第17話 海都シーア④
「海だー!」
「こらフリス、あまりはしゃぐな」
「まったく、初めて来た時から変わってないわね」
「だって楽しみにしてたんだもん」
ロクシリアからマウシニアを通り、シーアへ着いたソラ達。季節は夏の始め、丁度良い頃合だ。
「それでソラ、この水着はどうなのよ?」
「わたしは?」
「2人とも似合ってるぞ。何度も言っただろ?」
「だってソラ君、褒める時の語彙が少ないんだもん」
「ええと、それは……」
「フリス、からかうのはそれぐらいにしなさい。ソラは昔からこうでしょ」
「はーい」
「そうはっきり言われるのもな……」
ミリアは青の花柄セパレーツ、フリスは黄緑のパレオ付きビキニを着ている。他にも新しい水着を買っていたが、2人ともそんなに長い時間悩むことはなく、かなり早く決め終わっていた。
「それにしても、混雑するここじゃなくても良かったんじゃないか?少し離れれば人の少ない場所もあるんだが」
「ここじゃないとお店が少ないじゃん」
「まあ、確かに」
「それに、人が多い方が良いのよ。見せびらかしたいからね」
「……そんな願望もあったのか?」
「そうよ。悪い?」
「いや、悪くはないが……今まで気にしたように見えなかったからな」
「たまにはこういうことがあるんだよ」
「そうか……」
「気にしなくて良いわよ?」
「そう言われると、案外気にするものだぞ」
そう言って話に夢中になっていたため、前を見ていなかった。そのせいで女の子が走ってきているのに気づかず、ぶつかってしまう。
「あっ、ごめんなさい」
「ああいや、俺が前を見ていなかったのが悪い。気にするな」
「そう言われても……え⁉︎」
「ん?……あ」
それで別れるはずだったが……その頭の狐耳と狐の尾には見覚えがあった。
「あれ?ヒカリちゃん?」
「ヒカリ、よね。元気みたいで良かったわ」
「はい。お久しぶりです、ソラさん、ミリアさん、フリスさん」
「まさかこんな所で会うとは思わなかったが、王国を横断してきたのか?」
「はい。北の方を進むことはできないので……」
「まあ、仕方ないわね。それで……」
「ヒカリー!」
「あ、こっちだよー!」
「まったく、勝手にどこかへ行くなんて……え?」
こちらもまたどこか見たことのある姿。最初に会った時とは足が異なるが、こちらも見たことがある。
「久しぶりだな、エルザ」
「えっと……お久しぶりです」
「え?エルザちゃん、知ってるの?」
「ああ。前にこの町に来た時、人魚の村にも行ったからな」
「えー、良いなー」
「普通なら息が続きません。この3人がおかしいんですよ」
「おかしいとは失礼ね。それはソラよ」
「おい待て」
立ち話も良いが、ここでは人が多すぎるため、エルザとヒカリおすすめのお店の個室に入った。適当に料理を注文し、運ばれてきたものを摘みながら話を進める。
「ちなみに、どういう関係だ?」
「今はパーティーを組んでいます。初めて会ったのはハウルだったね」
「エルザもそっちに行ってたのね。ちなみに、ヒカリは足に驚いた?」
「残念ながら、こういうものだと受け入れていました」
「アレと比べたら、これくらいなんてことないです」
「……ちゃんと乗り越えられたみたいだな」
「はい。あの時はありがとうございました」
ヒカリはあの時とは違い、綺麗な笑顔を見せている。エルザも知っているらしく、このやり取りを笑顔で見守っていた。
2人が仲良くできているのは、エルザにも魔獣とはいえ村が襲われた経験もあり、共感するところがあったためだろうか。
「パーティーを組んでるってことは、エルザも冒険者になったわけか。今どの辺りだ?」
「Bランクになったばかりで……すみません、2人だけだと」
「私は剣も使うけど、魔法も多いし、エルザちゃんは魔法だけだから……どうしても」
「それなら、経験を積めば良いだけだ。気にするな」
「魔法も、使い方で色々できるもんね」
「パーティーメンバーを増やすって手もあるわよ」
「え、えっと、いきなり言われても」
「そういうことは、また考えます」
まあ、いきなり答えは出せないだろう。相性など色々と問題はあるのだから、時間をかけるべきものだ。
と、そこでヒカリが姿勢を正して話し始める。
