第18話 海都シーア⑤
「今日は……あの辺りにする?」
「そうだな。街道からも見えないし、ちょうど良い」
「私達ならまだしも、エルザとヒカリならそう気にする必要は無いと思うわよ?」
「そうだろうが、念のためだ」
「えっと……」
「何を……」
「まあ、これを気にするのは俺達3人で模擬戦をする時くらいだ。心配しなくて良い」
昨日とは違い、しっかりフル装備で身を包んだ5人。場所も海から離れた森の近くだ。
「さて、今日は俺と模擬戦をしてもらうわけだが、いくつか注意してほしいことがある」
「は、はい」
「何でしょうか」
「まずヒカリ、対人戦での放出系魔法は使い所が限られる。今は2人だからまだマシだが、人数が増えたら同士討ちの可能性もあるから注意しろ」
「あっと……うん」
「次にエルザ、魔人と戦う時は自分より小さな相手である場合も多い。味方に当たらないようにしろよ」
「分かりました」
こう言ったのは、2人とも魔法を使えるからだ。魔法使いというのは大量の敵を相手にできるが、乱戦には弱い。そして求められるのは、乱戦でも強い魔法使いなのだから。
「さて、始めるが準備は良いか?」
「大丈夫、ですか?」
「厳しくやるが、無理ではない。何をするべきか考えながら戦え」
「ですが、ソラさんが相手というのは……」
「それともフリスが良いか?面白がって大量の魔弾を撃ってくれるぞ」
「ソラ君!」
「お断りします」
「えっと……嫌です」
「なら、気合を入れろ」
そう言われて覚悟を決めたようで、2人ともしっかり戦士の顔になった。
「先手は譲る。自由に来い」
「じゃあ……エルザちゃん!」
「ヒカリ!」
ヒカリが剣を構えて突っ込み、エルザは魔法で援護、それが2人の基本スタイルらしい。オーソドックスかつ有用だが……ソラには敵わない。
「全てが一直線なのはいただけないな」
ヒカリの眼前に土の壁が飛び出し、エルザが放った雷魔法も全て受け止められる。さらに土壁が砕け、破片が足を止めたヒカリを襲った。
「きゃぁ⁉︎」
「俺やフリスみたいに魔力感知ができるならまだしも、できないなら足を止めるな」
土壁を砕いたソラはヒカリを取り押さえて首に薄刃陽炎を当て、そのままエルザへ向けて白雷を放つ。エルザは闇魔法で迎撃しようとするが、簡単に貫かれた。
「え⁉︎」
「闇魔法を使うのは良いが、光属性に注意しろって言っただろ?」
ソラが放ったのは雷と光の複合魔法であり、闇魔法で防ぐのは簡単では無い。しかも込められた魔力も多く、直前で霧散したためエルザにダメージは無いが、直撃していれば戦闘不能になっていたことは容易に想像できた。
「簡単にやられすぎだ。このままだと、魔人には勝てないぞ」
「そんなこと言われても……」
「時間に限りがある以上、素早く正解を判断しないといけない。そのためには状況を素早く認識することが大切だ。だが今、ヒカリは土壁が出てから砕けるまで止まっていたし、エルザは迎撃に1回失敗しただけで次の手を出さなかった。これだと駄目だ」
「どうしたら良いんでしょうか?」
「こういうのは自分で見つける他無いが……ヒントくらいなら出せる。1つ目はさっきも言ったが素早く判断すること、2つ目は思考を止めないこと、そして3つ目は足掻くことだ」
「足掻く?」
「俺達は冒険者だ。騎士の一部の連中みたいに、死んで忠義を尽くす必要は無い。他者を守り、自分も何が何でも生き残る。そういう気概を持て」
「はい!」
「分かりました」
「じゃあ、もう1回だ」
そして3人は再び構える。
「次は俺から行くぞ」
ソラは30近い水球を自身の頭上に作り出し、数呼吸開けた後に放った。もちろん、それだけあれば迎撃する余裕がある。
「燃えて、吹き散れ、フレイムストーム!」
「立ち上がれ、ダークウォール!」
そのため、火の竜巻と闇の壁により全てが防がれた。
そしてエルザは下がり、ヒカリは横に飛び出して警戒するが……ソラは動いていなかった。
「え、来ない?」
「魔法戦でも良いだろ?次はこれだ」
そう言ってソラは宙に直径3m以上はある岩塊を出す。それも10個、エルザやヒカリでは簡単にはできないことだ。
「さあ、見せてみろ!」
そして10個の岩塊を順番に放ち……それぞれから2mほど離れた場所で爆発させた。
「何って、魔力だらけ⁉︎」
「視界が……ヒカリ、まずこっちにっきゃあ!」
「エルザちゃん⁉︎」
ヒカリが振り返り、エルザの状況を確認する。ようやく煙が晴れた時、彼女は地面に仰向けに倒れ、その全身を岩で固定されていた。岩には闇魔法も込められており、簡単に破壊できるものではない。
「敵に背を向けて良いのか?」
「っ!」
反射的に剣を振ろうとするも、手首を掴まれ、そのまま押し倒された。さらに、眼球に刀が突きつけられている。
「ただの煙幕であんなに慌てるな。迎撃すれば済む話だぞ」
「でも、あんな大きいんですよ……」
「貫通系の威力を高めれば、塊のものは大抵貫ける。普通に使うより集中する必要はあるが、今の2人なら無詠唱もできるはずだ」
様々なパターンを出し、それへの対応について問題点をあげる。これは至極真っ当なことなのだが……2人には違った感じ取られ方をした。
「ソラ、優しいわね」
「女の子だからって理由もあるかもしれないけど、魔法を使うからじゃないかな?」
「危険だからってことね」
