞ。だが……」
話が長引くのは問題無い。問題は、ソラの知覚にある存在が引っかかったことだ。
「ミリア、フリス」
「……何か出たのね」
「私の方には……ううん、見つけたよ」
「近いな。ヒカリ、エルザ」
「何ですか?」
「何でしょうか?」
「これから俺達がやることを見てろ。参考になるはずだ」
「どうしました?」
「少し待っていてくれ。すぐに終わらせる」
そう言って外へ出る3人。エルザとヒカリもその後を追い、洞窟の入り口まできた。
そしてソラとフリスが知覚した相手は、外で隠れている見張りを素通りし、そいつは村の目前までやってくる。
「な、何あれ⁉︎」
「そんな……」
「シャークタイラント……この村、呪われてるんじゃないか?」
「こんな南の村、誰が呪うのよ」
「もっとやる場所あるよね」
「まあ、そうだがな。ヒカリ、エルザ、そこから出てくるなよ」
だがたかが10mの鮫、たかがSランク魔獣、ソラ達の敵では無い。それに気付かないシャークタイラントは、餌だと思い込んで3人へ突っ込んだ。
その実力差は圧倒的なものだった。
「ミリア、ヒレを切れ。フリス、魔法を迎撃しつつ、動きを止めろ。俺がトドメを刺す」
「見せるにはそれが良いわね」
「水魔法しか使えないけど、頑張るよ」
「じゃあ、行くぞ!」
2人に見せるためにワザとスピードは落としているが、前衛2人はシャークタイラントが追いつけない程度には速い。
「やぁ!」
尾ビレ、背ビレ、胸ビレの順に切り裂かれ、
「これで、終わり」
口から放つ高速水流も、身体に纏う渦も、両方打ち消された上に高圧の水に捕まり、
「トドメだ」
正面から真っ二つに斬り捌かれる。あっという間の出来事だった。
「うわぁ……」
「凄い……」
「とまあ、こんな所だ。参考になったか?」
「「なりません」」
「そうよね」
「だよね」
「まあそうか。それより、戻るぞ」
「え、いや、え?」
「待ってください!」
結局、2人ともソラ達に振り回されてばかりである。
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「いつもより奥まで行くんですか?」
「ああ。いつもより派手になるからな」
「何故ですか?」
「ソラ、やるのね?」
「ソラ君、もう良いの?」
「ああ。……この辺りで良いか」
森を抜け、海の近くのひらけた場所へ出たソラ達。エルザとヒカリは何をするのか分かっていなかったが、ソラはもう決めている。そしてそれは、ミリアとフリスの思った通りだった。
「今日が最後の稽古だ。俺を認めさせてみろ」
人魚の村に行ってからしばらく経ち、ソラの稽古の回数は2桁に突入している。そしてこの日、結果を見極めることにした。
「え、最後?」
「どういうことですか?」
「その通りの意味だ。合格したら卒業、駄目なら破門だな。破門なら、もう2度と面倒をみることは無い」
実際はそうなったとしても、再会した時に2人の気概次第で再度弟子に取るつもりなのだが、それは外に出さない。むしろその言に顔を引き締めた2人を見て、既に満足気だ。
「勝てば良いのよ。そうすればソラにも認められるわ」
「おいおい、俺は負ける気なんて一切無いぞ」
「ミリちゃん、多分無理だよ。でも、1発当てれば認めると思うよ」
「……なんで俺が攻撃を受ける方向で話が進んでるんだ?」
「違うの?」
「私達ならそんな感じじゃない」
「そういう試験じゃないのは知ってるだろ……」
この3人ではいつものこととはいえ、ミリアとフリスの冗談も2人にはプレッシャーだった。今まで1度も有効打を与えたことが無いのだから、当然とも言えるが。
だが、それでもやる気を失ったりはしない。
「準備は良いか?」
「もちろん!」
「はい」
「なら最初と同じく、先手は譲る。来い」