「それで、あの、ソラさん、ミリアさん、フリスさん……」
「ん?」
「どうしたの?」
その様子に違和感を感じ、真面目なモードになる3人。だが、答えはエルザの方が発した。
「……私達を鍛えてくださいませんか?」
今度は純粋な魔法を教えることになりそうである。
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「さてと……この辺りで良いか」
「人もいないし、大丈夫だと思うよ」
「流れ弾が出ても大丈夫そうね」
「ここって?」
「宴会をした場所ですね。広いですし、良いんじゃないでしょうか?」
「ああ。誰もいないなら余計にな」
その日の午後、水着のまま町の外へ出た5人。この辺りはまだ魔獣は少ないため、こんな格好でも問題無かったりする。
とはいえ目的を果たすため、武装は欠かさない。ソラ達3人はいつものセット、エルザは短杖、ヒカリは長剣と杖の代わりをする腕輪を持っている。
「さて、エルザは水、雷、闇魔法が使えたと思うが、ヒカリは何が使える?」
「私は火魔法と風魔法が使えます」
「じゃあ、わたしがやる?」
「いや、ヒカリは剣も使うからな……ミリアとフリスで剣と魔法、それぞれを教えろ。合わせた戦い方は2人まとめて俺が教える。エルザは闇魔法があるし、俺がやるか」
「お願いします!」
「お願いします」
「元気なのはよろしい。ミリア、フリス、頼むぞ」
ミリアは指輪から光の長剣を取り出し、調子を確かめていた。ヒカリの持つ普通の剣とは存在そのものが違いすぎるが、魔力さえ込めなければ大きな違いはないため、ミリアなら上手くやるだろう。そのまま3人は海から少し離れた場所で対峙する。
ソラはエルザとともに海辺へ向かい、講義を始めた。
「水と雷魔法は大丈夫だろうから省略する。闇魔法はどれだけ使ったことがある?」
「少しだけです。どんな感じか確かめたかったので」
「だったらほぼゼロか……観せた方が良いな」
「何をですか?」
「実演だ」
魔法を教える時は何回も説明するより見せた方が早い。フリスほど簡単にコピーはできないだろうが、教えればある程度はできるだろう。
「海の中で雷を撃ったらどうなるか、知ってるな?」
「はい。制御を外れて拡散してしまい、至近距離でないと攻撃としては期待できません」
「出力と場所によっては自分がくらうから気をつけろよ。ただこれは、闇魔法でどうにかすることもできる」
「本当ですか?」
「見てろ」
ソラが海面に撃ち込んだ雷は、10mほど離れた場所から空へ向かって飛んでいった。威力が減衰したようには見えない。
「え⁉︎」
「闇魔法で海水中に雷の通り道を作った。これくらいならすぐにできるはずだ」
「……できますか?」
「できないと困る。今までの常識から外れたイメージだから難しいかもしれないが、頑張れ」
「分かりました」
ソラの言葉を信じ、エルザは何度も魔法を行使していった。ソラも適時アドバイスし、少しずつものにさせていく。
一方、ヒカリ達の方は……平和では無かった。いや、ソラの稽古と比べたら平和なのだろう。
「やぁ!」
「ひっ⁉︎」
本気ではないとはいえ、ヒカリより数倍速いミリアの斬撃。ソラから教わった武の技を使わない、魔獣を狩る純粋な冒険者としての剣だが、恐怖の度合いでいったらこちらの方が上だ。
「はっ、速すぎっ」
「これでもまだまだ遅い方よ。フリスだってこれくらいなら簡単に出せるわ」
「それでもっ、私は!」
「まだゼーリエル家の基準でいるのなら……この剣がそのまま振り抜かれるわよ」
「ひっ⁉︎」
ヒカリが気付かないうちに、ノウルオートがヒカリの首元に当てられている。正確には、ヒカリが反応できない速度でミリアが接近し、剣を振るった形だ。
「な、なんで……」
「ゼーリエル家についてはある程度知ってるのよ。私兵の実力についてもね」
ヒカリは知らないだろうが、ゼーリエル家は情報収集がメインの家であり、直接の戦闘能力はかなり低い。2人でBランクまでいけるだけの実力があれば、簡単に上位に食い込めたのだろう。だが、この3人相手ではそうならない。
「色々と言いたいところがあるわ。まずは身体強化の使い方よ。放出系の魔法を使えるんだから、もっと制御できるようになりなさい」