「それだけじゃないよ。ソラ君も言ってたけど、魔法を使うには状況判断が大切だから。エルザちゃんやヒカリちゃんくらいになると、特に重要になってくると思うよ」
「ハウエルやドラみたいに、体に教えるって方法が取れないのね」
「だから、ソラ君はあんなことを言ったんだと思うよ」
「……ハウエルやドラには容赦してなかったものね」
ハウエルやドラ相手でも相当手加減はしていたし、絶対に超えられない壁にはなっていなかった。ただ、見た目はボコボコにしていたので、そう感じるのは難しいが。
そうミリアとフリスが話している間にも、ヒカリとエルザは負け、またソラに言われていた。
「状況を把握するために固まるのは悪くないが、意思の疎通ができていなければ意味が無い。さっきみたいに迎撃せず固まってるなんてのは特にな」
「でも、相性でどうしようか……」
「確かにさっきのは巨大な水球だから、エルザの雷と闇、ヒカリの火とで迷うだろう。だが、俺は基本前衛だぞ?」
「……私がやるべきでした」
「ああ、後衛のエルザの方が対処するべきだった。俺がどう動くか分からない以上、前衛のヒカリを別のことに拘束するべきじゃない」
「はい……」
考えることが多すぎるが、戦う者としての宿命とも言える。騎士団でも、指揮官が全ての人員の行動を指示するなど、絶対に不可能なのだから。
「長引きそうね」
「ソラ君の要求レベルだと、1日じゃ絶対に終わらないよ?」
「それもそうよね……かといって、私達にできることは無い、か」
「仕方ないよ。ソラ君じゃないと教えられないんだもん」
「フリス、昨日のことまだ気にしてるのね?」
「違うよ!」
2人の言った通り、この稽古は数日続けて行われた。
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「え、今日は違うんですか?」
「ああ、森に入る」
「そういうことね」
「こっちも必要だもんね」
「森の中……もしかして魔獣?」
数日間使っていた場所を素通りし、森の中へ入っていくソラ達。そのためヒカリは疑問を呈し、エルザは疑念を告げる。
「その通り、今日は魔獣への対処だ。この辺りの魔獣は弱いが、油断していいわけじゃないからな」
「そうだけど……」
「低ランクの魔獣でも、数が集まればかなりの脅威になる。エルザは分かってるな?」
「はい。1対1で負けることが無くても、5対1、10対1となれば遅れをとることもありえます」
「もちろん例外はいるが、概ねその通りだ。数の力というものは侮れない。というわけで……」
ソラは丘のようになっている場所の頂上に登り、そこからある1点を指差した。
「あそこに見えるゴブリンの巣、アレを殲滅しろ」
「「……え?」」
ソラの言う通り、この先には森が一部開けている場所があり、ゴブリンらしき存在がいるのが分かる。ただ、これはエルザとヒカリの予想外だった。
「ど、どれくらい……」
「だいたい……100ってところか。少ないな」
「少なくないですよ……」
「捕まりそうになったら助けてやるから、安心して暴れてこい」
「安心できないです!」
そう言いつつも、ソラが変えるつもりが無いことは分かっていたので、2人ともゴブリンの巣の方へ向かっていく。それを3人は丘の上から見守っていた。
「大丈夫だよね?」
「あの2人なら問題無い。奇襲できる立地だしな」
「でも、魔法使いがいたら大変よ?」
「いや、上位は将軍しかいないことは確認済みだ。魔力探知の精度が上がったおかげでな」
「え、できるの?」
「まあ、ちょっとした裏技みたいなものだ。将軍は他より体格が良く、魔法使いは魔力が多く、射手はどちらでもない。魔力の形から姿を識別できれば、この3種を見分けることもできる」
「へえ、凄いわね」
「やれるかな?」
「フリスならやれるさ。それより、2人がそろそろ巣に着くぞ」
しばらく待っていると、目標の場所で巨大な炎が立ち上がり、続いて10を超える雷が落ちた。
「大規模魔法ね」
「狙いが良いから、かなり減ってるよ」
「居住区らしき場所を狙ったみたいだな。半減してるし、将軍を負傷させたな」
「じゃあ、それが狙いかもしれないわね」
「確かに、指揮官がいなくなれば残りは烏合の集だ。事前に見つけたなら、狙って損は無い」
「わたし達は無差別に殺してただけだけど、そういうのも考えないといけなかったのかな?」
「ゴブリン程度で考える必要はないだろ。キングだって雑魚だしな」
Bランクでゴブリン100匹というのはギリギリできるかどうかというラインだったが、2人はそつなくこなしていく。エルザが魔法で逃げるゴブリンを倒し、ヒカリがその前に立って立ち向かってくるゴブリンを殺す。
「掃討戦も、アレなら問題無いか」
「危なげなんて無いわね」
「何匹か逃げられちゃってるけどね」
「まあ、その辺りには目を瞑っておくぞ。2人の魔法だと、封じ込めるのは難しいからな」
「殲滅ってのは嘘なのね」
「ただの目標だ。やれた方が良いが、8割処理できれば合格ってところだな」
「じゃあ、合格なんだね」
「ああ」
そう言っているうちに、ヒカリが残った最後の1匹を殺し終えた。
「さてと、労いに行くか」
「きっと疲れてるわよ」
「死体の処理の間は休憩させる。その後はまた移動だ」
「酷いね」
「嫌われることも覚悟して教えないと、実力は上がらないからな」
そう言いつつも、本当に無理で死にかけるようなことはやらないのだから、ソラは優しい。2人も笑って後ろをついて行った。