「じゃあ……ヒカリ」
「エルザちゃん」
エルザは短杖を、ヒカリは剣を構え、魔力を練っていく。ソラは構えもせず立ったままだが、隙なんて無い。2人が魔法系だからこそ、場が動いた。
「フレイム!エアー!」
ヒカリは火炎を放出した後に突風を放ち、燃焼を高めつつ速度を上げる。
「レイン!」
エルザは帯電した雨粒サイズの水を大量に放ち、面制圧を行おうとした。最初は詠唱を減らす程度しかできなかった魔法だが、今は2人とも魔法名すら省略できるようになっている。
「甘い」
だがソラはその全てを土壁で止めると、お返しとばかりに吹雪を発生させた。さらに土壁を成長させ、岩の樹木のようなものを作り出す。
「これは俺に有利な状況だが、どうする?」
隠れたソラは風魔法で声を反響させ、2人へ届けた。またその声は4方向から聞こえたため、2人を混乱させている。
なおヒカリとエルザは見たことが無いが、立体的な足場がある時のソラは手がつけられない。そしてソラはその片鱗を見せることにした。
「ほおけていて良いのか?」
「っ⁉︎」
「エルザちゃん!」
上から2人の目の前に落ち、牽制の水球を放つ。それは防がれたが、その瞬間にはもうソラはいない。
「こっちだ」
斜め上の枝から火球を放ち、また移動する。そしてそれを繰り返した。
「何処から……」
「分かんないよ……」
音を立てないように注意しながら、気配を消して移動しているため、武人として劣る2人は攻撃されてやっと気付く状態だ。獣人の感覚の鋭さも、ソラの技の前には無意味だった。
「……ヒカリ、守ってくれる?」
「何かやるの?」
「やっぱり、これしかないと思うから。賭けだけど」
「なら、やった方が良いよ。このままじゃ絶対に認められないかな」
「……ありがとう」
その会話の後、エンザを守るためにヒカリは前に出た。
「何を、っ⁉︎」
何をしようとしているのか探ろうとしたソラは、魔力探知の反応から反射的にしゃがみこむ。その直後、下げた頭の上を何かが通り過ぎ、隠れていた幹が切断された。それと同時に足元も崩れる。
「無差別なウォーターカッターか。10本同時とは、中々やる」
「いえ、まだまだです」
落下中、2人の攻撃にさらされるが、ソラは残骸を蹴って移動することで避けていく。
「だが、まさかそんな方法とは、な!」
そして着地直後、落ちてきた幹の残骸をエルザへ向けて蹴り飛ばした。だがそれは水魔法で迎撃される。
「やぁ!」
「悪くない、が……」
ここでヒカリが火と風の付加を施した長剣を振るってきたため、水を付加した薄刃陽炎で打ち合うった。
だが、ヒカリが放出系魔法を使ったとしても、近接戦はソラの方が圧倒的だ。
「まだまだ、甘い!」
「きゃあ⁉︎」
手首を取り、背負い投げの要領でエルザの方へと投げ飛ばす。ヒカリは上手く受け身を取ったが、剣は奪われた。
「やっぱり無理だね……」
「ヒカリ、剣は……」
「剣は返す。実戦なら失ったものだと思えよ?」
ソラは長剣を投げ、ヒカリのすぐそばに突き刺す。ヒカリは少し躊躇いながらもそれを拾い、構えた。
「剣に関してはまだまだか……だが、やっぱり筋が良い。魔法との併用をメインに教えていたが、上手く上達してるな。剣だけで教える必要は無かったか」
「そうなんですか?」
「オリクエアの所で学んだ基礎がかなり良い。実力の比較ならともかく、修練にはもってこいだったみたいだ」
「ヒカリ、良かったわね」
「うん」
「だから、これからも修練を忘れるなよ?」
「は、はい!」
なお、この話の間ずっと魔法合戦が続き、2人と1人の間では大量の魔法が相殺されている。見た目だけなら互角だが、涼しげな顔のソラに対してエルザとヒカリは辛そうだ。
なので、ソラは次の試練で終わらせることにした。
「これが最後だ。これで俺が認めたら合格にする」