「体の動きをもっと意識した方が良いと思うよ。魔法ってイメージだから」
「だけど、こんなのって……」
「どうしたの?」
剣を突き立てたままというのもアレなためミリアは一旦引いたが……急に泣き出したヒカリに、ミリアもフリスも一瞬驚いてしまった。
「私、頑張ったんですよ。追いつけるようにって。なのに全然違って、手加減されても弱いままで……」
「……努力は認めるわ。何も知らなかったあの時より、ずっと強くなってるもの」
「でも……」
「でも、努力を続けたのは私達も同じよ」
「わたし達も、ソラ君に置いていかれないように必死なんだよ。だから頑張ったんだ」
「それに、こんな所で折れてたら強くなんてなれないわ。強くなりたいなら、立ちなさい」
「……はい!」
立ち上がったヒカリは、またやる気に満ちた目を向けている。根の強さは分からないが、意思は強いようだ。
そして、それもソラを聞いていた。
「……俺達に追いつこうと、か」
「どうしたんですか?」
「いや、何でもない。かなり上手くなったな」
「いえ、まだまだ甘いと思います」
「ここからは使い慣れているかどうかの問題だ。上達はかなり早いぞ」
「……ありがとうございます」
ソラの実力を多少なりとも知っているためか、はたまた他に何かあったのか、エルザは若干自身の実力を下に見る癖がある。だがまあ、驕るよりは良いだろう。
「それじゃあ次だ。闇魔法の大きな特徴として、魔力の吸収がある」
「吸収、ですか?」
「正確には、他の属性の魔力を闇に塗り替えるって感じだな。使い方次第だと吸収した魔力で色々とやれるが……これは難しいから今はやらない。ただ、魔法の迎撃にはとても使える」
「えっと……」
「試しに撃ってこい。水魔法の方が見やすいだろうな」
そう言われてエルザは短杖を構え、水球を1発ソラへ向けて放つ。ソラはそれを薄い靄のような闇で覆い、消し去った。
「こんな風に、闇魔法なら少ない魔力で簡単に相殺することができる。パーティー全体を巻き込むような巨大な魔法でも、闇魔法で打ち消すことが可能だ」
「だから使いこなせると強いと……」
「ただし光魔法は違うぞ。光魔法は闇魔法を突破しやすいから、使用魔力は他の属性と同じになる。これはしっかり覚えておけ」
「必要なんですか?」
「光魔法を使ってくる魔獣や魔人もいる。数は少ないけどな」
王国、帝国、共和国ではほとんど見ないが、魔王の支配する領域には大量にいるかもしれない。それが南進しないとは限らないので、ソラはしっかりと教えておいた。
「じゃあ、次は実践だ。光魔法も使うから、しっかり区別しろよ」
「お願いします」
最初は水や土といった直接的な威力の低い簡単なものから始め、少しずつ火や雷も混ぜていく。
「なかなか飲み込みが早いな」
「ありがとうございます」
「ただ、魔力はもう少し少なくても問題無い。制御が甘くても、半分くらいあれば簡単に消せる」
「分かりました……最低限必要な量については教えてもらえないんでしょうか」
「それは……感覚で覚えろ。残念だが、これに関しては説明できない。それよりスピードを上げるぞ。遅れるなよ」
「はい」
まだ慣らし段階ということで遅く、エルザも落ち着いて対処することができている。ソラは少しずつスピードを上げて数を増やし、素早く対処できるように練習させていく。
一方ヒカリの方はミリアの指導が終わり、次はフリスの番になっていた。
「はぁ、はぁ……」
「大丈夫?休憩する?」
「大丈夫……大丈夫です」
「無理はしてないようね。フリス、少しずつでお願い」
「うん。任せて」
激しく剣を打ち合わせていたため息は切れているが、疲労はそこまで溜まっていないようだ。なので、フリスが続きを行う。
「ヒカリちゃんは火と風だから……水魔法の相殺から始めよっか」
「え?」
「簡単だなんて思わないでね?」
この言葉の直後、一瞬でヒカリの周囲に100を超える水球が展開された。呆然とするヒカリに、フリスはルールを告げる。
「この中から1個ずつ飛ばすから、魔法で迎撃してね。付加が使えるならそっちでも良いよ」
「えっと、え?」
「最初はゆっくりだから、頑張ってね」