「何あの数……」
「多い……」
「さあ、足掻けよ?」
そう言ったソラの背後に、8属性の魔弾が合計数百生まれる。1方向からだけとはいえ、2人には厳しい数だ。勿論ソラも、1度に全てを撃ち込むつもりは無い。
「「ウォール!」」
ヒカリは火と風の壁を、エルザは水と闇の壁を作り、第1波の50発ほどを防いだ。だが完全に防ぐことはできず、何発か仕込まれていた高威力の魔弾はギリギリのところで避けていく。
「これでその状態だと、次は無いぞ。どうする?」
「どうしよう……」
「ヒカリちゃん。もしかして、だけど……」
「それは一か八かだよ。けど……」
「やるしかないから……」
ヒカリとエルザはどうするか相談をしている。ソラはその間は待ち……終わったと同時に再開した。
「相談は終わりか?それじゃあ、次だ」
「行くよ。フレイムストーム!」
「ダークライトニング!」
約100発の第2波。だが、ヒカリの火災旋風とエルザの黒雷が全て迎撃してソラまで届き……光の壁によって防がれる。
「上手く範囲を狭めたな。本来の仕様なら相殺するのが精一杯のはずだが」
「教えられてるばかりなんて嫌だから」
「なので、練習しました」
「なるほど。良い考えだ」
これなら別れた後も自分達で強くなるだろう、合格だ、そうソラは思った。なので、最後の最後に最大の試練を与える。まずクリアできないものを、そうは悟られないように。
「最後だ。これはどうする?」
200近い魔弾が放たれた第3波。ヒカリとエルザは火災旋風と黒雷で多くを打ち消し、多数の魔弾で1つずつ迎撃し、魔法で壁を作って防ぐ。現在のリソース限界ギリギリまで使い、迎撃していた。
だが……
「あっ……」
「えっ……」
たった1発の雷弾。それが迎撃をかいくぐり、他の魔弾が作った壁の穴を通り抜け、最後の壁を貫いて2人の目の前に飛んでくる。そして、炸裂した。
「キャァァ!」
「うわぁぁ⁉︎」
半径10m以上を雷が覆い、2人は倒れる。傷を与えるような電撃では無いが、スタンガンを使われたかのように体は痺れ、もう動けない。
「1つだけ込める魔力を増やしていたんだが……隠していると気付かないか」
「どうやって……」
「外側と内側の魔力量を変えただけだ。薄い外に意識を取られて、濃い中に気付かない。もっとも、魔力探知があれば簡単に分かるけどな」
「ソラ君、そんな簡単じゃないよ。慣れてないと無理だもん」
「そうか?」
「うん」
「まあ、これはおいおいだな」
この2人は簡単に使っているが、魔力探知を使える者はそう多くない。この2人ならいずれ使えるようになるだろうが、まだ言うには早かった。
ただソラは、まだ合否を言っていないことを忘れていた。
「それでソラさん、結果は……」
「ん?ああ、合格だ。最後のやつは防ぎきれないと思ってたからな」
「良かったー」
「むしろ防がれたら、見立てを間違えた俺の立場がない。1発だけしか届かなかった時点で見立て以上なんだからな」
「そうなんですか?」
「アレに近い物があと5発は届くと思ったんだけどな。魔弾の迎撃は上手かったぞ」
「……ありがとうございます」
「ヒカリちゃん、寂しいの?」
「実は……」
「まったく。でも分からなくは無いわね」
「だが、俺達が面倒をみていたのは1ヶ月もいない。これくらいなら、冒険者なら普通だ」
「それに、エルザちゃんが一緒にいる方が長いんだよ。わたし達より、相手を気にした方が良いよね」
「でも、離れたらどこにいるか……」
「互いに生きていれば、再会はできる。だから、それを求めて言うんだ」
この世界は、特に旅をする冒険者は一期一会。だからこそ、再会を望む。
「また会おう、ってな」
「……はいっ!」
あの時言えなかったセリフ。それをヒカリは今回、言うことができた。