そしてフリスは魔弾を動かし始めた。そして1発目が頭に当たった所で、ようやくヒカリも正気に戻る。ただ、その時には既に1発が迎撃不可能地点まで達していたのだが。
「きゃ!」
「早く始めてよ。水着だからって油断しないでね」
「でも、ちょっと待っ!」
「待たないよ」
そしてさらに水球は撃ち込まれる。ヒカリも頑張って迎撃するが、最初に狂った調子はなかなか戻らない。簡単な魔法なら無詠唱を使えるとはいえ、ソラやフリスほど自在に操れるわけでは無いのだから。
助けてくれ。ヒカリは目でミリアに訴えようとするが、周辺警戒のためいなくなっていた。
「ん〜、ちょっと1回止めよっか」
「はぁ、なに、あれ……」
「何って、魔法を使っただけだよ。普通の冒険者と違うのは数だけだもん」
「そんなこと言われたって……」
「落ち着いたらまた始めるからね」
ヒカリは全身びしょ濡れとなってしまったが、夏なのですぐに乾く。その間に落ち着くことができたようで、今度は剣を構えた。
「じゃあ、始めるよ〜」
「はい。はっ!やっ!」
最初は上手く迎撃していく。フリスも難しい軌道は通らせず、危ない場面はあったもののなんとかなっていた。
「じゃあ、増やすよ」
「えい!きゃ⁉︎」
ただ無詠唱が失敗したりして対処仕切れず、またフリスが意地の悪いコースで撃ったりするため、何発か当たるようになり……
「いやっ、あ!」
「もっと頑張って」
同時に放たれる数も増え、4分の1近くの迎撃に失敗してしまうようになった。ヒカリはまだ周囲全てを薙ぎ払うような魔法の無詠唱はできないため、 純粋に手数が足りていない。
「じゃあ、最後!」
そしてフリスは残った水球、50発ほどを一気に飛ばし……
「それくらいにしておけ」
ヒカリの周囲を闇が覆い、水球を全てかき消した。フリスが海の方へ顔を向けると、ちょうどエルザへの講義が終わったソラがそこにいた。
「フリス、やりすぎだ」
「え、でも、これくらいはできないと駄目だよね?」
「今のは完全にトドメを刺しにいってただろ。流石にそこまでやらなくて良い」
「う〜ん……ハウエル君にやったのは?」
「あいつも同じようにびしょ濡れになってはいたが、最後の方でも半分は迎撃できていたからな」
「そっか」
「それとミリアも、説得が少し脅しみたいだったぞ。それに、最初からあのスピードはやりすぎだ。根が折れかねないぞ」
「でも、私達との差は知っておいた方が良いわよ?」
「それでもだ。ジュン達の時は現実を知らせるって意味もあったからあれで良かったが、ヒカリは違う。教える側は、もう少しで超えられる壁を作り続けるのが理想なんだからな。反撃を防ぎつつボコボコにするのと、反撃させないで叩き潰すのはわけが違う」
ソラは無茶苦茶なように見えて、稽古で絶対に敵わないような強さを見せたことは無かった。受け手の主観では違うという問題はあるが……ソラとしては工夫次第で超えられる程度しか出していない。例外はジュンを叩きのめした時だけだ。
一方、教えられていたコンビは……
「うー、エルザちゃんー……」
「ちょっとヒカリ」
「だって、だってぇー……」
「子どもになってるよ……」
ソラが闇魔法について教えるだけだったのでエルザはまだ気楽だったが、ヒカリはボコボコにされたのだ。いくら意思を持ち直したとしても、これはなかなか厳しい。落ち着くのにしばらくかかってしまっていた。
「ヒカリ、落ち着いたか?」
「はい……ごめんなさい……」
「いや、あれは自信を折るのとあまり変わらなかったからな「ちょっと!」……だが、折れずに立ち向かったのは高評価だ」
「そう、なの?」
「意思が強いってことは何より重要だからな。負けても意思が強ければ、何度でもやり直せる。簡単に諦めるなよ?」
「……はい!」
若干論理がおかしい気もするが、誰も気にしない。気にする場面では無いのだから。
「それでソラ、明日はどうするのよ?」
「今日と同じ?」
「いや、もう分ける必要は無い。明日からは2人で俺と模擬戦だ。今日ほど優しくないぞ」
「え……」
「ええと……」
「覚悟してね」
「まあ、頑張りなさい」
ただ、超えられない壁を作り続けられるせいで地獄が一生終わらない、そう言われたとしたらソラは言い返せないだろう。




